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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第六章 墓守の村と死者の軍団
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第六十三話 墓を守る村

「お前達は?」

 憲兵隊の隊長だと思われたその女性は、不審げな顔付きで俺に尋ねた。

 馬賊の襲来と聞いてやって来たのに、前の前にいる俺達が女性や子供に加え子犬まで連れていることで賊ではないとは分かったはずだ。

「こちらの剣士様が疾風のリンカを追い払ってくれました」

 村長ホギがその女性に俺を示しながら言った。

「疾風のリンカを? とすれば、あなたもかなりの腕前のはず」

 女性の口振りが変わった。

「いやいや、そのリンカって奴もなかなかに手強かったぜ」

 女性は俺に軽く頭を下げると、すぐに凜とした顔を上げた。

「我が領民をお救いいただき感謝いたします。私はリャンペイン憲兵隊隊長のフェリスと申します」

 フェリスと名乗ったこの女性もなかなかの剣の腕前だ。身のこなしや体付きを見れば分かる。

 しかし、この伯爵領では、疾風のリンカといい、目の前のフェリスといい、美しく、しかも有能な女性が多いようだ。

「俺はアルスと言う。こちらが俺の雇い主である元豪商の娘さんだ。先の大戦で生き別れになった両親を探して旅をしている」

 少し前に出たイルダが会釈をした。

()()()と申します」

 相手は貴族の家来だ。皇女だったイルダのことを知っているかもしれない。そんな相手に「イルダ」と名乗れば、自ら正体をばらすようなものだ。だから、イルダは「イリス」という偽名を咄嗟に名乗ったわけだが、図らずもフェリスと似た名前に、フェリスも少し表情を緩ませた。

「なんと、お美しいお方だ……」

「あ、あの、ありがとうございます」

 フェリスがイリスことイルダに見とれていいた。お世辞とも社交辞令とも思えない賛辞にイルダも本気で照れていた。

「あなた方は、リャンペインに向かっておられたのか?」

「ああ、そうだ。しかし、途中で日が落ちてしまったから、この近くで野営をしていたんだ」

「リュウカの村にとっては、あなた方が近くにおられて幸運でした。伯爵閣下も喜ばれるでしょう。我々が護衛をいたしますので、これからリャンペインまで行かれませんか?」

 馬賊を追い払ったのは俺なのだが、フェリスはイルダを招待したいようだ。

 しかし、リュギル伯爵はイルダを知っている可能性が高い。相手の兵士に囲まれている場所でイルダの正体がばれるのは危険だ。

「フェリス様。お気持ちはありがたいのですが、小さな子供も犬も一緒ですから伯爵閣下のご迷惑になるといけません。それに、私も商人の娘ですから、宮殿に呼ばれることにも慣れていません。緊張してしまって倒れてしまいそうです。どうかご容赦ください」

 イルダもなかなかに役者だ。本当に恐縮してしまっている商人の娘にしか見えない。

 嫌だと言っている者を、無理矢理、礼を述べるために宮殿に連れて行くのもおかしな話で、フェリスもそれ以上誘わなかった。

「分かりました。では、リャンペインで困ることがありましたら、何なりと私をお頼りください。私は憲兵隊の詰め所におります」

「お気遣いありがとうございます。その節にはお世話になるかもしれません」

「ええ、ぜひ! 歓迎いたします!」

 フェリスがイルダを見る目に熱いものがあった。ひょっとして、フェリスもエマと同類なのだろうかと感じた俺は、以前から人を見る目は持っていると自負しているが、人の性癖まで見極めることができるようにまでなったとは思いたくなかった。

「我々は、この後、少し村長と打合せをしなければなりませんので、これにて失礼します」

 フェリスは敬礼をすると、村長の元へと歩いて行った。

「なかなかに礼儀正しき方じゃの。リュギル伯爵の教育が行き届いているようじゃ」

 ダンガのおっさんが感心したように言った。

「とりあえず、俺達の寝床に戻るか?」

 俺達は野営をしていた場所まで戻った。馬賊の襲来が分かった時に焚き火は消していたが、既に東の空は明るくなりかけていて、火を焚かなくても周りの景色は見えるようになっていた。

「とりあえず、もうひと寝入りさせてくれ」

 目的地リャンペインは、ここからすぐだ。すこしくらい寝坊をしても、カルダ姫と会う約束をしている昼までには着くはずだ。見張り役でまだ眠ってなかった俺は少し眠りたかった。



 二刻ほど眠り、すっきりと目が覚めた俺達は腰を上げて歩き出した。

 太陽は、既に地平線から顔を覗かせていて、今日も昼間は暑くなることを宣言しているようだった。

 リュウカの村の様子を見ようと、村の木塀に沿うように回り道をした。

 丸太を繋げただけの塀は隙間だらけで、村の様子もよく見えた。

 朝方早くに蹄の音が響いていたことから、フェリス率いる憲兵隊達も、その頃、リャンペインに帰ったのだろう。

 村には人影は見えなかったが、家々から炊き出しの煙が昇っているのが見えて、普通の生活が始まっているのが分かった。

 俺達が野営をした所から村の反対側に回り込むようにして行くと、昨日は暗くて分からなかったが、リュウカの村の背後には広大な墓地が広がっていた。

 何百年か前までは、墓地も街の中に作られていたが、今は街の城壁の外に作られるのが一般的だ。城壁で囲まれた中で、次々と墓地にする土地が増える訳もなく、また、疫病の流行を防止するためにも、土の中で腐る死体は街から離れた場所に埋葬することが一般的になっている。

 二十軒ほどの家しかないリュウカの村の背後に、見渡す限りの墓石が並んでいるということからすると、ここから半刻ほどの距離にある大都市リャンペインの市民達が利用している墓地なのだろう。

 草原を切り開いて作られている墓地は綺麗に整地されていた。常日頃から手入れをしていないとすぐに生い茂る草木に覆われてしまう。きっと、リュウカ村は、いわゆる墓守の役目を仰せつかった村なのではないだろうか。

 この大陸では、多くの人々が城壁に囲まれた街に暮らしている。昨日の馬賊のような無法者や魔族の襲撃から身を守るためだ。しかし、例えば、鉱山で働く鉱夫はその近くに住む方が便利が良いし、特産物の産地で働く生産者も同じだ。生きるために街以外で住む必要がある人々が集まって村を作っている。このリュウカ村住民の目的は墓守だということだ。

 普通は、そんな小さな集落を襲撃しても収奪物はたかが知れているし、昨夜のフェリスもそうだったように、領主の軍隊が常駐はしていなくても、すぐに駆けつけて来られるようになっているはずで、賊としては、こんな小さな集落を襲うことは旨味が少ないはずだ。

 そして、疾風のリンカが去り際に残した言葉が気になる。

 何か、腹の納まり具合が悪い感覚を覚えながらも、俺は一行の先頭に立って、リャンペインを目指した。



 リュウカ村を発って東北方向に半刻歩くと間もなく、俺達一行はリャンペインに着いた。

 ここは、大陸の東海岸に面した街で、ジャングルに囲まれた内陸部のカンディボーギルから陸路で運び出された香辛料を船に積み込んで、大陸の北部に輸送するための港として発展した街で、カンディボーギルには遠く及ばないものの、かなりの大都市だ。

 街の東には海が広がり、後の三方には高い城壁が築かれていた。

 カンディボーギルを支配している七人委員会と違い、貴族領主は領民からの税しか実入りがない。つまり、周りに金をばらまいて「安全」を買うことなどできない。ということは、船の入港税という金の成る木が茂っているこの街は、他の貴族からの侵略を常に警戒しなければならないということで、そのための高い城壁なのだ。

 もっとも、俺達は、城門警備のチェックも問題なくクリアして、街の中に入ることができた。これまで同様、子供リーシェの存在が警備のハードルを低くしてくれることは確かだ。

 街の中では、カンディボーギルで見た荷馬車が行き交う光景がここでも見られた。海が近いからか、カンディボーギルよりは風が涼しげな感じがする。

 港に行くと、多くの帆船が港内に停泊していた。

 久しぶりに潮の匂いを嗅ぐと海の幸を堪能したくなったが、今日の昼飯はイルダの姉のカルダ姫一行と一緒にとる約束になっている。昼飯に海の幸が出ることを祈るとしよう。

 昼飯時までには、まだ少し時間がある。俺達は、当てもなく街中を歩き、街の様子を見て回った。

 街の中心部のやや小高い丘の上には、裕福なリュギル伯爵の実力を見せつけているように、立派な宮殿が建っていた。

 俺は、街中でフェアードから降りて歩いているイルダの近くに寄った。

「イルダ。リュギル伯爵ってのは、どっち側なんだ?」

 もちろん、今の帝国になびいているのか、それともアルタス帝国の再興を願っているのかだ。

「皇室とも友好関係にあった貴族ですが、先の大戦では、確か、兵を動かさなかったはずです」

「日和見を決め込んだってことか?」

「そうでしょうね」

「アルタス帝国からの再三の派兵依頼を徹底して無視したことから、あの頃は、無傷で残した兵力をもって、勝った方に取り入って、ある程度の地位を得ようとしているのではないかと言われていた」

 イルダの隣を歩いていたリゼルが憮然とした顔で言った。

 この街の様子を見る限り、商人達が行き交い、活気があるように見える。リュギル伯爵の懐にもがっぽがっぽと金が落ちて来ているはずで、軍備の増強も容易たやすいことだろう。

 もっとも、今の帝国も先の大戦で疲弊しており、しかも一枚岩ではないが、地方の一領主が単独で勝てる相手ではない。だから、リュギル伯爵が今の帝国に取って代わろうという野望までは持っていないだろうが、持っている力を見せびらかし、自分を敵に回すとかなりの損害が出るぞと脅して、今の帝国でもそれなりの地位を築こうとしているのではないだろうか。

 そうすると、リュギル伯爵もどちらかというとイルダの敵だということだ。そして、卑怯な手口で保身を図る輩は、イルダも大嫌いなはずで、それはイルダの表情を見ると分かることだ。

 そんな顔はイルダには似合わない。もっと明るくなるような話を振ろうとしたが、イルダは俺と反対側に首を曲げていた。

 一瞬、俺の顔をそんなに見たくないのかよと思ったが、イルダの視線の先をよく見ると、通りの辻に一人の男性が立っていて、看板を掲げながら、行き交う人々に声を掛けていた。

「何でしょう?」

 お節介焼きで、何にでも頭を突っ込むお姫様がその男性に近づいて行った。当然、俺達一行の主人の行く先に、みんなもついて行くしかなかった。

 近づいて、その看板を見ると「探し人」と大きく書かれて、おそらく、その探している人の身体的特徴が列記されていた。

 どうやら、男性は自分の娘を探しているようだ。

「旅のお方ですか?」

 馬を引いている俺達一行に男性の方から声を掛けてきた。

「そうです。その看板の方を探されているのですか?」

 イルダが優しく男性に声を掛けた。

「はい。八日前に買い物に行くからと家を出てから、ずっと帰って来ません。亜麻色でカールをしている髪で小柄な娘です。街の外で見掛けませんでしたか?」

「申し訳ありません。私達がここに来るまで、そのような女性とは出会いませんでした」

 イルダが悪い訳ではないのに、その恐縮しているような顔に、男性の方も少し救われた気がしたことだろう。

「そうですか」

「この街の憲兵隊にもお願いしているのですか?」

 イルダの頭に、有能そうなフェリスの姿が浮かんだのだろう。

「もちろん、お願いしましたが、取り合ってくれませんでした」

「えっ! 憲兵隊がですか?」

「はい」

 イルダの疑問も分かるが、街の治安を守る憲兵隊も犯罪が絡んでいると確信が持てないと動くことはない。ひょっとしたら、この男性の娘は、親に黙って、好きな男性と駆け落ちしたということだって考えられるのだ。憲兵隊だって、そんなことに、いちいち構っていられないだろう。

「そうなのですか」

 イルダは申し訳ないという気持ちでいっぱいという表情をしていた。人の役に立てなかったことが悔しいのだろう。

「お役に立てなくて申し訳ありません」

 イルダの方から頭を下げられて、男性も恐縮してしまったようだ。

「い、いえ、とんでもありません。私と女房が交代で、毎日、ここに立っていますから、何かありましたら、どんな小さな情報でもけっこうですので、お知らせください。よろしくお願いします!」

 男性もイルダに頭を下げた。

「お気を落とさずにいてくださいね」

「はい、ありがとうございます」

 男性から離れると、イルダは俺の前に立ち塞がるようにして立った。

「アルス殿」

「ほいほい」

「な、何ですか?」

 俺の間の抜けた返事に気が削がれたようにイルダが訊いた。

「どうせ、昨夜の縁を利用して、俺からもフェリスに申し入れをしてくれってんだろ?」

「……そ、そうですけど」

「まあ、イルダの考えることも何となく分かるようになってきたからな」

「そ、そうなんですか? で、でも、嬉しいです」

 顔を赤らめて喜ぶイルダのためならやるっきゃないよな。

 

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