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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第八章 血塗られた永久の誓い
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第百一話 気持ちを確かめるために

 リーシェのお陰で帝国軍を追い払うことができたとはいえ、エリアンの軍は壊滅的な状態で、すぐに立て直すことはできない。市民達から慕われているエリアンが、マゾルドの街で一声掛ければ、そこそこの数の義勇兵は集まってくれるだろうが、そんな付け焼刃の戦力が帝国の専業兵士に敵う訳がないし、そもそも、一般市民を戦争に巻き込むことは、エリアンが望むところではない。

 ということで、エリアンはマゾルドの街を手放すしかない訳で、実質的にジュール伯爵家は滅んでしまったことになる。しかし、それはイルダのアルタス皇室も同じで、これから絶対に再興できないとは言い切れないのだ。

 そんなエリアンも加わった俺達一行は、とりあえず、ジュール伯爵家の領地内にある「ジュルド」という村に入った。ここは、マゾルドの街から徒歩で六刻ほどの位置にある村で、近くにある鉄鉱石の採掘場で働く者とその家族が住んでいる村だ。

 エリアンの命を受け、この村を治めている村長が俺達を密かに受け入れてくれて、村民の家より若干は広い屋敷にかくまってくれたのだ。

 その村長宅の食堂に集まった俺達は、これからどうするかを話し合った。

「私は、一旦、マゾルドの街に戻ろうかと思ってます」

「戻って、どうするのですか?」

 エリアンにイルダが心配そうな顔で訊いた。

「屋敷から使える物や資金を洗いざらい持って来ようかと思っています。渡さなくても良い財産や資金を、むざむざ敵に渡すのも癪ですから」

「それはそうだな。敵の人的被害はそれほど大きくはないが、リーシェの強力な魔法を見せつけられて、兵どもの士気は、かなり下がっているはずだ。すぐに、マゾルドに押しかけることはないだろう。その時間は有効に利用しないとな」

 俺もエリアンの考えには賛成だ。

「それでは人手が必要ですよね。効率よく、いろいろと運び出さないといけないでしょうし」

「そういうことであれば、アタイに任せなよ」

 マゾルドから落ち延びた時から、ずっと一緒にいるエマが、イルダの顔を見ながら、手を上げてくれた。

「あなたは、確か、初日の夕食会にだけ、いらっしゃっていた方ですよね?」

 その後は、一切、姿を見せてなかったエマを、エリアンも不思議な顔をして見つめた。

「こいつは泥棒なんだ」

「えっ?」

 驚いたエリアンに、俺は言葉を続けた。

「でも心配はするな。庶民を泣かしている貴族や商人しか相手にしない『女盗賊のエマ』ってんだよ」

「ああ、噂は聞いたことがあります」

「だから、エリアンは標的にできなかったのさ」

「そ、そうなんですか。しかし、イルダ様は、そんな方ともご一緒に旅をされていたのですね?」

 いや、実は魔王様も一緒なんだけどな。

 その台詞を飲み込んで、俺は、みんなの顔を見渡した。

「問題はその後だ。とりあえず、俺達は追っ手から逃げるしかない訳だが、どこに逃げるかだ。今までどおりに旅をすることも選択肢の一つではあるが、ザルツェールは、俺達をやっきになって探すだろう。エリアンは反逆者だし、俺は、魔法士ウィザードのリーシェと一緒になって、帝国軍に損害を与えた重罪人。そして何より、ザルツェールはイルダを捕らえたいと思っているだろう」

「しかし、ザルツェール殿には新しい許嫁が」

 リゼルがエリアンを見て、慌てて言葉を切った。エリアンとルシャーヌのことを思いついたのだろう。

「今の帝国から、イルダを生きて捕らえるようにという通達がされている。それは、今の帝国で軍の指揮官にも任命されるほどの高い地位を得ているザルツェールが発したとしか考えられない。今の帝国側の人間で、イルダが生きていることを知っているのは、ザルツェールしかいないはずだからな」

「ザルツェールは、まだ、イルダ様に未練を持っているのか?」

 エリアンも、ザルツェールのことは、当然、大戦前から知っていただろう。

「ああ、実際にイルダと会った時には、未練たらしい態度だったぜ」

 商都カンディボーギルで会った際のザルツェールの表情を思い出しながら、俺が答えた。

「話が少しずれてしまったが、そういうこともあり、俺達への追及は、間違いなく今までよりも強くなっているはずだ。あちこちの街に入るのにも苦労するかもしれない」

「すると、今までのように旅を続けるのではなく、しばらく、どこかに隠れておく方が良いということか?」

「そういうことだ」

 リゼルの問いに答えた俺の考えには、誰からも反論は出なかった。

「しかし、問題は、俺達をかくまってくれそうな街があるかどうかだ。バルジェやエラビアの砂漠の国は、確かに安全だろうが遠すぎる。近場だと、リャンペインの執政官リンカを頼るという手もあるが、軍備がまだズタズタの状態のリュギル伯爵家には、いざという時に今の帝国軍とことをかまえることなどできやしないだろう」

「商都カンディボーギルに隠れるというのは?」

 リゼルが訊いてきた。

「確かに商人達の自治都市で、今の帝国の軍隊も中には入れないだろう。しかし、そこの七人委員会は俺達の味方って訳じゃない。委員長などは、むしろ俺達を恨んでいるだろうぜ。そんなカンディボーギルに俺達が潜んでいることが分かれば、七人委員会は今の帝国に通報するだろう」

「……エリアン殿のマゾルドの街が落ちた以上、この近辺には、安心して滞在できる所はないということですか」

 さすがのイルダも気落ちした表情をしていた。

「一つ、可能性に懸けることができるのであれば、行ってみたい街があります」

 エリアンが俺とイルダの顔を交互に見ながら言った。

「どこだ?」

「ここから北に、歩きだと九日ほど掛かる所にあるルシエールという街なのですが、今の帝国には臣従せずに、まったく無視を決め込んでいるようなのです」

「そこの領主は何と言う奴なんだ?」

「元々はハムラ男爵という貴族の領地だったのですが、どうやら、そのハムラ男爵家が滅ぼされて、今は別の領主が支配をしているようなのです。しかし、未だに新しい支配者の顔が、さっぱり見えてこないのです」

「そいつは怪しいな」

「ええ。でも、今の帝国からの使者にも無視を決め込んでいて、私は、マゾルドよりも先に、ルシエールが討伐対象になると考えていたのですが、実際は、こちらに先に来たので、もしかすると、ルシエールには、今の帝国に対抗できるだけの兵力があるのかも知れません」

 ルシエールを先に討伐すると、帝国軍にもかなりな被害が出ると踏んで、こっちに先に来たかも知れないというエリアンの推理は十分に成り立つ。

 しかし、敵か味方か分からない街に入るのは、一つの賭だ。

「何なら、俺が先に行って、その街を探ってこようか?」

「アルス殿は、私の護衛役ですよ。私の側から離れないでください」

 イルダが少し恥ずかしげに言った。俺だって離れたくないぜ。

「いずれにせよ、逃げなくてはいけないんです。まずは、そのルシエールの街に、みんなで向かいましょう!」

 イルダの鶴の一言で行き先は決まった。

 そこに村長が入って来た。

「エリアン様。旅の商人からの情報ですが、帝国軍はキリューの街まで退却して、そこに駐留しているようです」

 マゾルドからもっとも近い街であるキリューの領主ホランド公爵家は、今の帝国に臣従している。その公爵家が支配している街に入って、体勢を整えようというつもりなのだろう。

「アルス殿」

 イルダが俺を呼んだ。その顔には影が差していた。

「ザルツェール殿は、もしや、ルシャーヌさんを?」

 イルダは全部を言わなかったが、言いたいことは分かった。

 敗走してきたとはいえ、自分の許嫁がいる街にわざわざ来たのだ。そして、その二万の軍勢の将軍であるザルツェールへのご機嫌取りのため、ホランド公爵家がルシャーヌを実際に「差し出す」かもしれない。つまり、約束だけの許嫁から既成事実を作って、将来の輿入れを確実なものとしておこうということだ。

「その可能性は十分にあるな」

 戦争中の男は、命の危険に常に晒されているだけあって、できるだけ自分の子孫を残すために、普段よりも女を欲することがある。何よりも自分がそうだった。

 イルダは、あえてエリアンの顔を見ないようにしていた。そんなイルダに、エリアンも微笑みながら言った。

「こうなってしまった以上、ルシャーヌのことは諦めます。私達は最初から縁がなかったのでしょう」

「そんなことを言わないでください! 寂しすぎます」

 イルダは今にも泣きそうになっていた。

 自分が苦しくても、絶対に涙は見せないイルダも、人の不幸には涙を抑えきれない。イルダはそんな皇女様なのだ。

 そんなイルダを笑った顔にしたいと思うのは、俺だけじゃないはずだ。

「よし! 間に合うかどうか分からないが、また、魔法士ウィザードのリーシェの助けを借りて、キリューに行き、ルシャーヌをここに連れてくるか?」

 イルダがあっという間に笑顔になった。

 一方、イルダの隣にいる子供リーシェは、一瞬だけだが、明らかに呆れたような顔をした。

「リーシェさんには何度も申し訳ないですけど、もし、可能であれば、また、私からもお願いしたいです」

「お姉様の助けを借りなくても、人一人くらいなら、アタイが連れてきてあげるよ」

 エマが近くの商店に買い物にでも行ってこようかというほどに簡単に言った。

 確かに、エマなら可能だろう。

 大人リーシェを呼び出すには、また、イルダに居眠りをしてもらう必要がある。そうでなければ、イルダが自然に眠る夜まで待たなくてはいけない。そうこうしているうちに、ザルツェールがルシャーヌに手を出すことになるかもしれないのだ。ルシャーヌを奪い取るなら早いほうが良い。

「じゃあ、俺も行く。エマはルシャーヌとは会っていないから、ルシャーヌがいきなり現れたエマを信用してくれるとは限らないだろうしな」

「この、どこからどう見ても清廉潔白なアタイをかい?」

「忍び込んで来ること自体、怪しいだろうが?」

「そうかな?」

 いや、そこ疑問に思うか、普通?

「とにかく、今から、俺とエマとでキリューの街に行って来る」

「アルス殿、大丈夫ですか?」

「ああ、俺は、イルダやエリアンよりも捕獲目的の順位は低いだろうし、そもそも捕獲しろとは言われていないかもしれないからな」

 俺なんかは、生きて捕獲する必要はなく、殺せと命じられているだろう。

「アルス殿。いつも危険な役目を押しつけてしまってごめんなさい。エマさんも巻き込んでしまって申し訳ないです」

 イルダが俺とエマに丁寧に頭を下げた。

「イルダ様が頭を下げる必要はありません、これは私のことです。この私がふがいないばかりに……」

 エリアンも最後の方は自分の唇を強く噛み、その悔しさが半端ないことが分かった。

「気にするな。人はそれぞれ持って生まれた役目ってもんがあるんだ。イルダやエリアンは、人の上に立って、人々を導く役目がある。そして、実際に危ない現場に飛び込んで行くのは、俺やエマの役目さ。そっちの方が性に合ってるし、面白い」

「アルス殿」

 また、イルダの目に涙がいっぱい貯まっていた。

「どうか、よろしくお願いします」

 エリアンも俺とエマに深くお辞儀をした。そして、「でも、飽くまでルシャーヌの意思を尊重してあげてください」と、自分の意向をごり押ししない、エリアンらしい心遣いも見せた。



 俺は、村で一番速いという馬を村長から貸してもらい、自分の馬に跨がったエマとともに、一目散にキリューの街まで駈けて行った。

 ここからキリューの街へは、馬で駆けても、マゾルドの街からと同じくらいの半日ほど掛かる。俺とエマは、ずっと、馬にムチを入れて、全速力で走らせた。

 リーシェに転移してもらった時、イルダとともにマンドンゴラを買いに来た時に続いて、三度目のキリューの街だが、夕暮れも過ぎて、すっかりと暗くなってから、その城門に着いた。

 街の中は、まだまだ、寝静まる時間帯ではないが、城門は既に閉じられていた。

「エマ、どうやって中に入る?」

「どこの街にも緊急脱出用の扉があるんだよ。普段は分からないように隠されているけどね」

 そう言うと、エマは城壁に沿って、馬を小走りに走らせ始めた。俺もエマの馬の跡をついて行った。

 しばらく走ると、エマが馬から降りた。俺もそれに続いて、城壁のふもとに近づいたエマの隣に立った。

 そこは、小さな小屋が城壁にへばりつくように建てられていた。

「この小屋の中に扉があるのか?」

「臭いね」

 エマは、ベルトのポーチから短い針金を取り出すと、その小屋に一つだけある木製のドアの鍵穴に入れた。そして針金を鍵穴の中で動かしていると、あっという間に、カシャッと音がした。

 さすがの手際の良さだ。

 一旦、辺りを見渡して、人の気配がしないことを確認してから、エマはそのドアをゆっくりと開けた。

「アルス、これを持ってて」

 俺が手渡されたのは、蝋燭が入った小型のランプだった。エマは、どこからか取り出した火打ち石を打って、蝋燭に火を灯した。

 辺りを明るく照らし出したランプをエマが持つと、入り口から小屋の中を照らした。小屋の中には小麦粉を入れているような麻袋が山積みにされていて、窓も他の出入り口も見当たらなかった。

「あそこだね」

 エマはその麻袋を指差した。

「あの麻袋の後ろから少しだけ空気が流れてきている。あそこに城壁の内への通り道があるよ」

 空気の流れなど、俺には、まったく感じられなかったが、エマが言うことだから間違いないだろう。

「ということは、この麻袋を除けなきゃいけないのか?」

「そういうこと。アルスに一緒に来てもらって良かったよ」

「待て。お前は、なぜ動こうとしない?」

「重い物を持つのは男の役目だろ? アタイは、ちょっと疲れちゃったし」

 まるで、リーシェみたいなことを言いやがる。

「分かったよ。この裏側だな」

 俺は、びっしりと中身が詰まった麻袋を一つずつ持ち上げては、横にずらすようにしていった。

 果たして、麻袋を全部除いた後には、大人だと、かがまないと通れないほどの小さな穴が開いていた。

「なるほどな。しかし、城壁の中から進んで来ると、出口に麻袋が山積みになっていて、外に出られないんじゃないのか?」

「ほら、あそこを見てごらんよ」

 エマがその穴の先にランプを差し込んでくれると、その穴の先にある部屋から、大きな大砲がこっちに照準を合わせて置かれていた。

「いざという時は、あれをぶっ放して、この小屋ごと吹き飛ばすのさ」

「……どこの街もこういう仕掛けになっているのか?」

「少しずつ違うところもあるけど、概ね、こんな感じかな」

 いつもは、ちゃらんぽらんなことしか言わないエマだが、盗賊としての実績に裏打ちされた優れた知識も持ち合わせているのは確かだ。


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