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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第三章 大聖堂に住まう悪魔
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第二十五話 進撃と追撃

 左頬に冷たい床を感じて目が覚めた。

 微かに目を開くと、誰かが俺の名を呼んだ。

 その声は、俺を目覚めさせてくれる力を持っていた。

 気がつくと、心配そうなイルダの顔があった。

 俺は部屋の床に、体の左側を下にして横になっていた。

 ひざまづいて俺を見つめているイルダの横には、無表情なりに心配そうな顔をしている子供リーシェもいた。

 その両脇にダンガのおっさんとリゼル、そしてエマが並んで座って、俺を見ていた。 

「アルス殿! 良かった!」

 イルダがほっとした顔をした。少し涙ぐんでいる気がする。

 背中が温かい。体ごと後ろを振り向こうとすると、ナーシャの声がした。

「動かないで!」

 首だけを回して見ると、ナーシャが両手から緑色の淡い光を出していた。

 上半身裸の俺の背中の傷を、ナーシャが治癒魔法ホスピタルで治してくれていた。痛みはもうなかった。

「俺は?」

「あの魔族の光の玉の直撃を背中に受けたのだ。皮膚が焼けただれていて、どうなることかと思ったぞ」

 ダンガのおっさんも安堵した表情だった。

「そうか」

 俺がなるべく体を動かさないようにして、手で額の汗を拭っていると、タオルが俺の顔に押し付けられた。

 優しいタッチで上下に動かされて、顔中にかいていた汗を拭き取ってくれた。

 タオルが顔から外されると、それをしてくれたのが、子供リーシェだと分かった。

「リーシェもすごく心配していたんですよ。リーシェもアルス殿が大好きみたいです」

 ――深い意味は無いと信じたい。

「ここはどこだ?」

「ここはアタイが借りていた部屋だよ。あんたらが泊まっていた宿屋には、きっと追っ手が来るだろうってイルダさんが言って」

 確かに、よく見れば、以前に俺と大人リーシェとで訪れたエマの部屋だった。

「こんなことならベッドも入れていたら良かったよ」

 エマが申し訳なさげに言った。

 盗みの準備のためだけに借りていた部屋だから、エマも寝袋で寝泊まりしていたのだろう。

「じゃあ、あの状況から、どうやって逃げることができたんだ?」

 魔族モレイクが光の玉を無差別に放ったところまでは記憶があった。

「アルス殿があの枢機卿の格好をした魔族に付けた背中の傷は相当深傷だったようで、あのまま流血が続くと危ないと悟ったのか、あの後すぐに魔族は消えてしまったのだ」

「あの魔族が消えると、廊下にひしめきあっていた騎士達も眠るように倒れて動かなくなってしまってな」

 冷静に答えたリゼルの後に、ダンガのおっさんが興奮冷めやらずという雰囲気で話した。

「しかし、エマがいてくれて助かったぜ。あのナイフはこれ以上ないくらいに良いタイミングだったぜ」

「いや、アタイだけじゃないだろ? リゼルさんのあの連続攻撃はすごかったし」

「そうだな。ありがとうな、みんな」

「いえ、一番のお手柄は、やっぱりアルス殿です。あの魔族に決定的な一撃を加えたのですから」

「まあ、お互いに誉めあってたって仕方が無い。これからどうするかを考えないとな」

 俺は寝転がったまま話をした。

「オグマ殿には気の毒なことじゃったが、彼と連絡をつかなければ、総本山も黙ってはいないであろう?」

 まずはダンガのおっさんが悠長のことを言った。

「オグマが行方不明だと総本山が判断するまで、どれだけ時間が掛かるか分からないぞ。それにあの魔族は、総本山の威光なんて屁とも思ってねえだろうからな」

「では、どうする? この近くには、今の帝国軍が駐留している街はないはずだし、教会領の魔族を退治してくれる奇特な貴族もおらぬだろう?」

「そもそも枢機卿が魔族などということを信じてくれるとも思えない」

 ダンガのおっさんとリゼルが沈んだ声で話した。

「俺達は、どうせ旅の身だ。この街のことはこの街の者に任せてしまうと言う手もある。つまり、関係の無い俺達が余計なお世話をすることなく、このまま、この街から逃げるという選択肢もあるぜ」

 俺は自嘲気味に言った。

「アルス殿! 本気で言われているのですか?」

 ――予想どおりの反応だ。

 今までに見たことのないくらいイルダが怒っていることが分かった。リゼルとダンガのおっさんもこれほど怒ったイルダを初めて見たようで、目を丸くして見つめていた。

「私は、アルタス帝国第二十七代皇帝の娘です! この大陸は私の先祖が治めてきた地です! 無関係な街など一つもありません!」

「……」

「私は自分が権力の座に座りたいがためにフェアリー・ブレードを探しているのではありません! アルタス帝国の覇権が大陸の隅々にまで行き届いていた頃のように、平穏で笑顔が絶えない世の中に戻したいのです! どこの街であろうと、住民が困っているのであれば、それを救うことが、お父様やご先祖様に対する私の責務だと思っています!」

 くそっ! 俺はとんでもない姫様の側にいることになっちまった!

 自分の顔がにやけているのが分かった。

「イルダを一人でやらせねえよ。俺も行く」

「……アルス殿」

 イルダが少し涙ぐみながらも笑顔で俺の顔を見た。

「イルダ様! 私とダンガはイルダ様といつも一緒です」

 リゼルの言葉にダンガのおっさんも力強くうなづいた。

「アタイもやるよ! あんたらをこんな目に遭わせたのは、アタイみたいなもんだからさ」

「エマさんがこの悪事に気づいてくれなかったら、もしかしたら取り返しがつかないことになっていたかもしれません。エマさんが気に病む必要はありません」

 エマはイルダに笑顔を見せた。

「ありがとう、イルダさん。でも、アタイだって、後は知らないなんて言えないよ」

「ボクだって忘れないでよ!」

 俺の背中からナーシャが言うと、俺の背中をぽんと叩いた。

「アルス! 終わったよ!」

 俺は上半身を起こして、胡座あぐらをかいた。背中を擦ってみたが、傷一つ無かった。

 ナーシャを見てみると、汗びっしょりで疲れた顔をしていた。その能力をはるかに超える治癒魔法ホスピタルを発動してくれたことが分かった。

「ありがとうよ、ナーシャ」

「今度の夕食、ボクに葡萄酒一本を奢ってくれたらチャラにしてあげるよ」

「分かったよ。約束する」

 チュニックと胸鎧ブレストプレートを着けてから、改めて部屋の中を見渡してみると、灯りは無く、窓からの月明かりだけでほのかに明るかった。

 外でひづめの音が響いた。おそらく聖教会騎士団が俺達を探して、街中を走り回っているのだろう。

「俺達が泊まっていた宿屋に俺達が戻っていないことはもう分かっているだろう。血眼で俺達を探しているはずだ」

 モレイクの関心はリーシェだ。封印されている間に消してしまおうと必死になっているはずだ。

「モレイク一人であれば、さっきみたいに俺達が連携すれば、何とか対処できるだろう。しかし、問題は聖教会騎士団の連中だ」

「確かに、殺そうと斬り掛かって来る連中を傷付けずに制圧することは難しいな」

 実戦の経験が豊かなダンガのおっさんの言うとおりだ。

 騎士団の連中は、囚われの秘薬で、モレイクの忠実なしもべとなっており、モレイクが「死ね」と言えば、命を惜しむことなく、俺達に突撃して来るはずだ。しかし、単なる操り人形にすぎない連中を斬ることには抵抗がある。

 外が一層騒がしくなった。

 エマが二階にあるこの部屋の窓を小さく開けて下を覗くと、すぐに窓を閉めて俺達を見た。

「やばいよ! 騎士が六人、玄関のドアから入って来ている」

「儂らがここにいるのがばれたのか?」

「いや、一軒一軒確認をしているのだろう」

「どうします、アルス殿?」

「居留守を使うしかねえだろう。それか、ここを借りているエマだけが出て、その間、俺達はどこかに隠れているかだが」

 残念ながら、この部屋には俺達が隠れることができるスペースは見当たらなかった。

 部屋の扉が激しく叩かれた。

「緊急の捜索だ! 扉を開けろ!」

 俺達は息を潜めて、居留守を決め込んだ。

 しばらくすると、大きな音がして扉が揺れた。

「突き破るつもりじゃぞ!」

 ダンガのおっさんが小さな声で嘆いた。

「仕方が無い。迎え撃つぞ」

 俺は、壁に立て掛けていたカレドヴルフを背負った。そのさやが少し焦げていた。

 俺が何とか一命を取り留めたのは、モレイクの光の玉がカレドヴルフを直撃して、その威力をいくらか遮蔽してくれたからのようだ。

「イルダ! リーシェと一緒に俺の後ろに! ナーシャはエマと一緒にいろ!」

 イルダが子供リーシェの手を引いて俺の後ろに回った。ナーシャとエマも後方に待機した。

 ダンガのおっさんは槍を構え、リゼルもローブの前をはだけて、いつでも魔法を発動できるようにした。

 ドン! ドン! と何度か扉が揺れた後、勢いよく開いた。

 全身鎧姿の騎士が五人、部屋に雪崩れ込んできた。

 俺達をしばらく見つめた騎士達は、俺達が捜し物そのものということが分かったようで全員が剣を抜いて構えた。

「貴様達だな? 剣を捨てて投降しろ!」

「誰が従うか!」

 俺が騎士達に突進すると、途中、火の玉が俺を追い抜いて行き、騎士五人を炎にくるんだ。

 慌てて火を消そうとする騎士全員の膝辺りを撫でるように斬ると、さすがカレドヴルフだ。その鎧をぶった切って、膝に傷を付けた。

 立てなくなった騎士達はそのまま倒れて横になったまま、うごめくことしかできなかった。

「部屋から出るぞ!」

 この五人の騎士と連絡が取れなくなったと分かれば、また次の騎士達が、この部屋に押し掛けて来るのは分かり切っている。どん詰まりの部屋の中で戦うのはものすごく不利だ。

 俺が先頭に部屋から出ると、外には騎士達の姿はなかった。

 廊下を走り階段を降りて玄関に行くと、見張りらしき騎士が一人玄関の外で立っていた。

 建物に背を向けていた騎士が俺に気づかないうちに、こっそりと後ろから近づき、その膝の裏を斬った。

 うめきながら寝転がった騎士を飛び越えるようにして、全員が外に出た。

 通りの左右を見渡す限りは騎士の姿は見えなかったが、遠くからひづめの音や叫び声のような音が聞こえていた。

「どこに行きますか?」

「こっちから乗り込む! こそこそしてても仕方がねえ!」

 俺がイルダに答えると、イルダも微笑んだ。

「そうですね。そうすると決めたのですものね」

「ああ、そうだな!」

 俺達は遠くに見える大聖堂を見つめた。

 モレイクも重傷を負っている。その魔法も十分な力を出すことはできないだろう。

 やるなら今だ!

「イルダ! 走れるか?」

「心配無用です! 駆けっこは得意でした!」

「そいつは頼もしい! 俺の側から離れるな!」

 俺達は大聖堂に向けて走り出した。

 イルダは自ら子供リーシェを背負った。

 俺やリゼル、ダンガのおっさん、そしてエマは戦力だ。子供リーシェを背負っていたら戦えない。子供リーシェと同じくらいの身長のナーシャには無理だ。するとリーシェを背負えるのは自分しかいない。つまらない元皇女様のプライドなど持っていないイルダならではだ。

 イルダは遅れることなく俺についてきた。華奢な体のどこにそんな力があるのかと不思議なくらいだ。

 空高く飛んで、敵がいない方向を教えてくれるナーシャの指示に従って、俺達は進んだ。

 それでも多方面から同時に向かって来られるとどうしようもない。

 建物に囲まれた石畳の道路を進んでいると、馬に乗った騎士の一団が前と後ろの両方から迫って来た。

「俺は前をやる! ダンガのおっさんは後ろを頼む! リゼル! 両方の馬を狙えるか?」

「任せておけ!」

 イルダとリーシェをエマに任せて道の端に寄らせると、俺は通りの真ん中に立ち、前から迫って来ている騎馬集団を待ち構えた。幾つかの火の玉が俺を通り過ぎて馬の脚に当たると、暴れた馬から騎士達が次々と落ちた。

 馬に乗っていない騎士には負ける気がしねえ!

 素早く起き上がった騎士達に突進した俺は、そいつらの足を切って動けなくした。

 振り向くと、ダンガのおっさんの振るった槍も騎士を動けなくしていた。

「アルス! 騎士がここに集まって来ているよ!」

 上空でナーシャが叫んだ。

 どうやって、街中の騎士に連絡を取っているのか分からないが、俺達の居場所が正確に伝わっているようだ。

「一番、手薄なのはどっちだ?」

 俺が上を向いて訊くと、「あっち!」とナーシャが指差した。

 また、しばらく走ると、騎士が襲って来る。そいつらを撃退して少し進むと、また騎士達がやって来るという繰り返しで、なかなか大聖堂にたどり着けなかった。

「イルダさん、代わりますよ」

 ずっとリーシェを背負って走っていたイルダの息が上がっているのを見たエマが申し出た。

「大丈夫です」

「大丈夫じゃねえだろ? エマは盗賊だ。イルダよりはずっと足腰は強いはずだ。足手まといになる前に交替をしな!」

 少しばかりきつい言い方だったが、そうでも言わないと、イルダはリーシェを離しそうになかった。

「わ、分かりました」

 不本意ではあっただろうが、自分が捕まって、みんなに迷惑を掛けることもしたくなかったのだろう。イルダがリーシェを下ろすと、エマがリーシェを背負った。

「よし! 行くぞ!」

 再び走り出そうとした時、ナーシャの叫び声が聞こえた。

「アルス! あれっ! あれっ!」

 焦って呂律ろれつが回っていなかったナーシャの指差す先の空を見ると、その足だけでも人間ほどの大きさがある巨大なカラスのような影が俺達に迫って来ていた。

 リゼルが火の玉をその巨鳥に放ったが、大きな羽を羽ばたかせると、火の玉は散るように消えてしまった。

 巨鳥は、エマに向かって舞い降りて来た。

 いや、正確に言うと、エマが背負っている子供リーシェを狙っていたのだろう。

 しかし、エマが持ち前のすばしっこさを発揮して、羽ばたきながらエマごとその巨大な足で掴もうとしたカラスから逃げ回った。

 でかいだけに動きがそれほど俊敏ではなく、エマを捕らえることができなかった巨大カラスの首がすぐ近くにいたイルダに向いた。

 巨鳥がその目標ターゲットを変えたと分かった俺は、巨鳥に目掛けて走り寄ると、その足に斬り掛かった。

 俺はその右足を切り落としたが、既に遅く、左足にはイルダが掴まれてしまった。

 巨大カラスは、大きく羽ばたくと、イルダを掴んだまま、空高く飛び立ち、大聖堂の方に飛び去った。

 

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