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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第九章 神話を紡ぐ者たち
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第百八話 姫姉妹の再会

 思っていたよりも早く、三の刻ほどに、俺達はサブロタの街に着いた。

 この街は、大陸に縦横に張り巡らされた街道が交わる場所にあり、北に向かうとルシエール、南に向かうと、昨日、俺達が泊まったハリマリなどの小さな街がいくつかあり、東西にも大都市に続く街道が伸びていて、危険な夜の旅を避けて、この街で泊まろうとする旅人や行商人、荷馬車などで、けっこう、人通りは多かった。

 だから、街の規模に比して、宿屋は多くあったが、できるだけ他の宿泊客と顔を合わさないように、先発していたエマが「鈴風亭」という小さな宿屋に予約を入れてくれていて、すぐに部屋に入ることができた。

 どうやら、その宿は俺達だけで満室のようで、イルダとカルダ姫の二人だけの部屋を確保して、あとのメンバーは女性陣と男性陣に分かれての相部屋になった。

 カルダ姫一行はまだ到着しておらず、イルダも部屋で一人待っているのもつまらなかったようで、みんなと食堂に集まっていた。

 もうすぐ姉に会えるとあってか、イルダの表情も穏やかで、白い歯も見えていた。

 しかし、約束の刻限になっても、カルダ姫一行は宿屋に現れなかった。

「何かあったのでしょうか?」

 それまでのにこやかな顔から、次第に不安げな顔に変わったイルダが呟いた。

 今朝、交わした伝令蝙蝠メッセンジャーバットの伝言では、特に追われているようなことは言ってなかったし、何よりも、カルダ姫の従者たる魔法士ウィザードのファルと剣士バドウィルの実力をもってすれば、仮に魔族に襲われたとしても大丈夫なはずだ。

「アタイがちょっくら見てこようか?」

 エマが言ってくれた。盗賊として鍛えられた鼻をもってすれば、カルダ姫が今どこにいるのか、すぐに突き止めてくれそうだ。

「じゃあ、俺も行こう。今まで、エマはカルダ姫の一行とは会ったことがねえだろ? どこの怪しい変態女と勘違いされると困るからな」

「アルスのことを差し置いて、アタイが変態のそしりを受けることはないと思うけどなあ」

 まあ、向こうにもバドウィルという変態がいるから、お互い様ではあるけどな。

「申し訳ありません。アルス殿、エマさん、よろしくお願いします」

 イルダに頭を下げられたら、行かない訳にいかないよな。



 ということで、俺とエマは、馬に跨がって、サブロタの城門から外に出た。

「カルダ姫一行は、西にある街からこの街に向かっているはずだ。とりあえず、ここから西に向かって行ってみよう」

「分かったよ。でも二人が一緒に行っても意味がないから、少し距離を取って行く?」

「そうだな。俺が少し北寄りのコースを取るから、エマは南寄りのコースを進んでくれ。半刻後にこの門で落ち合おう」

「了解! じゃあね!」

 そう答えると、エマは一足先に馬で駆けて行った。

 俺も名馬フェアードを小走りに駆けさせた。

 西に向かって鬱蒼とした森が生い茂っており、その木々の間を縫うように走っていると、異様な音がした。いや、音というより鳴き声だ。

 俺は、あぶみで名馬フェアードの腹を軽く蹴って、その鳴き声が聞こえた方向に向けて駆けて行った。

 向かう先にも森が広がっていたが、生い茂る樹木の上には、大型の蝙蝠のような生き物が大量に空を舞い、ときおり、地上に向けて急降下をしていた。

 角を持つ獣のような容姿に、蝙蝠のような羽を持つ魔族である蝙蝠獣人ガーゴイルの群れだ。槍を持って急降下をしているということは、あの下に蝙蝠獣人ガーゴイルどもの獲物がいるということだ。

 俺が名馬フェアードにムチを入れ、急いで駆けつけると、まさにカルダ姫一行がいた。

 大樹を背に、怯えた表情で立っているカルダ姫の前には、姫様を守るべく、その小さな体で立ち塞がっている魔法士ウィザードのファルがいた。そのファルの魔法で放たれた無数の氷の矢で撃ち落とされた蝙蝠獣人ガーゴイルを、バドウィルが素早く、その落下地点まで走り、とどめを刺していた。

 俺は、フェアードから降りて、バドウィルの助太刀に加わった。

「おお! アルス殿! 我々は、やはり、神のお導きで巡り会う運命にあったのですな!」

 そんな冗談が言えるくらいだから、バドウィルも余裕がある証拠だ。

 実際、蝙蝠獣人ガーゴイルはそんなに強い魔族じゃない。しかし、何と言っても、これだけの数がいると、次第に疲れてきて、攻撃を防ぎきれないこともある。

「バドウィル! お前は姫様の護衛に専念しろ!」

「アルス殿のお側にいたかったですが、仕方ありませんね」

 冗談なのか本気なのか分からない台詞を吐いて、バドウィルはカルダ姫の側に駆け寄った。

 ファルも姫様を守りながらでは、蝙蝠獣人ガーゴイルの撃ち落としに集中できていなかったのだろう。姫様の護衛をバドウィルに任すと、今までの倍以上の氷の矢を上空に向けて放った。

 まるで虫除けの煙にいぶされて落ちてくる蚊のように、翼に矢を受けた蝙蝠獣人ガーゴイルが次々に落ちてきた。

 飛べない蝙蝠獣人ガーゴイル豚獣人オークよりも弱い。人族のように槍の訓練をしている訳でもない。俺は、そんな蝙蝠獣人ガーゴイルを滅多斬りしていった。

 ファルとバドウィルも、さすがに第一皇女カルダ姫の護衛を務めるだけのことはある。多くの敵が同時に襲って来ても、カルダ姫に到達する順番を瞬時に判断して、焦ることなく、効率よく敵を倒していた。

 俺も含めて、このまま無事に切り抜けられそうだと、油断が生じたのかもしれないが、何気なくカルダ姫を見た俺の目に、左側面からカルダ姫を目掛けて飛んで来ている、一匹の蝙蝠獣人ガーゴイルが捉えられた。

 蝙蝠獣人ガーゴイルには、戦術を立てて戦うというまでの知能はないはずだから、たまたま、そいつの飛行ルートがそうなっただけなのだろうが、その時、ファルもバドウィルも目の前の敵を攻撃していて、側面から来ている敵に気づいていないようだ。二人の隙も、たまたま一致してしまったのだ。

 俺は、急いでカルダ姫の元に駆け寄ろうとしたが、落ちてきた多くの蝙蝠獣人ガーゴイルが執拗に俺に襲い掛かってきて、足止めを食ってしまった。

 くそっ! 間に合わない!

 俺はカレドヴルフを逆手に持ち替えて、剣を先にしてその蝙蝠獣人ガーゴイルに投げつけようとしたが、それよりも早く、どこからか飛んできたナイフが蝙蝠獣人ガーゴイルの脇腹に刺さり、蝙蝠獣人ガーゴイルは地面に落下した。

 苦しげに立ち上がった蝙蝠獣人ガーゴイルの胸に二本目のナイフが突き刺さると、 蝙蝠獣人ガーゴイルは断末魔を上げて倒れた。

 ナイフが飛んできた方を見ると、馬に跨がったエマが親指を立てて、どや顔をしていた。



 正確に数えてはいないが、おそらく二百匹以上はいたと思われる蝙蝠獣人ガーゴイルの約半数を倒すと、残りの連中は敵わないと悟ったのか、空を飛んで逃げて行った。

 今まで怯える鹿のような顔をしていたカルダ姫は、危険が去ると、たちまち、顔と態度に威厳を浮かべて、「アルス殿、ご苦労でした」と、恐れ多くもお礼の言葉を掛けてくれた。

「いやあ、本当にアルス殿はわれわれの命の恩人ですなあ。これは我が身を捧げる以外に感謝の念を示すことはあたわないでしょう」

 誰がいるか!

「ところじぇ、そちゅらはどなちゃかな?」

 相変わらずカミカミで舌足らずなファルがエマを見た。幼女のような身長に不釣り合いなほどの爆乳を誇るファルは、何とリゼルの姉弟子で、年齢もファルの方が上だというからびっくりだ。

「こいつは俺達の味方で、エマという」

 実は「盗賊」だなんて付け加えると、カルダ姫が毛嫌いしそうなので、とりあえず、省略した。

「サブロタの宿屋で、イルダが心配して待ちかねているぞ。早く行こう」



 俺とエマが、カルダ姫一行とサブロタに入り、宿屋に着いた時には、既に日が暮れていた。

 イルダも気が気でなかったのだろう。宿屋の入り口に立って待っていて、カルダ姫の姿を認めると、一目散に駆け寄って来た。

「お姉様!」

 カルダ姫と抱き合ったイルダの目から涙が零れていた。

「何じゃ、イルダ? 少し遅れただけで」

「心配で心配で……。でも、ご無事で何よりでした」

 少し背が高いカルダ姫の胸に顔を埋めていたイルダが、最後は笑顔でカルダ姫を見上げた。

「心配を掛けて済まなかったの。途中、魔族に襲われたが、アルス殿やエマ殿の助けを借りて、何とかやり過ごしてきた」

 カルダ姫の言葉を聞いて、イルダはカルダ姫から離れて、俺とエマの方に体を向けた。

「アルス殿! エマさん! 本当にありがとうございました!」

「カルダ様のお付きのお二人もすごかったですよ」

 イルダにお辞儀をされて、エマも照れてしまったようで、ファルとバドウィルの二人を持ち上げた。

「まあ、お互いに褒め合ったって仕方がない。とりあえず、飯にしようぜ」

「そうですね。久しぶりに会えたのですから」

 イルダも笑顔でカルダ姫の手を引いて、宿屋の中に入って行った。



 この宿屋の最高級料理であろう、羊肉の料理を肴に、そこそこの銘柄の葡萄酒を開けて、宴は始まった。

「エマ殿も加わるとは、イルダの一行は、なかなかに賑やかじゃのう」

「はい。こんなことを言うと不謹慎かもしれませんが、逃亡しているにもかかわらず、旅自体はすごく楽しいです」

 それは、イルダの正直な気持ちだろう。

 そして、エマのような盗賊でさえも仲間にしてしまうのは、俺達の一行パーティの主たるイルダの広い心と親しみやすい性格によるところが大きいからだ。

 一方のカルダ姫一行は、当初の三人のメンバーから変わっていない。それが普通なのかもしれないが、少なくとも、「来る者は拒まず」という雰囲気ではなく、カルダ姫が普段から振りまいている、「頭が高い」的な雰囲気が原因だろう。

 つくづく、出会ったのがイルダで良かったぜ。

 もっとも、そんなことを心の中で思っていても、姉のことを悪く言われるのは、イルダが好まないはずであり、イルダに嫌われることは避けたい俺も大人の対応で無関心を装った。

「それで、お姉様。今日の本題ですが」

 子供リーシェ以外の者が食事を終えた頃を見計らって、イルダが食堂を見渡してから、それまでの穏やかな表情を潜めて、正面のカルダ姫を見た。

 今日の宿泊客は俺達だけだし、宿屋の主人や召使いには、大事な話があるからと銀貨を与えて、一定時間、食堂には来ないように言い含めてある。俺もそうだし、エマやバドウィルも、この食堂の周りに怪しい気配は感じていないはずだ。

 イルダは、まず、エリアンとルシャーヌのことをカルダ姫に話した。エリアンとルシャーヌが命を落としたくだりでは、涙声になりながら語った。

「そうか。エリアン殿とルシャーヌさんがな……。お二人には幸せになってほしかったがの」

 人質として首都の宮殿で育ったエリアンとルシャーヌは、カルダ姫と同年代で、その遊び相手だったそうで、さすがのカルダ姫も涙を見せていた。

「しかし、それにしても腹立たしいのは、ザルツェールじゃ! 昔、宮殿で一緒に遊んだ仲の者であっても容赦なく殺すとは!」

「はい。私が商都カンディボーギルでザルツェール殿に会ってしまったものですから、結局、お姉様にもご迷惑を掛けることになってしまって」

「何を言う! わらわもザルツェールには、ひとこと言わずにはおられぬわ! イルダがそんな気持ちになったのも分かる」

「お姉様」

 姉の優しい言葉に、イルダが感激した様子を見せていた。

「わらわ達も旅をしていて、女連れの旅人へのチェックが急に厳しくなったことに気づいた。今、思うと、ザルツェールがわらわ達の探索を命じたからじゃな?」

「そのようです。ところで、そのザルツェール殿は今、行方不明になっているようです」

「今のイルダの話によると、エリアン殿を討った後、魔王を名乗るリーシェとやらに完膚無きほどに叩きのめされて敗走していったのじゃったな?」

「はい。その後、首都に戻る途中に、ルシエールの街に立ち寄ったようなのですが、そこから先の消息がまったく分からないのです」

「まさか、ルシエールに滞在しておるのか?」

「その可能性もあります。でも、そうだとしても、今の帝国に何も伝えずにいるでしょうか?」

「そのまま逃げ帰っても、処罰される可能性もあり、ルシエールに保護してもらっているかもしれませんなあ」

 バドウィルの言うことが、俺も正しい気がしている。

 ジュール伯爵家の討伐という所期の目的は達したとはいえ、魔王を名乗るたった一人に大敗して、貴重な兵力を損ねたのだ。責任を取らされる可能性は十分ある。それならば、今の帝国には臣従の態度を見せていないルシエールの領主の庇護を求めてもおかしくはない。

「そうじゃとすれば、ルシエールに向かうのは危険ではないのか?」

「私達もそういう結論になりましたが、かといって、この周辺で頼るべき勢力はありません。それで」

 イルダが「後は任せる」というように、俺の顔を見た。これが以心伝心というやつだろう。

「せっかく、ここまで来たんだ。ルシエールの領主の正体を見極めてから、今後の方針を決めるべきだろうと思うんだ」

「もしかしたら、本当に我々の味方になる人物で、ザルツェール殿は捕らえられ、兵士達も取り込まれているかもしれないということですな?」

 バドウィルもダンガのおっさんと同様、アルタス帝国の騎士だった男だ。理解が早いところはさすがだが、俺に顔を近づけて話すことだけは止めてもらいたい。

「まあ、そういうことだ」

 俺は、バドウィルの顔を押し戻しながら、カルダ姫に視線を戻した。

「とは言っても、危険かもしれない街に、姫様二人をのこのこと乗り込ませる訳にもいかないから、とりあえず、俺が先発して、ルシエールの街の様子を探ってこようかと思っている」

 

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