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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第四章 眠れる砂漠の美女
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第四十二話 水晶に閉じ込められた大妖精

「や、やめろー! くすぐったいじゃないかぁー!」

 暴れるコロンを無視して、リーシェは、抱きかかえたコロンの尻尾や犬耳をモフモフしていた。

「可愛いコロンには、これをプレゼントしようぞ」

 リーシェが指をパチンと鳴らすと、コロンの首に鈴が付いた首輪がはめられた。

「な、なんじゃ、こりゃあ!」

 コロンが首輪をはずそうと両手で首輪を引っ張ったが、びくともしなかった。

「暴れると、こうじゃぞ」

 リーシェが意地悪げな顔をして微笑み、また指をパチンと鳴らすと、コロンが苦しみだした。

 よく見ると、首輪がコロンの首にめり込んでいた。

 リーシェが、また、指を鳴らすと、首輪が元に戻ったようで、コロンが大きく息を吐いた。

「犬のしつけには、わらわもうるさいのじゃ」

「だから、おいらは犬じゃないやい!」

 そう文句を言った後、コロンは不思議そうな顔をした。

「飛べない……」

「ふふふふ、その首輪はの、転移魔法トランスポートも封じてしまう魔道具じゃ。もう諦めて、わらわの愛犬ペットになれ」

「だからならねえ! おいらは、れっきとした悪魔デーモンだぞぅ!」

「ならば教えてやろう」

 リーシェは抱きしめているコロンに顔を近づけて「わらわは魔王じゃぞ」と囁いた。小声だったから、リーシェの一番近くにいた俺以外の者には聞き取れなかったはずだ。

 驚いた顔でリーシェを見たコロンは、じたばたと暴れることを止めた。

 自分の魔法がまったく歯が立たなかったことから、リーシェが魔王だということを素直に信じたのだろう。

「良い子じゃ! さあ、そなたの契約相手はどこじゃ? わらわが契約を白紙に戻してやるぞ」

「そ、そんなことができるのかぁ?」

 コロンも信じられないような顔をして、抱っこをしているリーシェを見つめた。

「わらわは、法や契約よりも優先されるのじゃ。わらわが契約を上書きしてやるわ」

 リーシェが、この大陸を支配している時はそうだっただろうが、今もそうなのだろうか?

 しかし、コロンはリーシェの言葉を信じたようだ。

「マスターは奥にいる」

 コロンがそう言うと、部屋の一角に穴が開くようにして、出口が開いた。

「素直なわんこは大好きじゃ」

「だから、おいらはわんこじゃねえ!」

 犬耳に頬をなすりつけながら、満面の笑みのリーシェであった。

「リーシェ!」

 コロンへの悪ふざけが終わりそうにないリーシェに俺が割って入った。

「まずは、そいつにアドル王子への睡眠魔法を解くように言ってくれ」

「睡眠魔法?」

 俺がリーシェに話した台詞に、コロンが驚いていた。

「そなたがアドル王子を眠らせたのではないのか?」

 リーシェが優しく諭すようにコロンに尋ねた。

「おいらは催眠魔法なんて使えないよ」

 この状況でコロンが嘘を吐く理由がない。

「そなたではない? ……すると」

 リーシェは周りを見渡した。そして、開いた出口を見つめた。

 俺もつられて出口を見つめてみたが、暗い通路が奥に延びているだけで、変わった気配は何も感じなかった。

「なるほどのう」

 しかし、リーシェは何かが分かって、納得したようだ。

「リーシェ! 何が『なるほど』なんだよ?」

「さっきの骸骨剣士も、ライコンが現れたことも、コロンの仕業ではなかったのじゃ。そうじゃろ、コロン?」

「さっき、この部屋に現れた魔獣も知らねえ! おいらは、あの出口を破られたら出て行こうと思ってたんだ。それに骸骨剣士って何? おいらは犬じゃないから骨は嫌いだ!」

「そうなのか? せっかく拾ってきてやったのにのう」

 いつの間にか、リーシェの手に骨が握られていたが、コロンが両手で素早くその骨を奪って、嬉しそうにペロペロと舐めていた。

 その様子を見ても、コロンが嘘を吐いているようには思えなかった。コロンは本当に知らないようだ。

「それじゃあ、いったい誰が? あのマモンか?」

「あやつは、このコロンにこびりついているだけの雑魚じゃ」

 俺の問いに、リーシェがコロンの犬耳を撫でながら言った。

 見た目は、マモンが親玉で、コロンが子分に見えるが、実際は逆なのだ。

「では、行くか。コロンが付いていない宰相など、ただのジジイじゃ」

 開いた出口に進むと、そこは、また通路が伸びていたが、すぐに次の部屋にたどり着いた。

 そこは部屋と言うには広すぎる空間だった。

 大きく開けた鍾乳洞のようで、高い天井には小さな穴がいくつも開いていて、その穴から、太陽の光と思われる光が、その空間に降り注ぎ、ほのかに明るかった。

 その光を受けて、行き詰まりである奥の壁が、キラキラと輝いていた。

 よく見ると、壁全体に水晶の柱がいくつも並んで立っているようであった。

 その手前に宰相とミルジャ、そしてマモンが立っていた。

「コロン! 何をしている! 儂との契約は、まだ終わっていないぞ!」

 宰相が、リーシェの隣に立っていたコロンを大声で叱った。

「コロンとお主との契約は破棄じゃ」

 リーシェが宰相の前に進み出て宣言したが、宰相は表情を変えなかった。

「魔族がその契約を破棄するには、違約賠償をする必要がある。コロンの違約賠償は、コロンの命だ!」

「ほ~う。えらく一方的な契約を結んだものじゃのう。コロン、何があった?」

「よく分からないけど、マスターは不思議な薬を持っていて逆らえない」

「……マンドラゴラを使った薬か。お主、その薬の作り方をどこで知った?」

 いつも冷笑を浮かべているリーシェが珍しく本気で怒っていた。

「貴様に教える必要はない! さあ、コロン! 儂との契約を忠実に実行しろ!」

 宰相の言葉で、コロンが苦しそうにうめきだした。

 それを見たリーシェが呪文を詠唱すると、目の前に魔法陣が現れ、その中心に羊皮紙が浮かんでいた。

 その羊皮紙をつかんだリーシェは、どこからか現れた羽ペンを握って、サラサラと羊皮紙に何かを書き、魔法陣の中に放り込むと、羊皮紙は魔法陣に飲み込まれるようにして消えて行った。

 すると、今まで悶え苦しんでいたコロンが、きょとんとした顔をして、リーシェを見た。

 リーシェは、コロンの顔を見て、優しく微笑んだ。

「言ったじゃろう? わらわがすべてにおいて優先するとな」

 そして呆然としている宰相に向かって、ツカツカと歩み寄った。

「まだ、薬を持っておるのか?」

 言い淀んでいた宰相の後ろから、マモンが出て来て、リーシェに飛び掛かって行ったが、マモンは、リーシェが何も体を動かしていないにもかかわらず、はるか後ろに弾き飛ばされてしまった。

「雑魚は引っ込んでおれ!」

 倒れたままのマモンに言い放ってから、リーシェは宰相の胸ぐらをつかむと、その腕を上に伸ばして、宰相を軽々と持ち上げた。

 宰相は脚をバタバタと動かして抵抗したが、リーシェは、その体のどこにそんな怪力があるのか不思議なくらい、涼しい顔をしていた。

 突然、宰相の服がバラバラに破け散った。そして、それと同時に、落ちて尻餅を着いた全裸の宰相の腹に、リーシェが強烈な蹴りを入れると、宰相は五メートルほど後ろに吹き飛んで気絶をしてしまったようだ。

 リーシェは、足元に落ちた宰相の服の切れ端の中から、小さな瓶を拾い上げると、少し、その匂いを嗅いだ。

 困惑と怒りが混じった表情になったリーシェは、その小瓶を地面に投げつけて割ってしまった。

「何なんだ、それは?」

「アルスが知る必要はない」

 いつになく無愛想に答えたリーシェは、どこからか縄を出して、エマに差し出した。

「これであやつらを縛っておれ」

「分かりました、お姉様!」

 見えない尻尾をコロン以上に振って、エマが気を失っている宰相とマモン、そして、うなだれたままのミルジャを縄でしばった。

「終わったのか?」

 俺がリーシェに訊いたが、リーシェは首を横に振った。

「アドル王子に掛かっておる睡眠魔法は、まだ解けておらぬ」

 アドル王子は、イルダらとともに、死者の谷の祭壇の前にいて、今、どういう状況になっているのかは分からない。

「そもそも催眠魔法を掛けたのは、コロンではないからの」

「では、誰が?」

 リーシェは、水晶の柱の前にゆっくりと歩んだ。

 俺も、リゼル、エマ、そしてリリアとともに、その跡をついて行った。

 水晶の柱の壁の前に立つと、その荘厳さに心が打たれた。

「リゼルよ」

「は、はい」

 突然、リーシェに呼ばれて、リゼルも焦って返事をした。

「感じるか?」

 リーシェは、リゼルに視線を移し、呟くようにして尋ねた。

「……はい」

 リゼルの回答に満足したかのようなリーシェは、再び、水晶の柱に視線を戻した。

「おい! いったい何を感じるんだよ?」

 まどろっこしくなった俺が、リーシェに迫ると、リーシェは、水晶の柱から俺に視線を移した。

魔力マナじゃ。それも半端ない量じゃ」

 俺が確認の意味でリゼルを見ると、リゼルは無言でうなづいた。

「まだ魔族がいるのか?」

「いや、気配は感じられぬ」

 リーシェは、水晶の柱が並び立つ壁全面をゆっくりと見渡したが、魔族がいる気配は感じ取れなかったようだ。

「姿も見せずに、ここまでの魔力マナを感じさせるなど、初めてじゃ」

 リーシェがそんなことを言ったからか、俺まで何かを感じているような気になってしまった。

 俺も目の前に広がる水晶の柱の壁をじっくりと眺めてみた。

 透明な水晶の柱が幾重にも並び立ち、その中は合わせ鏡のように、景色が何重にも重なって映っていた。

(なぜ、ここに来た?)

 俺の頭の中で、突然、誰かがしゃべりやがった!

 いや、違う! しゃべったのではない!

 誰かの意識が直に伝わった。そうとしか思えない。

 思わず顔を見合わせたリーシェも不思議そうな顔をしていた。

「アルス、そなたも聞こえたのか?」

「ああ、はっきりとな」

 周りを見渡してみたが、リゼルもエマもリリアも、そしてコロンも、俺とリーシェが何を言っているのか分からないようだった。

「誰だか知らぬが、ふざけおって!」

 リーシェが、両手を正面向けて差し出すと、手の先から何重もの稲妻が水晶の柱に向かって走った。

 稲妻がぶつかった水晶の柱は、目が眩むほどの光を放つと、爆風が俺達に向けて吹き荒れて、リーシェを含め、全員が吹き飛ばされてしまった。

「おのれ!」

 リーシェが吹き飛ばされたのを初めて見た。

「あ、あれは?」

 エマが指差す先、ちょうど俺達の正面の一角が鈍く光り出した。

 そして、曇っていたガラスが透明になるようにして、水晶の柱の中に一人の立ち姿が浮かび上がってきた。

 光が消えると、その姿が鮮明に見えるようになった。

 それは、ゆったりとした白い袖無しドレスをまとった色白な女性で、手を胸の前で組んで、眠っているように身動きせず、水晶の柱の中に閉じ込められているようであった。

 そして、その女性の背中からは、蝶のような大きな羽が出ていたが、それは女性の右側の羽だけで、左側の羽は途中でちぎられたように、その根元部分しかなかった。

 青い長髪に尖った耳。間違いない。

 大妖精フェアリーだ。

 それにしても……美しい女性だ。

 これが「眠れる砂漠の美女」なのか?

 キラキラと輝く水晶に包まれていることもあって、俺達は言葉も失って、その美女に見入っていた。

 ふと隣にいたリーシェを見た俺は信じられない光景を見た。

 魔王様が泣いていた。

 

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