第四十一話 その奥へ!
「さあ、行こうぞ」
リーシェが笑顔で振り向き、俺達を誘った。
洞穴の入口に立ち、中をのぞき見てみたが、真っ暗で何も見えなかった。
「『眠れる砂漠の美女』の所にも行くって言ってたから、携帯ランプも持って来てるよ」
エマがいつの間にか小型のランプを手にしていた。
「リゼルさん、お願い」
エマがランプのガラスを上げて、蝋燭の灯心を剥き出しにすると、リゼルが指先から出した火で蝋燭を灯した。
「お姉様、一緒に行きましょう!」
嬉しそうなエマの顔にほだされたのか、リーシェも苦笑しながらも、エマと並んで洞穴の中に入った。
次にリゼルとリリア、最後に俺が続いた。
洞穴は意外と広く、俺と同じ体格の者五人が横に並んでも通れるほどの幅があったし、床もほとんど平坦で足を取られることもなかった。
俺は、エマが持ったランプの明かりで照らし出される前方に目を凝らすとともに、後ろから急襲されないように、五感を研ぎ澄ましながら歩を進めた。
「前から何か聞こえるよ」
最初に、エマが異音に気づいた。
すぐに、俺の耳にも何かを引きずっているような音がごく僅かながらも聞こえてきた。
「みんな、何かがやって来ている。注意しろ!」
俺はカレドヴルフを抜いて、最前列に出た。
「どうやら雑魚のようじゃ。アルスに任せるかの。アルスの出番を奪ってばかりで、アルスが拗ねるといかぬからの」
リーシェは余裕綽々な顔付きで俺に言った。
「何だ、そりゃ? お前が片付けてくれるんなら、しゃしゃり出たりしねえぞ」
「さっき大岩を砕いたので疲れたのじゃ。わらわは休憩しておるのでの」
「好きにしろ!」
などと言って、本当に俺が危なくなると、手を出してきてくれるはずだ。
しかし、リーシェを頼りにしていると、剣士としての俺様はお終いだ。
俺は気持ちを引き締めた。
「エマ、ランプを掲げていてくれ」
「分かった」
ランプで照らされている前方に何かの影が横切った。
俺は三歩ほど前に出た。
再び静寂が訪れたが、それはすぐに打ち破られた。
いきなり撃ち込まれた剣をカレドヴルフで弾くと、そのまま真横になぎ払った。
カラカラと音がして、人骨がバラバラになって床に落ちた。
前を見ると全身骨だけの奴らが四体、手に剣を持って迫って来ていた。
俺はそいつらに向かおうと足を踏み出したが、床に落ちた骨が震えるように動いたのを見て、逆に数歩下がった。
果たして、バラバラになっていたその骨は、見えない糸で操られているように浮かび上がり、人骨の全身像に戻った。
そして前から近づいて来ていた人骨と合流して、俺達に迫って来た。
「アルス! 何なの、こいつらは? 気持ち悪い!」
後ろでリリアが大声を上げた。
王族のリリアは、襲って来る骸骨など見たことないだろう。
俺だってないが……。
とりあえず、襲って来ているのは、目の前にいる五体だけだと確認できた俺は、骸骨の剣士達に向かって行った。
骸骨どもの剣の腕前は大したことはなく、俺は一方的に骸骨の剣士どもを切りまくったが、骸骨達は、致命的な傷を受けないように、カレドヴルフが直撃しそうになったら、自ら関節部分を外し、体をバラバラにして、カレドヴルフの破壊力を削いでいた。
そして、すぐに元の形に戻り、また攻撃を仕掛けてくるということの繰り返しになった。
くそっ! きりがない!
少し焦りが出てきた時、俺の背後から火の玉が飛んで来て、骸骨剣士の一体を炎にくるんだ。
俺は、すかさずその骸骨剣士に近寄り、カレドヴルフを袈裟懸けに振り下ろした。
関節部分だけではなく、焼かれて固くなった肋骨や腕の骨が折れてバラバラになり、床に崩れ落ちた。
「リゼル! 後も頼む!」
俺が頼むまでもなく、既にリゼルが放った火の玉は残りの四体の骸骨どもを炎にくるんでいた。
俺は、良い具合に焼けた骸骨剣士の頭蓋骨や腕、肋骨などを叩き割るように、カレドヴルフを振り回した。
バラバラになって床に崩れ落ちた五体の骸骨どもは再び起き上がることはなかった。
「助かったぜ。ありがとうよ、リゼル」
俺が礼を言うと、リゼルも少し照れたように微笑んだ。俺が何も言わずとも戦況を見て助けてくれる。本当に使える奴だ。
一方、リーシェは、俺がリゼルの助けを借りたことを不満に思っているようだ。
「何だよ、その顔は?」
「別に何でもないのじゃ」
リーシェは、ぷいっと顔をそむけた。
可愛くねえ! 俺の感謝の言葉が欲しいのなら助けてくれたら良いものを!
「これは一体、どのような魔法なのですか?」
「人形使いじゃろうの」
リゼルの問いにリーシェが答えた。
「これが? 話には聞いたことがありますが、見たのは初めてです」
俺の記憶的には、ラプンティルで見た魔法だが、リゼルは初めて見たようで、そんな魔法名もすらすらと出るリーシェを見る目が更に熱くなっていた。
もしかして、リーシェを巡るエマとリゼルの女同士の争い勃発か?
「これも、マモンの主人とか言う魔族の仕業なのか?」
「おそらくの。他にも転移魔法、舞吹雪なども発動できるとは、わらわほどではないが、なかなか使える奴のようじゃな」
「わらわほどではないが」というところをさり気なく強調しやがった。
俺達は、また最初と同じ隊形に戻って、洞穴を進んだ。
「前に開けている場所があるみたいだよ」
エマが言うとおり、洞穴の通路はそこで途切れていて、通路よりはるかに広い空間が広がっているようであった。
その空間への入口に立ち、エマが前後左右にランプの光を照らしたが、その空間のすべては見えなかった。
しかし、突然、その部屋の灯りが灯った。照らし出された部屋は、俺が二十人ほど寝転がれるほどの直径がある円形の部屋であった。
「どうします、お姉様?」
「進むしかないじゃろう。のう、アルス?」
「ああ、中に入ろう!」
エマとリーシェを先頭にゆっくりとその広間の中に入った。
「先に進む道がないよ」
素早く部屋を観察したエマが言った。
確かに、円形の壁には俺達が入って来た所以外に出入り口はなく、行き止まりになっていた。
俺達が円形の部屋の中心部付近まで来ると、ゴーッという音が轟いた。
振り返ると、自分達が入って来た通路が石で塞がれ、壁と一体となり、そもそもその出入り口が分からなくなってしまった。
「閉じ込められたよ!」
「リリアは俺の側にいろ!」
何が起こるか分からない状況で、俺はリリアを近くに寄せた。
しかし、リーシェは部屋の真ん中まで歩み出て、辺りを見渡しながら大きな声で言った。
「もったいぶらずに早く出て来るが良い! わらわはこう見えて気が短いでの!」
リーシェのリクエストに応えた訳ではないだろうが、リーシェの周りで空気が揺らめいたと思うと、いきなり、ライオンが三頭現れた。
俺もライオンを何度も見た訳ではないが、普通のライオンより体がでかい気がする。
しかも、よく見ると、たてがみを押し分けて、ユニコーンのような真っ直ぐに尖った角が額から生えていたし、目が赤かった。
三頭とも巨大な牙が生えている口から涎を垂らしていて、どうやら俺達が今日のランチらしい。
しかし、リーシェは、そんな凶暴そうな容姿に怯むことなく、俺が心の中で命名した「ユニコーンライオン」に近づいて行った。
ユニコーンライオンは「ぐるるる」と喉を鳴らしながら、リーシェの周りを取り囲んで、ゆっくりと回り始めた。
いつ襲い掛かろうかと、チャンスをうかがっているように見えたが、ユニコーンライオン達は一向に襲って来ることはなく、次第にリーシェのすぐ近くまで来ると、その顔をリーシェにこすり付け始めた。
泣き声も「ゴロゴロ」と聞こえるようになって、どこからどう見ても、ユニコーンライオン達はリーシェに甘えていた。
ついには、ユニコーンライオン達はリーシェを取り囲むようにして四肢を投げ出し座ってしまった。
リーシェも一匹のユニコーンライオンを背もたれにするようにして座ると、左右のユニコーンライオンの体や顔を撫でた。
もう、こうなると角があるだけの大きな猫状態で、ユニコーンライオンもリーシェに撫でられて気持ちが良いのか、うっとりとした表情を浮かべていた。
「リーシェ! 大丈夫なのか?」
「ふふふ、久しぶりに見たが、可愛いものじゃろう?」
「そのユニコーンライオンが可愛いだと?」
「何じゃ、そのネーミングは? センスがないのう」
うるさいよ! 俺の頭の中で使っていた「ユニコーンライオン」という名前がつい口に出てしまった。
「こやつらはの、ライコンと言う名の魔獣じゃ」
そっちのネーミングセンスだっておかしいだろ!
「召喚主に召喚されたのじゃろうが、基本的に従順な連中じゃ」
そう言うと、リーシェは立ち上がり、ライコンに向かって、両手を突き出した。
リーシェの両手の先から紫色の光が放たれると、それは魔法陣となって、ライコンが寝そべる床に投影された。ライコンは魔法陣に沈み込むようにして消えていった。
そして、リーシェは、部屋の一角を睨みつけた。
「いいかげん、こそこそせずに出て来たらどうじゃ!」
俺には、リーシェが睨む所には何も見えなかったが、リーシェには相手の姿が見えているようだった。
「出てこないのなら、炙り出すまでじゃ」
リーシェの目が赤く輝きだした。
そして、リーシェが、その方向に向けて、勢いを付けて右手を突き出すと、その手の先から幾重もの稲妻が走った。
部屋中に響いた轟音に思わず首をすくめてしまったが、閉じていた目を開くと、リーシェが稲妻を放った先には、小柄な人影が立っていた。
リリアと同じように、この辺りの男の子が着ているような服を着ていたが、長い髪や顔立ちから幼い女の子だと分かった。
人族の幼女かと思ったら、よく見ると犬のようなフサフサとした尻尾がお尻から出ていて、頭にも髪と一体となった犬の耳が飛び出ていた。
リーシェは、腰に手を当てて、少し首を傾げる、いつもの「蔑みのポーズ」で犬耳幼女を見た。
「妖犬から出た悪魔のようじゃの。名は何と言う?」
「お前から名乗れ!」
犬耳幼女は、甲高い声でリーシェに生意気な口を利いた。
「リーシェじゃ」
リーシェは怒るだろうと思っていたが、意外とすんなりと答えた。
「おいらはコロンだ!」
コロンも素直に名乗った。
「コロンか。どうして隠れておった?」
「おいらの姿を見ると、みんな、馬鹿にするからだ!」
確かに凶暴な魔族には見えねえ。しかし、それはそれで相手を油断させるというメリットもあるんじゃね?
「わらわは馬鹿になどせぬぞ」
「嘘吐け! じゃあ、何で笑ってるんだ?」
「ふっ、決まっておろう」
相手を凍りつかせる氷の微笑みは魔王の証だってんだろ?
「そなたが可愛いからじゃ」
――えっ? 何? 魔王様はモフモフ好きなの?
リーシェは、コロンに近づき、少し膝と腰を折って、コロンの目線まで顔を落とした。
「宰相とマモンはどうちたのじゃ?」
リーシェは幼女に物を尋ねる口調になっていた。
「知らねえ! お前はマスターの邪魔をする悪い奴! やっつけてやる!」
コロンが何か物を投げるような動きをして右手を突き出すと、その右手の先から吹雪が吹き荒れた。しかし、すぐに後ろに跳躍して距離を取ったリーシェが左手を振ると、コロンに向かって暖かい風が吹き、コロンの放った雪はすぐに溶けてしまった。
「それじゃ、こっちはどうだあ!」
コロンが氷の柱を出して、リーシェを閉じ込めようとしたが、氷柱はリーシェが指差すだけであっけなく砕け散ってしまった。
「どうした? そんなことではわらわに勝てぬぞ? わんこよ」
「だから、おいらは、わんこじゃないやい!」
そう言い放って、わんこ、いや、コロンが消えた。
やはり、コロンも転移魔法が使えるようだ。
コロンはリーシェのすぐ後ろに現れると、サイズ的に間違ってるだろうという大きな剣をなぎ払った。
しかし、いとも簡単にリーシェが素手でその剣を受け止めた。
「な、何をしてやがるぅ?」
リーシェが涼しい顔をして剣身をつかんでいるのに驚いているコロンを、リーシェは剣ごと引き寄せて、コロンの手首をつかんだ。
「は、離せ!」
体を捻りながら抵抗したコロンだったが、腕を引っ張られて、そのままリーシェに抱っこさせられた。
「わらわに逆らうとどうなるか、嫌と言うほど思い知らせてくれようぞ!」
「何だとぉ! ……や、やめろぉ!」
そんなコロンの文句が聞こえていないように、リーシェは、コロンの尻尾を嬉しそうに撫でていた。




