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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第五章 商都に響く愛の歌
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第四十九話 密林の魔獣退治

 結局、成功報酬五十ギルダーの魔獣退治の依頼を受けて、俺達は酒場を出た。

 相手は、俺達が通ってきた街道に再々出て来ては悪さをするゴリラの親玉のような魔獣で、いつもは街道近くの密林に棲息しているようだ。

 街を出た俺達は、最新の目撃情報を元に、相手がいそうな場所まで密林を進んで行った。

 南国独特の樹木が生い茂って、つるが垂れ下がっていたり、倒れた樹木がそのまま横たわっていたりで、まっすぐ進むこともままならなかった。

 しかし、そういった道無き道を進んでいると、草木が踏みしめられて自然にできた獣道を見つけた。

 草自体は新しく、つい最近も何者かが頻繁にここを通っているようだ。

 その獣道を特に当てもなく歩いていると、突然、密林に咆哮が木霊こだました。

 聞いたことのない鳴き声だ。俺達はその方向を注意深く見渡しながら用心して進んで行った。

 頭上にはナーシャが飛んで遠くを見渡しているが、生い茂った樹木がナーシャの視界の何割かを遮っているはずだ。

「あっ!」

 ナーシャが叫び声を上げた。

「どうした?」

「大きな影が見えたけど、すぐに茂みの中に隠れちゃった! 注意して!」

 俺とリゼルは背中合わせで立ち止まって、それぞれの方向を注視するとともに耳をそばだてた。上空では、ナーシャが浮かんで、ぐるぐると回りながら全方位を見つめていた。

 ナーシャが影を見た方向から飛び出てくるとは限らない。茂みに隠れて、後ろに回り込むことだって十分考えられる。

 しかし、風で樹木の葉がこすれる音しか聞こえない。

 時々、鳥が飛び立つ音で緊張が走る。

 俺達に何かが近づいてくる気配は感じない。

「逃げたのか?」

「分からない」

 背中越しにリゼルに訊いたが、俺同様、リゼルも分かるはずがなかった。

「とりあえず先に進むか?」

 俺がリゼルにそう言った瞬間!

 近くの草むらから大きな影が高くジャンプして、俺達に襲い掛かってきた。

 俺とリゼルが咄嗟に飛び退いたその場所には、赤い目を光らせた巨大なゴリラが降り立っていた。

 俺の身長の一.五倍ほどの大きさで、よだれを垂れまくっている口からは二本の鋭い牙が出ていた。

 間違いない! 討伐対象の魔獣だ!

「リゼル、行くぞ!」

「よし!」

 リゼルが火の玉を巨大ゴリラに放り投げると同時に、俺はカレドヴルフを抜いて巨大ゴリラに突進した。

 しかし、巨大ゴリラは想像できないほどに高く跳躍して、火の玉をやり過ごすと、俺のすぐ近くに着地した。

 咄嗟に身を屈めて、振り回してきた長い前足の直撃を回避すると、巨大ゴリラに背を向けてダッシュして、距離を取った。

 しかし、振り向くと、高くジャンプした巨大ゴリラが俺に向けて飛び掛かって来ており、更に背を向けて必死で走った。

 寸前まで俺がいた場所に着地した巨大ゴリラは、思いの外、身軽に飛び跳ねながら、俺を逃すまいと追い掛けて来ていた。

 もちろん、それをリゼルも黙って見ていた訳ではなく、何度となく火の玉を放ったが、巨大ゴリラは反則的な反射神経で、それを簡単に避けていた。

 どでかい図体にもかかわらず、すばしっこい奴だ。

 また、巨大ゴリラの前足の一撃は太い樹木の幹を簡単にへし折るほど強烈で、その倒れる樹木の下敷きにならないようにも気をつけながら、俺はゴリラから逃げまくった。

 もちろん、闇雲に逃げているわけではない。

 密林の中では、樹木に邪魔されてカレドヴルフを思い切り振り回すことができない。

 上空にいるナーシャが示してくれている、樹木が開けている場所に相手を誘き寄せているのだ。

 打合せしていた訳ではなかったが、俺の逃げる方向を見て、リゼルも俺の意図が分かったようで、火の玉攻撃を止めて、少し距離を取りながら、俺と同じ方向に走り出した。

 しかし、巨大ゴリラは、リゼルではなく、やはり俺を追って来ていた。火の玉を投げてくるリゼルよりも、手も足も出せずに逃げまくっている俺の方が弱いと思ったのだろう。

 しばらくすると、樹木が生い茂っている場所から抜け出し、草原に出て来たが、俺は、そのまま真っ直ぐ前を向いて走った。

 巨大ゴリラが良い気になって、そのまま俺を追い掛けて来ているのを確認した俺は、にわかに立ち止まって振り向いた。

 前からは巨大ゴリラが不用心に俺に飛び掛かってきた。辺りは草原で自由に動くスペースも確保できている。俺は素早く横に移動して、着地した巨大ゴリラの右肩にカレドヴルフを振り下ろした。

 右肩から血潮を吹き上げながら、苦痛の叫び声を上げた巨大ゴリラは、自分が草原に誘き寄せられたことにやっと気づいたようで、俺に背を向けて密林に戻ろうとした。

 しかし、別方向から来ていたリゼルが、巨大ゴリラの向かう先に火の玉を放ち、密林の手前の草原を火の海にした。

 こうなれば、こっちのもんだ!

 俺は、巨大ゴリラに突進をすると、その足元を狙って、カレドヴルフをなぎ払った。

 ゴリラは、それを避けるために高く跳躍したが、お見通しだ。

 俺は、すぐに巨大ゴリラの着地地点を予測して、その背後を取る位置に走り込んだ。

 今まで巨大ゴリラの跳躍を何度も見ていて、どれだけ飛んで、どこに着地するのかが予測できるようになっていた。

 果たして、俺の予想どおりの位置に着地した巨大ゴリラの背後に回っていた俺は思いきりカレドヴルフを真横に払った。

 巨大ゴリラの背中に真一文字に付けた傷から噴き出た鮮血が目に入らないように顔の前に左腕をかざしながら、右手で持ったカレドヴルフを背中から巨大ゴリラの心臓を目掛けて突き刺した。

 断末魔の叫びを上げた巨大ゴリラは、しばらく巨大な体を痙攣させていたが、痙攣が止まると倒れて地面を揺らした。



 巨大ゴリラの首を取って、街に戻ろうとすると、突然、激しい雨が降ってきた。気温も急激に下がっている。

 この地方特有の夕立スコールだ。

 雨宿りができるところまで急ぎ足で歩いた。

 強い雨は俺の服に付いていた返り血を洗い流してくれたが、それ以上に体温が奪われる。

 葉が生い茂っている大きな木の根本にたどり着いて、そこに座り、雨が通り過ぎるのを待つことにした俺は、歯がガチガチと鳴るほど寒気を覚えていた。リゼルもナーシャも顔面が蒼白になっていた。

「大丈夫か、みんな?」

 二人ともうなづいたが、言葉を発する元気はなくなっているようだ。

「ナーシャ、俺に抱きつけ」

「良いの?」

「ああ」

 俺が座ったまま胸鎧ブレストプレートを外すと、ナーシャは俺の前に回り込み、正面から俺を抱き締めた。

 と言うと卑猥なスタイルを想像するかもしれないが、子供並みの身長しかないナーシャを俺が抱っこしている状態で、俺が子守をしているようにしか見えないはずだ。

「何をしているのだ?」

 俺の隣に座っていたリゼルが怒ったように訊いた。

「凍えそうな寒さをしのぐのは抱き合っているのが一番良いんだ。あんたらと出会う前に、すかんぴんで野宿を続けていた俺とナーシャが考えついた凍死防止対策さ」

 俺の説明を受けても、男と女が人前で抱き合うことはふしだらなことだと思い込んでいるようで、リゼルは納得できていない顔をしていた。

 しかし、そのリゼルの顔は褐色でも青白くなっていたし、唇も紫色に変色していた。

「リゼルも俺にくっつけ!」

「そ、そんなことができる訳がなかろう!」

「そのままじゃ凍え死んでしまうぞ。良いからこっちに来い!」

 俺は腰をずらしてリゼルに体を付けると、その肩を持って強引に抱き寄せた。

「な、何をする!」

「リゼルの命を助けている……つもりだ」

 俺がリゼルの顔を見ると、リゼルは、その距離の近さに照れたように顔を赤らめながら目をそむけた。

 実際、体を密着させていると、お互いの体温で暖かく感じる。命の危機に直面している時に恥ずかしがっている場合ではない。

 リゼルも観念したのか、自ら俺に体を密着させて、頭を俺の肩に乗せた。

 …………リゼルの豊満な胸が俺の脇腹にぷよぷよと当たっているのだが。

 俺は寒さを忘れるどころか、体が火照ほてってきてしまった。

 静まれ、俺!



 しばらくすると、雨は上がった。

「じゃあ、行くか?」

 俺が名残惜しそうにリゼルに言うと、リゼルは、無言でうなづいて立ち上がった。

「おい、ナーシャ! 起きろ!」

 俺に抱きついたまま居眠りしていたナーシャを叩き起こして、俺も立ち上がった。

「リゼル、大丈夫か?」

 顔を伏せていたリゼルが心配になって声を掛けると、リゼルは「大丈夫だ」とポツリと呟いた。

「と、とにかく、早く街に帰ろう!」

 そう言って、早足で歩き出したリゼルの跡を追って、俺とナーシャも街への帰路に着いた。



 依頼主から成功報酬五十ギルダーを受け取ると、夕闇が迫ってきている中、宿屋に向けて歩き出した。

「アルス殿!」

 俺を呼び止めたのは、ヘキトだった。

 ヘキトは俺達に近づいて来て、リゼルとナーシャに会釈をすると、俺の正面に立った。

「アルス殿にお話があるのですが?」

 ヘキトは深刻そうな顔をしていた。

 空気を読んだリゼルとナーシャが先に宿屋に帰っていると言って離れていくと、ヘキトは「座ってお話を」と言った。

 承諾した俺を連れて、ヘキトが入ったのは、俺が依頼を受けた酒場だった。

 空いているテーブルに向かい合わせに座ると、早速、ヘキトが話し始めた。

「実は、今日、街を回って、良い空き店舗を見つけたのです」

「そいつは良かったな」

「はい。売り主と仮契約も済ませたのですが、委員会の出店の許可がいただけなかったんです」

「何か不備でもあったのか?」

「いえ、そうではなくて、今は、新規出店だけでなく、空き店舗の補充であっても許可はされていないそうなんです」

「それじゃあ、誰もカンディボーギルに店を待つことはできないということじゃねえか?」

「そうなんです。ある条件をクリアしないと無理なようなのです」

「その条件とは?」

「この街の北東方向に出没する魔龍ドラゴンを退治することです」

「はあ? 何でそれが出店の条件になるんだ?」

「何でも、魔龍ドラゴンが出没する場所の近くに香辛料農園があって、魔龍ドラゴンの影響で香辛料の栽培や出荷に支障が出ているようなんです。だから、この街への入荷量も減少していて、新しく出店をさせるだけの余裕はないと言われるんです」

 ただでさえ分けるべきパイが減っているのだから、空き店舗の補充でも許可できないということのようだ。

「だから、魔龍ドラゴンがいなくならないと、この街で出店することは、誰であっても叶わないということなんです。出店願いの受付の人からは、七人委員会の委員長も賞金を出して、魔龍ドラゴン退治の依頼を出しているとおっしゃってました。賞金額が増えれば、魔龍ドラゴン退治に乗り出す賞金稼ぎの数も増えるだろうから、私にもその依頼にいくらか上乗せする形で依頼を出されたらいかがかと言われて、アルス殿のことを思い出したのです」

「ヘキトも報酬の上乗せをするつもりか?」

「はい! もし、アルス殿がその依頼を受けていただけるのなら、百ギルダーを上乗せするつもりです!」

 宿泊代を節約してまで貯めた金から百ギルダーをぽんと出そうというのだから、ヘキトの覚悟のほどが分かる。それだけ、ヘキトはこの街に店を持つことを夢見てきたのだ。

 ヘキトの顔を見ていると何とかしてやりたいと思ってきた。

 しかし、空を飛ぶ魔龍ドラゴンは、さすがの俺でも手に負えない相手だ。

 ――仕方がない。

 俺のしがないプライドなど捨ててしまって、ここは魔王様にご出陣願うとしよう。


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