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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第五章 商都に響く愛の歌
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第五十二話 賞金の使い道

 ヘキトが懐から鍵を取り出すと、玄関の扉を大きく開いた。

 この家の主がいなくなってから、それほど時間が経っていないようで、店の中は埃っぽくなかった。

「お前らはここで待ってろよ!」

 俺が怖いお兄さん二人に命令口調で言ったが、銀貨の威力か、お兄さん方は怒ることはなかった。

 怖いお兄さん二人を玄関先に残して、ヘキトが開けてくれた扉から俺とランファは中に入った。

 そこには、四卓の丸テーブルと椅子が置かれていて、奥にはカウンターがあった。営業が始まると、ここで商談が行われるのだろう。

 カウンターの更に奥には、何も無い部屋があり、おそらく倉庫だと思われた。

 倉庫の手前には、二階に上がる階段があった。

 ヘキトに続いて、二階に上がると、そこは部屋が三つほどあった。

「この二階で生活ができます。部屋が三つありますから、家族が増えても大丈夫です」

 きっと何も考えずにそう言ったヘキトがランファの顔を見て焦った。

「あ、あの、そ、それだけ部屋があるということです」

 口を手で隠しながら失笑したランファに、俺は話を振った。

「ランファだって、家がもともと商売をしていたんだから、商人の妻の方が収まりが良いんじゃないか?」

「そうかもしれません」

「ちゃんと借金を返しているんだから、お金についてもしっかりとしているんだろう。こういう人が奥さんでいてくれたら良いよな、ヘキトよ?」

「そ、そうですね」

 ヘキトの奴、顔を真っ赤にして汗まみれになってやがる。そんな顔を見たら、お節介婆さんみたいに世話を焼きたくなるじゃねえか。

「そうですね、じゃねえよ! ランファが奥さんになってくれたら嬉しいんだろ?」

「い、いきなり何をおっしゃるんですか?」

「違うのか?」

「そ、それはそうですけど……」

 ランファを見てみると、ランファは恥ずかしいけど嬉しいって顔をしていた。

「ランファは、借金を返し終わっても歌手を続けたいのか?」

「歌は好きですから、年を取っても声が変わらないのであれば歌いたいです。でも」

 ランファは、ちらっとヘキトの顔を見た。

「ヘキトさんが私の借金が無くなるまで待っていていただけるのなら、ヘキトさんのお店のお手伝いもさせていただきたいと思います」

「ラ、ランファさん! そ、それって……」

「……」

 お互いに真っ赤な顔をしてうつむきあった二人を、俺は今すぐにでも一緒にさせたくなった。

「ヘキト!」

「はい」

 顔を上げたヘキトに、俺は親指を立てた。

魔龍ドラゴン退治の賞金は四千ギルダーだ。そのうち三千ギルダーでランファの借金をチャラにしてやるぜ」

「えっ!」

 ヘキトはもちろん、ランファも驚いた顔をした。

「正直言って、旅をしている身の俺達にはそんな大金は必要ないのさ。もっともそのことは、うちのご主人様であるお嬢さんの賛同を得ておく必要があるんだが、きっと、俺の考えに同意してくれるはずだ」

 そうだ。そんな大物を狙って、この街に来たんじゃない。

 昨日倒した魔獣ゴリラのように、五十ギルダー程度の依頼を何回かこなして三百ギルダーくらいでも稼げたら御の字と考えていたのだが、リーシェが魔龍ドラゴンを倒せと言うし、ヘキトの出店許可を得るためにも魔龍ドラゴン退治が必須とされていたから依頼を受けただけで、今すぐ四千ギルダーもの大金を必要としている訳ではない。

「だから、魔龍ドラゴン退治で俺が四千ギルダーを手に入れたら、それでランファを身請けしよう。そうすれば、ランファもすぐに結婚できるだろ? 良い人がいれば」

 横目でヘキトを見ながら、ランファに尋ねた。

「自由の身になれば、もちろんそうですが、アルス殿にそんな大金を出していただく理由がありません! 何の関係もない私に三千ギルダーも払うなんて、お金をどぶに捨てるようなものです! アルス殿が命を掛けて得たお金はアルス殿ご自身のために使われるべきです!」

 ランファが必死になって、三千ギルダーを出そうとする俺を諫めた。

「さっきも言っただろう? 俺は今すぐ四千ギルダーもの金を必要とはしていないんだ。しかし、目の前にその金があれば自由になれる人がいる。これ以上ない有効な金の使い道だと思うんだけどな」

「でも!」

「アルス殿!」

 ヘキトがランファの言葉を遮って、俺に真剣な眼差しを向けた。

「そのお金、私に貸していただけませんか?」

 ヘキトの突然の申出に、ランファも言葉を発することを忘れてしまったようだ。

「貸すってことは、返してくれるということか?」

「はい、もちろんです! ランファさんが言ったとおり、この街に縁もゆかりもないアルス殿からお金を出していただく訳にまいりません!」

「じゃあ、ヘキト! お前はランファの何なんだ?」

「えっ! そ、それは……」

「確かに、俺はこの街にもランファにも縁もゆかりもないが、お前もランファとの間には縁もゆかりもないんじゃねえか?」

「そ、それは……」

「何なんだよ? はっきり言えよ!」

 俺は、心の中で嫌らしい笑いを上げていた。趣味が悪いと軽蔑したければすれば良い!

 しかし、これくらい、ずばっと言ってやらねえと、まどろっこしくてしょうがねえ!

 ほらほらっ、ランファも目をうるうるとさせて見つめているぜ!

「わ、私は、ランファさんの……」

「うん、ランファの?」

「ランファさんの……」

「……」

「ヘキトさん!」

 痺れを切らしたかのように、ランファがヘキトを呼んだ。

「わ、私は、ヘキトさんの友人だと思っています。それもすごく大切な……。だから、ヘキトさんの申出はすごく嬉しいですけど、三千ギルダーなどという大金をご負担させることなどできません!」

「い、いえ! 私は負担します! ランファさんの未来を私の未来にしたいですから!」

「えっ……」

 二人の間だけ時間が止まってしまったな。こうなれば俺は完全にお邪魔虫だ。

「ヘキト!」

「あっ、はい!」

「三千ギルダーを只でもらうのが心苦しいって言うのなら、お前が言うとおり、お前に貸し付けることにしてやる。絶対、貸し付けをしてやるから待ってろ!」

「は、はい!」

「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ。ご主人様が心配しているといけないからな。『蒼き月』の女将が帰る頃合いまでには、ランファを解放してやれよ」

 俺は、二人を残して一階に降り、玄関から外に出た。

 扉の前には、怖いお兄さん二人が大人しく待っていた。

「今、ランファは上の階でおしゃべりをしている。邪魔をするなよ。終わったら、二人はちゃんと降りてくるから」

 俺は、そう怖いお兄さん二人に言い含めると、宿屋に向けて歩き出した。



 ここに来た時よりも街の護衛兵の姿が多い気がした。

 ひょっとして、俺を捕らえようとしているのかと思ったが、よく考えてみれば、捕まるような悪いことをした憶えはない。

 後ろから大勢の足音が聞こえてきた。振り返ると護衛兵の一団が駆け足で迫って来ていた。

 しかし、兵士達は、俺を通り過ぎて、そのまま走り去って行った。

 何だ? 何やら街が騒然としている感じだ。

 俺は、近くを通り掛かった男に「何かあったのか?」と訊いた。

「知らねえのか? 女盗賊のエマから、今夜、ブルガ委員長の店に忍び込んで金を奪うって犯行予告があったんだよ」

 ――エマの奴、いよいよ本気を出したな。

 と言うことは、今夜、この街は厳戒態勢になるはずだ。

 だから、こんなに護衛兵が多いのか。

 しかし、エマの犯行予告時刻は今夜だ。既に陽は西に傾いてきているが、夜までには時間はある。それなのに、兵士らの顔付きは、今、まさに緊急事態が起きているように、少し引きつっていた。

 それに、兵士はみんな、前方へと駈けて行っている。前方には委員会議事堂もブルガ委員長の店もないはずだが……。

 また、護衛兵の一団が整列しながら俺を通り過ぎて前方に駈けて行った。その後ろ姿を何気なく見つめていた俺の視界の端で何かがうごめいた。

 顔を上げると、見慣れない巨大な影が雲の間からこちらに向かって来ているのが見えた。そして、それが何なのかは、すぐに分かった。

 蛇のように体をくねらせながら飛んでいるその影から逃れるように、前から多くの住民が逃げて来ていた。

 俺の方に突進してくるその集団は、かなりパニックになっているようで、ただ、後の空から迫り来る恐怖から逃げることだけに意識が支配され、俺のことを誰も見ていなかった。

 俺は急いで通路の端に寄り、その集団をやり過ごした。

 そして、もう一度、空を見てみた。

 クネクネとした影は更に大きくなって、はっきりとその姿を見ることができるようになっていた。

 ワニに似た顔、鹿のような二つの長い角、青白い蛇のような体にトカゲのような四つの短い足、そして背中には蝙蝠のような翼――間違いない! 魔龍ドラゴンだ!

 ――ギョェー!

 街中に不気味な鳴き声が響いた。

 迫り来る魔龍ドラゴンに、多くの住民が逃げ惑い、住居の窓や扉が一斉に閉じられた。

 しかし、魔龍ドラゴンは、地上の様子にはまったく興味がないようで、悠々と空を飛んでいた。

 地上から、たまに矢が放たれたが、とても矢が届くような高さじゃない。

 魔龍ドラゴンが矢の届く高さにまで降りて来ないうちは、上空に向けて矢を射ると危険だ。矢がどこに落ちて来るのか分からないのだからな。

 だから、指揮官は矢を放つことを許可していないはずだが、たまに放たれるのは、恐怖により正常な判断能力を失った護衛兵が暴発させているのだろう。

 魔龍ドラゴンは、その体にも届かずに落ちていく矢にも興味を示さず、悠然と街の上空を通り過ぎて、北東方面に飛び去ってしまった。

 北東方面に向かったということは、あいつが俺の受けた退治依頼の対象に間違いないだろう。

 魔龍ドラゴンが飛び去ってからも、その姿は強烈な印象を住民らに植え付けたようで、街中が騒然としていた。

魔龍ドラゴンは、よく姿を見せるのか?」

 近くで立ち尽くしていた男に尋ねると、男もかなり興奮しているようで、うわずった声で答えた。

「いいや、俺は生まれた時から、この街で暮らしているが、初めて見たぜ」

 街の混乱ぶりから言って、この男の言うとおりなのだろう。

 確かに、森などで棲息している魔龍ドラゴンが街に姿を見せるのは珍しい。俺も街で魔龍ドラゴンを見たのは初めてだ。

 もっとも、魔龍ドラゴンの様子から言って、街に用事があった訳ではなく、餌でも採りにどこかに出掛けていて、巣まで帰る途中に、たまたま街の上空を通っただけなのだろう。



 宿屋に帰り着くと、食堂に揃ったみんなに魔龍ドラゴン退治の依頼を受けて来たことを報告した。

「リーシェ殿は、いつ、ここに来られるのだ?」

 と俺に訊いたリゼルだけでなく、リーシェがいないと魔龍ドラゴン退治は困難だということは、みんなの共通認識だ。

「明日には来られるはずだ。明日、早速、依頼を遂行しに行くことにしよう」

「いや、リーシェ殿も来られて、すぐに魔龍ドラゴン退治は大変だろう。明後日にした方が良いのではないか?」

 転移魔法トランスポートを使うとしても、わざわざ来てくれる魔法士ウィザードのリーシェを気遣って、リゼルが提案した。

 本当は、もうイルダの隣にいるのだが、一晩ゆっくりとしてもらって万全の体調で臨んでもらいたいというイルダの言葉もあって、魔龍ドラゴン退治は、一日伸びて明後日となった。

 その後、俺は賞金の使い道について相談をした。

「まだ手にもしていない四千ギルダーの賞金の使い道を、今、相談するのも何だが、俺の考えを聞いてくれないか?」

 俺は、ヘキトとランファのことをみんなに話して、三千ギルダーをヘキトに貸し付けたいことを提案した。

「ランファさんと言う方にはまだお会いしていませんが、あの誠実そうなヘキトさんが夢中になられている方なのですから、きっと素敵な方なのでしょうね?」

 イルダが瞳をキラキラさせていた。こんなところは、まだまだ夢見る乙女って感じだ。

「ああ、俺が保証する。何故か応援したくなる二人なんだ」

「アルス殿が言われるように、残りの千ギルダーだけでも、今の旅の身では多すぎるくらいです。今すぐ必要ではないお金を有効に使う良い手段ではないでしょうか? それにヘキトさんは約束を違えるような方ではないと確信できますし」

 イルダの人を見る目も確かだ。そのイルダに信用に値する人物とされたヘキトへの貸し付けの話に反対する意見など出なかった。

 

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