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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第二章 錬金術と魔法の争い
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第十六話 けじめのつけ方

 次の日の朝。

 憲兵隊の詰め所から出た俺は、その足でサハルの店に向かった。

 店に着くと、扉は閉まったままだった。

 もう、とっくに開店しても良い時間だ。

 俺は、店の玄関の扉をドンドンと叩いた。

「サハル! 俺だ! アルスだ!」

 大声で名乗ると、しばらくして、扉のかんぬきがはずれる音がして、ゆっくりと扉が内側に開いた。

 サハルが顔を見せたが、顔色はすぐれなかった。

「どうした?」

 寝不足なのか、サハルは不機嫌な顔で俺を見た。

「ちょっと話がある」

「何だ?」

「昨日の夜、憲兵を襲っていた犯人が捕まった」

「……中に入るか?」

「入れてくれるか?」

「ああ、どうぞ」

 サハルが体を寄せて、俺を店の中に通してくれた。

 俺が、小さなテーブルに着くと、サハルが正面に座った。

「俺も疑われていたんだが、真犯人が捕まって、俺も自由に出歩くことができるようになったんだ」

「……犯人は誰だったんだ?」

「人形使いという魔法を使う魔族だった」

「人形使い?」

「錬金術師マタハが作った青い鎧を人形のように操り、そいつに憲兵を殺させていたんだ」

「そ、そうなのか?」

「ああ。ただ、そいつが実行犯なのは違いはないんだが、なぜ、ずっと、憲兵を襲ってきたのかの理由が分からないんだ」

「……」

 魔族は、我々、人族とは別の社会秩序の中で生きている。

 魔族の中には、自分が人族の社会秩序となろうと、人族の支配者に取って代わろうとする奴はいる。現に、魔王リーシェは、かつて人族を含めて、この大陸を支配していた。

 しかし、人族の社会秩序に腹を立て、支配者やその手下への恨みを晴らすような行動を取るなんてことは聞いたことがない。

「だが、魔族は人族と契約をすることができる。報酬として、人族が何かを提供することを約してだ」

「……その魔族は白状していないのか?」

「そうなんだ。捕まえる時に、少し痛めつけすぎてしまって、回復待ちの状態だ」

「アルスが捕まえたのか?」

「ああ、協力を得ながらだけどな」

「……そうか」

「そいつが憲兵隊に洗いざらい白状できるようになるまで、もう少し時間が掛かるだろう」

 サハルは、俺から目を逸らすと、あえて俺を見ないようにしていた。

「サハル。お前は、俺に何か話は無いか?」

「……いや、……無い」

「そうか」

 俺は、立ち上がり、店を出ようと扉に向かった。

「アルス」

「何だ?」

 立ち止まって振り返ったが、サハルは、やはり俺を見ていなかった。

「お前はどうして、ここに来た?」

「最後に、お前の顔を見ておきたくてな」

「最後……、最後か……」

「俺が受けた依頼は青い鎧の騎士の退治で、それは、もう達成した」

「……」

「今日にも、俺の外出禁止令は解けるはずだ。明日には、この街を発つ」

「……」

「いつ、またこの街に来るか分からないが、その時にも会えると良いな」

「本当にそう思っているのか?」

「……ああ」

 俺は、扉を引いて、外に出た。

 良い天気だ。

 しかし、俺の憂鬱な気持ちまでは晴れやかにしてくれそうになかった。



 宿屋に帰ると、全員がロビーに揃っていた。子供リーシェもイルダに手を引かれて立っていた。

「アルス殿、昨夜、またお手柄を上げたそうですね」

 嬉しそうな顔のイルダが振り向くように見た先には、マタハがソファに座っていた。

「マタハか。依頼は果たしたぞ」

「お陰さんでな。青い鎧も無事返ってきたし、万々歳じゃ!」

「俺は約束を守ってもらえれば良い」

「そ、そのことじゃが、……分割でも良いか?」

「はあ? 五十ギルダーを出そう! って気前よく言ったのは、あんたじゃないか!」

「それは、ほれっ、勢いと言うか、後先あとさき考えなかったと言うか、まあ、口が滑ったのじゃよ」

「あのなあ! 金が出せる見通しも無いのに依頼をしたのか? 詐欺じゃねえかよ!」

「いや、だから、五十ギルダー一括は苦しいが、十ギルダーの分割であれば何とか可能なのじゃが」

「あんた、特許を持ってて金持ちじゃなかったのか?」

「錬金術をするには金が掛かるんじゃよ」

「分割の支払いをどうやって取りに来れば良いんだよ」

「ギルドの為替でどうじゃ?」

 ギルドは、大きな街には必ずある商工業者の組合で、ある街の商人が別の街の商人から物を買った場合に、その代金を自分の街のギルドで支払えば、物を売った商人は自分の街のギルドで受け取れるのが為替の制度だ。

「あんたが指定する街ばかり行くとは限らないんだよ」

「では、五か月後に、この街に戻って来てくれたら一括で支払う」

「そんな約束なんてできねえよ! 依頼仲介人クエスト・メディエタを立てなかったのは、これを狙ってたのか?」

「そ、そういう訳ではない!」

「アルスよ。そんなに目くじら立てなくても良いではないか? 払わないと言っている訳ではないのだからの」

 ダンガのおっさんがマタハの援軍に回った。

 イルダとリゼルもマタハの味方になっているのが顔付きから分かった。

「つい最近まで、のほほんと過ごしてきたあんたらには分からないかもしれないが、誰の助けも無く、この世の中を生きていかなければならない俺にとっては、約束を守るか守らないかは、最も優先して考えなきゃいけないことなんだ! それが、どんなに小さなことでもな!」

「……」

「特に俺達、賞金稼ぎは明日をも知れない身だ。五か月後には、俺はもうこの世にはいなくて、五十ギルダーを受け取ることもできないかもしれないんだぞ!」

「アルス殿は、実際にその命を差し出したのですから、それに見合う報酬も現物を差し出すべきだと?」

「そうだ」

 イルダの理解の速さには、時々、舌を巻く。

「いや、アルスの言うとおりじゃ。すまんかった」

 マタハもすぐに頭を下げた。

「い、いや、分かってくれたら良いんだ」

 マタハに素直に謝られ、振り上げた拳を下ろすのが恥ずかしくなった俺の顔を見て、イルダが嬉しそうに微笑んでいた。

「残念ながら、五十ギルダーなどというまとまった金は無いが、その代わりにカレドヴルフを進呈しよう」

「えっ?」

 カレドヴルフは、まだ、俺の背中にあった。

「こ、これは大事な物じゃねえのか? 五十ギルダーどころで渡して良いのか?」

「何じゃ? さっきまで怒っておったのに、今度は、儂の心配をしてくれるのか?」

「ち、違うよ! だから、これは取引ビジネスだと言っただろう。適正な取引価格ではないんじゃないかと言ってるんだよ」

「錬金術で鍛えた武器は、それを作った錬金術師の想いが詰まっておる。つまり、その想いに見合う価格が適正価格じゃ。儂が五十で良いと言ったら、五十になるんじゃ」

「……分かったよ。それじゃあ、ありがたくいただく」

「うむ。お主ほどの腕前の剣士に持たれた方がカレドヴルフも幸せというものじゃ」

 ほっとした顔のマタハだったが、すぐに困ったような顔に変わった。

「そう言えば、その乳のでかい魔法士ウィザードにも手伝ってもらったんだったな。彼女への報酬は良いのか?」

「えっ?」

 リゼルはもちろん、全員が不審げな顔をして、俺を見た。

「アルス殿、これはどういうことか?」

 リゼルが俺に迫った。

「い、いや、ど、どういうことなんだ、マタハ?」

「何を言うとるんじゃ。お主が自分で言ったではないか。見張りの憲兵に見つからないように、魔法で飛んで来たと」

「私は転移魔法トランスポートは使えないぞ」

「他に誰か、魔法士ウィザードの助けを借りたのですか?」

「アルス! 我らが知らぬ協力者がいるのか?」

 イルダとリゼル、ダンガのおっさんが揃って、俺に迫ってきた。

「それとも浮気?」

 ナーシャ! 何だ、そのコメントは? そもそも浮気って何だ? 誰に対して浮気なんだよ?

 俺は思わず、イルダの隣にいる子供リーシェを見たが、助けてくれるはずもなかった。

「今回だけ、この街の魔法士ウィザードに協力してもらったんだよ。でも、俺を飛ばしただけだから、分け前はいらないと言ってるんだ」

「何と言うかたなのですか?」

「言わないでほしいと頼まれていてな」

「アルス! すごい汗だけど?」

 ナーシャ! お前は突っ込まなくて良いから!

 くそっ! どうしよう? いっそのこと、リーシェのことを話してしまうか?

 その時、宿屋の扉が勢いよく開かれた。

 当然ながら、みんなの注意はそっちに向いた。

 どかどかとブーツを鳴らしながら、憲兵三人が宿屋に入って来て、立ち上がった俺の前に並んだ。

 俺は、こいつらが何を言いに来たのか、もう分かっていた。

「鍛冶屋のサハルが自害をした!」

「……」

「遺書があり、自らが、あの人形使いに憲兵殺しを依頼していたことが書かれていた」

「……」

「その内容に信憑性を認め、貴様らの容疑を全面的に解除する」

「そうかい」

「この街から出ることも許可をする。以上だ!」

 それだけ言うと、憲兵隊はぞろぞろと宿屋を出て行った。

「アルス殿」

 イルダがすぐに俺の側にやって来た。

「あいつは許せなかったんだよ。不正を糾弾して処刑された父親の仇を」

「……」

「あいつは正義心が強すぎたんだ。だから戦士には向かなかった」

「……」

「戦争なんて、どっちが正義で、どっちが悪だなんて言えねえだろ? 勝った方が正義だと言い張るだけだ」



 憲兵隊のお陰で、もう一人の魔法士ウィザードの話は立ち消えとなって、みんな、そのまま忘れてくれたみたいだ。

 その日の夜。

 この街での最後の晩餐だった。

「これからどうする、イルダ?」

「マタハ殿の考え方を確かめてみたいと思います」

「二人の姫のどちらかの体にフェアリー・ブレードが隠されているということか?」

「はい。そう言うことを思って、お姉様の近くに行ったことはないので、一度、お姉様と会ってみたいと思います」

「なるほど。カルダ姫と会うのは、どれくらいぶりなんだ?」

「お姉様と別れてからは初めてです」

 宮殿が落ちたのが、約一か月前。その前に二人の姫は密かに宮殿を抜け出した。

 二人が一緒に行動しない方が良いとの進言に従って、バラバラに旅をしだして、もう一か月近くになるはずだ。

「イルダにとっては、唯一の身内だ。会いたいだろう?」

「……はい」

「おう! じゃあ、そうしようぜ!」

 イルダの笑顔に、リゼルとダンガのおっさんも嬉しそうだった。

「どこで落ち合うんだ?」

「これから伝令蝙蝠メッセンジャーバットで連絡を取り合って決めます。マタハ殿に聞いたところによると、お姉様は北に向かうと言っていたそうですので、私達も、とりあえず、北に向かいたいと思います」

「イルダを守るという、俺との契約も継続で良いか?」

「はい。お願いします」

 イルダは、少し頬を染めて、俺を見た。

「できれば、これからも、ずっとお願いしたいです」

 ――俺は、心の中で「当たり前だ!」と叫んだ!

 ふと、リーシェと目が合った。

 何を考えているのか分からない子供リーシェの紫色の瞳に輝く光に、俺は身震いしてしまった。

 これが全ての魔族を屈服させた魔王の眼力かと一瞬、思ったが、……ただの嫉妬の炎のような気もした。

 いや、どっちにしても、今度、大人リーシェが現れた時が怖いのだが。


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