第十四話 殺人鬼退治の依頼
俺の体から香水の匂いがしなかったからか、魔族に襲われたという俺の話を信じてくれたイルダ達に「昼まで寝させてくれ」と頼んで、朝飯も食わずに宿屋の個室に入り込み、ベッドに潜り込んだ。
「……アルス殿。……アルス殿」
誰かが俺を呼んでいる。
しかし、心地の良い声だ。夢の中で響く声なら醒めて欲しくないと思い、もう少し眠ることにした。
「きゃっ!」
寝返りを打って、布団を引き寄せると、小さな悲鳴が聞こえた。
目を開けると、目の前にイルダの驚いた顔があった。
「……どわあぁ!」
俺も驚いて、すぐに上半身を起こして、ベッドの端まで尻を滑らして移動した。
「な、何でイルダが俺のベッドにいるんだ?」
「ア、アルス殿が引っ張ったからです!」
イルダも顔を赤らめながら、ベッドから飛び降りた。
「へっ? 俺が?」
「アルス殿を起こそうと、背中をさすっていたら、急に寝返りを打って、布団ごと私を引っ張って……」
「い、いや、わざとじゃないからな! ちょっと寝ぼけていただけだからな!」
「わ、分かってます!」
そんなに怒らなくても良いじゃねえか!
「けど、俺を起こしに来たって? もう昼か?」
「あっ、いえ。アルス殿にお会いしたいと憲兵が来ています」
「憲兵が?」
俺が宿屋のロビーに行くと、玄関を背に立っている憲兵三人の前に、ダンガのおっさん、リゼル、そしてナーシャが立ち塞がるようにして立っていた。
イルダを俺の部屋に来させて、こいつらに会わせないようにしているのだろう。
「待たせたな」
俺が前に進み出ると、三人の中のリーダーと思われる体格の良い男が一歩、前に出た。
「賞金稼ぎのアルスか?」
「ああ、そうだ。てめえは誰だ?」
「見て分からぬか? 憲兵隊だ!」
「そんなことは分かってるよ! てめえの名前を訊いてるんだ!」
「……ゲールだ」
「それで俺に何の用だ?」
「貴様は、昨日、我らの仲間が殺された現場にいたな?」
誰もいなかったと思ったが、誰かに見られていたのだろうか?
もしそうなら、魔王様も一緒に見られている可能性があるが、変に隠し立てをすると、後が面倒だ。
「ああ、いたぜ。憲兵を殺した犯人も見たぜ」
「なぜ、すぐに通報せん?」
「命からがら逃げてきて、気が遠くなるくらい疲労困憊してたんだよ。一寝入りして、頭をしゃんとさせてから通報に行くつもりだったんだ。俺が早く通報したからと言って、死んだ奴が生き返る訳でもねえだろう?」
「それで相手はどんな奴だった?」
ゲールが苛つきながら尋ねてきた。
「青い鎧を纏った騎士の格好をした奴だ」
「やはり、そうか」
「やはり?」
「うむ。そんな噂があったが、実際にそいつを見て、生きている者がいなかったのだ。その青い鎧の騎士は貴様を襲って来なかったのか?」
「来やがったよ! 俺も酔っ払っていたから、まともに戦えなかったんだ。それで逃げ回っているうちに、ピーピーと笛を鳴らしながら憲兵隊が大勢やって来たから助かったけどな」
ゲールが右手にいた憲兵に目配せすると、その憲兵はすぐに宿屋を出て行った。
「もう一つ訊くが、貴様は、サハルの友人らしいな?」
「……そうだが? そのことは、てめえらにとって重要なことなのか?」
「そうだ」
昨日、殺された憲兵達も「サハルの友人」と言うだけで怪しいと言っていた。
「じゃあ、俺も訊きたいんだが?」
「何だ?」
「サハルは何か悪いことをしたのか?」
「するかもしれない。いや、するに違いない」
「どうして、そんなことが言えるんだ?」
「貴様は何も知らないのか?」
「サハルは、三年前に出会って友人になった奴だが、俺もずっと旅をしているから、最近のことは何も知らないんだ」
「では、教えてやろう。サハルの父親は、我が領主様に弓引いた謀反人なのだ」
「何だと?」
「サハルの父親は、我々と同じ憲兵隊の部隊長だった。しかし、一部の若手の憲兵を扇動して反乱を起こそうとしたが、その企ては事前に漏れて、反乱分子は一網打尽にされ、サハルの父親も処刑された」
――そう言えば、一年前に両親とも死んだと、サハルは言っていた。
「サハルにとって、我々は仇なのさ。貴様が見た青い鎧の騎士が憲兵だけを襲っていることから言っても、サハルが怪しいのだ」
「では、サハルが青い鎧を纏って殺しをしてると?」
さすがに青い鎧の中身は空っぽだったとは言えない。
「あくまで容疑者の一人だ。もう一人の容疑者は、青い鎧を盗まれたと騒いでいた錬金術師のマタハだ。今頃、別働隊が身柄を確保しに行っているだろう」
ゲールの目配せで出て行った憲兵は、そのことを別働隊へ伝えに行ったのだろう。
「サハルの友人だという貴様にも容疑が掛かっているのだぞ」
「何で俺が? 俺は襲われたんだぞ!」
「それがどうした? 偽装かもしれないではないか?」
「どうして偽装をする必要がある?」
「それを貴様に言う必要は無い!」
どうせ、理由なんて無いんだろ?
「貴様らは、しばらく、この街から外に出ることを控えていただこう」
「おいおい! 俺達は旅の者だ! この街に滞在するのも只じゃねえんだぜ。この宿屋の代金だって掛かるんだ。てめえらが面倒みてくれるのかよ?」
「検討しよう」
……言ってみるもんだ。
外出禁止令を言い渡された俺達を見張るためか、宿屋の前に二人の憲兵が立つようになった。
そんな中、全員が食堂に揃って、これからどうするかを話し合った。
「出掛けると、あの見張りがそのまま尾行してくるのだろう。できるだけイルダ様を見られたくないということもある。ここは大人しくしていようではないか?」
ダンガのおっさんの意見はもっともで、俺もフォローをした。
「そもそも、一番の容疑者はサハルであって、サハルの依頼で俺が青い鎧の騎士を演じていると思われているはずだから、俺達がここに詰め込まれている間に青い鎧の騎士が現れたら、俺達の疑いは晴れるはずだ」
青い鎧の騎士は、一か月ほど前から、ほぼ毎夜現れているらしい。一か月前と言えば、マタハの家から青い鎧が盗まれた頃だ。
そのペースが守られるとすれば、また、すぐに青い鎧の騎士は現れるだろう。
急に外が騒がしくなって、食堂までその声が響いてきた。
俺が宿屋の玄関を出ると、マタハが見張りの憲兵に悪態を吐きまくっていた。
「マタハじゃねえか」
俺が声を掛けると、マタハは、一瞬、嬉しそうな顔をしたが、すぐに怒り顔に変わった。
「お主と話をしに来ただけだと言うのに、この分からず屋の憲兵どもが邪魔をしおるのだ!」
「俺に話?」
「そうだ!」
「じゃあ、ここで話せよ。聞かれて困るような話じゃねえだろ?」
「仕方が無いのう」
俺とマタハは、二人の憲兵が俺達をじろじろと見つめる中、玄関先で立ち話を始めた。
「マタハも憲兵隊に呼ばれたんじゃないのか?」
「ああ、連行されたわい! ったく、年寄りをもうちょっと大事に扱えって言っていうんじゃ!」
「よく釈放されたな?」
「当たり前じゃ! 儂には何も後ろめたいことはないからの!」
「それで、俺に話とは?」
「アルス。お主は賞金稼ぎであろう?」
「ああ、そうだが」
「儂がお主に依頼をしたいのじゃが? 依頼仲介人を通さずに直接な」
「それは良いが、依頼とは?」
「青い鎧の騎士とやらを退治してほしい。憲兵隊でも聞いたが、お主は青い鎧の騎士に襲われたそうだが?」
「ああ」
「少なくとも、襲われても生き延びている分、その辺で威張り散らしているだけの連中と違って、腕は立ちそうだからの」
マタハの奴、「その辺で威張り散らしているだけの連中」と言った時に、見張りの憲兵をあからさまに見やがった。
まったく! こっちまで、ひやひやしちまうぜ。
「しかし、残念ながら、俺も外出禁止令を喰らっていてな。外に出ることができねえんだ」
「お主も疑われておるのか?」
「ああ、……まあ、今夜にも青い鎧の騎士が出没して、俺の疑いは晴れると思うけどな」
その時、ふと、後ろから視線を感じた。
振り返ると、子供リーシェが玄関の隅から、ちょこんと顔を出して、俺の顔を見つめていた。
しかし、俺と視線が合うと、恥ずかしげな顔をして顔を引っ込めてしまった。
――リーシェも役者だぜ。
そうだ。こっちには魔王様がいた。今の態度は、封じられているなりの意思表示なんだろう。
「だが、何とかしよう」
「本当か?」
「ああ! しかし、相手は錬金術で強化された鎧を纏っている。それに対抗できる武器はないか?」
「そうじゃのう。同じく錬金術で強化した剣がある。その剣を明日届けよう」
「へえ、そいつは楽しみだ。んで、その剣は青い鎧を切ることができるのか?」
「やったことなど無いから分からぬ。苦労して作った鎧に、自らが傷付けることなどできる訳がなかろう」
「それもそうだな。しかし、普通の剣よりは切れるんだな?」
「少なくとも折れることはないじゃろう」
「分かった。依頼を受けよう。報酬はいくら出してくれるんだ?」
「見事、そいつを仕留めてくれたら、五十ギルダー出そう」
「よし! 乗った!」
「おい! ここを抜け出そうなどと思っているのではないだろうな?」
筒抜けの話を聞いていた見張りの憲兵が俺に訊いた。
「明日、マタハが剣を届けてくれたら、俺は青い鎧の騎士退治に出るぜ! 俺を見張るのなら、俺と一緒に来れば良い」
憲兵は、むすっとした顔をして、俺から視線をはずした。
その日の夜。
宿屋の前には、相変わらず、憲兵二人が交代で立ち、俺達を見張っていた。
俺達は、食堂に集まり、夕食を食べてながら、マタハの依頼の話をみんなにした。
「アルス殿。マタハ殿の剣の他に、何か秘策はあるのですか?」
「な~んも考えてねえ。とりあえずは、マタハの剣に期待かな」
「切っても切れない鎧など、アルス殿の攻撃を丸ごと封じられているようなものです! 危険です!」
俺の正面で一生懸命に俺を止めようとするイルダがいじらしくてたまらない。
「男には、後に引けないことだってあるんだ。でも、心配するな。必ず、俺は勝つ!」
「アルス殿」
「イルダに悲しい想いはさせたくないからな」
「イルダに悲しい想いはさせたくないからな」
ベッドで横になっていた俺の耳元で聞いたことのある台詞が繰り返された。
「お前なあ。突然、ベッドに潜り込まれると、びっくりするんだよ!」
寝返りを打って、背中に張り付いていた大人リーシェに言った。
「何、格好いいことを言っておるんじゃ。歯が浮いてしもうたわ。この自己陶酔者が」
「良いじゃねえかよ! それにイルダだってまんざらでは無かっただろう?」
「知らぬわ」
リーシェは、くるりと寝返りを打って、俺に背中を見せた。
――あれっ、この魔王様、ヤキモチを焼いてるのか?
「アルス」
「何だ?」
リーシェは俺に背中を見せたまま話した。その声は、冷酷無比な魔王様の声だった。
「そろそろ行くか?」
「お前だって、そのつもりで昼間、顔を見せたんだろ?」
「ふふふふ、人形遣いなどという姑息な手を使う者など血祭りにあげてやろうぞ」