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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第八章 血塗られた永久の誓い
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第百四話 信じられない裏切り

 俺達は、マゾルドの街の北にあるルシエールの街に向かって、大きく東に迂回しながら進んでいた。先行して敵の存在を確認していたエマが、ルシエールに向かう街道沿いに五千人からの帝国軍が待ち伏せしていると知らせてくれたからだ。

 俺達は、姿を隠してくれる鬱蒼とした森の中を歩いた。馬も使えないくらいで、歩くことに慣れていないルシャーヌには辛かっただろうが、泣き言ひとつ言わず、ルシャーヌが乗っていた馬の手綱を左手に持ったエリアンに助けられながら歩いていた。

 そのうち、目の前が大きく開けた。森を抜け、草原に出て来たのだ。向かう先には、地平線まで草原が続いていた。

 イルダと子供リーシェが名馬フェアードに、ルシャーヌもエリアンが買った馬にそれぞれ乗ると、今までの遅れを取り戻そうと、俺達は少し早足になって歩き出した。

 歩きやすいことは良いが、足首くらいまでの高さの草が延々と続くこの草原では姿を隠しようがない。もし敵に見つかると逃げるのにも苦労しそうだ。

 ナーシャにいつもより高く飛んでもらって、俺達に近づいて来ている奴らがいれば、なるべく早く対処ができるようにしながら、北に向かった。

 嫌な予感がする。

 こんな時に限って、危険が降り掛かって来るものだ。

「前から騎馬部隊がこっちに向かって来てる!」

 ナーシャの報告で、一気に緊張感が高まった。

「何人くらいいる?」

「えっと、……か、数え切れない! 千人よりもっと多い!」

 俺達を待ち伏せしていた五千の軍団か?

「このままじゃ、正面衝突だ! 西に逃げよう! 良いか、イルダ?」

「アルス殿にお任せします!」

 俺達は左に進路を変え、西に向かって小走りに駆けて行った。

「あっ!」

「どうした?」

 驚いた声を上げたナーシャに、走るのを止めないで訊いた。

「向こうもこっちに進路を変えた! まるでこっちが見えているみたい!」

「何だと!」

 俺はみんなを一旦停めた。

 辺りを見渡してみたが、俺達を見張っているようなものは何も見えなかった。

「たまたまなのかもしれない。もし、そうなら、さっきの方向に戻れば、やりすごすことができるだろう」

 俺達はUターンして、今度は、東に向かって走り出した。

 しばらくすると、また、ナーシャが叫び声を上げた。

「駄目だ! こっちにまた進路を変えたよ!」

 どうなってるんだ? なぜ、相手に俺達の動きが分かってるんだ?

 俺達は立ち止まって、また、辺りを見渡した。

 俺達を見張っているものを見つけださなければ、いくら逃げても無駄だ。

「リゼル! 遠くから相手の位置が分かるような魔法でもあるのか?」

「そんな魔法はない」

 リゼルも戸惑っているようだ。

「しかし、伝令蝙蝠メッセンジャーバット魔法士ウィザードの体から出ている魔力マナを感じ取れるように、魔法士ウィザード魔力マナを感じ取れる」

 それは、リーシェも言っていた。相手の体から出ている魔力マナの大きさで、そいつの強さがある程度予測できるらしい。

「通常、魔力マナは近くに寄らないと感じ取れないが、魔法士ウィザード自身の魔力マナに同期させた強力な魔力マナを発する魔宝具があれば、それが、今、どこにあるかは感じ取れる。例えば、目印となる場所にその魔宝具を置くことで、その魔力マナをたどって、そこに行き着くことができるという使い方ができるはずだ。位置を知る魔法というとそれくらいしか思いつかないが……」

 リゼルの言う方法が今回も使われているのだとすれば、向かって来ている敵の中に魔法士ウィザードがいて、その魔法士ウィザード魔力マナに同期させた魔宝具が俺達の中にあるということになる。そんな物など何も思いつかない。俺達の荷物は以前から変わっていない。そうなると、エリアンか、ルシャーヌが持っている何かということになるが……。

 まさか……。

 そうしているうちにも、蹄の音が聞こえるくらいに、敵は近づいて来ていた。

「どうする、アルス?」

 リゼルが訊いたが、答えは一つしかない。

「この草原ではどこにも隠れようがない。迎え撃つだけだ!」

 地平線の向こう側から騎馬の兵士達がわき上がってくるように見えてきた。

 確かに前から見ると、兵士の数は数え切れない。五千人はいるかもしれない。

 その騎馬軍団は、間違いなく、帝国軍だった。その先頭には、豪華な鎧をまとい、白馬に跨がったザルツェールが見えたからだ。

「逃さんぞ!」

 俺達とザルツェールとの間には、まだ、かなりの距離があったが、馬を停めたザルツェールは怒りに燃えた様子で、俺を睨んでいた。

「どうして、俺達の位置が分かった?」

「お前達がルシエールに向かっていると教えてくれた者がいてな」

 俺は、ちらっと、ルシャーヌの胸元を見た。

「誰だよ、そんな報告をした奴は?」

「この者だ」

 ザルツェールが馬を横にずらすように移動させると、その後ろから馬に跨がった女が前に出て来た。

 先ほど、俺達の位置を特定させている魔力マナを発している魔宝具が俺達の中にあると聞いて、すぐに、そいつのことを思いついたが、絶対、違うと思いたかった。

 しかし、そんな俺の願いは無残に打ち破られた。

 ザルツェールの後ろに控えていたのは、ネルフィだった。

「ネルフィ! 貴様、どうして?」

「ふふふ、せっかく得られた情報は有効に利用しないとな」

 俺は、今まで、人を見る目には自信を持っていた。ネルフィは、ホランド公爵家の忠実な家臣であるが、アルタス帝国にも忠誠を誓っているものと思っていた。しかし、そいつは真っ赤な嘘だったのか?

「お前は、自分が仕えてきたルシャーヌをも売ったのか?」

「今のルシャーヌは、公爵家を捨てた、ただの旅人にすぎない。私が忠誠を尽くすべき人物ではもうない」

 かつてのご主人様を呼び捨てするほどの情しか持ってなかったのか?

「ネルフィ! どうして?」

 ルシャーヌも信じられないという顔をしていた。イルダもエリアンもだ。

「悪く思わないでもらいたい。私はホランド公爵家に忠誠を誓う者。ホランド公爵家が今の帝国と誼を通じている以上、私は今の帝国側の人間として振る舞わなければならない」

「それが本当の忠義だというのか? じゃあ、アルタス帝国への忠義はないのか?」

「アルタス帝国は、私を選んでくれなかった。ファルやリゼルは皇室付きの魔法士ウィザードとして仕官を許したのにだ。私はファルやリゼルより劣っているとは思っていない! 私を正当に評価せずに不当な扱いをしたアルタス帝国に、私が義理立てる筋合いはまったくない!」

 まさか、そんな昔から、アルタス帝国に対する恨みが、ネルフィの中に積もっていたとは思わなかった。

 ネルフィは、リゼルやその姉弟子であるファルと同じ師匠についた兄弟弟子と言っていた。しかし、リゼルとファルは皇室付きに抜擢されたのに、自分はホランド公爵家という貴族の家来にしかなれなかったという妬みが、次第に、アルタス帝国自体への恨みに変わっていったのだろうか?

 しかし、そんな様子をまったく見せてなかったし、見抜けなかった。ネルフィは、俺以上の詐欺師だ。

「俺達にお前が見せてくれた温情は何だったんだ?」

「温情だけでは、世の中、渡っていけないさ。しかし、ザルツェール様は、我がホランド公爵家に滞在なされた時に、イルダ様を捕らえる手伝いをすれば、帝国への仕官を約束してくれたのだ。リゼルやファルに代わって、皇室付きの魔法士ウィザードにな」

 ザルツェールが魔王様を相手に敗走して、キリューの街に入った際に、そんな約束をしたのだろう。きっと、それまでは、ネルフィは本心から俺達を助けてくれたはずだ。しかし、昔に味わった屈辱を晴らす機会が訪れたことで、一瞬のうちに、その人格が入れ替わってしまったようだ。

 ザルツェールの騎兵達が俺達を取り囲んだ。相手は機動力に勝る騎兵だ。それにこの数では、どう転んでも相手をすべて倒さないと俺達は逃げられない。

 俺は、フェアードから降りて、イルダにすがりついている子供リーシェを見た。大人リーシェなら簡単に騎兵どもをやっつけてくれるだろう。

 ここは背に腹は代えられない。少し強引にでもイルダを眠らせて、リーシェの封印を解くしかないか。

 しかし、当のイルダは、怯えているように見える子供リーシェをナーシャに託すと、俺の前に進み出た。

「ザルツェール殿! 私達をどうするおつもりですか?」

「イルダ様、相変わらず、お美しい」

 ザルツェールが、さも嬉しそうに言った。

 以前、イルダがザルツェールの前に出た時には、イルダは顔を黒く塗る変装をしていた。素顔のイルダを久しぶりに見て、目を輝かせていた。

「そんなことを訊いているのではありません! このまま、私達を捕らえるおつもりですか?」

「そうなりましょう。そして、イルダ様は、勇者カリオンの血を引く大事なお方。ディアドラス皇帝陛下もイルダ様とお会いすることを楽しみにされております」

「もし、私のこの仲間達に危害を加えないと約束していただけるなら、私はザルツェール殿について参ります。約束していただけますか?」

「そうですなあ」

 ザルツェールは勝ち誇っていた。

 かつては自身の許嫁であったが、前皇帝の鶴の一声で、再び、手が届かない人になってしまったイルダが、今は流浪の身で、自分の考え一つでどうとでもなる所にいるのだ。

「そこにいるエリアンは帝国に弓引いた謀反人。そして、私との約束を反故にして、その謀反人の元に走ったルシャーヌも同罪。更に、アルスという無頼の賞金稼ぎも不思議な魔法士ウィザードとともに我が軍勢に弓を引いた者。これらの者を私の考え一つで無罪放免とすることは難しいですなあ。助命できるとすれば、イルダ様の従者二人くらいでしょうか」

 ザルツェールは、最初から俺達を許すつもりはないらしい。

 イルダもそれが分かったようだ。

「それであれば、私も一緒に断罪してください! アルタス帝国とともにあるべきであった命! 惜しくはありません!」

「ザルツェール!」

 エリアンがイルダの隣に飛び出してきた。

「貴様の今回の出兵は、私の討伐だったはず! 私の命を差し出すから、どうか、イルダ様をこのまま見逃してくれ!」

「私もエリアンとずっと一緒にいます! もう離ればなれにさせないでください!」

 ルシャーヌも飛び出してきて、エリアンの腕を取った。

「ルシャーヌ。……そうだな。もう、離れることはない。ずっとだ」

「はい」

 見つめ合うエリアンとルシャーヌをせせら笑う声がした。もちろん、ザルツェールだ。

「そんな気持ちを隠したまま、私と婚約をしたのか? とんだ雌狐だ。望みどおり、一緒にさせてやろう」

 ザルツェールが一旦上げた右腕を俺達に向けると、騎馬兵が三騎、前に進み出てきて、剣を抜いた。

「エリアン! ルシャーヌ! 下がっていろ! ここは俺が相手をする!」

「おっと! 君の相手は、このネルフィだ! ネルフィ! 私の前で皇室付きの魔法士ウィザードに相応しいのか否か、その実力を見せてみろ!」

「分かった」

 ネルフィは馬を降りて、「さあ、勝負だ。来い!」と言って、俺に手招きをした。

「良いだろう! だが、俺とお前の決着が着くまで、エリアン達には手を出すな」

 俺はネルフィに言ったが、ザルツェールが「良いだろう。無様な姿を全員の前で晒すが良い!」と答えたことで、前に出て来ていた三騎の騎兵は、一旦、元の位置に戻った。兵士達が取り囲む中心には、俺とネルフィだけが残された。

「アルス殿!」

 イルダの顔を見ると、泣きそうな顔で手を組んで、俺を見つめていた。

「心配するな。あの魔龍ドラゴンだって倒した、魔龍殺し(ドラゴンスレイヤー)のアルス様は、そう簡単にやられやしないぜ」

 俺の言葉にイルダがうなずくのを見た俺は、「待たせたな。いつでも良いぜ」とカレドヴルフを抜いて、ネルフィと睨み合った。

 リゼルが言うには、ネルフィは浮遊魔法ホバーリウムという魔法を得意にしているらしい。俺は、ネルフィだけではなく、四方に注意を払いながら、間合いを詰めていった。

 突然、俺の周りの地面から小石が浮かび上がった。草原に小石など無数にある。その無数の小石が俺に向かって、すごいスピードでぶつかってきた。草原でかち合うようにしたのは、向こうの作戦だったのかもしれない。

 小石なので一つ一つのダメージは致命傷になるようなものではないが、さすがにこれだけの数だと痛い。しかも、数が多すぎて、カレドヴルフですべての小石を叩き落とすこともできない。

「ふんっ! 私の魔法の前には、剣など無力だ」

 小石の群れの第二弾が俺を打ちのめした。

 駄目だ。接近した場所にある無数の小石が襲い掛かって来るのだ。剣では防ぎようがない。

 ネルフィに向かって、俺の後ろから火の玉が飛んで行った。

 ネルフィが間一髪でその火の玉から身をかわすと、それを発した者を睨んだ。

「許さぬぞ! ネルフィ!」

 リゼルが体の周りにいくつも火の玉を浮かべて、ネルフィを睨んでいた。

「リゼル! お前にだけは負けぬぞ!」

 リゼルが、再び、火の玉をネルフィに投げつけたが、地面から浮かび上がった小石がネルフィの前で壁のように積み上がって、火の玉を跳ね返した。そして、すぐにバラバラになった小石がリゼルに襲い掛かった。

 リゼルは優秀な魔法士ウィザードだが、その体はか弱い女性だ。物理攻撃には耐えられず、全身を傷だらけにしながら倒れた。すぐに、ダンガのおっさんが助けに来て、抱えられながら、イルダの側まで下がった。

 しかし、リゼルのことを心配している暇は、俺にはなかった。

 リゼルを襲った小石は空中で向きを変えて、まるで蜂の群れのように宙を舞いながら、俺に襲い掛かって来た。

 俺もその攻撃に為す術なく、全身に小石をぶつけられた。

「アルス殿!」

 思わず、膝を突いた俺の耳に、エリアンの声が聞こえた。

「ルシャーヌの信頼を踏みにじった奸賊め!」

 目を上げると、エリアンがネルフィに斬り掛かっていた。

 しかし、ネルフィは、冷静に後ろに飛び下がると、懐からナイフを取り出し、エリアンに向かって放り投げた。

 ナイフは正確にエリアンの胸に突き刺さろうとしたが、さすが、エリアンだ。剣でそのナイフを見事に弾き飛ばした。

 と思ったのも束の間。

 宙を舞ったナイフは、ブーメランのように大きく円を描いて戻ってきて、エリアンの背中に突き刺さった。


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