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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第三章 大聖堂に住まう悪魔
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第十九話 二人の姫

 結局、リーシェと一緒に宿屋に帰った俺に、おやすみのキス以上の良いことをリーシェがしてくれる訳もなく、不完全燃焼のまま、ベッドに潜り込んだ。

 しかし、旅の疲れも出たのか、すぐに寝入ってしまって、翌朝にはすっきりと目が覚めた。

 朝食もしっかり食べると、俺達は宿屋から出て、大聖堂に向かった。

 カルダ姫との待ち合わせ場所は、大聖堂前の広場だ。

 帝位継承権を持たないとは言え、前皇帝の血が流れていて、今の帝国から追われている二人の姫様が会うのだ。

 隠れ家のような所で会うのが良いのかと言うとそうではない。こそこそとしていると返って怪しまれる。こう言う時は正々堂々と開けっぴろげに会う方が良いのだ。そして、巡礼者が多いこの街は、街で見掛けない顔の人間がいても、何ら不思議がられることはないのだ。



 丘の上にある大聖堂は、三つの塔を持つ石造りの荘厳な建物で、その前の石畳の広場には、巡礼者らしき大勢の人がたむろしていた。

 イルダが辺りを見渡してカルダ姫一行を探したが、まだ来ていないようだ。

 待ち人が来るまで、俺は大聖堂を見物することにした。

 近くで見ると、やはりでかい。

 中にも自由に入れるようで、開放されている馬鹿でかい扉から中に入ると、広大な礼拝室があった。

 祭事はされていなかったが、礼拝室の椅子には多くの巡礼者が座り、正面にある荘厳な祭壇を見つめていた。

 祭壇の中心には、フェニア教会の神様らしき像が鎮座しており、その右手首には、赤く輝く石が繋げられた数珠じゅずが巻かれていた。

 どうやら、あれが「炎の数珠じゅず」のようだ。

 神様よりも自分自身を信じる俺は、単に装飾の素晴らしさを感じつつ、祭壇を見上げた。

 イルダとリーシェが俺の隣に立った。

「イルダはフェニア教の信者なんだろう?」

「はい。皇室は、代々、入信していましたから」

「じゃあ、ここの聖職者達にはイルダのめんは割れているのか?」

「いいえ、たぶん大丈夫です。お姉様と一緒に祭都バルバには行ったことはありますけど、この街は初めてですから」

 ふと見ると、子供リーシェも神妙な顔付きで神様の像を見上げていた。

「リーシェ」

 俺が呼び掛けると、リーシェは無言かつ無表情なまま、俺の顔を見た。

「リーシェも神様を信じるのか?」

 自分でも意地悪な質問だと思ったぜ。

 だって、フェアリー・ブレードで魔王リーシェを封印させたカリオンは、この神様から派遣されて、世界を救ったとされているんだからな。

 しかし、リーシェはこくりと頷いた。

「へえ~、神様のご加護があると良いな」

 大人リーシェが現れたら、いろいろと文句を言われそうだ。



「イルダ様!」

 もうそろそろ待ち人が来ている時間かと思い、イルダとリーシェと連れだって大聖堂から出ると、リゼルが手を振りながらイルダを呼んだ。

 その近くには、初顔の三人が立っていた。

 イルダは、リーシェの手を取ると、まっしぐらにその三人に走り寄って行った。

 どうせお邪魔虫だろうと、俺がゆっくりと近づいて行くと、イルダがしびれを切らしたように、俺をかした。

「アルス殿!」

 早く来いとばかりに、無邪気に手を振るイルダは、普段のしっかりとした印象とは違う、年相応の少女としての顔を見せてくれて新鮮だった。

「お姉様。こちらは、今、私を守っていただいているアルス殿です」

 イルダが俺を紹介した女性は、イルダと同じようなドレスとマントをまとっており、イルダよりは少し背が高く、ブラウンの髪を後ろでシニヨンにまとめていた。

 そんな容姿からイルダよりは五歳くらい年上に見え、顔もあまりイルダとは似てなかった。

「カルダじゃ」

 ――なるほど。マタハが言ったとおりだ。

 俺を見上げるその表情には、「皇女様の御前じゃ! ひざまづけ!」と言わんがばかりの威厳に溢れていたが、俺はカルダ姫の家臣ではないし、そもそも、二人とも、もう皇女ではない。

 だが、ここはイルダの顔を潰さないようにしてあげよう。

「アルスだ」

 俺は胸に手をやって軽く頭を下げた。

 この俺なりにできる精一杯の儀礼だ。

 次に、リゼルと同じようなローブをまとった魔法士ウィザードと思われる桃色のショートカットヘアに白い肌、青と赤のオッドアイの女性が俺の前に進み出た。

「ファルでごじゃりましゅ」

 身長は子供リーシェやナーシャと良い勝負で、舌足らずでカミカミの上、声の調子も幼い感じだし、本当に幼女かと思ったが、リゼルに負けず劣らずそびえ立っている胸の双丘が大人だと教えてくれていた。

 ――しかし、この身長でその胸は反則だろ!

 見ろ! ナーシャが落ち込んでるぞ!

「ファルは、同じ師匠の元で魔法を学んだ姉弟子なのだ」

 リゼルもファルの近くに寄りながら、嬉しそうに俺に言った。

 ――いや、どう見てもリゼルが年上にしか見えないぞ! どうして爆乳幼女がリゼルの姉弟子なんだ?

 最後に、くすんだ銀色の鎧にマントをまとった騎士が俺の前に立った。

 俺と同じくらいの身長で、青く長い髪を後ろに垂らしている白い肌の若い男だった。

「バドウィルと申します」

 悔しいが、この俺より良い男だ。俺と違って、やや女性的な顔の作りは、若い女からキャーキャーと騒がれそうだ。

 しかも、剣の腕前も相当なものだ。眼光と立っている姿勢だけで見極めは付く。年齢的なことを差し引いても、ダンガのおっさんよりは強いはずだ。

「アルス殿も相当な剣の使い手のようですな」

 バドウィルは嬉しそうに笑った。

 ――何だ? 今、白い歯が光った気がしたが?

「イルダ。この者どもは信用できるのか?」

 カルダ姫が小さな声でイルダに訊いているのが聞こえた。「この者」とは、俺とナーシャのことを言っているはずだ。

「はい。幾度となく命を助けられました」

「そうか」

 俺は、再びカルダ姫の前に進み出た。

「あらかじめ言っておく。ダンガのおっさんにもよく怒られるが、俺は丁寧な言葉遣いが苦手なんだ。あなたにも無礼なことをしゃべるかもしれないが気にしないでくれ」

 カルダ姫は、切れ長の青い瞳で、虫でも見るような目をして俺を見つめたが、少しだけ首を動かして、渋々ながら同意をしてくれた。

「イルダ。食堂に席を用意しておる。久しぶりに懐かしい話でもしようぞ」



 俺達は、カルダ姫が予約をしていた食堂の二階にある個室に入った。

 テーブルの上には、既に葡萄酒とオードブルが用意されていた。

 葡萄酒も上等な品のようだ。

「今日は久しぶりの再会を祝って、ここで一番高い料理を頼んでおる」

「お姉様、お金は大丈夫ですか?」

 時々、イルダは本当に皇女様だったのかと疑問に思う時がある。ここ二か月前あたりから放浪生活を始めたとはいえ、節約生活に順応しすぎだろ。

「私達の分はお出しします」

「無理をするな。こっちは、ファルとバドウィルが頑張って依頼をこなしてくれて、余裕があるのじゃ」

 俺の顔を見たイルダと目が合った。「好きにしろ」と目で答えた。

「こちらもアルス殿が頑張ってくれて余裕があります。この後、またお互いに旅を続けるのですから、自分達の分は自分達で出します」

「ふ~ん、その男がな」

 そんなに見えないと言う言葉が俺の耳には聞こえた。

「分かった。イルダがそこまで言うのであれば、そうしよう」

「はい」

 俺達が席に着くと、すぐに料理が次から次に運ばれて来た。

 カルダ姫とイルダが杯を掲げて宴が始まった。

 イルダは、新しく連れになった俺とナーシャ、そしてリーシェとの出会いについて話した。

 俺とナーシャのことは華麗にスルーされたが、リーシェのことはカルダ姫も少し興味を持ったようだ。

「なるほど。名前しか憶えておらぬのか。しかし、どこからどう見ても女の子にしか見えぬの」

「はい。ひょっとしたら、フェニアの神様が私に授けてくれた弟かもしれないと思うと、もう可愛くて可愛くて」

 リーシェのことを話すイルダは本当に嬉しそうだ。まさか、こいつが自分の命を狙っているだなんて思ってもいないだろうしな。

「しかし、そんな小さな子を連れて旅をするのは大変であろう?」

「いえ、依頼を達成した報酬でアルス殿に馬を買っていただいたので、返って前より楽です」

「馬を?」

 カルダ姫も少し俺を見直してくれたようだ。

「アルス殿」

 隣に座っているバドウィルを見ると、嬉しそうに笑っていた。

「馬を買えるほどの賞金を手に入れられるとは、私の見立てどおり、素晴らしい腕前をお持ちのようですね」

「いや、たまたま、そんな依頼があっただけだ」

 実は魔王様に片付けてもらっただなんて、今更言えねえ。

「ご謙遜を! ぜひ一度、お手合わせ願いたいですな」

「前帝国軍の騎士様には敵わねえよ」

「そんなことはありませんよ。アルス殿は良い体をしておられますし」

 その笑顔は地顔じゃねえよな? 何でそんなに嬉しそうなんだよ?

「まあ、体を鍛えることは好きなんでな」

「そうですか」

 バドウィルは、椅子を寄せて、体を密着させると、俺の二の腕を掴んだ。

「おお! これは素晴らしい筋肉だ! ぜひ拝見させていただきたいです」

「はあ?」

「この胸板もたくましい!」

 だから、何でそんなに嬉しそうなんだよ? 

 って、ちょっと待て! 顔が近い!

 ほとんどキスをされるまで近づいていたバドウィルの顔を、その両肩を掴み、体を押し退けるようにして遠ざけた。

「アルス殿。今夜は、夜が白むまで語り明かしましょうぞ!」

 まさか「ベッドで」なんて言うんじゃねえだろうな?

 いや、そんな感じがする。

 ――やっぱり、そう言うことか。

 考えてみれば、若い姫様の護衛を任せるんだから、夜ごと姫様のベッドに潜り込むような狼のような男を護衛に付けるはずがない。ダンガのおっさんはイルダが幼少の頃から仕えていた老臣だし、このバドウィルという若い男は、どうやら男の方が好きみたいだ。

 俺、知り合ったのがイルダで良かったあ。

 カルダ姫よりイルダの方が何百倍も可愛いし、何よりもカルダ一行に入っていたら、俺の貞操が危ないところだった。



「フェアリー・ブレードが私かイルダの中に?」

 ご馳走をほぼ平らげてから、イルダが錬金術師マタハから聞いた話をカルダ姫に話した。

「あの者、私には、『知らない』と言って、何も教えてくれなかったぞ」

「あっ、そ、それは……」

「俺がマタハにしこたま飲ませてやったから、機嫌が良くなって、べらべらとしゃべってくれたんだよ」

 言葉に詰まったイルダに、俺が助け船を出した。

「あんたが偉そうにしてたからだよ!」だなんて言えないよな。

「しかし、どうすれば、体の中からフェアリー・ブレードを取り出すことができるのじゃ?」

「そこまでは、分かりません。お姉様と私が一緒にいて、その上で何らかの条件を満たなければいけないのでは、とまでは考えたのですが……」

「……」

 カルダ姫も腕組みをして思案していたが、特に思いつくことはなかったようだ。

「ところで、カルダ様」

 バドウィルが嬉しそうに主君を呼んだ。

「何じゃ?」

「その謎を解く時間も必要と思われますから、我々も今夜はこの街に泊まりませぬか? 私もアルス殿ともっと懇親を深めたいのです」

 カルダ姫は興味なさそうだったが、イルダの顔が、ぱあっと明るくなった。

「お姉様! 今日の午後には別の街に立たれてしまうとのことでしたが、私もお姉様ともう少しゆっくりお話がしたいです」

 リゼルとダンガのおっさんの主君としての顔ではなく、カルダ姫に甘える妹の顔のイルダは、マジで萌える!

 しかし、俺には既に予定ができていた。

「イルダ達はゆっくり親睦を深めたら良い」

「どういうことですか、アルス殿?」

 イルダが不安げな表情を見せた。

「いや、昨日の夜、みんなと別れて飲んでいる時に、仕事の依頼を受けてしまったんだ」

「どんな依頼なのですか?」

「今夜、例の女盗賊が大聖堂にある『炎の数珠じゅず』を盗みに来るっていうのは憶えているか? それに備えて、教会が騎士団のみならず、今この街にいる戦士に片っ端から声を掛けていたんだ。まあ、警戒に参加しているだけで良い小遣い稼ぎになるし、もし、女盗賊を捕まえれば三十ギルダーが手に入る」

「では、私もアルス殿と一緒にその依頼を受けましょうか?」

 だから、その笑顔はやめろ、バドウィル!

「リゼルとダンガのおっさんを信頼していない訳ではないが、二人の姫君の護衛が薄くなる。俺の代わりに、姫様を守ってやってくれ」

「いや、しかし」

「バドウィル! そのアルスとやらの言うとおりじゃ。盗賊が堂々と強奪をしようとする夜じゃ! どんな突発的な出来事が起こらないとは限らない。私達の護衛に残ってほしい」

「は、はあ」

 主君の言葉に逆らうことなどできる訳もなく、バドウィルは渋々了承した。

 俺の貞操は守られた!

 昨日の夜、リーシェが言っていたことは、このことだったのか?

 そうだとすれば、マジでリーシェに感謝だ。

 

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