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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第四章 眠れる砂漠の美女
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第二十八話 逃避行

 ――暑い!

 生まれてこのかた、これほど太陽が憎たらしく思ったことはない。

 サラサラとした砂に足を取られて、余計に体力が奪われる。

「ダンガのおっさん!」

 俺は振り返り、「名馬」フェアードの手綱を引いているダンガのおっさんを恨めしい顔をして見つめた。

「次の街まで一刻じゃなかったのかよ?」

「儂の記憶でも、地図でもそのはずじゃが……」

 しかし、この砂漠を歩き出して、既に二刻は過ぎていた。

 一刻くらいなら馬でも大丈夫だろうとフェアードにイルダと子供リーシェを乗せて出発したが、駱駝と違い、さすがにフェアードもしんどそうだ。

 俺の背中には、ナーシャが背負われていた。ナーシャの背中の羽がしわしわになっていて、砂漠の環境が小妖精エルフには厳しいことを示していた。

「引き返しましょうか?」

 馬上のイルダが言った。

 子供リーシェと一緒に白いベールを頭からかぶって強烈な日光を遮っているが、女性子供にはこの状況が過酷なのは間違いがない。

 実際、子供リーシェの瞳は虚ろになっていた。封印されている時のリーシェは本当にただの子供なのだ。

「今から引き返すと更に倍の時間が掛かる。ダンガのおっさんの話を信じて進む方が良い気がする」

「儂を信じろ!」

 と言いつつ、ダンガのおっさんも少し自信が揺らいでいるようだった。

「リゼル。方角は間違いないのであろう?」

 しんがりを歩いているリゼルにダンガのおっさんが訊いた。

 懐から取り出した方磁石を手の上で水平にして確認したリゼルが「南西の方角に向かっていることに間違いない」と答えた。

「少しずれているのかもしれませんね」

 こんな時でもイルダは冷静だ。

 方角が一度でもずれたら、遠く離れれば離れるほど誤差は大きくなる。

 辺りに目印となるものがない砂漠だけに、進路がすれているかどうかの確認方法もない。



 大聖堂の街マグナルから俺達は南を目指して歩いて来た。

 表向きの理由は、マグナルから北の街に現在の帝国軍が進軍していたことを、イルダの姉カルダ姫が実際に確認したことから、それから逃れるように南に向かったのだ。

 そして裏向きの理由、つまり俺とリーシェだけが知っている理由は、大陸の南にある砂漠に生えているというマンドラゴラという薬草を探すことだ。

 マンドラゴラは、後遺症が残らない睡眠薬を作るために必要な薬草だった。リーシェが覚醒できるのは、イルダが眠っているか気を失っている時だということが分かったリーシェが、その覚醒している時間を確保するために、その睡眠薬を作ると言い出したのだ。

 もう一つの理由としては、北にある首都の生まれのイルダはもちろん、これまでずっと旅をしてきた俺も南の砂漠には行ったことがなく、ぜひ見てみたいと思ったからだ。

 しかし、そんな観光気分で来たことを叱るように、自然はその厳しさを見せつけていた。

 この砂漠を含む大陸の最南部一帯はナハイル地方と呼ばれており、いくつかの小国に別れていた。

 アルタス帝国が覇権を握っていた時も、これらの国を直接支配することはなく、従属をさせていた。

 砂漠や乾燥した草原が大部分で領土とするほどの旨味がない土地であることに加え、帝国領とは言語こそ方言程度の違いしかなかったが、生活様式はかなり違っており、無理矢理、帝国に編入して同化を進めるよりは、属領とした方の支配効率が格段に良かったからであろう。

 今いるのは、そのナハイル地方の小王国であるバルジェ王国の領土内であった。

 バルジェ王国は先の大戦でもアルタス帝国側に着いて戦った。結局、アルタス帝国は負けてしまったが、今の帝国もここまで軍を進めて、バルジェ王国を懲罰するだけの力は、まだ無いだろう。

 国境の街から砂漠を南西に一刻進めば、バルジェ王国の首都バルジェンに着くはずだったのだが、目の前には街どころかオアシスすら見えず、砂丘が連なっているだけだった。



「あれは?」

 いつも空を飛んで斥候役を担当しているナーシャがダウンしていて、一行パーティの中で一番高い目線で遠くを見ることができていたイルダが前を指差した。

 俺も目を凝らすと、前方に砂埃が舞い上がっていた。

「大勢の駱駝が掛けて来ています!」

 間もなく俺にもその様子が見えてきた。

 後ろに砂埃を巻き上げながら、兵士らしき武装した男どもが乗った駱駝がこちらに向かって駆けて来ていた。よく見ると、その集団の前にも人が乗った駱駝が一頭だけ駆けて来ていた。

 どうやら、その一頭の駱駝を大勢で追い掛けているようだった。

 追われていると思われる駱駝が、俺達の方に真っ直ぐに向かって来るように少しだけ方向転換したのが分かった。

 その駱駝には二人が乗っていた。女性の後ろに男性が乗って、手綱を握り、鞭を入れていた。

「アルス! あの駱駝はこっちに向かって来ておるぞ! 大丈夫か?」

 フェアードの手綱を握っているダンガのおっさんが心配したが、俺は慌てなかった。

 いかにも、このままだと俺達にぶつかってきそうな勢いであったが、先頭を逃げて来ている駱駝の足がもつれていることが見えたからだ。

 案の定、俺達の近くまで来たその駱駝は、その体を回転させるようにして大きく転んだ。そして、その背中に乗っていた二人は、前に放り出されて、俺の目の前の砂に全身を叩きつけられた。

 俺はすぐにその二人に駆け寄り、男の方は放っておいて、女性の上半身を抱え起こした。

「大丈夫か?」

 その女性は胸元が大きく開いた白いシャツに派手な装飾が施されたベストを羽織り、ベストと同じような装飾の足首まであるスカートを履いており、足元は質素なサンダルを履いていた。

 褐色の肌に黒い髪で、微かに目を開けたその顔はなかなか美形だった。

「殿下は?」

 そう言うと女性は上半身を自分で起こしてキョロキョロと辺りを見渡した。

 同じく放り出された男性には、既にリゼルが駆け寄っており、その助けを借りて、同じように上半身を起こしていた。

 男性は、女性と同じようなデザインのベストを上半身裸の上に羽織り、裾が絞られたデザインのズボンを履き、足元は女性よりも豪華な装飾が施されているサンダルを履いていた。

「殿下!」

 女性はすぐに立ち上がり、その男性に走り寄り、ひざまづいて男性を抱きしめた。

 そんなことをしているうちに、追っ手の集団が俺達の近くまでやって来て、俺達を取り囲んだ。

 男達の腰には湾曲している大きな剣がぶら下がっており、逃げていた男性と同じような格好をしていた。

 どうやら、上半身裸にベスト、下半身は裾を絞っているが全般的にゆったりとしたデザインのズボンにサンダルというのが、この辺りにおける男性の定番コーディネイトのようだ。

「お前達は何者だ?」

 追っ手の隊長らしき男が駱駝を降りることなく、駱駝の上から俺に訊いた。

「見て分からないのかよ。旅の者だよ」

「では、これからのことは他言無用に願おう」

 隊長はそう言うと、駱駝から降り、殿下と呼ばれた男性に近寄ると片膝をついて頭を下げた。

「殿下! 陛下が心配されております。我々と一緒に帰っていただきたい!」

「断る!」

 殿下と呼ばれた男はきっぱりと言った。よく見ると、短く刈られた黒い髪の下にある褐色の顔はなかなかの男前だ。もちろん、俺には敵わないが。

「殿下! 殿下は我々を見捨てられるおつもりなのですか?」

「……」

「おい!」

 俺は、背負っていたナーシャをダンガのおっさんに預けてから、殿下にひざまづいている隊長に話し掛けた。

「何だ?」

 鬱陶しそうに隊長が俺を睨んだ。

「せめて事情くらいは教えてくれよ。何にも知らない俺達からすれば、あんたらが純情な男女をさらっているようにしか見えないぜ」

「もし、そうだとすればどうするつもりだ?」

「その二人を助けるまでだ」

 俺は背中のカレドヴルフを抜いた。

 俺達を取り囲んでいた兵士達も一斉に駱駝から降りて、俺を取り囲んで、剣を突き付けた。

「人に言えないような悪いことをしようとしているのか?」

 隊長が無言でうなづくと、兵士どもが一斉に俺に襲い掛かって来た。

 俺はカレドヴルフを一振りして、兵士どもが撃ち込んで来た剣を弾き返すと、カレドヴルフをもう一振りしてから、後ずさりして距離を取った。

 兵士達がその俺に再び剣を撃ち込もうとすると、兵士全員のズボンがすとんと落ちた。

 ベルト代わりの紐を切ったのだ。

 兵士達が慌ててズボンをずり上げたが、紐を切られていてズボンがずり落ちてしまうことから、全員が片手でズボンを押さえながら剣を俺に向けた。

「まだ、やるのか?」

「待て!」

 隊長が兵士達を止めた。賢明な判断だ。

 隊長は立ち上がり、俺の前に立った。

「見事な腕前だ。ただの旅人ではあるまい?」

「ただの旅人だ」

 隊長は俺達一行を見渡した。

 馬上のイルダとリーシェを見て、隊長も俺達を山賊のような暴虐無人な集団とは思わなかったはずだ。

「お前達はこれからどこに行くのだ?」

「バルジェンの街だ」

「そうか。では、今見たことを、バルジェンの街で話さないと約束してくれるか?」

「あんたがこれから話す事情を俺が納得できたらな」

「分かった」

 隊長は、殿下と呼ばれた男性とその近くに寄り添う女性を見てから、俺の顔を見た。

「こちらにいらっしゃるのは、我がバルジェ王国の王子アドル殿下だ」

 確かに、殿下が着ている服は、兵士達の服とあまり変わらないデザインであるが、素材が高級な感じがする。

「王宮から逃亡されたので、我らがお迎えに上がったのだ」

「なぜ王子様が逃げる?」

 話の重要な部分がかなりカットされているようだ。

「王宮内の秘事だ」

「全然分からねえな! 納得できないし、お前らが本当に王国の兵士かどうかも確認できないじゃねえかよ!」

 隊長と睨み合っていると、アドル殿下が話し出した。

「私からお話します。その者らは確かに王宮の兵士です。そして、私はアドルで間違いありません」

「それで、何であんたは逃げていたんだ?」

 俺はアドル王子に尋ねた。

「貴様! 我らが殿下を『あんた』呼ばわりか!」

 兵士の一人が興奮して両手で剣を持って突き出したが、当然のごとくズボンがずり落ちた。

「言っただろうが! 俺達は旅の者だってな! あんた方にとって王子様でも、俺にとっては赤の他人だ」

 ぐうの音も出ない隊長に代わり、アドル王子が自ら話し出した。

「私は、ここにいるミルジャと一緒に宮殿を出ようと思いました。ミルジャは私付きの召使いです」

 自分付きの召使いと逃避行か。何となく全体像は掴めた。

「しかし、私に縁談話が出て来て、私は断ったのですが、どうしても駄目だと言われて」

「王族なら側室を持つこともできるんじゃないのか?」

「私とミルジャの仲は、ただの男の女の仲などではありません! 一人の人間としてミルジャの全てを私は愛しています! 生涯を共にしたいと思っています!」

 アドル殿下は、ひょっとしたらまだ十歳代かもしれない。それくらい若く見えたし、今の台詞からすれば、実際に若いのだろう。

 俺もそんな時期があったような、なかったような……。

 ふと気になって、馬上のイルダを見てみると、明らかに感動をしているようで、顔が少し赤らんでいて、少し涙目にもなっていた。

 イルダだって、アルタス帝国が滅んでいなかったら、政略結婚の具として、会ったこともない男と結婚させられていたかもしれないのだ。王子と召使いという身分の差を超えて、愛を貫こうとしているアドル王子の態度に感激してもおかしくはない。

 案の定、フェアードから降りたイルダは俺の隣に来た。

「アルス殿、どうされますか?」

「どうされますかって言われてもなあ。これはバルジェ王室の話で俺達が口を挟むようなことじゃねえからな」

「それはそうですが、アドル殿の気持ちも大切にしてあげたいです!」

 無茶を言いやがる。俺にどうしろと言うのだ?

 しかし、イルダはそんな俺には何も言わず、隊長に向けて話し掛けた。

「アドル殿は私達に一旦預けていただけますか?」

 可愛い顔をして無謀なことを言うこの小娘に隊長も唖然としていた。

「何をおっしゃているのかな?」

「言うことをきいていただかないと、このアルス殿がズボンの紐だけではなく、皆さんのおなかも切ってしまいますよ」

 まるで俺がしつけのなっていない犬みたいじゃねえか!

 しかし、俺の剣さばきを見ている隊長は押し黙ってしまった。

「あ、あの」

 その代わりにアドル王子が口を開いた。

「あなたは、もしや、アルタス帝国のイルダ様では?」

 

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