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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第六章 墓守の村と死者の軍団
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第六十五話 憲兵隊の女隊長

 バドウィルは、イルダの語気から、また叱られたと勘違いしたのか、少し首をすくめたが、イルダの真剣な顔を見て、安堵したように話し始めた。

「い、いえ、半年ほど前から、若い女性が神隠し的にいなくなっているらしいのです。行方不明になる理由もない若い女性がほとんどで、今まで生きても死んでも見つかった者はいないようです」

 この宿に入る前に見た、行方不明の自分の娘を探していた男性のことを思い出した。

「お前も、探し人をしている男を見たのか?」

「ええ、昨日、見ましたが、女性でしたよ」

 さっきの男性は妻と交互に出ていると言っていたから、昨日、バドウィルが見たのは妻の方なのだろう。しかし、そんなことはどうでも良いことだ。

「バドウィル。お前はそれについて情報を何か掴んでいるのか?」

「今日の会談前に目立ってしまうのは避けたかったですので、それほど詳しい情報を得ている訳ではありません」

「良いから、分かっていることを洗いざらいしゃべれ!」

 俺は、イルダの気持ちを俺なりの言葉で代弁した。

「その謝礼は、アルス殿からいただけるのでしょうか?」

「ああ、くれてやるよ!」

「では、……こほん」

 わざとらしい咳払いを一つすると、バドウィルは自慢げに話し出した。



 バドウィルの話しを総合すると、半年前頃から、街の人間が突然消えることが起こりだしたようだ。頻度としては、七日に一人という間隔で、今まで二十人以上の人間が消えているということらしい。しかも、どれも結婚前の処女だという噂だ。

 そういえば、先ほど会った男性も娘を探していた。行方不明になっているのが、その娘だけであれば、俺が考えていたように、男との駆け落ちということも考えられるが、既に二十人近くの若い女性が行方不明になっていることからいうと、その線も消えそうだ。

「いったい何の目的で女性を?」

 イルダだって薄々は気づいているだろうが、対象が若い娘というだけで、口にすることもはばかられる汚らわしいことが目的に決まっている。街の外に連れて行かれ、どこか遠くの街の女衒ぜげんに売られているのだろう。それ以外にあるだろうか?

「さっき、ここに来るまでに、娘さんが行方不明になったという人が通りに立ち、娘さんの情報を知っている人はいないか、必死に訴えていました。あんな方が他にも大勢いると考えると、とても安穏としておれません! アルス殿、何かできないでしょうか?」

 いきなり俺に振るかあ? 

 この街の憲兵隊にも捜索願を出したが何もしてくれなかったと言っていたが、他にも多くの行方不明者がいるということであれば、憲兵隊が動かないはずがない。犯人を刺激しないように密かに捜査しているのかもしれない。いずれにしろ、今日この街に来たばかりの俺に何が分かると言うんだ?

「何かと言われてもなあ」

「先ほどの男性の娘さんは八日前に行方不明になったとおっしゃっていました。そして、今のバドウィル殿の話だと、平均して七日に一人は行方不明になっているとのこと。近々、新たな犠牲者が出てしまうのではないでしょうか? 私達は、しばらく、この街にいますから……」

 まったく、俺はイルダに踊らされっぱなしだ。嬉しいけど。

 カルダ姫とイルダ、敵に捕らえられる恐れがあるこの二人の姫様は一緒に行動しないことにしている。こうやって同じ街に滞在するのは、会わなければならない用事がある時だけだ。

 だから、明日、この街を発つカルダ姫一行との距離を開けるために、俺達は、五日間、この街に宿泊する予定にしている。

 イルダが言いたいのは、その間、「消えた女性達の調査をしろ」ということだ。

「分かったよ。どうせ、宿屋でじっとしていられない性格だしな。少し街を回って、少し調査もしてみよう。今日も夕食まで時間もあるから、ちょっと出てみるよ」

「アルス殿。私も手伝わせてください。さきほどの男性の顔が頭から離れないのです」

 また出たぞ。姫様のお節介が。

「イルダ! あまり動き回って捕まるでないぞ」

 カルダ姫は、困っている人の手助けより自分達の身の安全を第一に考えているようだ。もっとも、将来、アルタス帝国を再興させるという目的を達成させるためには、カルダ姫のような考えを持つべきなのだが、うちのお姫様は頭では分かっていても自分の衝動を止められないようだ。

「大丈夫です! アルス殿と一緒にいると捕まるはずがありません!」

 俺は自分の顔がにやけていることが分かった。

 一方、カルダ姫は俺を睨んでいた。どこの馬の骨か分からない賞金稼ぎが、この清純な姫をたらし込んだかと誤解をしているようだ。

「明日には、また別々の旅路となる。イルダよ。今宵の晩餐には必ず出てたもれ」

「もちろんです! お姉様!」

「であれば、今日は宿屋にいておくれ」

「……分かりました」

 大好きな姉の言葉は、自分の心配をしてくれてのことだと思うと、イルダも強行に外に出るとは言えなかったのだろう。しかし、明日、カルダ姫一行がこの街を発つと、この姫様は、絶対、俺と一緒に調べに回ると言うはずだ。



 カルダ姫一行との昼食会が終わると、各自が部屋に戻った。明日の朝には、また別々の旅路となる。イルダはカルダ姫と、リゼルは姉弟子のファルと話を弾ませているようだ。

 俺の部屋のドアがノックされた。

 嫌な予感がしたが、ドアを開けると、案の定、バドウィルだった。

「アルス殿! そろそろ出掛けましょうか?」

「お前と出かける約束なんてしてないぞ」

「嫌だなあ。先ほど、アルス殿が夕食前に聞き込みをしてくるとおっしゃっていたではありませんか?」

「それは確かに言ったが、お前と一緒に行くと誰が言った?」

「私も夕食まで暇なんですよ」

「ダンガのおっさんと昔話に花を咲かせたら良いじゃねえかよ」

「あいにく、ダンガとは、花を咲かせるほど共通の話題がないものですから」

「俺とだって、そうだろうが?」

「いえいえ、つい最近会ったという気がいたしません」

 ああ言えばこう言うで、結局、バドウィルは俺について来た。まあ、夕食時前には宿屋に帰るんだし、俺の貞操の危機はないはずだ。



 多くの女性が神隠しに遭っているという話を聞いてから、そういう目で街の様子を見てみたが、いつもと変わらない風景がそこにはあった。商店では、店員が声を張り上げて、物を売っているし、工房では、職人が一心不乱に物を作っていた。通りの辻には一人ないし二人の憲兵が立って警戒をしている。

 神隠しが続いて起きていることは、この街にそれほど暗い影を落としているようではなかった。一人で歩いている若い女性も大勢いた。さすがに夜に若い女性を一人で歩かせることはしていないだろうが、昼間にも出歩くなとは言えない。女性だって労働力なのだ。家事をするにつけても市場に買い物に行かなくてはならないし、それ以外にさまざまな用件を言い付けられる人だっている。神隠しは怖いかもしれないが、生活をしていくためには、家に閉じ籠もっていることなどできないのだ。

 俺達は、先ほど行方不明の娘を探していた男性が立っていた場所に行ってみた。

 男性は、まだ大きな声で協力を求めていた。

 俺は通りがかりの職人だと思われる男に声を掛けた。

「ちょっと、すまねえ。あそこで人捜しをしている男がいるだろう。しかし、他にも行方不明になっている人が何人もいると聞いたんだが?」

「ああ、ちょくちょく人がいなくなっているようだな。しかし、若い娘限定のようだから、俺達には関係ないからなあ」

 それが街の住民達の正直な気持ちだろう。自分に火の粉が降り掛かってこなければ、何も心配することはないのだ。

 男性に礼を述べてから、俺は、できるだけ俺に密着して歩こうとするバドウィルをかわしながら、特に当てもなく、街の中を歩いた。

「アルス殿ではありませんか?」

 凜々しさを含んだ女性の声に振り向くと、昨晩、リュウカ村で会った憲兵隊長のフェリスが部下の男性兵士三人を従えて立っていた。

 ずっと、バドウィルと一緒にいたからか、フェリスが天使に見えた。

「ああ、フェリスか」

「はい! そちらは? 昨日は、いらっしゃらなかったと思いますが?」

 しっかりと俺の同行者も記憶に焼き付けているところなどは、街の治安を一手に担う憲兵隊の隊長を務めているだけのことはある。

「お初にお目に掛かります。私は、このアルス殿の嫁で、ぐはっ!」

 ――リーシェと同じこと言ってるんじゃねえよ! って、てめえ、男だろうが!

 俺の蹴りが背中に炸裂したバドウィルだったが、すぐに体勢を立て直して、再び、フェリスに会釈をした。

「失礼しました。このアルス殿と一心同体の友、バドウィルと申します」

「私は、この街の憲兵隊隊長をしておりますフェリスと申します」

「何とお美しい! あなたの下で働けるこの街の憲兵達は、みんな幸せ者ですな」

 すげー白々しい台詞だ。フェリスもそれを感じとったのか、「光栄です」と言いながらも苦笑を浮かべていた。

「アルス殿。昨夜、ご同行されていた方々はどちらに?」

「『蝶々屋』という屋号の宿屋に泊まっている」

「ああ、この街で一番豪華な宿ですな。さすが商人の方はお金を持て余しているようでございますね」

 確かに、カンディボーギルでの魔龍ドラゴン退治の賞金で、俺達一行の資金は潤沢だった。

「まあ、ずっと旅をしていて、街にたどり着けない時には野営を続けることもあるんでな。街に泊まれる時くらいは、せめて良い宿で泊まりたいと思うのさ」

「なるほど。私は旅などしたことがございませんので、よく分かりませんが」

 まあ、普通はそうだろうな。貴族の家来はそもそも旅をすることはない。自分達の領土から離れるとすれば、他の貴族への使節役を仰せつかった時か、その領土に侵攻する時くらいだろう。

「旅は、気は楽だが、いつも危険と隣り合わせだからな」

「しかし、アルス殿ほどの腕前をお持ちであれば、襲って来る賊など、何ら恐るるに足りぬでしょう」

「誉めてくれて、素直に喜んでおくぜ。ありがとうよ」

 フェリスは、バドウィルを完全に無視して、俺と話をした。

 バドウィルのつまらなさそうな顔に、俺は心の中で「ざまあみろ」と舌を出した。

「そうだ」

 俺は、フェリスに神隠しのことを訊こうと考えた。この街の治安を守るべき憲兵隊なら知らないはずがない。

「向こうの通りで娘が行方不明になったと叫んでいる男がいたが、この街では行方不明になる者が多いらしいじゃねえか?」

「その噂は我々も聞いています。しかし、何一つ証拠を残さずに人一人を消し去ってしまう相手に我々も打つ手なしというところなのです」

 憲兵隊もまったく動いていない訳ではなく、お手上げ状態ということらしい。

「犯人の目途も立っていないのか?」

「今のところは。我々も憲兵の数を倍にして対応をしていますが、まったく効果なしで、白昼堂々とさらわれてしまうのです。まさに神隠しですよ」

 フェリスも万策尽きているからか、少し自嘲気味に答えた。

「しかし、最近、少し気になる奴ができています。アルス殿も会った『疾風のリンカ』です」

「馬賊がどうやってこの街で人さらいができると言うんだ?」

「街中で馬を乗り回す必要などありませんよ。女性のリンカが街に忍び込み、同じ女性として油断をさせておいて、街の外に連れ出し、そこからは馬に女性を乗せて遠くまで運んで行ってしまう、ということではないかと考えているのです」

 まあ、馬賊の連中であれば、女性を売り飛ばすなんて悪行など日常茶飯事だろう。

 しかし、俺は、実際に会った「疾風のリンカ」がそんなにあくどい奴だというようには感じられなかった。

「しかし、今まで行方不明になっているのは若い娘だけのようじゃねえか。普通は、男の仕業だと思うんだが?」

「男のためですよ。あの『疾風のリンカ』が男どもの馬賊の中でどうやって頭目になっていると思いますか?」

「あの剣の腕前を見ると、誰もがびびってしまうだろう。それで配下の野郎どもを屈服させているんじゃないか?」

「それもあるでしょうが、この街でさらっていった娘を配下の男どもに提供しているのではないかと思っています」

「硬軟織り交ぜて支配してるってことか?」

「ええ、いかに疾風のリンカが剣の達人としても、配下の男どもに一斉に襲われると敵う訳がありません。連中の性欲が自分に向いてこないように、さらってきた若い女性を配下の男どもにあてがっているのですよ」

 フェリスが言うことも一理ある。村を襲って女を犯す馬賊も少なくない。そんな連中を配下として従わせるには、そういうこともあるだろう。

 フェリスはリンカをそういう人物としか見ていないようで、ここでフェリスとこれ以上言い合いをしても埒があかないだろう。

「まあ、これ以上、行方不明者が増えないように警備を厳重にしてくれ」

「言われるまでもないことです」

「ああ、頼むぜ」

「あっ、アルス殿」

 フェリスの前から立ち去ろうと体の向きを変えかけた俺を、フェリスが呼び止めた。

「何だ?」

 振り向いた俺にフェリスの美しい笑顔が向けられていた。

「この街には、いかほど滞在なさるおつもりですか?」

「五日ほどいるつもりだが」

「そうですか。そのうちの一日、みなさんとご一緒に夕食でもと考えているのですが?」

「宮殿でか?」

「いえ、私が個人的に、リュウカ村を救っていただいたお礼をしたいのです」

 

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