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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第五章 商都に響く愛の歌
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第五十五話 作戦会議

 魔龍ドラゴンは、俺達の頭の上を通り過ぎると、巣と思われる場所に寄り添うようにして降り立った。

 魔龍ドラゴンは、上空から丸見えだったはずの俺達のことを気にしている様子もまったく見せず、その長い胴体を横たえた。

 一昨日の夕方、街の上空を飛んでいた魔龍ドラゴンに間違いなかった。

 その時は、はるか上空を飛んでいたから大きさがよく分からなかったが、今、少し離れた所に横たわる魔龍ドラゴンを見ていると、その大きさがよく分かる。口は俺をひと飲みできるほど大きい。そして、胴体の一番太い部分の太さは俺の身長の二倍程度、頭から後足までは十倍程度はあると思われ、後ろ足から尻尾までも同じくらいの長さがあった。

 魔龍ドラゴンは、その長い胴体と尻尾を丸めて、枕代わりの前足に頭を乗せた。

 どうやら、オネムの様子で、目がとろんとしている。



 魔龍ドラゴンが眠たげにその目を閉じた時、それを見計らっていたかのように、密林の中に開けた「広場」の反対側の木陰から、剣や槍、弓を持った男達五人が出て来ると、魔龍ドラゴンに向けて抜き足差し足でゆっくりと近づいて行った。

 魔龍ドラゴンは眠ってしまったのか、音を潜めて背後から近づいて来る男達にまったく気づかないようだった。

 男達のうち二人が弓を構えた。矢を放つには相当な力を要する、殺傷能力が高い最新型の大きな弓だ。あれなら、魔龍ドラゴンの鱗がいかに堅くても突き破ることができるだろう。

 剣と槍を持った残りの男達三人は立ち止まることなく、ゆっくりと魔龍ドラゴンに近づいていた。

 寝込みを襲うのは、相手が魔族や魔獣であっても有効な作戦だ。あの五人、なかなか手練れた賞金稼ぎの一行パーティのようだ。

 剣や槍が魔龍ドラゴンに届く位置まで三人の男達が行き着いた。その中のリーダーらしき男が手を挙げると、後方で弓を構えていた二人が一斉に矢を放った。

 二本の矢は見事、魔龍ドラゴンの背中に突き刺さった。

 同時に襲い掛かる三人の男達!

 しかし、咆哮とともに目を覚ました魔龍ドラゴンは、長い体を激しく揺り動かして、三人の男達の剣や槍を寄せ付けなかっただけでなく、長い尻尾をムチのようにしならせて、弓を放った男二人を弾き飛ばした。二人は体を不自然な形に折って密林の中に飛んで行った。

 そして、魔龍ドラゴンは体を起こすと、すぐに翼を羽ばたかせて上半身を宙に浮かせ、剣や槍を持った男達に向けて、口から炎を吐いた。俺達の所まで熱波が伝わるほどの強烈な炎で、後には三つの炭人形が残っていただけだった。

 地上に降り立った魔龍ドラゴンがその炭人形も尻尾で弾き飛ばすと、哀れ、炭人形はバラバラに壊れて、密林の方に飛んで行った。

 いくつか炭の欠片が残っていたが、魔龍ドラゴンは清潔好きなのか、一つずつ尻尾で弾き飛ばして、巣の周りを綺麗にした。

 魔龍ドラゴンの背に刺さっていた二本の弓は、体の中から何かに押されるようにしてはずれた。そして、その傷は見る見ると塞がれていった。

 治癒魔法ホスピタルではない。きっと、体自体の治癒能力がとてつもなく高いのだろう。

 魔龍ドラゴンは、何事もなかったかのように体を丸め込むと、再び目を閉じた。



 わずかの時間の間に、五人の賞金稼ぎが無惨な死に方をしたのを見て、リゼルもナーシャも少し弱気になっているような気がした。

 作戦自体は悪くなかった。

 しかし、剣や槍を打ち込むタイミングが少し遅かったことと、矢が急所から少しずれたのかもしれないが、魔龍ドラゴンに効果的なダメージを与えることができなかったことが敗因だろう。

 俺は冷静に分析をしていた。

 同業者の悲惨な末路を哀悼すべきなどというセンチメンタルな感情はとっくに忘れている。

 賞金稼ぎになった以上、返り討ちに遭ったとしても、そんな感情を他人から持たれることなど期待していないし、してもいけない。そんな感情を持っていると、命への未練を断ち切ることができずに、結果として中途半端な戦いしかできない。

 命を捨てて戦う。そうしないと生き残れないのだ。



「待たせたの」

 振り向くと、いつもの冷笑を湛えた大人リーシェの姿。 

 魔龍ドラゴンとの戦いは、この魔王様の力無しでは難しいだろう。

 しかし、そのことに胡座をかいていれば、俺もさっきの連中と同じ運命をたどることになる。

 もう何度も捨てて捨てきれなかった命だ! 今回も捨てるつもりで剣を振るうだけだ!

「アルスよ。良い顔をしておるの」

「今頃、気づいたのかよ?」

「ふふふ、安心したぞ」

 そうだ。いつもどおりすれば良いんだ。リーシェも俺が萎縮していないか心配していたようだが、俺の顔を見て安心したようだ。

 リーシェの側にリゼルが近づいた。

「いつも申し訳ありません、リーシェ殿」

「リゼル。そなたは本当に真面目じゃな。今回の魔龍ドラゴン退治は、わらわも希望していたのでな。一緒に頑張ろうではないか?」

「はい! リーシェ殿、よろしくお願いします!」

「リゼルの炎系魔法の威力も大したものじゃ。期待しておるぞ」

「もったいないお言葉」

 リゼルの台詞がまるで王様に対する臣下のような口調になっている。これぞ、魔王様としてリーシェが身につけている風格のせいなのだろうか?

 リーシェは、俺達の前に出ると、額に手をかざして、眠っている魔龍ドラゴンを見た。

「ふうむ。ちゃんと巣があるのう。それに、あやつは、なかなかに力を持っている奴のようじゃな?」

「ああ、さっき目の前で賞金稼ぎ五人が一瞬のうちにやられたよ」

「あの地面の焦げは口から火を吐いたか? 魔龍ドラゴンに間違いないようじゃな」

 リーシェは、なぜだかウキウキと浮かれているように見えた。

「とりあえず作戦を考えよう。四人がどういう役割を果たせば良いのかを決めよう」

 俺がみんなに提案した。今回ばかりは、ちゃんと協力をしあって当たらなければ、さっきの連中と同じ末路をたどることになる。

 俺達は車座になり、草の上に座った。

「何なら、そなたらはここで見ておるか? わらわだけでも良いぞ」

「そう言う訳にいくか!」

 確かに、魔王様なら一人で魔龍ドラゴンを倒すことができるかもしれない。

 しかし、これは「俺達」が受けた依頼で、その成功報酬は「俺達」が受け取るのだ。リーシェ一人に任せることなどできない。

「変なところで律儀じゃな。アルスよ」

「お互い様だろ?」

「ふふふ、では、どうする? わらわは頭が悪いゆえ良く分からぬ。良い策があれば、それに従うぞ」

 珍しく殊勝なことを言ったリーシェがリゼルを見ると、リゼルもその期待に応えるべく、すぐに口を開いた。

「先ほどの別の一行パーティとの戦いを見ていて、気をつけなければならない攻撃が分かりました。口からの火炎攻撃、そして強烈な破壊力を持つ尻尾です。奴の動き自体はそれほど俊敏ではありませんが尻尾だけは別です。それと飛び道具たる火炎攻撃さえ封じれば勝機はあるでしょう」

「さすがはリゼルだ。俺も同意見だ」

 リゼルは俺を照れくさそうに見た。

「しかし、私も魔龍ドラゴンと戦ったことはないが、魔龍ドラゴンには弱点があるのだろうか?」

 リゼルの問いに答えることができなかった俺は、救いを求めるようにリーシェを見た。

魔龍ドラゴンに特に弱点とする所はない。普通に、頭をかち割るか、心臓を突き刺すかのどちらかじゃろう」

「お前の経験からして、どっちが容易たやすい?」

「そうじゃのう。意外と頭蓋骨は固いから、心臓の方が攻めやすいかのう?」

魔龍ドラゴンの心臓はどこにあるんだ? 普通に胸か?」

「そうじゃ。あの左前足の内側じゃ」

 ――俺はしばらく、先ほどの賞金稼ぎの連中との戦いで見せた魔龍ドラゴンの動きを頭の中で再現させながら、討ち取る手順をシミュレートさせてみた。

 奴の胸の中に飛び込まなければ、心臓に剣を突き刺すことなどできない。

 しかし、奴の目の前に立つことは、その前足で叩き潰されるか、火炎攻撃の的になるだけのような気がする。

 俺は昨日から考えていた策を採ることにした。

「奴が上体を起き上がらせると心臓に剣は届かない。心臓を一撃で突き刺すことは難しいな。こっちにはカレドヴルフがある。頭なら奴の前足は届かないし、尻尾で追い払うにしても、間違って自分の頭をしばきかねないから、尻尾を全力で振ってくることもないだろう」

「奴の頭に飛び乗るつもりか?」

「そうだ。しかし、奴が元気だと、頭を振り回されて、せっかく頭に乗ってもすぐに振り落とされてしまう。繰り返し攻撃をして、奴をある程度、弱めておく必要があるな」

「それは私がやろう」

 リゼルが魔龍ドラゴンに連続攻撃をして体力を消耗させる担当に立候補してくれた。飛び道具である炎系の魔法を立て続けに発動できるリゼルが適任なのは論を待たないだろう。

「でもさあ、せっかく、リゼルさんが痛めつけても、飛んで逃げられてしまうかもしれないよ」

 いつになく、ナーシャが良い意見を出した。

「それもそうだな。そうすると、事前に飛べないようにしておく必要があるということだな」

「それは、わらわがやろうぞ」

 今度は、リーシェが立候補してくれた。

「奴の翼をむしり取ってくれるわ」

「どうやって?」

「この剣でじゃ」

 魔王様の剣だけあって魔剣だろうから、あの大きな魔龍ドラゴンの翼を切り取ることもできるだろう。

「リゼルに助太刀サポートしてもらえるとありがたい」

「もちろんです! リーシェ殿!」

 リーシェに当てにしてもらえて、リゼルも嬉しそうだった。

「リーシェが翼をもぎ取ろうとしている間、リゼルだけでなくて、俺とナーシャも奴の目の前をちょこまかと動いて奴の注意を引きつけておく」

「ふむ。奴の火炎攻撃に気をつけるのじゃぞ」

「分かってるって! そして、とどめは俺が奴の頭に飛び乗って、このカレドヴルフを脳天に突き刺す!」

「しかし、いかにリゼルの攻撃で弱っていたとしても、事切れるまでは、あやつは動き回るじゃろう。そのまま頭に乗っかかっているのは難しいのではないか?」

「そこでナーシャの出番だ」

「ボクの?」

「そうだ。やり方はこうだ。リーシェは二人までなら一緒に転移させることができる。だから、俺とナーシャを一緒に奴の頭に飛ばしてくれ」

「それは良いが?」

 リーシェに見られたナーシャが「ボクは何をするの?」と言う顔をした。

 ナーシャ自身には、それほど戦闘能力がある訳じゃないから、何をさせられるのか、不安になったようだ。

「心配するなよ。お前に戦ってもらおうとは考えてねえよ。これだ」

 俺は腰にぶら下げていた縄をみんなに差し出した。

「アルスが腰に縄をぶら下げているのが見えたから、どうするのだろうとは思っていたのだが?」

 リゼルが訊いた。

「これで、奴の頭に二つ突き出ている角に俺を縛り付けてくれ」

 奴の頭には、二本の角が出ている。その間隔は、俺の身長程度で、その間に俺が立つことができるだけの広さがある。そして、俺の体に巻き付けた縄を左右の角に縛り付けることで、俺は振り落とされることなく、奴の頭に踏みとどまり、奴の脳天に繰り返し攻撃を仕掛けることができる。

「あの角にしがみついていないと振り落とされてしまうが、空が飛べるナーシャならそんなことは関係なく、縄を縛ることができるだろ?」

「なるほど~。アルスが喜ぶくらい強く縛れば良いんだね?」

 こんな時に人の性癖をあらぬ方向に持って行くんじゃねえよ!

 もっとも、ナーシャが、今、そんな冗談を言えるってことで、ナーシャにこの役を任せることができると確信した。

「じゃあ、お復習さらいをしよう。まず、今回の戦いで注意すべきことは、奴の口からの火炎攻撃、そして、鞭のような奴の尻尾だ」

「あの火炎は、一瞬で炭にされてしまうほど強力だ。ただ、顔から正面に向けてのみしか放つことしかできないようだから、くねくねと動く魔龍ドラゴンの顔の正面に立たないように注意をしている必要がある」

 リゼルが俺の意見の補足をしてくれた。

「そうだな。そして、俺達の攻撃の手順はこうだ。まず、俺やナーシャは、奴の周りをうろちょろと動き回って、奴の注意力を引き付けておく。また、リゼルは火の玉で奴を攻撃してもらう。その隙に、リーシェが奴の背中に転移して、羽を切り取る」

 輪になっているみんなを俺が見渡すと、みんながうなづいた。

「リーシェが翼を切り取ると、奴は空を飛べなくなる。その後、リゼルは引き続き炎で攻撃をしてもらい、奴の体力を奪っていく。その間、その他の者は、やはり奴の周りをうろちょろと動き回って、リゼルへの反撃を最小限に抑える。もちろん可能なら攻撃を仕掛けてダメージを与えてくれ」

 また、みんながうなづく。

「奴の弱り具合を見てから、俺がリーシェに合図をするから、リーシェは俺とナーシャを奴の頭に転移させてくれ」

「分かったぞ」

「振り落とされないように、俺は奴の角にしがみついているから、ナーシャは縄で俺を奴の二つの角の間に固定する」

「らじゃあ!」

「後は俺がとどめを刺す!」

 みんなの顔を見る。

 全員が自分のやるべきことをはっきりと認識できたはずだ。リゼルとナーシャの顔に浮かんでいた弱気の影もすっかりと消えていた。

 

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