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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第九章 神話を紡ぐ者たち
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第百十六話 愛しの妹姫のために

 ベルフェゴールと配下の黒騎士達のとどめを刺す!

 その直前になって、リーシェの体が淡い光に包まれた。

 俺は、取り囲んでいる魔族の兵士どもから注意をそらさないまま、少し離れた場所でダンガのおっさんに抱きかかえられているイルダを見た。

 身じろいでいて、目覚めようとしているのが分かった。イルダの近くでは、コロンも同じ光に包まれ、もだえるように体をくねらせていた。

 間もなく、リーシェは子どもの姿に変わり、コロンも子犬の姿に変わった。

「な、何事だ?」

 ベルフェゴールもいきなりの事態に理解が追いつけていないようだった。

「その子どもは、イルダ様と一緒にいた子どもだ!」

 ベルフェゴールの後ろから、ザルツェールが声を上げた。

「何? どういうことだ?」

 リーシェが言っていたように、ベルフェゴールの馬鹿なところが幸いした。

 俺は、リーシェへの線上にいた魔族の兵士を素早くぶった切って、通り道を作ると、足がすくんで動けないように見える子どもリーシェに駆け寄り、目の前のベルフェゴールに斬り掛かった。

 ベルフェゴールも油断をしていたのだろう。カレドヴルフを避けようと、ベルフェゴールの体が大きく揺れた。俺は、その隙を利用して、子どもリーシェを小脇に抱えると、全速力でイルダ達がいる場所まで走った。

 幸い、背後から攻撃されることもなく、みんなと合流した俺は、子どもリーシェをエマの近くに降ろした。

「リーシェが、あのリーシェ殿……」

 リゼルが呟いていたが、今、それを説明している隙はない。

 もう一歩でベルフェゴールを倒すところまで来ていたのに、一気に形勢逆転で、再びの危機だ。

「う~ん」

 ダンガのおっさんに抱えられたままのイルダが、しかめた顔で周りを見渡した。

 そして、俺と目が合った。

「……リーシェさんは?」

「来てくれたが、イルダが起きたので、また、消えてしまった」

 ベルフェゴールが、ゆっくりとこちらに近づいて来ていた。これもリーシェの計略かもしれないと用心をしているのだろう。

「イルダ! もう一度、この匂いを嗅いでくれ!」

 俺は、ベルトのポーチから、「おやすみ薬」を取り出し、イルダに差し出した。もっとも、その中身はほとんど無くなっている。

 ダンガのおっさんから降ろされて、しっかりと地面に立ったイルダが、その匂いを嗅いだ。

 いつもは瞬時に眠ってしまうほど効果てきめんなのに、今回は、まったく効き目がなくなっているようだ。

 やはり、匂いを嗅ぐにしても、その量が少なすぎるのだろう。

 俺達が慌てている様子が見えて、これが罠ではないと、ベルフェゴールも分かったのか、少し歩幅を大きくして、俺達に近づいて来た。

「ふははは、どうやら、魔王様の封印は完全に解けてなかったようですな」

 顔面を覆った兜で、ベルフェゴールの表情は見えないが、きっと、勝ち誇った顔をしているはずだ。

「エマ! リーシェを頼む!」

 俺は、エマにそう言い残すと、カレドヴルフを構えて、ベルフェゴールに突進した。

 しかし、残っていた五人の黒騎士がベルフェゴールの前に転移してきて、俺の剣を防ぐとともに、一斉に剣を打ち込んできた。

 一人でもやっかいな連中なのに、五人一緒だと厳しい。

 俺は、すぐに後ろに下がった。

 代わって、リゼルが火の玉をぶつけたが、ベルフェゴールが腕を横に振るだけで火は消えてしまった。

 全身傷だらけのファルとバドウィルは、今、戦える状態にない。

 万事休すだ!

「どうやら、すぐには元の姿には戻れないようだ。ベルフェゴール! 一気にカタを付けろ!」

 さっきまで怯えた顔でベルフェゴールの後ろに隠れていたザルツェールが、再び、ベルフェゴールの隣に立った。

「言われるまでもない。今まで感じていた強大な魔力マナをまったく感じない。そこにいるのは、ただの子どもだ。私が指を鳴らすだけで、体を粉々にできるはずだ」

 ベルフェゴールのその言葉に、子どもリーシェがエマに抱きつくのが見えた。

 リーシェだって死ぬのは怖いはずだ。

「お待ちください! ザルツェール殿! あなたが欲しいのは私のはず! 私は、大人しく、ここに残りますから、お姉様や皆さんをここから逃してください!」

 イルダが気丈にも一歩前に出て、毅然とした態度で言った。

「イルダ! そなたのみが犠牲になることはない! そんな約束をザルツェールが守るはずがない! ここは、一緒に旅立とうぞ!」

 カルダ姫が、イルダを後ろから抱きしめながら言った。

「お姉様」

「ザルツェールにイルダを陵辱されるのは、わらわも忍びない。それであれば、わらわはイルダと刺し違えて死ぬ! 今こそ、陛下との約束を果たすべき時ではないか?」

 イルダは、カルダ姫と向き合い、ひしと抱き合った。

「お姉様だけでもお救いをしたかったのです。でも、お姉様のお考えがそうであれば、私はお姉様に従います」

「うむ」

 カルダ姫は、ひとしきり、イルダと抱き合った後、イルダと離れて、ザルツェールを睨んだ。

「アルタス帝国第一皇女カルダ・アルタス! そして第二皇女イルダ・アルタスの最後をしかと見届けるが良い!」

「イルダ様を死なせるな!」

 ザルツェールがベルフェゴールに叫んだ。しかし、ベルフェゴールは冷淡だった。

「魔王様を恐れることがなくなった今、そなたの願いを叶える理由はなくなったぞ。ザルツェール」

「な、何を言う?」

「忘れたか? 魔王様の命を奪う。そこまで協力するという契約内容だったぞ。今、魔王様の命は、我が手中にあるも同然。ほぼ、目的は達せられたのだ」

「そ、そんな」

「ふふふ、人族の分際で、私と対等にいられると思っておったのか?」

「……」

「しかし、今までの貴様の尽力に少しは報いてやろう。愛しの皇女様と一緒にあの世に行くが良い」

 次の瞬間、ザルツェールの体が破裂して、肉塊がバラバラに飛び散った。

 その無残な死に様に、イルダやカルダ姫は目を背けることしかできなかった。

「さあ、次は、貴様らの番だ」

 俺達に向き直ったベルフェゴールとその配下の五人の黒騎士達が、ゆっくりと俺達に近づいて来た。同じゆっくりとした足取りでも、怯えているのではなく、余裕をかましてるのが、はっきりと分かった。

 俺は、カルダ姫が俺を見つめているのが分かった。カルダ姫はすぐに視線をはずしたが、言いたいことは分かった。

 今こそ、剣の師匠オルカも認める、「詐欺師の才能」を発揮する時だ!

「ベルフェゴール!」

「何だ?」

「俺達の負けだ。降参する」

「ほ~う。命乞いか?」

「違う! お前達、魔族には分からないかもしれないが、人族には誇りというものがある! 特に、ここにいる二人の姫様のような高貴な方々にとっては、自ら死するということが、誇りを持ったまま死ぬということなんだ!」

「それで?」

「少しだけ時間をくれ! この二人の姫様を、誇りを持ったまま死なせてくれ!」

「そうやって時間稼ぎをするつもりか?」

「二人が刺し違えるだけだ! そんなに時間は取らさねえ!」

「まあ、よかろう。少しでも魔力マナの復活を感じ取れば、直ちに皆殺しにするまでだ」

「感謝する!」

 俺は、イルダとカルダ姫に向き直った。

「最後に俺ができたことが、こんなことだとは情けない限りだ」

「いえ、お姉様と一緒に旅立てるようにしていただけたのです。ありがとうございます。アルス殿」

 イルダが泣きながら言った。

 自分が死ぬことが怖いのではない。アルタス帝国の再興がならずに命果てることになってしまったことの悔し涙に違いない。

「イルダ! 泣くでない! アルス殿が言ったとおり、皇女としての誇りをもって逝くのじゃ! 最後くらいは、イルダの笑顔を見せてたもれ」

「お姉様」

 イルダとカルダ姫は、また強く抱き合った。そして、すぐに体を離したカルダ姫が、みんなを見渡した。

「ファル! バドウィル! リゼル! ダンガ! 今まで、わらわ達の側にいてくれて感謝するぞ!」

 みんな、泣きじゃくっていて、誰一人として返事ができなかったようだ。

「アルス殿! ナーシャさん! エマさん! 今まで、ありがとうございました!」

 イルダも絞り出すような声で俺達に言った。

「リーシェ」

 イルダがエマの隣にいる子どもリーシェを優しい声で呼んだ。

 眠っていたイルダは、子どもリーシェが魔王リーシェと同一人だということを、まだ知らないが、そのことを告げ口しようなどと、今、誰も考えていないはずだ。

 子どもリーシェがイルダに近づくと、イルダはしゃがんで、子どもリーシェを抱きしめた。

「ごめんね。あなただけでも助けたかったけど、……私と一緒にいたばかりに、……ごめんね」

 最後は、言葉にならなかった。

 子どもリーシェは、いつもの無表情だったが、その目に光るものが見えた気がした。

 ひとしきり、子どもリーシェを抱きしめた後、リーシェを離したイルダは立ち上がり、カルダ姫と向かい合った。その目には、もう涙はなかった。

「お姉様。参りましょうか?」

「そうじゃの。その前に、イルダ。そなたのナイフをじっくりと見せてたもれ」

「私のナイフを?」

「そうじゃ。わらわのナイフはあやつらに取られてしまっておる。最後に、陛下の思い出を脳裏に刻みたいのじゃ」

「分かりました」

 イルダは自分のナイフを抜いて、カルダ姫に渡した。

 カルダ姫は、懐かしげな顔で、しばらく、そのナイフを見つめていたが、イルダに近づくと、そのナイフの柄をイルダに向けて、つまり、刃を自分に向けて、イルダに返した。

 刃物を相手に渡す際に、刃を向けて渡すことはしないから、イルダも何も不審がることなく、ナイフをそのまま受け取った。

「イルダ。まずは、そのナイフでわらわを刺せ! その後、自らを刺すのじゃ! できるか?」

 カルダ姫にナイフを向けている状態のイルダだったが、さすがに自分から先に姉を刺すことは躊躇われたようだ。

「お姉様。申し訳ありません。私には、そんな勇気はありません。先にお姉様が私を刺してくださいませ」

「仕方がないのう」

 カルダ姫がイルダに近寄り、自分に向いたままのナイフを受け取ろうと手を伸ばした。しかし、その手はナイフに触れることなく、イルダの手首を掴むと、そのままの体勢で、カルダ姫はイルダに体をぶつけた。

 ナイフが刺さる鈍い音がした。

「お、お姉様?」

 イルダに寄り掛かるような体勢のまま、力が抜けていくカルダ姫の顔を、イルダは呆然と見つめた。

「お姉様……、いやあー!」

 イルダのナイフが刺さったカルダ姫の腹から血が噴き出し、イルダの白いドレスを赤く染めた。

「なぜ、お一人で逝こうとするのですか! 私もすぐに跡を追います!」

 しかし、イルダが握っているナイフは、カルダ姫が、瀕死の重傷であるにもかかわらず、強い力でイルダの手首を握っていて、イルダの自由にはさせなかった。

「イルダ! よく聞け! そなたは陛下により選ばれし者じゃ! そなたは死んではならぬ! 生きよ! そして、必ずや、アルタス帝国を再興させるのじゃ!」

 次第に体が崩れ落ちているのに、カルダ姫は、イルダの手首だけは絶対に離そうとせず、イルダの隙をついて、握っていたそのナイフを奪い取ってしまった。

 その反動で倒れてしまったカルダ姫を助け起こそうと、イルダは、すぐにしゃがみ込んで、カルダ姫の上半身を抱きかかえた。

「嫌です! お姉様! 私を一人にしないでください! 私を一人に……」

 微かに目を開けたカルダ姫は、穏やかな顔で儚げに笑った。

「イルダ。そなたの側には、アルス殿がいるではないか。そなたは一人ではないぞ」

「お姉様……」

「……」

 カルダ姫は、口を開け閉めして、何かを言おうとしたが、もう、声にならなかった。そして、イルダの顔を見つめていたカルダ姫のまぶたが閉じられると、ゆっくりと、その頭が力なく垂れた。

「お姉様! お姉様! 目を開けてください! お姉様!」

 カルダ姫が最後まで離さずに、その手にあったイルダのナイフが、突然、閃光を放った。

 その場にいた者みんなが、目がくらんでしまったはずで、ようやく目が慣れてきた俺が目を開くと、辺りが真っ暗になっていた。目がイカれたのではないかと思ったが、リゼルやダンガのおっさん、ナーシャ、エマ、ファルにバドウィルも呆然とした顔で立ち尽くしているのが見えた。しかし、一方で、ベルフェゴールや黒騎士達の姿はまったく見えなかった。

 その暗闇の中心が明るくなった。そこには、体をほのかに光らせたイルダが、立ったまま宙に浮かんでいた。

 そうだ。以前に見た光景だ。

 イルダの胸から細身の剣が浮かび上がってきた。

 フェアリー・ブレードだ!

 今までと違うのは、イルダがしっかりと目を開けていることだ。しかし、イルダは、自分に何が起こっているのか分からないようで、目を見開いて、目の前に浮かぶフェアリー・ブレードを見つめていた。

「イルダ! それがフェアリー・ブレードだ! 早く、それを手に!」

 イルダがハッと気づいたように、フェアリー・ブレードに手を伸ばしたが、イルダより先にそれを手にした者がいた。

「リーシェ!」

 いつの間にか、イルダの近くに近寄っていた子どもリーシェが、飛び上がるようにして、フェアリー・ブレードを掴んだのだ。

 そして、唖然とそれを見つめていたイルダを目掛けて、子どもリーシェがフェアリー・ブレードをしゃくり上げるように振り回すと、イルダの胸から鮮血が吹き出した。

 そして、そのまま、子どもリーシェの足元に崩れ去った。

 一瞬のことで、俺も身動きができなかった。

「ふ、ふふふ、ふはははは!」

 無口キャラだったはずの子どもリーシェが大声で笑った。

 次の瞬間には、子どもリーシェの全身が、キラキラと輝く光の粒に覆われ、その光の粒が消えた跡には、大人リーシェが立っていた。

「解けた。フェアリー・ブレードの封印が完全に解けたぞ!」


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