第十一話 フェアリー・ブレードの在処
出会ったばかりの錬金術師にフェアリー・ブレードの話をするとは思っていなかったはずのイルダ達も驚いた顔をして、俺とマタハを見つめた。
「なあに、少しばかり興味があってな」
「儂がフェアリー・ブレードについて調べていることはどこで訊いたんじゃ?」
「風の噂が流れ流れて、俺に耳にも入ってきたのさ」
まあ、嘘は吐いてない。リーシェの呟きが俺に耳に入ったことは違いねえ。
「ほ~う、そうかえ。そうじゃ、確かに調べておるぞ。錬金術の究極の目標は魔法に勝つためだからの」
錬金術は科学だ。人族の絶え間なき努力で続けられた実験と研究の積み重ねの成果なのだ。
「魔法でも打ち砕くことができない金属を生成する。そのためには敵を知る必要がある。それで、究極の魔剣たるフェアリー・ブレードについて調べ始めたわけじゃ」
「なるほど。で、その調査結果を少し教えてもらうことはできるか?」
「教えてやらんでもないが、……まあ、お主には、さっきご馳走になったから、二、三の質問には答えてやろう。特別大サービスじゃ!」
「そいつはありがてえ。じゃあ、教えてくれ。フェアリー・ブレードは、今、どこにあるんだ?」
「知らぬ」
「即答しやがったな!」
「知らぬものは知らぬ。だがな、目星を付けている所はある」
「どこだ?」
「それより、お主ら。フェアリー・ブレードが何故、伝説の魔剣と言われるのか、ご存じかな?」
マタハは、じろりとイルダを見た。
「魔王を退治した不思議な力を持っているからですか?」
自分に問われたと思ったイルダが答えた。
「それは、いつのことじゃったかな?」
「五百年前と聞いています」
「うむ。それ以降、歴史の中に、フェアリー・ブレードが出てきたかな?」
「……いいえ。でも、それは皇室が大切に保管してきたからではないでしょうか?」
「では、あんたは見たことあるのかな?」
リゼルとダンガのおっさんが一瞬で緊張して構えた。
もちろん俺も剣の柄に手を掛けた。
「どうして私が見たことがあるのではないかと思われたのでしょう?」
返答次第では切るという気迫で、リゼルとダンガのおっさんがイルダの後ろに立った。
「イルダ姫じゃろう?」
「……どうして、そう思われるのでしょう?」
「かっかっかっ! 種明かしすれば簡単じゃ。つい先日、カルダ姫とお会いしたからの」
「お、お姉様と!」
「そうじゃ。カルダ姫は、もし、金髪で見目麗しい女性が儂の前に現れれば、それは妹のイルダだろうと言ってくれた訳じゃ。そして、フェアリー・ブレードのことを訊いてくるのであれば間違いあるまい」
「お姉様とはどんな話を?」
「今と同じような話じゃ」
「お姉様も……」
「それで、話を元に戻すが、あんたはフェアリー・ブレードを見たことがないと言ったが、どこにあるか聞いたことはあるのか?」
「……一度だけ、お父様に訊いたことがあります。でも、お父様は、大切に保管しているとだけ答えられました」
「大切にのう。ふふふ、なるほど」
「何だよ、その全てを悟っているかのような笑いは?」
俺は思いっきり不機嫌そうな顔をして、マタハに迫った。
「いやいや、皇室の人間であっても知らなかったということで、儂の考えが間違いではなかったことが分かり、少し嬉しかっただけじゃよ」
「マタハ殿の考えというのを教えていただけませんか? お願いします!」
イルダはマタハに深々と頭を下げた。
「あんたはカルダ姫とは似てないの。カルダ姫は頭など下げなかったぞ」
「お、お姉様は第一皇女として、お父様の名代を務められたこともある方です。だから……」
「要は気位が高いということじゃろう?」
「……」
「はははは、マタハ! あんた、面白いな!」
言葉に詰まってしまったイルダから俺が話を奪い取った。
「確かに今はただの人だが、元皇女様の悪口を堂々と叩くとはな」
「自分の感想を正直に述べただけじゃ。何が悪い」
「悪くはねえよ。俺もそのカルダ姫には会ったことはないが、そんなに気位が高かったのか?」
「鼻持ちならんな。儂も腹が立ったから質問には答えてやらなんだ」
「そうかい。でもな、ここにいる妹のイルダ姫は腰が低いうえに、可愛くて賢いと三拍子揃っている皇女様だぜ。イルダには教えてやってくれよ」
「そのようだな。それに、お主も気に入ったから教えてやろうかの」
「すまねえが、俺は男には興味はねえよ」
「儂もじゃ! そっちの乳のでかい女など儂の好みじゃのう」
リゼルが目尻を吊り上げるのが見えたが、さすが、リゼルも大人だ。
主人の欲しい情報を得るため、怒りを飲み込んだようだ。
「じゃあ、教えてくれ。フェアリー・ブレードがあると、あんたが見当を付けている場所とはどこだ?」
「場所と言うより隠している方法じゃな」
「隠している方法?」
「金庫の中に厳重に保管されているのかのう?」
「それ以外にどんな方法があるってんだ?」
マタハは、また「ふんっ!」と鼻で笑った。
「フェアリー・ブレードは、魔王を倒すだけの魔力を持った魔剣じゃとの触れ込みじゃ。それほどの力を持つ剣を、宮殿が落ちるかもしれないという緊急時に、何故、使わなかったんだろうの?」
「……」
「金庫に保管しているだけであれば、その鍵を開ければ良いだけじゃ。それとも鍵を無くしていたのかのう?」
「……」
「考えられることとして、いくつかあるが、儂はこう考えるんじゃ」
マタハがもったいぶって、俺達をゆっくりと見渡した。
「フェアリー・ブレードは目に見える状態では存在してなかったということじゃ」
「どう言うことだ?」
「フェアリー・ブレードは、その強大な力を欲して、人族だけではなく魔族の連中も狙っているはずじゃ。魔法を使う奴を相手に、金庫に隠していたところで何の役に立とう」
確かにそうだ。
リーシェが俺のベッドに忍び込んできたように、転移魔法を使える魔族や魔法士であれば、金庫に保管している物も、その場所が特定されれば、容易く奪い取ることができるはずだ。
「であれば、隠すにしても魔法で隠す必要がある。そこの乳のでかい女は魔法士のようじゃが、あんたならどこに隠すかね?」
「よく使われている魔法だが、自分の武器を自分の体に隠しておき、戦闘の時に取り出すという魔法がある。私なら自分の体に隠す」
乳デカと言われて、不機嫌になりながらも、リゼルが答えた。
「良い線を行っておるな。体に隠すというのは正解じゃ」
「それでは、フェアリー・ブレードも、どこかの魔法士が体に隠していると?」
イルダも興奮気味に訊いた。
「そうじゃのう。しかし、大切なフェアリー・ブレードを託する絶対的な信用をおいている魔法士などおったのかのう?」
「……」
「じゃが、ここで忘れてはいけないのは、フェアリー・ブレードは自ら魔力を持つ魔剣ということじゃ」
「フェアリー・ブレード自らが魔法士以外の誰かの体に隠れていると言うことか?」
「ふふん! お主、ただの脳筋戦士とか思っておったが、意外に頭の回転が速いの」
「余計なお世話だ! 当たりなんだな?」
「そうじゃ」
「それが誰なのか、見当を付けているのか?」
「少しの。イルダ姫よ」
「はい」
「あんたは宮殿から逃れる時、皇帝から何と言われた?」
「何とと申されましても……」
「普通に親子の別れのシーンがあったじゃろうが、何々しなさいとか何々をしてはいけないとか、その手の話は無かったかの?」
「……お姉様と私が生きている限り、必ず、神のご加護があると。そのためには、お姉様といつも連絡を取り合うようにとは言われましたが」
「なるほどのう」
マタハは満足した顔で何度も頷いた。
「おい! てめえ一人で納得してるんじゃねえよ!」
「儂の今までの話で分からぬか?」
「分からねえよ!」
「どうして、皇帝は、皇女二人を早々と宮殿から逃したのじゃろうの?」
「どうしてって、首都で最終決戦をすると決めて、皇帝も覚悟を決めたんだろ? しかし、娘二人を道連れにしたくなかったのだろう。仮に生きて捕らえられたら、どんな辱めを受けるかもしれないんだぞ」
「しかし、イルダ姫。あんたらは最後まで一緒にいたかったのではないか?」
「はい。もし宮殿が落ちることになったら、敵の辱めを受ける前に自害するつもりでございました」
「うむ。良い覚悟じゃ。しかし、皇帝はそれを許してくれなかった。二人の皇女が生き長らえているだけで、アルタス帝国再興の時がくると信じていたようじゃの」
「おい、お前が考えていることって……」
マタハが言いたいことが分かった俺は、少し体が震えていることに気がついた。
何てこった!
フェアリー・ブレードはこんな近くにあったとは!
「アルス殿、何か分かったのですか?」
「ああ、この爺さんが言いたいことはこうだ」
俺は、みんなの顔を順番に眺めていき、最後にイルダの顔を見つめた。
「フェアリー・ブレードは、二人の皇女のどちらかに隠されているということだ!」
「ふぁはははは! お見事じゃ! アルスとやら」
マタハが膝を打って喜んでいた。
「私か、お姉様のどちらかにフェアリー・ブレードが?」
「二人のうち、どちらかが生きている限りは、フェアリー・ブレードは無事だってことだ。そして、それを取り出すことができれば、アルタス帝国を再興することも可能だろう」
「そうじゃの。それを取り出すことができればの」
「……確かに、宮殿が落ちるかもしれないって時に取り出さなかったということは、すんなりと取り出すことができなかったんだな」
「おそらくの。かと言って、フェアリー・ブレードをその体に隠している二人の姫を道連れにする訳にはいかなかったのじゃろう」
「カルダ姫かイルダが生きている以上、アルタス帝国の復興の可能性は残っているということなんだな。では、カルダ姫とイルダのどっちに隠れているんだ?」
「そんなこと分かるか! 儂の説も立証不能な仮説に過ぎんぞ」
仮説ではあるが、十分、信憑性があった。
なぜ、そんな隠し方をしたのかも自分なりに納得できる理由があった。
俺は、相変わらず無表情なリーシェをちらりと見た。
「マタハ。ちょっと違うことを訊くが?」
「何じゃ?」
「五百年前、フェアリー・ブレードによって討たれた魔王様のことは何か知らないか?」
「アレグロアギータという魔導書に記述がある。魔王は一万通りもの魔法を使いこなすことができ、この大陸全ての魔族を配下とし、暗黒の帝国を築いたとある」
リーシェ、すげえ!
「その魔王様は、フェアリー・ブレードで討たれた後、どうなったんだ?」
「討たれたとしか記述されておらぬことから言うと死んだのじゃろうの。それとも、どこぞに生きておるのか? いや、生きておったら大人しくしておるはずはない」
「もし、もしだ。魔王様がフェアリー・ブレードの力によって封印されているとして、その封印を解くにはどうすれば良いと思う?」
「何じゃ? 魔王は封印されているだけなのか?」
「だから、もしもの話だ。フェアリー・ブレードで封印されているとしたら、その封印を解くには、やはりフェアリー・ブレードが必要なのか?」
「さあの。しかし、単純に考えて、ある魔法の手順を踏んで封印されたのなら、その逆をすれば封印が解けるというのは、一般的に言えるのではないかの」
「すると、初代皇帝カリオンにフェアリー・ブレードで切られたことにより封印されたとすれば?」
「その逆、つまり、カリオンをフェアリー・ブレードで切るということになるじゃろうの。しかし、カリオンは五百年前に死んでおるから、やるとすれば、その子孫を切ることになるかのう」
「アルス殿、何のお話ですか?」
イルダが不審げな顔をして俺に尋ねた。
「い、いや、もしだ、その魔王なり、その配下が生きていて、魔王の封印を解こうとするならば、さっきマタハが言ったみたいにフェアリー・ブレードでカリオンの子孫を切ろうとするだろう。そんなことにならないように、フェアリー・ブレードをすぐに取り出せないようにしてたのかなって、ふと思っただけだよ」
いや、きっと、そうだ!
歴代の皇帝は、初代皇帝カリオンから魔王リーシェが死んでおらず、魔法を封印されているだけだと聞かされ、それを伝承してきていたんだ。そして、魔王リーシェが復活することを恐れていたんだ。単に金庫に保管していたら、魔法を使われるとすぐに盗まれてしまうだろう。
だから、歴代の皇帝は、その在処を秘密にして、実際には、身近にいた皇族の誰かの体に隠してきたのだろう。
だが、まだ謎は残っている。
先ほど、マタハも指摘したが、帝国存亡の危機に、どうしてフェアリー・ブレードを取り出さなかったんだ?
考えられる答えとしては一つしかない。
取り出そうにも取り出せなかったんだろう。
どうしてかって? そこまで分からねえよ!
ただ言えるのは、魔王様が簡単に取り出せることができないように、何重にも仕掛けがされているはずだということだ。