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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第五章 商都に響く愛の歌
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第四十六話 憧れの歌姫

 密林の先に巨大な城壁が見えてきた。

 その外周だけでも、カンディボーギルが大きな街だということが分かる。

 城門が近づくと、大勢の人と荷駄が行き来していて、渋滞するほどだった。

 城門前には、揃いの外套サーコートを着ている門番の兵士がいた。

 イルダが手配されていることもなかったようで、子供連れの俺達一行は、すぐに入城を許された。ヘキトも荷馬車の積荷をチェックされただけで、そのまま通された。

 日は既に西に大きく傾いていた。

 ヘキトは経費をケチるために安い宿に泊まるとのことだったが、評判の良い宿屋は知っているということで、俺達は、ヘキトが紹介してくれた、街の中心部にある小綺麗な宿屋に泊まることにした。

 何と言っても、うちの一行パーティには元皇女様がいる。仕方なく野宿をする時はやむを得ないが、街にいる時はそれなりの宿に泊まりたいからな。

 街灯ランプが灯され、明るく浮かび上がった通りには、各地の商人と思われる人族や亜人族が大勢行き来していた。

 そう言った商人達の接待や憂さ晴らしに使われているであろう店が多くあって、店員らが表に出て、さかんに呼び込みをしていた。

 宿屋にチェックインした後、約束どおり、ヘキトがおごってくれるとのことなので、俺は、みんなと別れて、ヘキトと二人で街に繰り出した。

「宿屋代も節約する倹約家のヘキトがおごってくれるって言うのだから、そんなに高級な所は期待していないぜ」

「私も無駄な出費は抑えるようにしていますが、有益な出費は投資だと思ってますから」

「俺に投資しても見返りはないと思うぜ」

「いえ、アルス殿の剣の腕前は、十分、投資をする価値はあると思います」

「面と向かってそう言われると照れるぜ」

「アルス殿の雇い主のイルダ殿にも投資したいくらいです」

「イルダはそれだけの価値があるだろうな」

「はい。しかし、私には高嶺の花のような気がします」

「どうして?」

「あの美貌は、商人の娘と言うより貴族の令嬢のような気がします」

 ヘキトのやつ、けっこう鼻が利きやがる。それに、人を見る目は確かのようだ。

「それで、どこに連れて行ってくれるんだ?」

「私の行きつけの店でもよろしいですか?」

「おう! どこへでも行くぜ」



 ヘキトは意外と豪華な店に俺を案内してくれた。

 「蒼き月」という名のその店は、街の中心部にある繁華街でも一番大きな店構えで、石造りで荘厳ささえ感じさせた。

 中に入ると、正面に円形の舞台があり、そこから扇型に広がった客席は広く、余裕を持たせてソファが置かれている、この俺も入ったことがないほど豪華な店だった。

 接待に利用される店のようで、二人から六人くらいまでの少人数のグループがほとんどだった。

 ヘキトは、ここの顔なじみのようで、特に席を指定した訳ではなかったのに、舞台に近い席に案内をされた。

 すぐに男性店員ウェイターが俺達のテーブルに近づいて来た。

 ヘキトが慣れた感じで男性店員ウェイターにオーダーをすると、下がった男性店員ウェイターに代わり女性店員ホステスが一人、俺達のテーブルにやって来た。ヘキトはその女性店員ホステスを俺の隣に座らせた。

 男性店員ウェイターは、俺達を待たせることなく、高級そうな酒を瓶ごと持って来た。

 女性店員ホステスがグラスに酒を注いでくれると、さっそく二人だけの宴会を始めた。

 料理も酒も美味いし、隣に座った女性店員ホステスの話も面白かった。

 こいつは本当に上等な店だ。他人様の財布にもかかわらず、どれだけ請求されるのだろうと、少し心配になってきた。

「そろそろ、ショーが始まりますよ」

 隣の女性店員ホステスが言うと、店内のあちこちに灯されていた蝋燭が間引いて消されていき、客席が薄暗くなると、舞台に立てられている燭台の蝋燭が次々と灯されて、舞台が浮かび上がって見えるようになった。

 まず楽器隊が登場して、舞台の後ろに座ると、少し気怠い雰囲気の音楽を奏でだした。

 そして、腕や脚を覆っている生地が透明なドレスを着た女性ダンサーが舞台の左右から踊りながら登場すると、指や腕、脚を悩ましげに揺らして、男性客の視線を釘付けにした。もちろん、俺もかぶりつきだった。

 踊りが一段落すると、もっとゆったりとした曲が演奏されだした。

 それに併せて、舞台の袖から女性が一人出て来て、舞台の真ん中に立った。

 美しい女性だった。カールした長い髪は栗毛色で白い肌に緑の瞳、足元まである黒いドレスが明るい舞台でひときわ目立っていた。

 少し物憂ものうげな表情で、リズムに乗せるように体を揺らしていた女性が歌い始めた。

 それほど大きな声ではなかったが、メロディに乗って広い店内の隅々にまで届いているその声は、言葉の一つ一つを胸に響かせた。

 ざわついていた客席も次第に静かになっていった。客がみんな、彼女の歌に耳を奪われているようだ。

 俺も聴き惚れてしまった。こんなに感動的な歌を聴いたのは初めてだ。

 曲が終わると客席から万雷の拍手が起きた。

 俺も我を忘れて拍手をした。

 深くお辞儀をした女性が頭を上げると、歌っていた時の表情から一転して魅惑的な微笑みを湛えながら、これも良く通る声で話し出した。

「皆様、本日は、ご来店ありがとうございます。この『蒼き月』専属の歌手をしておりますランファと申します。もうしばらく、私の歌におつき合いくださいませ」

「いつまでもつき合うぜ!」

 客席から茶々が入ったが、ランファは、その客を虜にしそうな笑顔を見せると、後ろを振り返り、楽団にうなづいた。

 次の曲が始まった。



 その後、ランファは、五曲ほど歌うと、楽団やダンサーとともに舞台から降りて行った。

 消されていた店内の蝋燭が再び灯されると、元の明るさに戻った。

「今日もランファちゃんの歌は良かったわあ」

 女性店員ホステスさえも涙ぐませるほどで、確かに良かった。

「本当だな。俺も聴き惚れてしまったぜ」

「そうでしょう? ランファちゃん目当てで、うちの店に通っている人もいるくらいですから」

 と言いながら、女性店員ホステスがヘキトをのぞき込むように見た。

 ぼう~と舞台を見つめていたヘキトは、それで我に返ったように、ハッとして、俺と女性店員ホステスの方に向き直った。

「ヘキトもランファのファンなのか?」

「えっ! ま、まあ」

 ヘキトの顔が真っ赤になった。

 こいつはかなり入れ込んでるな。

「ランファも投資対象なのか?」

「い、いや、ど、どうでしょう」

 俺よりもかなり若く見えるヘキトは、俺がとうの昔になくしてしまった純情さと素朴さを併せ持っていて、少し眩しく見えた。

「ランファと話はできないのか?」

 俺は隣に座っている女性店員ホステスに訊いた。

「これから挨拶に回りますよ」

 よく見ると、一番端の席にランファが近づいてお辞儀をしているのが見えた。そこから順番にテーブルを回るようだ。

 ランファの隣には煌びやかな衣装を着た妙齢のふくよかな女性。そして、その女性とランファの後ろには、体格の良い男が二人、にこやかな女性達とは対照的に険しい顔をして立っていた。その男達は、店が雇っているボディガードのようで、ランファに握手を求めるくらいなら許してくれていたが、ハグしようとした酔客は、その男達に羽交い締めにされていた。

 俺のテーブルにランファ達がやって来た。

「本日はご来店ありがとうございます。女将のマリジュでございます」

 満面の営業用微笑みを湛えた、ふくよかな女性が少し変わったイントネーションで挨拶をした。

「ヘキトさん、いつもありがとうございます」

 ランファはヘキトの顔を見て、嬉しそうに笑った。こっちは営業用とは思えなかった。

「いえいえいえ、きょ、今日も、歌、素晴らしかったです!」

 ヘキトは顔を赤らめながら、両手を振った。

 そんなヘキトを見ていた女将がランファに訊いた。

「ランファは、お客様をご存じなのかえ?」

「はい。行商でこの街によく来られているヘキトさんです」

「行商の方ですか?」

 女将の顔は明らかにヘキトを見下していた。

 大陸中に香辛料を運び売りさばく行商人は星の数ほどいる。そんな連中の顔までいちいち憶えていられないというのが女将の本音で、商都カンディボーギルに店を持つ商人になって初めて客としての価値が認められるのだろう。

 一方の歌姫ランファは自然な笑顔を湛えたまま、俺に視線を移した。

「ヘキトさんのお客様ですか?」

「えっと、その人は私の命の恩人です!」

 俺への質問に、ヘキトが慌てて答えた。

「命の恩人?」

 予期せぬ返事にランファも戸惑ったようだ。

「この街に来る途中に魔族に襲われてしまったのですが、このアルス殿に助けていただいたのです」

「まあ、そうですか」

「あんさん、賞金稼ぎさんでっか?」

 女将がヘキトを見るのと同じ視線で俺を見た。商人の接待で利用される店だからか、賞金稼ぎなど珍しいのだろう。

「ああ、今日、この街に着いたばかりだ」

「そうですか。ぜひ楽しんでいっておくれやす」

 二度目の来店はないと決めつけられたようだ。

 その後、ランファはヘキトに何かを言い掛けたが、後ろに立った男の一人が女将に耳打ちをすると、女将は「どうぞ、ごゆっくり」と頭を下げて、ランファを連れて、次のテーブルに移動した。ランファも名残惜しそうにお辞儀をすると、女将について行った。

 その後ろ姿をぽわ~んとした表情で追っていたヘキトの目の前で俺が手を振った。

「おい! ランファはもう行っちまったぞ」

 ハッと我に返ったヘキトは、照れ隠しのように酒瓶を持って、俺のコップに酒を注ごうとした。

「アルス殿、どうぞ!」

 俺も、にやついた顔を隠せずに、自分の杯を差し出した。



 その後もたっぷりと飲まされて、解散となった。

 店から外に出ると、街灯もいくつか消されていて、夜が深いことが分かった。

「ヘキト、今日はご馳走になったな。ありがとうよ。でも、けっこう高かったんじゃねえか?」

「とんでもない。さっきも言ったように、アルス殿は私の命の恩人です。これくらいお安いご用です」

「ヘキトもこの店にはけっこう通っているようだな。あの歌姫狙いか?」

「ち、違いますよ! 香辛料を卸してくれる商人への接待でよく使っているのですよ」

「そうなのか? じゃあ、明日もその商人を連れて、この店に来るのか?」

「いえ、昼間にお話したとおり、資金もそこそこ貯まったので、この街に店を持ちたいと思っています。行商人に香辛料を卸す側になれるのです。もし、それが叶えば、『これからは同業者としてよろしくお願いします』という趣旨で接待をしたいと思います」

「なるほどな。じゃあ、『蒼き月』にも、今まで以上に胸を張って入れる訳だな?」

「ははは、そうですね」

 苦笑したヘキトが空に浮かぶ月を見上げた。

「まずは、空き店舗を見つけて、それから委員会に出店の許可をもらわなければいけません」

 どこの街でも同じだが、街に新しく店を出すには領主の許可を必要としている所が多い。既存の店との利害調整というのが表向きの目的だが、既存の店の利益保護が本当のところだろう。それだけ新規出店は難しいのだが、潰れた店の後釜ということで許可されることもあると聞く。

「そうか。俺達もしばらくこの街に滞在するつもりだ。また、どこかで会うかもしれないな」

「あのお嬢様の親族の方をここで探されるのですか?」

「それもあるが、手持ちの資金もそろそろ乏しくなってきたんで、ちょっと賞金稼ぎをな」

「ああ、なるほど。アルス殿ほどの腕前であれば、すぐでしょうね」

「そうだと良いがな」

 あんな豪華な店で遊んだにもかかわらず、今日は木賃宿に泊まるというヘキトと別れて、俺は宿屋に戻った。

 

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