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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第五章 商都に響く愛の歌
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第四十八話 剣士のプライド

 次の日の朝。

 いつもどおり、みんなが一つのテーブルに着いて朝食をとった。

 着席もいつもどおり、上座の中央にイルダ、右隣に子供リーシェ、左隣にリゼル、イルダの正面に俺、リゼルの正面にダンガのおっさん、そして子供リーシェの正面にナーシャが座っていた。

 子供リーシェの足元では、子犬のコロンが既に餌を食い終わって、体を丸めて眠っていた。

「アルス殿とナーシャさんにお話があります」

 子供リーシェ以外はほぼ食い終えたのを確認したイルダが、少し、かしこまって話し始めた。

「この街に来た目的の一つは、手持ち資金を増やすことです。大きな街ですから、依頼も多く出ているでしょう。でも、実は、もう一つの目的があります」

 イルダが俺とナーシャを交互に見て、若干、声を潜めた。

「近々、この街に、今の帝国からの使者が来るらしいということがお姉様からの伝言で分かりました。お姉様の一行は、既に十日ほど北に移動した街にいるので、私にしばらくこの街に滞在して、その使者を見てほしいとのことでした」

「見てどうするの?」

 ナーシャが不思議そうな顔をしてイルダに訊いた。まあ、食い物と酒のことしか考えていないナーシャじゃ分からねえだろうな。

「どれだけの陣容で来るのかを見れば、今の帝国の状況がある程度分かるってことだろ?」

「さすが、アルス殿です」

 イルダに笑顔で誉められるとそれだけで嬉しくなる。やはり、イルダには天性の皇女様属性があるぜ。

「昨日のヘキト殿の話によると、今の帝国が安定的に支配できているのは、首都のごく周辺だけのようにも思えますが、もし、今の帝国に、この遠く離れた街まで軍を進めるだけの力があるとすれば、かなりの兵士を引き連れて威圧し、例えば上納金の増額なども無理強いするかもしれません。でも、そんな力がまだ無いのであれば、儀礼的な意味しかない陣容で来て、今までどおりの上納金をしっかりと納めさせるにとどまるという交渉しかできないはずです」

「まあ、今の帝国も、自治を認めてやる代わりの上納金は喉から手が出るほど欲しいし、できれば増額をさせたいだろうが、それだけの力を誇示できるかどうかということだな?」

「はい。だから、その使者が来るまでは、この街に滞在したいと思います。そして、その間、じっとしていても宿泊代が掛かるだけですから、依頼もこなして手持ち資金を増やしたいと思います。ただ……」

 イルダが明らかに俺の顔を見て、困っているような顔をした。

「どうした、イルダ?」

「いつもどおり、依頼は、アルス殿を中心に受けていただきたいのですが」

「これまでもそうだったじゃないか?」

「そうなのですが、私は、その間、この宿屋にいることになったのです」

 イルダの言いたいことがよく分からなくて、ぼけ~とした顔をしていた俺に向かって、リゼルが身を乗り出した。

「今の帝国からの使者がここに来るということで、既に間諜かんちょうがこの街に入ってきている可能性がある。そして、そいつらはイルダ様の顔を知っているかもしれないのだ」

 なるほど、そう言うことか。

 帝国からの使者ということは、当然、皇帝からの親書を携えている。そんな皇帝の名代のような使者にもしものことがあれば、今の帝国の威信は大きく揺らぐ。今の帝国に不満をもっている連中が、それを狙って使者を襲うことも考えられる。

 一方で、今の帝国側とすれば、そんなことを許すまじと、あらかじめ間諜かんちょうを送り込んできて、不穏因子の除去に務めている可能性がある。

 つまり、中央にいた連中が大挙してこの街に来ているかもしれず、そいつらはイルダの顔を知っている可能性が高いということだ。

「今回、イルダ様はできるだけ街に出られないようにと、私とダンガからお願いをしたのだ」

 リゼルの言葉に、ダンガのおっさんも大きくうなづいた。

「したがって、イルダ様には常にこの宿屋に待機をしていただきたいと思っている。護衛としてダンガについていてもらうつもりだ」

 リゼルの言葉を受けて、イルダが俺の顔を上目遣いで見た。

「と言うことで、アルス殿。私などが魔族退治に行っても足手まといになるだけですが、頑張って依頼をこなしていただいているアルス殿と一緒に行って、せめて応援だけでもしたかったのです。しかし、リゼルの言うことももっともなことだと思います。今回は申し訳ありませんが、部屋でリーシェと一緒に皆さんのご無事を祈っています」

 子供リーシェが口に持っていこうとしたスプーンが一瞬止まった。

 今まで、イルダは魔族退治の依頼にも必ず同行していた。俺達が命を懸けて戦っているのに宿屋でのほほんとしていられないという、イルダならではの理由でだ。

 だから、魔龍ドラゴン退治をやろうとしていたリーシェは、今回も、イルダとともに現場に行けると思っていただろうが、自分が宿屋から出られないことは、さすがに予想してなかったようだ。

「分かったぜ。気に病むことはないさ。まあ、どーんと稼いでくるから、安心して待ってな」

「ありがとうございます。それはそうと、アルス殿」

 魅力的なイルダの微笑みに影が差した気がした。

「な、何だ?」

「昨日のお帰りは『かなり』遅かったようですね?」

「……ヘキトが離してくれなくてな」

「そうですか。さぞかし懇親を深めることができたのでしょうね?」

「あ、ああ」

 同じ微笑みなのに恐怖すら感じる。さすが支配者の血を受け継いでいるだけのことはある。

 だが、そんなイルダも嫌いじゃないぜ!



 と、言うことで、いろんなイルダの魅力を堪能した後、俺とリゼル、そしてナーシャの三人だけで街に出た。

「ナーシャ、酒場を探してくれ」

「あいよ!」

 初めての街でどこに何があるのか分からない。ナーシャにひとっ飛びしてもらって、酒場の位置を確かめてもらうことにした。

 ナーシャが飛び立つと、リゼルと二人きりになった。

 そう言えば、リゼルと二人きりというのは、一緒に旅をし出して初めてだ。

「すぐにナーシャが戻って来るだろう。ここで待っていようぜ」

「分かった」

 リゼルがそう返事をして会話は途絶えた。

 もともと、リゼルは真面目で口数が少ない。冗談を言っているのを聞いたことがない。

 今の一行パーティで、俺の冗談に冗談で返してくれるのは、ナーシャとイルダくらいだ。

 男と女なのに二人きりで旅をして、唯一、俺がその気にならなかったのがナーシャだ。幼児体型だと言うこともあるが、性格的にも俺に似ていて、普段の会話から冗談の応酬で、甘い言葉をささやきあうということは想像だにできなかった。まあ、それはそれで良い関係だと思っている。

 イルダは、さすがにゲスっぽい冗談には嫌悪感を示していたが、明るい冗談にはちゃんと冗談で返すことができる頭の良い元皇女様だ。

 ダンガのおっさんは、イルダ命の真面目な騎士で、冗談はそれほど言わないが、声が大きく饒舌で、俺とも意外と会話は続く。

 しかし、リゼルとはなかなか会話が続かない。もっともお互いに嫌っているからという訳ではなく、単に性格的なもので、戦いの場面ともなれば、魔王リーシェでさえも一目置く、その強力な炎系の魔法で俺を助太刀サポートしてくれる有能な魔法士ウィザードだ。

「リゼル」

「何だ?」

「リゼルは、どうしてイルダの従者になったんだ?」

「どうして、今、それを訊く?」

「他に話すこともないし、とりあえず知りたかったんだ」

 少し面倒臭そうな顔をしたが、リゼルは俺の顔を見ながら話し始めた。

「マグナルで会ったファル姉さんと一緒に弟子入りした魔法士ウィザードが既に皇室付きだったのだ。だから、ファル姉さんと一緒に皇室付きになったのだ」

「なるほど。それでイルダの逃避行の護衛に立候補したのはなぜだ?」

「皇帝陛下のお子様の中でも、イルダ様の聡明さは皇室付きの魔法士ウィザードの中でも噂になっていたし、私もそれを実感していた。イルダ様はアルタス帝国最後の希望と言って良い! イルダ様の元で、人々が平和に心安らかに暮らしていけるアルタス帝国の治世を復活させるのが私の願いだ!」

「熱いな。リゼルがそんなに熱く語るのは初めて見たぜ」

「……」

 照れて、俺から目をそらせるリゼルが可愛く思えた。

 リゼルは、その態度から落ち着いて見えるが、イルダより少しだけ年上な、まだまだ若い女性だ。

 魔法士ウィザードが好んで着ている黒いローブのフードをおろして、肩まである赤い髪と赤と青のオッドアイが褐色の肌に映えている。

 いつもイルダの側にいるから霞んでしまっているが、リゼル自身もすごく美人だし、スタイルも良く、黒ローブ越しでもくっきりと分かるくらいの爆乳だ。

 もし、俺に同行していたのが、ナーシャではなくリゼルだったら、俺はずっと悶々とした夜を過ごしていただろう。

 しばらくすると、ナーシャが急降下して来て、俺の頭の上で浮かんだ。

「三つくらい見つけた!」

「とりあえず、ここから近い所に行こう」

「じゃあ、こっちだよ」

 ナーシャは、そのまま俺の頭の高さを、背中の羽を震わせながら飛んで先導をしてくれた。



 街の中心部に近い所に大きな酒場があった。

 中に入ると、昼間から大勢の客で店はざわついていた。

 店の奥に、お目当ての奴がいた。依頼仲介人クエスト・メディエタだ。

 大きな街だから、この程度の酒場は多くある。その店のいくつかに依頼仲介人クエスト・メディエタがいるはずだ。

 俺達は、カウンター席で既にご機嫌な状態になっている依頼仲介人クエスト・メディエタに近づいて行った。

「よう! 魔龍ドラゴンの退治依頼はあるかい?」

 リーシェの話を憶えていた俺は、半信半疑ながらも訊いてみた。

「やってみるかい、旦那?」

 本当にあった。

「成功報酬はいくらだ?」

「四千ギルダーだ」

 ――とんでもない金額だ。

 リーシェと出会って最初に退治をした「自称魔王様」の討伐依頼は、二百ギルダーだった。今回は、その二十倍の金額で、贅沢をしなければ、働かなくても家族四人が一生食っていけるだけの大金だ。

「何人、死んでる?」

「そうさなあ、……二百人以上だと思うが」

 高額な賞金が掛かっている相手には、それなりの理由がある。きっと、犠牲者が増えるたびに賞金が増額されていったのだろう。

 二百人という数字も怪しいもんだ。依頼仲介人クエスト・メディエタだって依頼を受けて帰って来ない奴をいちいち憶えていないだろう。

 つまり、本当は二百人をはるかに超える人数の賞金稼ぎが魔龍ドラゴンにやられて命を落としているはずだ。

魔龍ドラゴンは、どこに出るんだ?」

「この街から北東方向に行った先だ。そこには香辛料農園が集中してあるんだが、そこに巣を作っていて、栽培や出荷の妨げになってるのさ」

「それじゃあ、依頼主は?」

「七人委員会委員長のブルガ様だよ」

 昨晩、エマが標的にするつもりだと言っていた奴だ。

 七人委員会委員長を務める商人ということは、財力が物を言うこの街一番の実力者だ。四千ギルダーなど端金はしたがねなんだろう。

 しかし、相手は魔龍ドラゴンだ。生半可な気持ちで受けるべき依頼じゃねえ。

 俺は、リゼルとナーシャに相談をしようと、二人を連れて酒場のテーブルに着いた。

「賞金は魅力的だが危険すぎる」

 リゼルが慎重な意見を述べた。常識的に考えると、そうだ。

 しかし、こちらには魔王様がいる。そして、魔龍ドラゴンを退治してほしいとも頼まれている。そのために自らも魔龍ドラゴン退治に参加するとも言った。

 かと言って、リーシェを当てにして依頼を受けることには、俺の剣士としてのプライドが許さないという気持ちもある。

 魔龍ドラゴンの退治は、軍団規模の人数を揃えるか、強力な魔法を使える奴を仲間にしておかないと不可能だろう。

 リゼルの炎系の魔法は確かに強力だが、魔龍ドラゴンも火を吐くだけに、炎系の魔法には、比較的、耐性があるのではないかと言われている。それに空を飛ぶ魔龍ドラゴンを地上に足止めしておく必要があり、巨大な罠でも使用しないのなら魔法を使って封じ込めておく必要もある。

 とても、俺とリゼルとナーシャの三人で戦える相手ではない。

 つまり、リーシェ抜きでは勝つことができない。プライドと実益を秤に掛けて実益を取るまで、まだ、自分の気持ちが割り切れてなかった。

「成し遂げやすい依頼を数多くこなす方が良い」

「ボクも同じ意見だよ」

 俺の表情から、依頼を受けようかどうかで迷っていると思ったのか、リゼルとナーシャが慎重論に念を押した。

 この街には何日か滞在する予定だ。そのうちに、俺の気持ちにも整理が着くかもしれない。

 今日のところは、二人の意見に従っておくか。

 

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