第十話 酔っ払い錬金術師
順調に歩を進めて、当初の予定どおり、ケインを出て七日目にラプンティルの街に着いた。
ここは、三方を城壁に囲まれ、残る一方は、ルイン河という大河に面した港湾都市だ。
大量の荷物を運搬できる船は大陸内のあちらこちらからこの街にいろんな品物を運び込んで来る。品物が集まれば、市が立ち、商人が集まり、その商人相手に商売をする商人も集まってくるというスパイラルで発展していった大都市で、首都にも引けを取らない賑わいを見せていた。
「アルス殿。早速、ご友人の所に行かれますか?」
「いや、ちょうど昼時だ。どうだい? 久しぶりに美味い飯でも食わないか?」
俺の提案に、みんなが食いついてきた。
ずっと野営が続いて、途中、猪を屠っては、猪肉のステーキを食べたこともあったが、基本的に、豆と干し肉のスープが続いていたから、少しうんざりとしていたところだった。
港の近くにある食堂に入ると、白い肌、褐色の肌、黄色の肌、黒い肌と色とりどりの肌と服装の人族のみならず、小妖精や矮人のような亜人族も多くいて、大陸のあちらこちらから人が集まっていることが分かった。
席に着いた俺達が、「海鮮鍋」を注文すると、それほど待つこともなく、六人前が入った大きな鍋ごとテーブルに置かれた。
「うひょ~! 良い匂いだよお!」
ナーシャが思わず声を上げた。
「早速、食べようぜ」
我慢ができなかった俺も自分で小皿に取り分けて、ハフハフしながら頬張った。
ちきしょう! うめえ!
「美味しいですね」
イルダも嬉しそうだった。もちろん、リゼルもダンガのおっさんも。
唯一、リーシェだけは無表情であったが、いつもより食べる速度が速い気がした。
どうやら魔王様も魚介類が好きなようだ。
突然、店の奥が騒がしくなった。
見ると、立ち上がった男二人がお互いに顔を近づけて、口から泡を飛ばしながら激しく言い争っていた。
何を言っているのか分からなかったが、今にも取っ組み合いの喧嘩になりそうな勢いだ。
どうやら、そのうち一人は、俺と同じ賞金稼ぎのようで、青い鎧を全身に纏った体格の良い戦士らしき男で、もう一人は、灰色のローブを着込んだ小柄な老人だった。
店の者も他の客も止めに入る気配が無かった。
「しゃあねえな。飯が不味くなる」
「アルス殿」
「心配するなって。ちょっと話を聞いてやるだけだ」
俺は心配そうなイルダににっこりと微笑むと、立ち上がり、二人に近づいて行った。
「もう一度、言ってみろ! 爺さん!」
「何度でも言ってやろう! お前さんの身につけている青い鎧は偽物じゃ!」
「それだけ言うのなら証拠を出せ!」
「証拠は儂の目じゃ。儂の目が違うと言っておるのだ。証拠はそれで十分であろう?」
「おいおい! もう止めなよ!」
「何だ、あんた?」
青い鎧を着た男が間に入った俺を睨んだ。
「そんなに大声で張り合われると、せっかくの飯が不味くなるんだよ」
「やかましい!」
男はかなり酔っ払っているようで、フラフラしながら俺に殴り掛かって来たが、腕を取った俺は、そのまま店の前まで押し出して、男を地面に放り投げた。
「酔っ払っても良いけど、大人しく飲んでいろ!」
「く、くそ!」
俺は、座ったまま地団駄を踏む男が何となく不憫になって、男に手を伸ばした。
「ほらっ!」
大人しく俺の手を握った男の腕を引っ張って立たせてやったが、男はまだフラフラしていた。
「飲み過ぎだっての! それで何のことで言い争いをしてたんだよ?」
「さっきの爺が俺のこの鎧を偽物だなんて言いやがるんだよ!」
「偽物? 良い鎧じゃないか」
「そ、そうだろ? やっぱり、実際に戦っている奴じゃないと分からないよな」
男は途端に機嫌が良くなった。
「しかし、偽物って、どう言う意味なんだ?」
「知らねえよ。あの爺も相当酔ってんじゃねえのか?」
俺は男が身に纏っている青い鎧を見つめた。
さっきは社交辞令で「良い鎧」だと褒めたが、材質や作りを見ると、鎧としては、その辺にある汎用品という程度の代物だった。しかし、鎧としては「本物」で、けっして「偽物」ではなかった。
俺は、男をなだめすかして帰すと、「偽物」だと言う言葉の真意を訊きたくなって、店の奥でまだ飲んでいた老人の隣に座った。
「ご機嫌だな、爺さん?」
「ああぁん、……さっき間に入ってきたお節介な男か」
「ははは、そいつは悪かったな」
近くでじっくり見ると、老人はボサボサの白髪頭で、蔓無しの眼鏡を掛け、灰色のフード付きローブを身に纏っていた。
「爺さん、さっきの男の青い鎧を偽物だと言ったそうだが、あれのどこが偽物なんだ?」
「分からんのか? お主の目は節穴か?」
いや、俺は、あんたのおつむに穴が開いてるんじゃないかと心配なんだが。
「若いの」
「俺のことか?」
「少なくとも儂よりは若いだろうが?」
お互いの歳を確認しあってはないが、俺はまだ、白髪は生えてないし、老眼にもなっていない。
「それはそうだが」
「お主は青い鎧を見たことがあるか?」
「いや、今し方、見たのだが」
「あれは、只の鎧に青のメッキをしただけじゃろうが?」
「まあ、そうだろうな。しかし、メッキを使わずに鎧を青い色にすることなんてできるのか?」
老人は、俺の顔を斜めに見て、「ふんっ!」と鼻を鳴らした。
「見たところ、流れの戦士のようだが、『青い鎧』のことも知らぬのか?」
「すまねえ。勉強不足で知らない。どんなものか教えてくれないか?」
爺さんは頬杖をつきながら、眼鏡の上から上目遣いに俺を見た。
「ったく! これだから最近の若い者は!」
と言いながらも、爺さんは嬉しそうだった。結局、誰かに話をしたかったようだ。
「良いか? 我々、錬金術師は様々な薬品知識を駆使して、卑金属から金を精製したり、金属そのものの耐久力を上げたりしておるのを知っておるか?」
「爺さんは錬金術師なのか?」
「ああ、そうじゃ」
「俺も錬金術師に知り合いはいないから、そんなことは漠然と知っている程度で、詳しくは分からない」
「錬金術で耐久力を極限にまで高めた鎧は、普通の剣はもちろん、弩弓で撃たれたとしても傷一つ付かぬ」
「そいつはすげえ! でも、そんな鎧があったら、みんな欲しいと思うはずだが、売りに出されているのを見たことがねえな」
「当たり前だ! 錬金術で金属を鍛えるには、貴重な薬剤をたんまりと使用しなければならないし、けっこうな割合で失敗する」
「失敗したらどうなるんだ?」
「その鍛えている金属そのものが消滅する」
「マ、マジか?」
「マジだ。だから、錬金術で耐久力が高められた鎧は、ものすご~く貴重品なんじゃ」
「爺さんが言っていた『青い鎧』っていうのも、その貴重品なんだな?」
「貴重品などと言う物ではない! 国の宝と言って良いくらいじゃ!」
「そいつはすげえ! 本物はどこにあるんだ?」
「作った儂も知らぬ」
「へえ~、……って、あんたが作ったのか?」
「そうだ! 製作者の前で『俺の青い鎧、格好いいだろう?』などとほざきおって!」
「……いや、単に自分の鎧の色を自慢していただけじゃないのか?」
「そ、そうかの?」
「そうだと思うぜ。そもそも『青い鎧』なんて国宝級の鎧があるなんて、誰も知らねえだろう?」
「だから、それはお主らの勉強不足なんじゃ!」
「分かったよ。これ以上は堂々巡りになりそうだ」
「なんだって?」
「何でもねえよ」
――そう言えば、リーシェがこの街で錬金術師に会えと言っていたな。
「爺さん」
「何じゃ?」
「あんた、名前は?」
「お主、この有名な儂を知らないのか?」
――偏屈で有名そうだな。
「すまねえな。俺は若い女にしか興味が無いんだ」
「ったく! 儂は、この大陸一の実力の持ち主と噂の錬金術師マタハじゃ!」
…………何てこった。向こうからのこのこと現れてくれやがった。
リーシェから聞いたなどと言える訳もなく、錬金術師だからフェアリー・ブレードのことも知っているかもしれないぞと説得力のない理由を付けて、俺達一行は、マタハの家について行った。
あの後、奢りで酒をたらふく飲ませてやると、今日、初めて会った俺達を信用してくれたのか、家に来いと言ってくれたのだ。
マタハの家は、街の中心部に近い場所にある、石造り三階建ての豪邸であった。
「錬金術師ってのは儲かるんだな」
「卑金属から金を精製するのだからな」
「錬金術は金儲けにはならぬぞ!」
けっこう酔っ払っていると思っていたのに、俺とダンガのおっさんとのひそひそ話を聞き逃さないマタハだった。
「儂は一応、発明家という肩書きを持っておってな。布織機やタタラで多くの特許を取っておるのじゃよ」
「すると錬金術は趣味でやってるのか?」
「むしろ本業じゃ」
ドアを開けて中に入ると、そこは様々な実験道具が所狭しと置かれている部屋であった。
「ここが錬金術の実験や精製をする所じゃ」
「今は何をしているんだ?」
「金属の強化に必要な薬剤を作っているところだ。そこに材料が入っておろう」
マタハが指差した先を見たイルダが小さく悲鳴を上げた。
瓶の上半分を逆さにしたような形の透明な容器の中に無数の蛇がとぐろを巻いており、その下に開いた口から、ポトポトと濃緑の滴が小さな容器にしたたり落ちていた。
「蛇のエキスも必要なのか?」
「その他にもいろいろとな」
「マタハ。さっき、青い鎧がどこにあるか、作ったあんたでさえも知らないと言っていたが、盗まれたのか?」
「そうじゃ! この部屋に置いておいたのじゃが、一か月ほど前に無くなっていた」
「泥棒に入られたのか?」
「そうとしか思えないが、不思議なことにドアも窓もしっかりと鍵が閉まっておった」
「そいつは不可思議だな」
「鎧が一人で歩いて行ったのかもしれんな」
「はあ?」
やっぱり大丈夫か、この爺さん?
リーシェのリサーチもけっこういい加減じゃねえのかと思ったが、せっかく向こうから来てくれたのだから、訊くだけ訊いてみよう。
「それはそうと、あんたに訊きたいことがあるのだが」
「何だ?」
「フェアリー・ブレードって知っているか?」
「前皇室に伝わっていたはずの伝説の魔剣じゃな」
「あんた、フェアリー・ブレードについて調べていると聞いたんだが?」
マタハの目付きが変わった。
「……それを訊いてどうするつもりじゃ?」