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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第四章 眠れる砂漠の美女
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第二十九話 裏切りの宴

 アドル王子とミルジャの愛の逃避行話に感動して、迂闊うかつにも馬から降りて近づいたアドル王子が自分のことを知っているとは、イルダも思ってもいなかったのだろう。

 イルダもどう言えば良いのか分からずに口ごもったまま、俺に救いの視線を向けてきた。

「あんたは、そのアルタス帝国のイルダ姫とどこかで会ったことがあるのか?」

 俺は、髪をくしゃくしゃとかきながらアドル王子に訊いた。

「私は人質として、アルタス帝国の首都で過ごしていたのです。属領の人質も王族として扱ってくれて、よく宮殿にも呼ばれましたから、何度かお会いしております。もっとも話まではさせてくれませんでしたが」

「その時に、イルダ姫に見とれてしまったということか?」

「そ、その頃には、まだミルジャとは会ってませんから!」

 宮殿に行くたびにイルダの顔に見とれていたことを白状したのも同然のアドル王子は、ミルジャを見て焦っていた。

 そうすると見間違えだなんて言い逃れはできないだろう。

 俺が目でイルダにそう答えてやると、イルダは無言でうなづいた。

 そしてアドル王子に向き合った。

「確かに、私はイルダです」

 イルダのその言葉を聞くと、間髪入れずにアドル王子がひざまづいた。その姿を見て条件反射的に兵士達も一斉にひざまづいた。

「知らなかったとはいえ、御無礼の数々お許しください」

 ひざまづいて頭を下げたアドル王子の前に、イルダもひざまづいた。

「頭をお上げください。私はもう皇女ではありません。ただの旅人です」

「いえ! 今、バルジェ王国があるのはアルタス帝国のお陰と言って過言ではありません! また、私が首都にいるときも、人質であるにもかかわらず、皇室の方々から優しくしていただき、首都に反乱軍が迫っているという情報が入ると、すぐに解放をしてくれて、私は無事バルジェ王国に帰ることができました。アルタス帝国がなくなったとしても我々の感謝の念は消えません!」

 駆け落ち同然に召使いと逃避行をしようとしていた若い王子だが、今の帝国に反旗を翻すような発言を堂々とする気概を持っているのは、さすがだ。

「我が父もアルタス帝国のご恩をつねづね口にしております。今こそ大恩に報いるべき時でしょう。ぜひ我が王宮においでください」

 アドル王子があらためて頭を下げた。

「どうする、イルダ? こいつら、イルダが『うん』と言うまで頭を上げそうにないぞ」

 イルダは困った顔をしていたが、ダンガのおっさんは嬉しそうであった。

「イルダ様、ここはバルジェ王国の申出に甘えさせていただきましょう! もしかしたら、ここで力を蓄え、今の帝国に一矢を報いることができるやもしれませんぞ!」

 どうやら、ダンガのおっさんの頭には、ここバルジェ王国をアルタス帝国復興の舞台にしようというシナリオができつつあるようだ。

「そこまでバルジェ王国のご厚意に甘えることなどできません」

「いや、しかし」

 俺は、イルダに食い下がろうとしたダンガのおっさんを押し退けてイルダの前に出た。

「なあ、こんな砂漠の真ん中で議論をしてても仕方がねえ。とりあえず街まで連れて行ってもらって水くらいはご馳走になろうぜ。それくらいならイルダも許してくれるだろ?」



 ナーシャや子供リーシェの衰弱具合もあり、俺の提案にはイルダも乗ってきた。

 バルジェ王国兵士の先導で歩くと、十分ほどで城壁で囲まれた街が見えてきた。

 やはり方角が少しずれていたようだ。

 城壁の中に入ると、今まで見たことがない風景が広がっていた。

 普段は凜としているイルダも、まるで子供のように目を輝かせて、辺りをキョロキョロと見渡していた。もちろん、俺もだが。

 道は石畳などで舗装されておらず、馬や人が歩くたびに細かい砂埃が舞って、街全体も少し埃ぽかった。

 建物はどれも土壁で三階建て以上の高い建物はなかった。窓にはガラスもはめられておらず、衝立ついたてのような物で目隠しされているだけであった。

 椰子やしやビロウといった暖かい地方に生えている樹木が多く植えられていて、風に揺れる葉が日陰を提供してくれていた。

 道路の両端には、溝が掘られていて、清らかな水が豊富に流れていた。

「この水はオアシスから引いているのか?」

 俺は隣を歩く隊長――王宮の近衛隊長のようで名前はホデムと言うらしい――に訊いた。

「オアシスからも引いているが、大部分は井戸から汲み上げている。しかし、それだけではまかなえないので、一度使った水も何重に濾過ろかをして街中を循環させているのだ」

 水が貴重であるこの地方では、水は使い捨てではなく、何度でも使うものなのだ。

 水の豊富な大陸の北の人間からすれば、一度使った水を、濾過ろかしたとは言え、また使うのには少し抵抗があったが、あの砂漠の過酷な環境を考えると、そうせざるを得ないし、人間なんてのはどんな環境にもすぐに慣れるものなんだろう。



 街に入り、木陰に腰を下ろして水を飲み、少し休憩して復活したナーシャと子供リーシェも一緒に、俺達はそのまま王宮に連れて行かれた。

 独特なデザインの王宮は、アルタス帝国の宮殿とは比ぶべくもないほど小さかったが、周りの建物からすれば立派な建物であった。

 正門から、そこそこには広い前庭を通って、王宮の正面玄関に行くと、大勢の近衛兵に囲まれて、ひときわ豪華な衣装を着た男が立っていた。

「国王陛下でございます」

 ホデムが俺達一行全員に聞こえるように言った。

 国王は、アドル王子と並んで歩いていたイルダを見ると、にこやかな顔でイルダに走り寄って来て、その前でひざまづいた。

「イルダ姫におかれましては、我がバルジェ王国にお足を運んでくださり、まことに恐悦至極でございます。さあ、どうぞ!」

「恐れ入ります」

 イルダも立ったまま頭を下げた。

 国王直々に案内されて行った先は、おそらく王宮で一番広いと思われる謁見えっけんの間であった。

 メインロードには赤い絨毯が敷かれており、その先には堂々とした玉座が置かれていた。

「さあ、どうぞ」

 玉座がある場所まで俺達を案内してきた国王は、玉座にイルダを座らそうとした。

 しかし、イルダは、「ここはバルジェ王国です。そして、私は既にアルタス帝国皇女ではありません」と言って固辞した。

「じゃあ、部屋を変えて、お茶でも飲みながら話をするか?」

 バルジェ王国とイルダとの遠慮合戦が始まりそうな勢いだったので、俺が中に入った。

 結局、全員が控えの間にある大きな楕円形のテーブルに座った。

「今の帝国からは服従しろという文書が来ていましたが破り捨てました。がはははは」

 豪快に笑う国王の軽い言いぶりに、こっちが心配になってきた。

「そんなことをして大丈夫なのか? 今の帝国も次第に力を持ち直してきていると思うが?」

 実際のところ、首都に行っていないので、今の帝国の実力がどの程度なのか、そもそも貴族達の連合軍だった今の帝国が一枚岩になっているのかなども、はっきり言って分からないが、物事は最悪なパターンから考えていた方が良い。

「我々はあちこちに斥候を放っています。その情報を元にすれば、今の帝国の覇権は大陸の北部にしか及んでいません。ここまでやって来るには、あと何十年も掛かるでしょう」

「しかし、その何十年を座視していたら、結局、滅ぼされてしまうだけだ」

「もちろん対策は考えています。このアドルの婚姻もそうです」

 国王は隣に座っていたアドル王子の肩を揺すった。

「アドルと隣国エラビア王国の王女との婚姻で両国の結束を高め、行く末は軍事同盟を結ぶところまで話は進んでいます」

 当のアドル王子は苦々しい顔をしていた。国王にとって、召使いのミルジャとの逃避行はそもそも無かった話のようだ。

「そ、そうですか」

 アドル王子とミルジャの行動を賞賛していたイルダも、王族に生まれた者の現実を突き付けられて、国王に意見することはできなかったようだ。

 アドル王子のわがままで隣国との軍事同盟が成立しなかったら、今の帝国に攻め入られると、この砂漠の小国など、あっけなく滅んでしまうだろう。そうなれば、王族のみならず国民全員が奴隷とされる恐れだってある。

 アドル王子が愛を貫こうとすれば、それだけの犠牲を覚悟しておかなければならないのだ。



 しかし、イルダは既に滅んでいるアルタス帝国の皇女であるにもかかわらず、ここまで厚遇されるのは、いかにアルタス帝国が善政を敷いていたかが分かると言うものだ。

 今の帝国が反乱を起こしたのも、アルタス帝国が市民の権利を充実させる反面、貴族の権限を削ろうとしたことが発端であって、要は一部の特権階級の権力争いに過ぎないのだ。

 だから、アルタス帝国の再興を願っている勢力はこの大陸内に大勢いるはずで、そう言う勢力にとって、自らは帝位継承権を持たないが、今の帝国に反旗を翻すための大義となるイルダとカルダ姫は喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 と言うことで、イルダは国賓級の扱いで、控えの間付きの部屋が与えられた。控えの間と言っても個室で、イルダと同じ部屋に入ったリーシェ以外の者にもそれぞれ個室が与えられた。

 そして、その夜はバルジェ王国の重臣が軒並み参加しての歓迎の宴が催された。

 イルダが国王とアドル王子に挟まれるようにして座り、その両隣にリゼルとダンガのおっさんが座った。俺とナーシャと子供リーシェの、言わば「部外者」は別のテーブルに座った。

 国王の乾杯の挨拶で宴は始まった。

 今まで聴いたことも見たこともない楽器を持った楽団が奏でる、ゆったりとした音楽が流れる中、イルダの元には、王族や貴族と思われる者がひっきりなしに挨拶に来て、イルダもゆっくりと食事をする暇が無さそうだった。

 その間に、こっちはゆっくりと腹ごしらえをとばかり、俺とナーシャは目の前のご馳走を片っ端から胃袋に入れた。スパイスが効いた肉料理は食欲をそそるし、一緒に出されていた酒も濃厚で美味かった。子供リーシェもお行儀良く食べてはいたが、ナイフとフォークの回転率が確実に速かった。

 腹がはち切れるほど食べた後、イルダを見ると、挨拶責めから解放されて、アドル王子と歓談していた。

 ダンガのおっさんとリゼルは、国王と頭をつき合わせて、何やら真剣な顔でひそひそ話をしていた。イルダの今後の身の振り方を話し合っているのかもしれない。

 イルダが旅を止めて、このバルジェ王国に留まると言うのであれば、俺とイルダの契約は終了だ。ずっとイルダの側にいたいと思ってても、俺とイルダとでは身分が違いすぎる。たまたま一緒に旅をすることになったが、歩むべき道はもともと違うのだ。

 イルダを見つめていると寂しくなって、視線をナーシャに移すと、「お前は妊婦か」という腹を突き出して、椅子にふんぞり返っていた。

 外国の王族の前だと言うのにフリーダムすぎる!

 何気なくリーシェを見ると目が合った。

 相変わらず、吸い込まれそうな紫色の瞳だ。

「ちゃんと食べたか?」

 リーシェはこくりとうなづいた。

「何か甘いデザートがないか訊いてみるか?」

 リーシェは嬉しそうにうなづいた。無表情のままだったが、最近は眉や口元の少しの変化で子供リーシェの気持ちを読み取ることができるようになってきた。我ながらすごい進歩だ。

「とりあえず小便をしてくる。給仕がいたら訊いてくるよ」

 俺が立ち上がると、リーシェも俺について来た。

「何だ? お前も小便か?」

 リーシェはこくりとうなづいた。

 子供リーシェは男だ。だから、連れションもできる。……おっと、王宮で使う言葉じゃなかったな。

 俺は、リーシェを連れて広間から出て、そこにいた給仕にトイレの場所とデザートの有無を訊いた。

 どうやら、もう少ししたらデザートが出てくるようだ。それまでに、リーシェを席に戻してやろうと、トイレに向かって教えられたとおりに廊下を進んだ。

 この角を折れたらトイレが見えるはずだ……と思ったら、それらしい扉はなかった。

 次の角かと思って廊下を突っ切り、角を曲がると、暗い廊下の隅で男と女が抱き合っていた。

 俺もエチケットは心得ている。リーシェの手を取って、思わず廊下の角に隠れた。

 ったく! 時と場所をわきまえろってんだ!

 どこのどいつだ?

 と言って、俺には全然関係がないのだが、野次馬的興味で、そーっと角から顔を出した。

 その廊下には蝋燭が立てられてなくて薄暗かったが、背中を見せている見知らぬ男を抱きしめている女の顔がこっちに向いていた。

 ――おいおい! なんてこった!

 積極的にキスまで迫っている女はミルジャだった。

 

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