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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第五章 商都に響く愛の歌
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第五十九話 反対側での再会

 大陸南東部にある商都カンディボーギルに、大陸の北部にある首都から、今の帝国からの使者がはるばる来たその日の午後、宿屋にいた俺の元にヘキトがやって来た。

「よう! 午前中に店をのぞいてみたが、なかなか繁盛しているみたいじゃねえか」

「はい! ありがとうございます! すぐ側にはランファさんがいてくれて、まだ夢を見ていて、いつか覚めてしまうんじゃないかって、ちょっと不安なんです」

「まあ、気持ちは分かる。でも、自分の嫁さんをまだ『さん付け』してるのか?」

「いや、ちょっと急すぎて。そのうち呼び捨てできると思いますけど」

「ははは、まあ、『さん付け』でも二人がそれで心地良いのなら別に良いとは思うけどな」

「それもそうですね」

 人の言うことに、いちいち賛同する人の良さがヘキトの弱点でもあり強みでもある。

「それで、その忙しい店をほっぽり出してどうしたんだ?」

「ほっぽり出してはいませんよ~。ランファさんがテキパキとこなしてくれるので、店番もお任せできるのです」

「何だよ、早速、惚気のろけか?」

「い、いえ、そう言う訳ではありません。それより、アルス殿。この街に帝国から使者が来ていることはご存じですか?」

「ああ、俺達も見たぜ」

「実は、先ほど店に委員会から使者があって、今夜、委員会議事堂の中にある迎賓室で開催される懇親会で、ランファさんに歌ってほしいと依頼があったのです。もちろんギャラも出るのですが」

「今日いきなりか? えらく急だな?」

「委員会からの使者が言うには、十日ほど滞在するのかと思っていたようですが、あっという間に交渉もまとまり、明日には帰路に着くことになったそうで、急遽、予定が変更されたそうなのです」

 わずか三十騎ほどで来ても七人委員会を威圧することなどできない。今の帝国側が下手したてに出て、従来どおりの上納金を納めることで、すんなりと話が着いたのだろう。

 しかし、そうだとしても一泊するだけで帰るなんて、えらくいてるな。

「しかし、委員長もなかなか厚顔だな。身請けしようとしてヘキトに横取りされたランファを堂々と招くのだからな」

「もしかして、委員長がランファさんを取り戻そうとしているんではないかと心配で……」

「ヘキトの心配も分かるが、帝国からの使者を、この街一番の歌姫の歌でもてなしたいという委員会の思惑も理解できる。まあ、そんなに心配しなくても良いんじゃないか?」

「やっぱり、私の独りよがりなんでしょうか?」

「そう思うが、……ヘキトがそんなに心配なら、俺がランファについて行ってやっても良いぞ」

「本当ですか?」

「ああ、委員会の連中だって、ランファが新婚だって知っているわけだから、間違いがないように賞金稼ぎの俺が依頼を受けてその警護をしていることにしたって、おかしいなんて思わねえだろ?」

「なるほど。魔龍ドラゴンを倒したアルス殿のことは、この街では知らない人はいませんから、護衛として委員会について行っても怪しまれませんね」

「そう言うことだ。どうだ、俺のアイデア?」

「はい! アルス殿、ぜひお願いします!」

「よっしゃ! 任せとけ!」

「依頼料はちゃんとお支払いします」

「いらねえよ」

「で、でも」

「じゃあ、以前に『蒼き月』で飲み食いさせてもらった料金でチャラだ」

「しかし」

「気にするなって! その帝国の使者ってのを、俺も近くで見てみたいんだ。良いタイミングってことだよ」

「そうなのですか? お知り合いの方なのですか?」

「いや、知らないから行くんだけどな」



「アルス殿が?」

 臨時に食堂へ招集させたみんなの前で、ヘキトの依頼の話をすると、当然のごとく、イルダが食いついてきた。

「私も連れて行ってください!」

 この無茶なお願いに、当然、二人の従者が猛反対をした。

「イルダ様! 危険です! わざわざ捕まりに行くようなものです!」とリゼル。

「それに、アルスはランファ殿のボディガードと言えますが、イルダ様は何と自己紹介されるおつもりですか?」とダンガのおっさん。

「でも、ザルツェール殿に会って話をしてみたいのです! ザルツェール殿の真意を訊いてみたいのです!」

「服従している振りをして、今の皇帝の暗殺を企てているとか、そんな期待でも抱いているのか?」

「……少し」

 いや、イルダの希望は裏切られるだろう。大陸のあちこちにはアルタス帝国の再興を願う勢力があることは、俺達も旅をして初めて知った。しかし、首都に籠もりきりの奴らの耳にそんな情報が届くはずがない。

 つまり、あのザルツェールという男も、今の帝国の基盤は盤石だとの認識をもっていて、それにあらがう気持ちなど持っていないだろう。

 しかし、行くと言い出すと、このお姫様は絶対に後に引かないことも、もう分かっている。

「じゃあ、少し変装していくか? 男の俺では一緒に行けない所へもランファについて行けるように、臨時で雇った護衛だと偽れば良いだろう」

「はい! ぜひ、そうさせてください!」



 その日の夜。

 ヘキトの店の前で、既に「蒼き月」のステージ衣装を着ているランファと落ち合った。

 俺の隣には、リゼルから借りた黒ローブを着てフードを深くかぶったイルダがいた。その上、イルダは顔を黒く塗っていて、記憶力が良かったはずのランファもさすがにイルダだと気づかなかったようだ。

 三人で委員会議事堂に歩いて向かった。

 魔龍ドラゴン退治で、俺もすっかりとこの街の有名人になってしまって、それが歌姫として有名なランファと一緒に歩いているんだから、野次馬が俺達の周りにたむろしながらついてきた。

 俺は、リゼルとダンガのおっさんが野次馬に紛れて跡をついてきているのに気づいたが、イルダには伝えなかった。二人もそれだけイルダのことが心配なのだろう。

 議事堂に着くと、警護の兵士達も、すぐに中に入れてくれた。

 議事堂の中は、贅を尽くした造りで、小国の王宮よりは、ずっと宮殿らしかった。

 俺達は、晩餐会場の隣にある部屋に案内された。どうやらこの部屋が楽屋のようだ。

 案内してきた兵士が外に出て、楽屋には俺達三人だけが残った。晩餐会が始まるまで、まだ、しばらく時間がある。帝国からの使者に会うのなら、今をおいて他にない。

 ここには再々呼ばれているランファが来客用の部屋の場所を知っていた。それをさりげなく聞き出した俺は、今ここに来ている使者の中に知り合いがいて、ちょっと挨拶してくるから、この部屋で待っているようにと、ランファに言い含めて、イルダとともに楽屋を出た。

 廊下には警備の兵士はいなかった。外から中に入るには厳重な警備が敷かれているようだが、議事堂の中は、そんなに厳重にされていないようだ。もちろん、不審者が侵入したとあれば、詰め所から一斉に出て来るのであろうが、常に廊下に兵士を立たせておくことまではされていないようだ。

 俺達は来客用スペースに向かった。そこには、今の帝国からの使者である騎兵であろう兵士が一人で立っていた。

 俺は、怪しい人間じゃないことをアピールするため、両手を広げながら、その兵士に近づいて行った。

「何の用だ? この先は立ち入り禁止だ!」

 俺は、懐から封筒を出した。

「ザルツェール殿にこの手紙を渡してほしい」

「誰からの手紙だ?」

 俺は封筒を裏返して、兵士に示した。そこには「親愛なる義妹より」と書かれていた。

「ザルツェール殿の大事な人からの手紙だ。もし、取り次がなかったら、お前が後で責めを負わされるぜ」

 俺がその封筒を兵士に押し付けるようにして渡すと、兵士は不審げな表情を見せながらも、廊下の奥にあるドアを開けて、その部屋の中に入って行った。

 しばらくすると、そのドアが開き、煌びやかな衣装をまとった長い金髪の青年が一人でこちらに向かって来た。昼間見た使者の行列の先頭にいた奴だ。

 俺は素早く左右や廊下の奥を見渡してみたが、兵士らが隠れている気配はなかった。手紙には「一人で会いたい」と書かれていた。その約束を守ってくれたようだ。

「ザルツェールか?」

「ああ、そうだ。君は誰だ?」

「その手紙の主の用心棒だ。そして、こちらが手紙の主だ」

 俺は隣にいたイルダの背中に手をやり、少し前に押し出した。

 フードを降ろして長い金髪を手ですくうように広げたイルダを、ザルツェールは目を細めて見つめた。

「ザルツェール殿。久しぶりです」

 変装をしてはいるが、威厳に満ちたその態度に、ザルツェールもそれが誰か分かったようだ。

「……イルダ様?」

「ええ」

 ザルツェールは、数歩後ずさりをして胸に手をやり少しだけ頭を下げた。

 同じ皇室の人間でも傍系のザルツェールが直系のイルダに対して敬意を示したのだ。

「生きておられたとは」

「とっくに死んでいると思っていましたか? 幽霊ではありませんよ」

「……しかし、その顔は?」

「少し日焼けしちゃいました」

 こんな場面で冗談が言えるイルダにますます惚れた。

 ザルツェールも苦笑を浮かべたが、イルダは厳しい視線をザルツェールに向けた。

「ザルツェール殿、あなたは今の帝国の使者として、この街に来ているのですね?」

「はい」

「今の帝国に忠誠を誓っているのですか?」

「……はい」

 返事に少し時間があった。

「そうですか」

 悲しげな顔をしたイルダだったが、すぐに勝ち気な目をして、ザルツェールを睨んだ。

「皇室から受けた恩義を簡単に忘れてしまうような方とは思いませんでした」

「それは、あなたが気づかれなかっただけですよ。私の存在など、あなたにとっては小さなものだったようですしね」

 俺には、器が小さい男の泣き言にしか聞こえなかったし、イルダもそう感じたはずで、ザルツェールの台詞を無視した。

「残念です、ザルツェール殿。今度、お会いする時は戦場かもしれませんね」

「戦場? 今の帝国に対抗するだけの力が、あなたにはあるのですかな?」

「ありません。でも、私はその日が来ることを信じています」

「昔から、あなたは理想を述べられる方だったが、今の状況をお分かりなのですかな?」

「どういう意味ですか?」

「私が大声を上げると、この中にいる兵士が一斉に捕らえに来ますぞ」

「大丈夫です。このアルス殿がついていてくれる限り、私は捕まることはありません」

「えらく、その男を信頼しているのですな?」

「はい!」

 イルダにここまで信頼してもらえるなんて、用心棒冥利に尽きるというものだ。

 ザルツェールは、俺を値踏みするかのような目でなめるように見つめた。

「イルダ様は変わったご趣味をお持ちのようだ」

「ザルツェール殿はご存じだったと思いましたが?」

「ふふふ、相変わらず切り返しが見事ですな。間違いなく、イルダ様だ」

「……アルス殿。帰りましょう」

「そうだな。怖くて剣も抜けない奴だ。説得しがいもないだろう」

「何?」

 ザルツェールが腰の剣を素早く抜いたが、次の瞬間には、俺がカレドヴルフを背中の鞘に収めると同時に、ザルツェールの剣は床に落ちていた。

「ザルツェール殿!」

 床に落ちた剣からイルダに視線を戻したザルツェールに、イルダは毅然と言い放った。

「私は、必ずや、アルタス帝国の治世を再興させてみせます! それができなかった時は、私の命が尽きる時です!」

 身長的には、ザルツェールよりかなり小さいイルダが、俺には三倍くらい大きく見えた。小気味よさに体が震えるほどだった。

「ザルツェール。そろそろ晩餐会が始まるんじゃねえか? ランファという素晴らしい歌手が歌うから、その歌を堪能すると良い。そして、イルダを捕らえようとする気持ちは起こさないことだ。イルダを捕らえようとするなら、俺はお前を斬る!」

「……」

 ザルツェールは無言で剣を拾うと、鞘に収めた。

「分かった。帝位継承権のないイルダ様にどれだけの力があろう? あなたのことは忘れることにいたします。あの時のように」

「あの時? 何のことを言われているのでしょうか?」

 ザルツェールは、イルダの問いには答えずに、少し寂しげな顔をして去って行った。

 

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