第四話 禁断の美少年
俺達は、ケインの街までやって来ると、早速、宿屋を探して、チェックインした。
今日の宿泊代は、報酬の前払いだとして、イルダが出してくれることになった。
二日続けて宿屋で眠ることができるなんて久しぶりだ。金をくすめ取られて、今日からまた野宿かと思っていたが、神は俺を見捨ててなかったようだ。
ただ、今日は昨日と違い、人数が多いので個室ではなく、男女別の大部屋だった。
もっとも、俺達の他に客はおらず、いびきが酷いと自己申告したダンガのおっさんを一番端のベッドに追いやり、俺はそれから一番離れた位置に置かれたベッドで寝ることにした。
一方、女性陣も大部屋を貸し切り状態のようだ。
しかし、世が世なら、宮殿の馬鹿広い寝室の天蓋付きのベッドで寝ていたはずのイルダが、こんな田舎の宿屋の、しかも大部屋で泊まっているのだ。人生とは儚いもんだ。
荷物を下ろすと、俺達は宿屋の食堂に集った。
豚獣人退治の報酬と、今日の出会いを祝してと、イルダが豪華な食事を頼んでくれていた。
もちろん、上等な葡萄酒付きだ。
イルダは、金の使い方を知っている。湯水のごとく金を使って、高価で派手な衣装や宝石を買い漁ってきただけのお姫様なら、新しく仲間になった俺達に恩義と心意気を感じさせることに金を使うことなど考えつかないはずだ。
可愛いだけではなく、知恵があり魅力的なこのお姫様を戴いて、アルタス帝国を再興させたいと思う連中が出てきてもおかしくはないだろう。
さて、燭台に立てられた蝋燭が明るく照らし出すテーブルの上には、一人一人に肉料理とスープ、サラダが既に用意されており、リーシェ以外のグラスには葡萄酒がなみなみと注がれていた。
長方形のテーブルの一方に、リゼル、イルダ、リーシェと並び、その対面に、ダンガのおっさん、俺、ナーシャが並んでいた。
俺とイルダがグラスを掲げて、宴は始まった。
「イルダ」
普段、酒は飲まないそうだが、今日は特別と、葡萄酒を少しだけ口にして頬をほんのりと染めているイルダを見つめている俺の顔がにやけているのが自分でも分かった。
「はい」
「リーシェは、どうするつもりなんだ?」
「今日は、このまま一緒に泊めて、明日、街役人に引き渡そうと思っていたのですが……」
リーシェは、この街の人間だとは限らず、親が見つからない可能性が高いが、先の大戦で子供を失って、貰い子が欲しいという人は、どの街にもいるはずだ。
「そうだな。それだけの器量があれば、引く手あまただろう」
良い方から言うと、大店の跡取り息子の嫁候補となることから、悪い方だと、女衒に買い取られ、遊女として売られることまで、リーシェの人生はあらゆる可能性を秘めていた。
当のリーシェは、俺達の話をまったく理解できないのか、無表情のまま、目の前のご馳走を上品に食べていた。
ナイフとフォークの使い方にも、どこか品があるような気がする。
ひょっとしたら、本当に、どこかの貴族の娘なのかもしれない。
そんなリーシェを、イルダもまるで母親のような優しい目をして見つめていた。
「もう少し、私の近くに置いておきたいなって思い始めて」
「この街にリーシェの親族がいないのであれば、急ぐ必要はないんじゃないか? リーシェくらいの器量があれば、もっと大きな街の裕福な家でも引き取ってくれそうだ。リーシェのために一番良いと思われる相手だとイルダが納得できる奴に会えるまで、連れて行っても良いんじゃないか?」
「アルス殿……。今日、出会ったばかりなのに、私の心を、もう分かっていただけるのですね?」
「幾多の女性達と恋の語らいを繰り返してきた成果さ」
「女性であれば見境がない単なる浮気者ということではないのか?」
「俺はいつも恋をしているのさ、ダンガのおっさん! 今この瞬間はイルダに恋をしている」
更に赤く顔を染めて目を伏せたイルダに萌えた!
リゼルとダンガのおっさんの険しくかつ軽蔑しているかのような視線なんか気にしていられるか!
「リゼルよ。いつもイルダ様のお側についてやってくれ。儂は、アルスがイルダ様を襲わないように、常にアルスの近くにいる」
「おい! イルダは俺の大切な契約の相手方で仲間だ! 襲ったりしねえよ!」
自分でも守れないかもしれないと思う約束をしてから、再び、イルダを見た。
「それよりイルダ。リーシェをどうするか決めないと」
「そうですね。……リーシェ」
リーシェは、右隣に座っているイルダを見つけた。
「もし、この街に、あなたを知っている人がいなければ、私達と一緒に旅を続けますか?」
リーシェはこくりと頷いた。
無表情な無口キャラということもあって、何だか何も考えていない阿呆の子のように思えてきた。
イルダが心配するのも当然だろう。
「リゼルとダンガもよろしいですか?」
「御意」
リゼルとダンガのおっさんは軽く頭を下げた。
「ナーシャさんも?」
「問題無いよ。何か仲間ができたみたいで嬉しいよ」
いや、単に背の高さが似ているだけで、お前は幼女じゃねえだろ!
「私も末っ子だったので、妹が欲しかったんです」
ナーシャの言葉を受けて、イルダが嬉しそうに言った。
「おいおい! リーシェはお人形さんじゃねえぜ」
「分かってます! ちゃんと私がお世話をいたします!」
ムキになって言い返すイルダも可愛いぜ。頭を撫で撫でしたいくらいだ。
「それじゃあ明日からどうする? リーシェが一緒だとそれほど遠くには行けないぞ」
「この街でいくつか依頼を受けたいと思います。フェアリー・ブレードもすぐには見つからないと思いますから、しばらく旅を続けなければいけないでしょう。そうすると、所持金も少し増やしておきたいと思います」
「今日の晩飯は、少し無理しているのではないのか?」
「いいえ。大丈夫です。お金の計算もちゃんとしています」
「イルダがか?」
「はい」
「マメな皇女様だ。良いだろう、依頼を受けよう」
「それでは、イルダ様。今日は、そろそろ休みませんか?」
既に料理は食べ尽くされ、葡萄酒の瓶も空っぽだった。
「そうですね。お風呂にも入りたいですし」
「ここのお風呂は大浴場の一箇所しかなくて、時間で男女が入れ替わるようです。早く参りましょう」
目の前のイルダとリゼルが風呂の話をしている間、俺の脳裏には当然のごとく、二人が風呂で洗いっこをしている映像が流れていた。
「アルス殿。あなたは私達が風呂に入っている間、どうするつもりなのだ?」
リゼルがクールな雰囲気のままで尋ねたので、怒っているように思えた。
「俺が風呂を覗くと思っているのか?」
「顔に出ているぞ」
「……根が正直者なんだが、行動には起こさねえよ!」
浴場が男用に切り替わるまで、俺は宿屋の裏手で、利き腕ではない左手一本で薪割りに勤しんだ。
これは、小銭稼ぎになるとともに、良い鍛錬になる。自分で割った薪で沸かした風呂に入るのも乙なもんだ。
そろそろ交替の時間だと思い、宿屋の中に戻り、浴場の前に置かれた椅子に座って待っていると、間もなく女性陣がぞろぞろと浴場から出て来た。
風呂上がりの女性は良い香りがするもんだ。
それに濡れた髪を頭の上でぐるぐる巻きにしているイルダの可愛さと言ったら、……たまらん!
少しのぼせているのか、少し顔が赤いような気がするが……。
「よう! 良い風呂だったか?」
「アルス! 広い風呂で気持ち良いぞ!」
昨日の宿屋では、部屋にお湯を張ったタライで湯浴みをするだけだったが、今日の大浴場はかなり気持ちが良かったようで、ナーシャが上機嫌で答えた。
「それに久しぶりに男と一緒にお風呂に入れたし」
「何? どう言うことだ? 浴場に痴漢でもいたのか?」
「痴漢なら目の前にいるから、お風呂には入って来ることはできなかったはず」
「目の前……? ああ~、俺かあ~! って、てめえぇ! その羽をむしってやるぞ!」
「きゃははは、暴力はんたーい!」
「お前の言葉の暴力の方が酷いだろうが! それで、風呂にいた男って?」
「リーシェだよ」
「へっ?」
「リーシェは男の子だった」
「えーっ!」
どっからどう見ても美少女にしか見えないのに、こいつが男だって!
当のリーシェは、何を驚いているのかという、相変わらずの無表情で俺を見ていた。
「私もてっきり女の子かと思っていたんですけど、裸になったら、そ、その……」
「付いてたってことか?」
無言で頷く赤い顔のイルダにまた萌えた!
「しかし、そのまま一緒に入ったのか?」
「リーシェも恥ずかしがらなかったし、まだ子供だからな」
心なしか、リゼルも嬉しそうだった。
「お前ら、寄って集って、いたいけな美少年をいたぶったんじゃねえだろうな?」
「そんなことはいたしません!」
イルダがすごい勢いで否定した。
「リーシェは、これからも女の子として扱いますので!」
「ちょっと待て! どうしてだよ?」
「ダンガはともかく、アルス殿と一緒にお風呂に入れる方が心配です」
俺は、反射的にナーシャを睨んだが、ナーシャは目をそらせて、吹けない口笛を吹いていた。
イルダに、あることないこと、変な告げ口をしたことを自供していた。
「小さくて可愛くても男には興味はねえ! 俺は普通に女が好きなんだ!」
「ねっ! 見境が無いでしょ」
ナーシャ! てめえ!
イルダが俺を見る目が少し怯えているようになってるじゃねえかよ!
「はあ! ほっ! ほ~う!」
まったく年寄りの朝は早すぎる。
ダンガのおっさんの奇声で目が醒めたが、布団に潜ったまま、ダンガのおっさんを見ると、窓から差し込む朝日に向かって、肌襦袢姿で変な体操をしていた。
そして、体操が終わると、俺は、無理矢理ベッドから引きずり出されて、食堂に連れて行かれた。
食堂には、既に女性陣が席に着いて、焼きたてパンとチーズ、目玉焼きにミルクという朝食を食べていた。
「おはようございます」
イルダの笑顔付きの挨拶は、まさに一服の清涼剤だ。
しばらくイルダの笑顔に釘付けになっていた俺が、一応、申し訳程度に周りを見渡していると、リーシェが一段と可愛くなっているのに気がついた。
後ろ髪はそのまま腰の辺りまで伸ばしていたが、耳の上の髪を三つ編みにして、頭の後ろでリボンのように結んでおり、二、三歳幼く見えた。
…………って、待て! リーシェは男だろ!
「おい! リーシェの髪型は何だ?」
「可愛いだろ? 今朝、みんなで話し合って、一番、リーシェに似合いそうな髪型はこれだってなったんだ」
ナーシャが嬉しそうに言った。
「だから、リーシェは人形じゃねえっての!」
「髪を編んであげる間、リーシェも嬉しそうだったんです」
俺が見る限り、リーシェの表情の違いは分からないが、昨日から、ずっと一緒にいるイルダが言うのであれば間違いないのだろう。
「ところで、今日は、依頼を受けるんだろ? イルダとリーシェは宿屋で待っているか?」
「いいえ、私も一緒に参ります。これまでも、そうしていましたから」
「じゃあ、リーシェは?」
「一人で宿屋に残しておくのも心配ですから、一緒に連れて行きたいのですが」
「やれやれ、仕方が無いな。とりあえず、ダンガのおっさんとナーシャに二人の護衛を頼んで、俺とリゼルで敵に当たるか? サポートしてもらえたら十分だが大丈夫か、リゼル?」
「問題無い」
リゼルの落ち着いた態度は、戦いのパートナーとしては安心できる。
「よし! 飯が終われば、早速、酒場に行こうぜ」