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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第八章 血塗られた永久の誓い
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第九十九話 魔王様の恩返し

 最後の晩餐で思い残すことがないように、エリアンと夜遅くまで語り合った後、解散となり、各自が部屋に戻った。

 俺は、ベッドに横になって、リーシェがやって来るのを待ったが、リーシェはなかなか来なかった。起きて待っていようかと思っていたが、夜も更けてきて、知らず知らずのうちに眠ってしまったようだ。

 いつもの感触で目を覚ますと、窓の外は既に白んできていた。

「遅いぞ、リーシェ」

「わらわのせいではないわ。イルダがいつまでも眠らなかったせいじゃ」

「……そうか」

 イルダは、この時間まで眠れなかったのだろう。

 俺は、体を起こして、ベッドにあぐらをかいた。

 リーシェも俺の前にぺたんと座った。

「それで、わらわに何用じゃ? まったく、何度もわらわを呼びつけるとは、とんだ男じゃわい」

 俺は、また、コロンが「落ちて」来るのではないかと、周囲を見渡して身構えた。

「コロンなら犬の姿のまま爆睡しとるぞ」

「そ、そうか。それで、お前に、また、お願いがある」

「また、転移して、どこかに連れて行けというのではないじゃろうの?」

「いや、今度は、そんなせこい役目ではない。魔王様としての力を見せつけてほしいんだ」

「ほ~う、良いのか、そんなことをして?」

「ああ、とにかく、今の帝国軍をびびらせてほしい」

 病気で寝込んでいて、詳しい話を知らないリーシェに、手短に今までの顛末を話した。

「話は分かったが、なぜ、わらわがイルダのために働かなければならぬ? 正直、イルダがアルタス帝国を再興しようとどうしようと、わらわには関係はない。わらわが欲しているのは、イルダの命じゃ。イルダがわらわにその命を捧げるまでは、わらわはイルダを守ろうぞ。それが、アルスとわらわの約束であったはずじゃが?」

「それはそのとおりだ」

「それに今回は、わらわを差し置いて、この大陸を支配しようという魔族が相手でもない。わらわが、そのザルツェールとやらが率いる軍勢の相手をしなければならぬ理由はどこにあるというのじゃ?」

「確かにない」

「ならば、もう話をする必要もないではないか」

「リーシェ」

「何じゃ?」

「体調はもう良いのか?」

「うぬ。今回は今までの五百年間で一番しんどかったわ。やはり、子供の姿にされていると、いろいろと面倒じゃ。早くこの封印を解きたいものじゃ」

「しかし、体調が戻って良かったな。でも、リーシェ。リーシェが罹った病気の特効薬であるマンドンゴラは、イルダがキリューの街から買い付けてきたものだぞ」

「そのようじゃの。イルダには、子供の姿の時に、礼を言っておいたぞ」

「それで終わりか?」

「うん? どういう意味じゃ?」

「イルダは、マンドンゴラを求めて、片道半日掛かる道のりをぶっ通しで馬に揺られて行ったんだ。俺は、そんな行軍をしたこともあるが、イルダは皇女様なんだ。そんなイルダにとって、どれだけ過酷なことか分かるだろ?」

「……そうじゃろうな」

「そして、そのマンドンゴラは、キリューの薬屋では一束百ギルダーなんて馬鹿みたいな値段で売られていた。もちろん、その値段で俺達は買えないことはなかったが、その薬屋の前には、マンドンゴラを買いたくても買えない人が大勢いたんだ。イルダが自分の分のマンドンゴラを百ギルダーで買えば、その人達も百ギルダーを出すしか仕方がなくなる。イルダはどうしたと思う?」

「さあの」

「その薬屋に土下座をしたんだぞ!」

「……!」

「イルダは、百ギルダーで、ここにいる人みんなにマンドンゴラを分け与えてくれって、土下座をして頼んだんだ! アルタス帝国の皇女様がだぞ!」

「……」

「イルダは、百ギルダーをぽんと出して、自分だけマンドンゴラを買うことなどできなかったんだ。しかし、リーシェには絶対にマンドンゴラを持って帰りたい。だからこそ、イルダは土下座をしたんだ」

「……」

「結局、ホランド公爵家の魔法士ウィザードであるネルフィの助けを借りて、マンドンゴラを他の人の分も手に入れることはできたが、イルダが土下座をしてでも、お前を助けたいと必死だったのは分かるだろ?」

「そ、そんな話をわらわにして、恩に着せようと思っておるのか?」

「ああ、そうだよ! イルダがマンドンゴラを持って帰ってこなかったら、お前は死んでいたぞ。無敵の魔王様だって、封印されて、ただの子供にされていれば、あっさりと死んでいた。そうだろ?」

「……」

「お前は、以前、戦いの最中に封印されてしまって、子供の姿に戻された時に助けた俺を命の恩人だと礼を言ってくれたじゃねえか。人族ならありえない千年も生きているお前は間違いなく魔族だろう。しかし、人族と同じ、感謝するという心を持っているだろ? 違うのか?」

「わ、分からぬ」

「いや、お前は、そんじょそこらの魔族とは違う! 万能の魔王様なんだ! 人族の気持ちを理解することも朝飯前のはずだ」

「万能の魔王というのは、そうじゃ。だから、人族の気持ちも少しは分かる……はずじゃ」

「だったら! イルダにも恩返しをすべきじゃねえのか?」

 リーシェの目がしばらく泳いでいたが、ため息を吐くと、俺の視線を捉えた。

「……仕方がないのう」

「じゃあ、やってくれるんだな?」

「まあ、キリューに転移したことも、わらわには関係のないことじゃったからな。前例があるから、今回は駄目とも言えぬわ」

 俺から視線をそらしながら、リーシェは約束してくれた。

 それにしても、素直じゃねえな、まったく!

 まあ、リーシェらしいといえばリーシェらしいがな。



 朝日がすべて顔を見せた頃。

 マゾルドの城門の外には、ジュール伯爵家所属の騎兵や歩兵、総勢七千のほとんどが整列していた。

 街には、ほとんど兵士は残っていないはずだ。まさに背水の陣で臨む野戦で敗れたら、もう、そこで終わりだ。

 隊列の前に、鎧をまとった完全武装姿のエリアンが騎乗のまま進み出た。

 俺達は、城門を出て、少し離れた場所から、その様子を見ていた。

「諸君! 敵は、北西の方向から約二万の軍勢でこの街に押し寄せて来ている! この街を戦場にする訳にはいかない! これから打って出ると、コレド高原で落ち合うはずだ! そこが我が死に場所とわきまえよ!」

 兵士達が一斉に雄叫びを上げた。

 さすが、エリアンの訓練が行き届いているようで、凄まじい気迫だ。倍の数の軍勢には対抗できそうだが、相手は三倍近くの兵数だ。しかも、今から敵を迎え撃つことになりそうな場所は、平らな地形が続く高原で、奇策も使えず、数が多い方が勝つに決まっている。

 敵の司令官であるザルツェールは、エリアンの性格も知っているのだろう。エリアンはマゾルドの街に籠城しないと読んで、急いで進軍をし、実質、エリアンを高原におびき寄せることに成功したということだ。

 そんな勝ち目のない戦などしないで、兵士ともども逃げるという選択肢もあろうが、そもそも七千もの兵を食わしていけるのはマゾルドの街があるからで、そんな拠点を失った兵は略奪でもしながらでないと戦えない。エリアンも、そんな馬賊風情に身を落としてまで生き長らえることは望んでいないだろう。

 一方で、七千の兵を見捨てて、エリアン一人で逃げることもしないだろうし、何よりも指揮官を失った兵士達は暴動を起こしやすい。エリアンは、そんな無責任な奴ではない。

 結局、七千の兵とともに、戦いに身を投じるしかないのだ。

 エリアンが先頭で駈けだした。俺達の前を通り過ぎる時、エリアンは、イルダに対して右手拳で左胸を叩く仕草をした。この心臓、つまり命を、イルダすなわちアルタス帝国のために差し出すことを示したのだろう。

 エリアンの軍勢は一糸乱れぬ隊列を組んで、決戦の場に向かい去って行った。

「イルダ様、我々も参りましょう」

「そうですね」

 エリアンの軍勢が地平線に消えるまで、ずっと見つめていたイルダだったが、リゼルの言葉に力なくうなずき、名馬フェアードに子供リーシェと一緒に跨がった。

 そして、エリアンの軍勢が向かった先とは反対の方角、つまり南東の方角に向けて歩き出した。

 蹄の音がかすかに聞こえてきた。見ると、一頭の馬が俺達を目指してやって来ていた。

 一瞬、追っ手かと思ったが、遠目でも後ろにまとめた黒髪が見えたことから、俺達も速度を落として、そいつがやって来るのを待った。

「これから、どこに行くの?」

 馬上からエマが俺の顔を見ながら訊いた。

「特に決めてない。とりあえず、この街から離れる。事情は知ってるんだろ?」

「もちろん。領主様ができているだけあって、マゾルドの街じゃあ強欲な商人もほとんどいなくて、アタイも商売上がったりだったから、キリューの街にでも行こうかと思ってたら、今朝の出兵だろ。主がいなくなる伯爵家にみんなも泊まっていられなくなるだろうなって思って、追い掛けて来たのさ」

「相手は二万の軍勢だ。エリアンもそうだが、俺達だって対抗できる数じゃねえ。ここは逃げるしかないってことだ」

 エマは、馬から降りると、自分の馬の手綱を持って、俺達と並んで歩き出した。

「分かったよ。じゃあ、しばらく、アタイも一緒に行くよ。何かと人手はあった方が良いだろ?」

「ああ、助かる」

 これはマジで助かる。

 この緊急時に、リーシェのことを知っているエマは、これ以上はない助っ人だ。



 歩き始めて、そろそろ三刻になろうかという時、エリアンの軍と帝国軍との戦争がそろそろ始まる頃だと考えた俺は、休憩を申し出た。

 通常、それだけの時間で休憩をしていたから、みんな、特に不審がることなく、街道の脇に広がる林の中に少しだけ入り込んで、それぞれの場所で腰を降ろした。

「みんな、聞いてくれ!」

 イルダを始め、全員が何事かと俺に注目した。

「実は、昨日の夜に、魔法士ウィザードのリーシェと連絡がついて、戦場からエリアンを救い出すことに協力してくれることになった」

「本当ですか、アルス殿?」

「あいつもいろいろと忙しいみたいだが、今の時間帯なら対応できるみたいなんだ。もっとも、敵味方入り乱れる戦場で、果たしてエリアンを救い出すことができるのかどうかは、やってみないと分からないがな」

「しかし、エリアン殿は一人逃げ出すことを承諾しないかもしれないな」

「リゼルの言うとおりだ。しかし、逃げ道だけは提供したい」

「アルス殿、私からもお願いします! ぜひ、エリアン殿をお救いください」

「やるだけはやってみる」

 俺は、みんなを見渡した後、イルダに視線を定めた。

「イルダ、ちょっと向こうでエリアンを説得するための作戦を話し合わないか? 俺達の中で、エリアンのことを一番よく知っているのはイルダだからな」

「分かりました」

 俺は、イルダをみんなから引き離すことに成功した。俺が示した場所にイルダとともに向かう際、俺はエマの顔を見た。エマも俺の顔を見ており、阿吽の呼吸じゃないが、エマなら俺の考えていることを分かってくれたはずだ。

 そこは、二つの切り株が、ちょうど向かい合った椅子のようになっていて、俺とイルダはそこに座った。

「でも、頑固なエリアン殿をどうやって説き伏せましょう?」

「そうだな」

 俺が曖昧な返事をして考えるフリをしていると、「イルダさん、飲み物はいかがですか?」と、エマが水筒を持って、イルダに近づいて来た。

「マゾルドの街で買ったお茶を入れているんですよ。アルスもどう?」

「悪いな。いただくとしよう」

「では、私も」

「じゃあ、アルスから先に」

 水筒に細い鎖で繋がれた金属製の小さなコップに、エマがお茶を注いでくれた。

 一息に飲んだが、本当に美味い茶だった。

「イルダさんは専用のカップがあるんですよね? ダンガさんからもらってきましょうか?」

 ダンガのおっさんが背負っているトランクに、イルダが愛用している金属製のコップが入っていた。

「いえ、それでけっこうですよ」

「えっ、アルスが飲んだコップですよ?」

 イルダはそれで顔を赤くしたが、俺が飲み干したコップをそのまま受け取った。

「べ、別に、アルス殿は病気をお持ちじゃないですよね?」

「ああ、見るからに清潔だろ?」

「女たらし病とか飲んべえ病とか持ってなかったっけ?」

「そんな病気があるかよ!」

 などと、エマとボケ突っ込みをしながら、イルダにばれないように、俺は「おやすみ薬」をエマに渡した。

「とりあえず、はい! イルダさん」

 イルダが持った小さなコップにお茶を注ぐには、イルダに近寄る必要がある。そのチャンスをエマが逃すはずがない。

 イルダの視線がコップに向かっている一瞬のうちに、エマは「おやすみ薬」を素早くイルダの顔の横で揺らした。

 すぐに眠ってしまったイルダの体を、同じ切り株に座ったエマが支えるようにした。

 突然、爆発音がして、煙幕のような煙に辺りが包まれた。すぐに煙が晴れると、そこには大人リーシェがいた。

 毎度毎度、派手な登場だが、リゼルらの目の前で、子供リーシェの姿から変わる訳にいかずに、音と煙幕でカムフラージュしているのだ。

 ちなみに、大人リーシェの近くには子供リーシェがいた。今日も犬耳を綺麗に隠すことができているようだ。

「では、行くとするかの、アルス?」

 リーシェのいつものふてぶてしさが、今日は頼もしく思えた。


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