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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第五章 商都に響く愛の歌
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第五十七話 戦い終わって

 いくら鎧も切り裂くカレドヴルフでも、巨大な魔龍ドラゴンの首を一刀両断という訳にはいかず、苦労をして首を切り落としたが、その首だけでも象ほどの大きさがあって、とても俺達三人が担いで行けるようなもんじゃなかった。

 そこで、ここに来る途中にあった香辛料農園までナーシャにひとっ飛びしてもらい、そこの護衛兵の一人に荷馬車を持って来てもらった。

 護衛兵も、まさか、女性を含む俺達の一行パーティ魔龍ドラゴンを討ち取るとは思っていなかったようで、目を丸くしながら、魔龍ドラゴンの首を荷車に積む作業を手伝ってくれた。

 俺が御者席に座り、リゼルとナーシャが荷車からはみ出た魔龍ドラゴンの首の上に座った一頭立ての荷馬車は、ゆっくりと街に戻った。

 街の城門を入ると、魔龍ドラゴンの首を見て、驚いて、声を掛けてくる人が後を絶たなかった。野次馬もどんどんと増えて、荷馬車の横や後を、がやがやと騒ぎながら、ついて来ていた。

 依頼を受けた酒場の前に荷馬車を着けると、その騒ぎを聞きつけたのか、中から依頼仲介人クエスト・メディエタが出て来た。

「依頼を果たしたぞ」

 依頼仲介人クエスト・メディエタも、まさか、魔龍ドラゴン退治の依頼を成し遂げる者がいるとは思ってなかったのだろう、呆然と魔龍ドラゴンの首を見つめていたが、俺が「早く寄越せ」と目の前に手を差し出すと、我に返ったようにハッとして、懐から依頼遂行証明書を取り出すと、ペンでサインをした。

 俺は、依頼仲介人クエスト・メディエタが差し出した証明書を受け取ると、依頼主であるブルガ委員長の元に行くため、委員会議事堂に向かった。

 魔族退治の証拠は、依頼仲介人クエスト・メディエタが確認すれば足りるので、魔龍ドラゴンの首を依頼主に見せる必要はないのだが、街の熱狂ぶりとブルガ委員長に賞金の増額を迫っていたこともあり、魔龍ドラゴンの首を委員長に見せつけてやろうと、議事堂まで持って行くことにした。

「アルス殿!」

 野次馬の中から、ヘキトとランファが出て来て、荷馬車と並んで歩き出した。

「ご無事で良かったです!」

 ヘキトとランファが俺達の無事な姿を見て涙目になっていた。

「ああ、何とかな」

「もう、魔龍ドラゴンが退治されたって、街中ですごい噂になっていて、宿屋にも聞こえてきたので飛んで来ました」

 魔龍ドラゴンの首のあまりの重さに荷馬車の馬もあえぐほどだったので、ゆっくりとカンディボーギルに帰っていた俺達を何台かの荷馬車が追い抜いて行ったし、農園の護衛兵も早馬を走らせていたようだから、俺達が帰るまでに、魔龍ドラゴン退治の話は街中に広まっていたようだ。

「イルダさんも心配されていたようで、涙を流しながら喜んでおられました」

 イルダの可憐な表情が頭に浮かび、つい顔がほころんでしまう。

「そうか。とりあえず、これから、ブルガ委員長の所に乗り込む!」

 街の住民達が我先にと荷馬車を押すのを協力してくれた。その顔は、みんな、嬉しそうだ。こうやって街の人々が熱狂しているところを目の当たりにすると、やはり、この魔龍ドラゴンの存在が、この街の人々に恐怖心という黒い影を落としていたのだなと思い知らされる。

 俺達が議事堂の前に着くと、既にブルガ委員長が議事堂の前に立って待っていた。この騒ぎがブルガ委員長の耳に入らないはずがない。

 荷馬車を降りた俺は、委員長に歩み寄ると、依頼遂行証明書を委員長に突きつけた。

「ほれっ、あんたの依頼は遂行したぜ。首もあの通りだ」

「どうやら、そのようだな」

「報酬金をいただこうか? この、あんたの自筆メモどおりにな」

 俺は、ベルトのポーチに大事にしまっていた、ブルガ委員長自筆の賞金増額誓約書も取り出して突きつけた。

「今か?」

「ああ、そして、その中からランファの身請け金は相殺してくれ」

「ランファを連れ去っていたのは、やはり、お前か?」

「ああ、そうだ。相殺で良いよな?」

「……分かった」

「さすが委員長様は物分かりが良いぜ」

 渋い顔をしていた委員長に、俺は、嫌みたらしく、満面の笑顔を見せつけてやった。



 ランファの身請け金としてブルガ委員長が「蒼き月」に支払った六千ギルダーを相殺した後の二千ギルダーは、とりあえず、ギルドの小切手でもらった。そもそもギルダー金貨二千枚など持てる重さじゃない。

 ちなみに「ギルド」とは、大陸内の商工業者組合のことで、首都に本部があり、大陸内のどこの都市にも支部がある全国的な組織だ。アルタス帝国が大陸全土を平穏に支配してくれたお陰で、商工業者は大陸を股に掛けて活動することができたことから、当然、売り掛け、買い掛け、融資といった金の動きも大陸規模となった。そうすると、この広い大陸内を、現金を持って行き来することのリスクを回避するために、業者ごとに口座を持たせて書面上で資金のやり取りをする為替という手続が整備されており、ギルドに口座を持てば、現金を預けておくこともできる。

 イルダの公式プロフィールでは、先の大戦で父母と生き別れとなった豪商の娘ということになっているが、当然、商人ではないので、ギルドに口座など持っていない。

 そこで、ヘキトに保証人になってもらって、イルダの口座を作ることにした。

 将来、アルタス帝国再興のために決起するにしても金がいる。そのための資金を貯めておくこともできるだろう。



 その後、俺達はヘキトとランファを連れて宿屋に戻った。

 イルダやダンガのおっさんもホッとした顔を見せた。イルダは涙ぐんでいて、その可憐さに悶え苦しむほどだった。

「アルス殿。申し訳ありません」

 イルダ申し訳なさそうな顔をして俺に頭を下げた。

「な、何だ? 一緒に行けなかったことを気にしているのか?」

「違います。……実は、すごく恥ずかしいことなのですけど」

 イルダは顔を赤くして目を伏せた。

「何だよ?」

「あ、あのですね、みんなが命を懸けて戦っている時に、私、居眠りをしてしまって」

「……どこまで憶えているんだ?」

「エマさんが来て部屋で話をしていたんです。そうしたら急にすごい睡魔が襲って来て……。エマさんが話していることも、全然、頭に入らなくなってしまったのを、エマさんも気がつかれたみたいで、少し横になっていると良いって言われて、ベッドに横になった時点で、もう記憶が飛んでいるんです」

「きっと疲れていたんだよ。イルダは俺達とは違う緊張感の中にいるんだから当然さ。気にすることはないさ」

「すみません。でも、みんなが無事に帰って来てくれて本当に良かったです!」

「ああ! ところで、リーシェはどうしてる?」

 子供リーシェの姿が見えなかった。

「何か眠かったみたいで、私と入れ替わりに眠ってしまいました」

 リーシェも何だかんだと疲れていたんだろうか?



 その日の夕食。

 大きな仕事をやり遂げて、イルダが豪勢な食事を用意してくれていた。

 ヘキトとランファも同席していて、ヘキトも食事代を余計に出してくれていたようだ。

 宿屋の主人からも、魔龍ドラゴン退治のお礼だと言って、極上の葡萄酒の差し入れがあった。

 血糊が付いた俺の服も宿屋の召使いが洗濯をしてくれたので、俺は宿屋が用意してくれたチュニックを着ていた。リーシェも魔龍ドラゴンの翼を切り取った時に、かなりな返り血を浴びていたが、どうやら魔法で服まで綺麗にして子供リーシェに戻ったようだ。

「アルス殿、リゼル、ナーシャさん、本当にお疲れ様でした!」

 イルダの言葉で宴が始まった。

魔法士ウィザードのリーシェさんにも参加してほしかったのですけど」

「酒が嫌いみたいだから、人と一緒に飯を食うのは嫌いらしいぜ」

 と言う俺の言い訳も聞いてないで、子供リーシェは、テーブルの下に潜り込み、子犬のコロンに肉をあげていた。

魔法士ウィザードのリーシェ殿の魔法には、本当に惚れ惚れさせられます」

 リーシェのことを話すリゼルはいつも嬉しそうだ。

「リーシェさんに賞金をお渡ししないで良いのでしょうか?」

「リーシェは、魔龍ドラゴンの卵が欲しかったみたいで、それさえあれば良いから、賞金は自由に使えと言っていたぜ」

 そう言えば、リーシェは、あの魔龍ドラゴンの卵をどこにしまったのだろう?

「アルス殿」

 俺の隣に座っているヘキトが、更にその隣に座っているランファと一緒に俺を見ていた。

「お借りした三千ギルダー、利息を付けて、毎月、必ず、イルダさんの口座にお支払いします」

「そうかい。そいつは楽しみだ。なあ、イルダ?」

「はい。でも、無理はされないでくださいね」

「いえ、必ず、責任は果たします!」

 ヘキトが強い調子で言うと、隣でランファもしっかりとうなずいた。

 その息の揃った二人を見ていると、また俺はじれったくなってしまった。

「ヘキト! お前には、まだ、果たしていない責任があるんじゃねえのか?」

「はい?」

「ランファは店からも委員長からも自由になった。しかし、逆に言うと失業したんだぜ。そんなランファをヘキトはどうするんだよ?」

 俺の発言の意図が分かったイルダは、ワクワクした顔でヘキトを見つめていた。

「そ、それは……」

「はっきりしろよ! ヘキトはランファのことをどう思ってるんだ?」

「ランファちゃんはね、ヘキトさんのことが好きなんだってさ」

 不意打ちとも言えるエマの声に、みんなが驚いた。

 エマはテーブルの端っこに顔だけ出して、誰かの皿からかすめたと思われる骨付きの肉にかぶりついていた。

「ランファちゃんを委員長の所から助けて来た後、いろいろと話をしていた時に話してくれたんだよ。ねっ、ランファちゃん!」

 当のランファは顔を真っ赤にしてうつむいていた。

 そんなランファの姿を見て、やっとヘキトも踏ん切りをつけたようだ。

「ランファさん!」

「は、はい!」

 叫ぶようにヘキトがランファを呼ぶと、びくつきながら、ランファも顔を上げた。

「私と、け、け、け、け」

 後の言葉が喉に引っ掛かっているのか、なかなか出てこなくて、俺も突っ込まざるを得なかった。

「喧嘩でもしたいのかよ?」

「ち、違います!」

「じゃあ、しゃきっとしろ、ヘキト!」

 俺の活で、ヘキトの顔が引き締まった気がした。

「ランファさん、私と、け、結婚をしてください!」

 ランファに向かって頭を下げたヘキトの手をランファが優しく握った。

 思わず顔を上げたヘキトにランファの満面の笑みが返されていた。

「はい。不束者ですが、よろしくお願いします」

 俺も思わずガッツポーズをしてしまったくらいで、テーブルから一斉に拍手が起きた。

「あ、あの、でも一つ、許してほしいわがままがあります」

 拍手が止んだ。ヘキトも何事かと心配そうな顔をした。

「私は歌が好きです。ヘキトさんと一緒になっても、歌は続けたいです。ちゃんとヘキトさんのお世話もします。ヘキトさんのお店もお手伝いします。でも、夜に時間をもらって、お客様の前で歌を歌いたいです」

 ヘキトも安心したように、すぐに笑顔になった。

「ランファさんの歌は、私も大好きです! 『蒼き月』に頼んでみましょう!」

「『蒼き月』だって大歓迎じゃねえのか? 借金をチャラにしてもらった上で、引き続きランファに歌ってもらえるのだからよ」

 止まっていた拍手がまた鳴り響いた。

「ヘキトさん! ランファさん! おめでとうございます!」

 イルダとともに、その両隣のリゼルとダンガのおっさんも祝福の拍手を続けた。

 その祝福に答えて、二人は立ち上がって、みんなに深くお辞儀をした。

「ありがとうございます! それもこれもアルス殿や皆さんのお陰です。何とお礼を言えば良いのでしょう?」

「アタイへのお礼は、ランファちゃんの歌で良いよ」

 エマの提案が受け入れられ、ここにいる全員へのお礼として、ランファが歌をプレゼントすることになった。

 無伴奏でゆったりと歌われた甘い恋のバラードは、本当に甘く感じられた。

 

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