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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第九章 神話を紡ぐ者たち
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第百十一話 悪魔の黒騎士団

 城壁で囲まれた街は、領主にとって砦でもある。固く城門を閉ざしていれば、敵に包囲されても食料が持つ限りは籠城できる。つまり、それだけの食料の備蓄ができるようにはなっている。

 一方で、街で行われる生産活動により得られる利益は、税収という形で領主の懐に入ってくる。確かに、農業による利益も馬鹿にはならないが、農業には広い土地が必要とされ、城壁で囲まれた街の中で農業を行うのは効率が悪い。だから、ほとんどの街は、広い土地を必要としないで利益を生み出す工業地や商業地、そしてそこで働く人々の住宅地で構成されていて、その街の住民の胃袋を満たすための食料は、その街の周辺の村で調達されているのが通例だ。

 今、目の前の風景は、その通例から大きくはずれている。

 大都市だったルシエールの半分以上の建物をぶち壊して農地にしているんだ。その働き手は、奴隷状態にされた人族。おそらく、この街に住んでいた人々だろう。そして、その人々を支配しているのは、魔族の連中だ。

「ここは、本当に魔族の街になってしまっていたんだね」

「ああ、そうだな。しかし」

「どうしたの、アルス?」

「いや、あの魔族ども、ちゃんと統率が取れているなと思ったんだ」

 奴隷のように働かされている人々を取り囲むようにして武器を構えている、毛むくじゃらの魔族どもは、人族の兵士のように、注意を怠ることなく、人々を見張っている。きっと、誰かの言いつけだろうが、魔族が言いつけを守ることは珍しいことだ。

 俺達が今まで倒してきた魔族どもは、だいたいが一人だった。配下は、薬で操った人族だったり、蘇らせた死者だったりで、魔族の「軍団」というべき存在は見なかった。なぜなら、魔族は、組織だって動くということが基本的にできないのだ。それが、個々には強力な力を有する魔族がこの世界で覇権を握ることができない理由とされていた。

 これに対して、人族は多くの兵士を訓練して、司令官の命令のもと、協力して攻撃を仕掛けることで、個々の力は弱くとも、「軍団」として強力な攻撃力を有して、この大陸での覇権を握っている。

 この大陸の歴史の中で、唯一、魔族の「軍団」を作り上げたのは、魔王リーシェだけだ。それも恐怖で魔族どもを支配していたという。

 この街には、魔王リーシェの再来ともいうべき魔王がいるのだろうか?

「どうする、アルス?」

「どうするって?」

「あの人達を助ける?」

「……俺とエマの二人じゃ無理だな」

「そうだよね。じゃあ、お姉様に頼む?」

「そうだな。リーシェなら、自分のいない間に、魔族の帝国を作ろうとしている、この街の支配者が気に入らないはずだから、協力はしてくれるかもしれないな」

 リーシェは、今もまだ、魔王として返り咲くことを諦めていない。だからこそ、フェアリー・ブレードでイルダを斬り、完全復活を遂げようと狙っているのだ。そして、それがまだ成らないうちに、勝手に「魔王」を名乗る奴が気に入らないはずだ。

 今回も、リーシェの助けを得られるかもしれない。

「じゃあ、もう帰る?」

「そうだな……。とりあえず、この街の支配者がどんな奴かくらいは見ておきたいな。もし、リーシェが退治してくれるとしても、相手の情報が何も分からないんじゃ仕方ないしな」

「それもそうだね。じゃあ、あそこに行ってみる?」

 エマが指差したのは、どの街でも中心部にそびえ立つ宮殿だ。昔は、ハムラ男爵という貴族の居城だったはずだが、今は誰が住んでいるのか?

「そうだな。この街の今の支配者もあそこにいる可能性が高いな。それに、警備を敷いている魔族どもも集まっているはずで、だいたい、どれだけの魔族がこの街にいるのかの予測もできるかもしれない」

 俺とエマは、街の半分が農地になっているこの街の中心部、つまり住居が残っている地区と農地になっている地区の境のような所にある宮殿を目指した。

 農地になっている所は、どこにも隠れる所がないことから、住居が残っている地区を回り込みながら小走りに駆けて行ったが、その途中にも、街の中には人々の姿は見えなかった。

 宮殿に近づいていくと、やはり、魔族の兵士の数が多くなってきた。どう少なく見積もっても二百匹以上はいそうだ。人とは似ても似つかない容姿の様々な魔族がいて、雑魚も多いだろうが、魔法を使う奴も多くいるはずで、全部を退治するのは、かなり困難であることは間違いない。

 それに、あの宮殿の玉座に座っているはずの、この街の支配者は、魔族の兵士を従えている。それは、リーシェの言葉を借りると、力でねじ伏せているはずで、強力な魔法を使う悪魔デーモンである可能性が高い。

「アルス! あれ、見て!」

 建物の陰に隠れて、宮殿を見ていたエマの視線の先を追うと、宮殿の正門が開き、中から普通の馬の一.五倍ほども大きな黒馬に跨がり、全身真っ黒な鎧に黒いマントをまとった騎士が出て来た。そいつ自身も俺の一.五倍ほどの巨体で、顔全面を覆っている兜から微かに見える目からは、真っ赤に輝く瞳が不気味な光を放っていた。

 そいつは、何人もの同じ黒い鎧をまとった騎士を従えて、ゆっくりと馬を進めてきた。

 並々ならぬ殺気を感じる。気圧けおされるだけの迫力もある。

 その巨体の黒い騎士に率いられた黒騎士の一団は、まるでその武威を見せびらかすように、ゆっくりと行進をして行った。槍などを持った護衛の魔族どもは明らかにびびっていた。

 先頭の大きな騎士が、この街の支配者か、それなりの地位にある奴なのだろう。

「リーシェじゃなきゃ、あいつの相手はできないな」

「アタイもそう思う」

 さすがのエマも身震いしていた。

 黒騎士の一団は、城門とは反対側、つまり建物が残っている方に向かって行った。

「パトロールかな?」

「ああ、おそらく、建物に隠れている人族がいないかどうかの捜索に行っているんじゃねえかな」

「もしかして、ザルツェールていう奴もまだ潜んでいるのかな?」

 そういえば、この街には一万五千人ほどの帝国軍が立ち寄っているはずだが、その後の消息が不明になっている。それに、この街の規模からいって、住民も十万人以上はいたはずだ。

 しかし、農地で働いていた人と昼飯を食べに広場に集まっていた人を併せても千人くらいしかいなかった。自分達の胃袋を満たすための食糧自給には十分な労働力ということだろう。

 そうすると、消息を絶った帝国軍と併せて、十万人以上の人が消えていることになる。どこかに監禁されて、別の仕事をさせられているのだろうか? それとも農作業に必要なだけの人数だけ生かしていて、あとの住民は既にこの世にはいないのかもしれない。

 実は、先ほど農地を見ていて、地面から人の腕のようなものが出ているのが見えた。遠かったので、本当に人の腕なのかどうかは分からなかったが、最悪の場合、行方不明の人々は、あの農地の下に肥料として埋められているのかもしれない。

 とにかく、このルシエールの街は、確かに、今の帝国には臣従していないが、それは、俺達が望んでいた形ではなく、もっと酷いものだということが、はっきりと分かった。

「だいたいのところは分かった。あの宮殿の中にも入ってみたいが、さすがに危険だという予感がする」

「そうだね。アタイも、忍び込むのは簡単だと思うけど、見つかった時に生きて帰れる自信はないや」

「そうだな。それじゃ、そろそろ帰るか?」

「そうしよ」

 俺とエマは、城壁に穴が開いている場所に向かった。そこは、城門と反対側にあり、建物がそのまま残っている地区だ。

「黒騎士が向かって行ったから、慎重に行こうぜ」

「分かってるよ。それで、アルス。方向は分かってるの?」

 先に歩き出した俺にエマが言った。

「い、いや、実は分からねえ」

「そんなことだと思ったよ。ついてきて」

 初めて訪れた街なのに、エマは迷うことなく、軽快に走って行った。こんな場所を通っただろうかと疑問に思いつつも、俺は黙って、エマの跡をついて行った。

「ほらっ、見えてきたよ」

 エマの声に前を見ると、行方に立ち塞がるようにそびえる城壁が見え、その中に黒い点のように見える穴が開いていた。さすがに、ここまで来ると、俺にも見覚えがあった。

 突然、俺達の頭の上で羽ばたく音が聞こえた。

 すぐに仰ぎ見ると、翼を持った一匹の魔族が宮殿の方向に飛び去って行っていた。

「やばい! 見つかったぞ!」

「そうみたいだね。でも、出口はすぐそこだよ」

「急ごう!」

 全速で、城壁まで走ると、エマが言ったとおり、すぐに着いた。

 黒騎士の連中が馬を飛ばして来るには、もう少しだけ時間が掛かるはずだ。

「また、アタイが壁をよじ登って出てから、縄梯子を降ろすよ」

「すまねえな。身軽じゃねえ俺のために」

「本当だよ」

 と言いながらも、エマは文句の一つも言わずに、城壁をよじ登りだした。

 俺は、改めて辺りを見渡してみた。

 大丈夫だ。何かがいる気配はまったくしない。耳を澄ましてみても、猫や犬すら近づいて来ている足音すらしない。

 エマが、もう少しで穴に到達するという時!

 俺の背後で空気が揺らいだ気がした。

 振り向くと、黒騎士が一人、そこに立っていた。

 くそっ! うっかりしていた!

 他の魔族を従えることができるだけの強力な魔法を使える奴らなら、転移魔法トランスポートが使えて当然だった。

 俺は素早く周りを見渡してみたが、どうやら、こいつ一人しかいないようだ。

 黒騎士は、無言で俺に剣を打ち込んできた。

 俺も咄嗟にカレドヴルフを抜いて、その剣を受け止めたが、少し手がしびれるくらいの力だった。

「アルス!」

 穴に到達していたエマが俺を呼んだ。

「エマ! お前だけでも逃げろ! 俺は、こいつと遊んでやらなくちゃいけなくなったみたいだ!」

「そんな訳にいかないよ! イルダさんが待っているんだよ!」

「分かってる! だから、イルダに伝えてくれ!」

 エマは穴の上で身震いしていたようだが、俺も立て続けに剣を打ち込んでくる黒騎士の相手に精一杯で、エマの姿をじっと見ているほど、暇な状況じゃなかった。

 しかし、この黒騎士は、人族が相手だと侮っているのだろうか?

 魔法を発動させることなく、剣だけで攻撃をしてきていた。

 もっとも、剣裁きも相当なもので、気を抜くと、確実に斬られる。

 しかし、俺も剣の腕前で負けることはないとの自負がある! 相手が魔族であってもだ!

 こうなりゃ、相手が魔法を使ってくるまでに、決着をつけてやる! 魔法を使ってやられても、それは剣の腕前で負けた訳じゃねえからな!

 自分なりの言い訳を呟いて吹っ切れた俺は、俺よりも大きな体の黒騎士の懐に潜り込むように突進すると、その胴に向けて、カレドヴルフを左から右に向けて真横に払った。

 黒騎士はお見通しだと言わんがばかりに、後ろに一歩下がり、カレドヴルフをやり過ごすと同時に、剣を大きく振りかぶった。

 突進しただけに俺の体は前傾姿勢になっていて、頭が下がっている上に、カレドヴルフは空振りして右に大きく体から離れている。

 普通なら、俺の頭が黒騎士の剣でかち割られているところだ。

 しかし、黒騎士がそんな体勢になることを予想していた俺は、体を左に倒しながら、その勢いで、右手に持ったカレドヴルフを黒騎士の左横腹に叩きつけた。

 受け身を取ろうとすると、体を倒す速度が鈍る。俺は支えを失った棒のように体を地面に叩きつけられたが、カレドヴルフは、黒騎士の脇腹に少なからず衝撃を与えていた。

 俺は、素早く体を起こして、鎧の脇腹部分が破壊されて、その痛みからか、少し動きが鈍っている黒騎士の胸を突く構えで突進をした。

 その時、俺は黒騎士の胸に顔を向けていたが、その目だけは、黒騎士の足を見ていた。黒騎士は、右に体をずらして、突いてくるカレドヴルフをやり過ごそうとしたが、俺はその前に黒騎士の右足に力が入ったのを見逃さなかった。

 強い剣士は、防御のための行動も、必ず、次の攻撃のことを考えてから体を動かす。この黒騎士も、右に体をずらすと、すぐに踏ん張って体勢を整えてから、突きが空振って体勢が崩れた俺の背中に、上段から剣を打ち込んでやろうと考えたはずだ。

 俺は、素早く腰を回して、右にずれた黒騎士の方に体を向けると、突きの構えから片手でカレドヴルフを斜め下に下げてから、しゃくり上げるようにして振り回した。

 剣の腕前が拮抗しているのなら、どれだけ相手の裏をかいた攻撃が出来るかで勝敗は決まる。こんな時、俺の突飛な性格が役に立つというものだ。

 カレドヴルフが直撃した黒騎士の左腕が、くるくると回りながら宙を舞った。

「やった!」

 エマの奴、まだ、逃げてなかったのか。城壁の穴がある方向からエマの声が聞こえた。

 一方、左腕を失った黒騎士は、剣を持った右手を俺に突き出した。剣の先から炎が吹き出されたが、この程度の魔法攻撃なら、これまでの魔族との戦いの中で何度もくぐり抜けてきている。

 左腕を失っていることで、黒騎士の体のキレが悪くなっていることは明らかだ。ここは一気に勝負を付ける時だ。

 俺は、フェイントを掛けながら黒騎士に突進して、その懐に飛び込むと、今度は、剣を持ったままの右腕をぶった切った。

 そして間髪を入れずに、その腹に蹴りを入れ、黒騎士を後ろに突き飛ばした。

 両腕を斬られ、起き上がることもできずにもがいていた黒騎士にとどめを刺してやろうと思ったが、すぐに踵を返して、エマの所に向かった。

 こいつがここに来たということは、また、次の奴が来ないとは限らない。

「待て!」

 思ったとおりだった。

 振り向くと、別の黒騎士が一人立っていた。

 さっきの黒騎士よりも更に体格が良く、しかも体中から発せられる殺気が半端ない。黒騎士団の先頭にいた奴だ。

 黒騎士団の団長といったところか?

「人族のくせに、なかなか、やるな」

 顔の全面を覆った兜で、表情は分からないが、部下が傷つけられているのに、俺に対する怒りの気持ちは感じられなかった。あるのは、俺に対する侮蔑の気持ちだけだ。

 ――殺される!

 俺は生まれて初めて恐怖心に体が支配される気がした。


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