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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第五章 商都に響く愛の歌
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第五十一話 歌姫の悲しき過去

 怖いお兄さん方に「そろそろ時間だ」と言われて、ランファは後ろ髪を引かれているような素振りを見せながらも、「またお店に来てください」とヘキトに笑顔を見せると、少し後ろで待っていた女将の元に戻って行った。

 女将は、もうヘキトや俺の顔など忘れてしまっているようで、店で見せていた愛想笑いすら見せずに、ランファを連れて無言で去って行った。



 俺とヘキトは、それほど高級でもない食堂に入った。

 獣人オークに襲われた時の礼なら一昨日「蒼き月」でさんざん飲み食いさせてもらっていたから、これから金がいくらでも必要なはずのヘキトの財布から金を抜き取るような真似はしたくなかった。

 な~んて言いながら、しっかりと昼飯をご馳走になるところが俺の俺ゆえたるところだ。

 魔龍ドラゴン退治賞金の前払いとして遠慮なく飲み食いした俺は、昼間からご機嫌で外に出た。

「ありがとうよ、ヘキト」

「いえ、これも投資です」

「分かった! 何十倍にもして返してやるぜ」

「ありがとうございます。それはそうと、アルス殿、これからどこかに行かれる予定はあるのですか?」

「いや、宿屋に戻るくらいだが?」

「私が仮契約した店をご覧になりませんか?」

 ヘキトが嬉しそうに言った。

 このカンディボーギルに初めて持とうとする店だ。人に見せびらかせたい気持ちも分かる。

「そうだな。これからカンディボーギルで七人委員会を凌ぐ繁盛を見せるだろうヘキト商会創業の足跡を目に焼き付けておくか」

「何か、すごいプレッシャーを掛けてませんか?」

「はははは、ヘキトの人望だとすぐだろうぜ」

「こ、これ以上、プレッシャーを掛けないでください!」

 ヘキトをからかうと面白い。

 しかし、それはヘキトが、ちょっかいを出したくなったり、世話を焼きたくなる人間だと言うことだ。

 俺には男色の趣味はないが、ヘキトには、何か助けてやりたくなる可愛げのような魅力がある。それは、ヘキトが商人として大成するための大きな武器になるはずだ。

 俺が、ヘキトの跡について行くと、ヘキトは街の中心部に向かっていた。街の中心部を挟んだ反対側の地区にヘキトの新しい店はあるらしい。

 商都だけあって、大陸中から集まっている商人達の荷馬車が行き交い、その商人達相手に商売をしている店も多くあり、街中、活気が溢れていて、中心部では、混雑するほど人混みが激しかった。

 そこは広い円形の広場になっていて、その広場を取り囲むように九つの大きな石造りの建物が建っていた。広場の入口から正面に見える建物が一番大きく、そこから同じくらいの大きさの建物が左右に四つずつ並んで円形の広場を囲っていた。

「あの正面に見える建物は何だ?」

 隣を歩くヘキトに尋ねた。

「あれが七人委員会の議事堂です。この街の最高権限が集まってる所です」

 大きな柱が並び立つ正面玄関の前は横幅いっぱいに階段になっていて、まるで神殿のような造りであった。

「その左右にある建物が、七人委員会を構成する商人の本店です。残り一つはこの街を護衛する兵士達の本部になっています」

 エマの話によると、七人委員会を構成する七人の商人は、ここにある香辛料の元売り業者で圧倒的な取引量を誇っているらしい。もっとも、それは表向きな話で、七人は、同時にそれぞれが香辛料を栽培している大農園主であり、奴隷を使って格安の原価で採取した香辛料を自分の元売り店に卸している。そして、ヘキトもこれから参入しようとしている小売業者にかなりの利益を上乗せして卸しており、実質、この七人が香辛料の値段を決めているのだ。それで儲からない訳がなく、七人による自治という名の支配は、よほどのことがない以上、終わることはないだろう。

 俺は、委員会議事堂の前まで行ってみた。

 正面には槍を持った護衛の兵士が二名立っていて、その周辺にも多くの護衛兵がうろついていたが、やはり金で雇った傭兵だけに、一糸乱れぬ統率ができているとはお世辞にも言えなかった。

 何となく正面玄関を眺めていると、ランファが怖いお兄さん二人と一緒に出て来た。

 正面の階段を降りてきたランファを、ヘキトが気づかない訳がなかった。

「委員会の昼食会も終わったのでしょうか?」

 きっと、そうなのだろう。

 女将が一緒ではないからか、それとも一仕事終えたということからか、昼飯前に出会った時よりも表情が柔らかい気がした。

 ランファに近づこうと議事堂に向けて歩き出したヘキトの跡について、俺もランファに近づいた。

 ランファもすぐにヘキトに気づいて、小走りに近づいて来た。その後ろにはコバンザメのように、怖いお兄さん二人がくっついて来た。

「ヘキトさん! それにアルス殿」

 また、ヘキトに会えたからか、ランファも嬉しそうだった。

「昼食会は終わったのですね?」

「はい。お二人は?」

「私達も今まで一緒に食事をしていました。これから、私が購入した店舗までアルス殿を案内しているところです」

「ヘキトさんのお店ですか? 私も見てみたいです!」

「えっ、い、いや、まだ何もないですが。それに許可が降りてないですし」

「許可と言えば、ヘキトさんのことを、ブルガ委員長のお耳に入れておきました」

「本当ですか?」

「はい。考えてみると言われて、すぐには許可を出すとは言っていただけませんでしたが」

「い、いえ! ランファさんがそう言ってくれただけでも、私は幸せです!」

 もう、いつ死んでも良いというくらい嬉しそうな顔してやがるが、それで満足してちゃいかんだろ?

「俺も絶対に魔龍ドラゴンを退治するからよ。きっと許可が降りるさ」

「アルス殿は魔龍ドラゴン退治の依頼を受けられたのですか?」

「ああ、賞金額に目が眩んでな」

「先ほどの昼食会でも魔龍ドラゴンの話題が出て、もう何人も亡くなられていると言っていました。アルス殿は大丈夫なのですか?」

「さあな、やってみないと分からねえよ。しかし、俺は勝ち目のない戦はしない主義なんだ。その俺が依頼を受けたんだ」

「……そうですか。ご武運をお祈りします」

「ありがとうよ。それより、ランファも一緒に行こうぜ。ヘキトがこのカンディボーギルで出世をする第一歩となる店によ」

「はい! この後、特に用事もないですから、ヘキトさんがご迷惑でなければ是非!」

「め、迷惑だなんてことありません!」

 まあ、そんなに力説しなくとも分かっていることだ。

「あの、少し寄り道をさせていただいてよろしいですか?」

 ランファは振り向いて、後ろの怖いお兄さん二人に訊いた。

「今まで寄り道などしたことなかったではないか?」

 怖いお兄さんの一人が、少し戸惑った様子でランファに言った。

 こいつらは、言いつけられたことを忠実に実行することしかできない連中なのだろう。

 つまり、自分で考えて行動することができない奴らで、いつもと違うという理由だけで、ランファが寄り道することを許そうとしないのだ。

 俺は、ベルトのポシェットから銀貨を取り出すと、怖いお兄さん方に差し出した。

「ちょっとくらい良いじゃねえかよ。これで何か美味いもんでも食えよ」

「し、しかし」

 金に頼るやり方はゲスっぽくて好きじゃないが、こいつらを打ちのめして、ランファの立場が悪くなっても困る。

「逃げたりしねえよ」

 お兄さん二人はお互いに顔を見合わせて、どうしようかと迷っているようだ。忠誠心がなければ銀貨一枚でも十分だ。

「そういや、女将はどうしたんだ?」

「女将さんは委員長様と込み入った話があったようで、少し遅くなるから先に帰っておくように言われたのです。二刻ほどしたら、また、この方々が迎えに行くことになってます」

 ランファが二人の怖いお兄さんを見た。

「だったら好都合じゃねえか」

 俺は、怖いお兄さんに再び振り向いた。

「女将の迎えの時間までにはランファを帰すからよ。お前らもヘキトの店の前で待ってたら良いじゃねえか。仕事が終わってから、こいつで美味い酒でも引っ掛ければ良いだろ?」

 俺が、怖いお兄さん方の手に気前よく銀貨を三枚ずつ置いてやると、お兄さん方はランファから少し距離を取った。

「ヘキト! じゃあ、連れて行ってくれよ」

「は、はい!」

 ヘキトが先に歩き出すと、俺は一歩下がって跡について行くようにした。自然とヘキトとランファが並んで歩くようになった。

 俺の後ろには、怖いお兄さん二人がついて来ていた。

 って、ヘキト! 何、押し黙ってるんだよ! 何か話せよ!

 ――ったく! しょうがねえな!

「ヘキトは、どうして香辛料商人を目指そうと思ったんだ?」

 あの様子じゃあ、お互いのこともそんなに話をしてないはずだと思った俺がヘキトに水を向けた。

「私の父も香辛料商人だったので、単純にその跡を継いだのです。五年ほど前から父と一緒に行商人をしていましたが、二年ほど前に父は死んでしまいました。母親も早く死んでいて、兄弟もいないので、今は独りぼっちです」

「じゃあ、父親からヘキトがまるまる商売を受け継いだということか?」

「はい。カンディボーギルに店を持つことは、父親も夢見ていたことですが叶いませんでした。でも、父親も少しですがお金を残してくれていたので、それと自分で稼いだ分を合わせて、店を買う資金にしたのです」

「なるほど。親子二代の夢がやっと叶いそうだということだな?」

「はい」

 そんな夢も魔龍ドラゴンのせいで潰れようとしている。何とかしてやりたいと思うぜ。

「ランファは、どうして歌手になったんだ?」

 今度はランファに水を向けた。やはり、そんな話はしたことがないようで、ヘキトが聞き耳を立てたのが分かった。

「私は生まれも育ちもカンディボーギルなのです。小さな頃から歌うことが大好きで、子供の頃は広場でもよく歌っていました」

「ほ~う、それは筋金入りだな。歌好きが高じて『蒼き月』に?」

「い、いえ、実は……」

 ランファは、俺の後ろにいる怖いお兄さん二人をちらりと見て、少し顔をしかめた。

「ああ、話しづらいことなら無理に話さなくても良いぜ」

「い、いえ、まあ、よくある話なんですけど、この街で食品商をしていた父親が博打にはまってしまって、私は、その借金のカタに『蒼き月』に売られたんです」

「そ、そんな……」

 ヘキトが絶句をしていた。

 あれだけご執心だったのに、やっぱり、まだ知らなかったようだ。

 親に売られた子供なんて、どこの街にでもいる。旅をしていると分かるはずだが、倹約家で真面目なヘキトは、俺みたいに、街の裏側を垣間見るような怪しい店に行くことはないんだろう。

「両親は?」

「行方不明です。私が売られたお金だけでは精算できずに借金が残っていたようで、その取り立てから逃げるように、私だけを残して、家族みんながこの街から逃げて行ってしまいました」

 淡々と語っているが、家族に捨てられるなんてのは、かなり辛かったはずだ。

 俺は物心が付いた時から天涯孤独だったから、実の親を恨もうとも恨めなかったけどな。

「そっちの返済は大丈夫だったのか?」

「その頃には、私も『蒼き月』でそこそこ名前が売れていましたから、お店が肩代わりしてくれたんです」

「結局、貸し主が『蒼き月』に替わっただけということか?」

「はい」

「いくらくらいだ?」

「三千ギルダーほどです。お店の給料から天引きされているのですが、完済まで、あと十年ほど掛かりそうです」

 いくら売れっ子歌手でも、普通に生活をしながら、一年で三百ギルダーという返済額は、日々の生活費をかなり圧縮しないと捻出することは難しいだろう。華やかな舞台で煌びやかな衣装をまとった歌姫も、かなりの倹約を強いられているはずだ。そう言えば、おそらく普段着であろう今日の衣装も質素なドレスだ。

「ランファは頑張り屋さんだな」

 いえいえと首を横に振るランファだが、そういう逆境にあるにもかかわらず、舞台では、そういうところを微塵も見せずに、観客を楽しくさせる魅力的な笑顔を見せているのは、さすが専業プロ歌手だ。

 その後、ある程度はほぐれてきたヘキトとランファが話をしているのを微笑ましく後ろから見ながら歩いていると、ヘキトがある建物の前で立ち止まった。

「ここです」

 ヘキトが指し示した建物は、行商人の荷馬車と思われる小さな馬車が何台か停まっている店の間で、閑散とした雰囲気を漂わせている、扉が閉められている店だった。

 

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