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DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第二章 金の亡者
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1

 断言しよう。

 この世で最も大切なものは、金だ。

 金がなければ何もできない。金を持ってるやつは強い。持ってない奴は弱い。負け犬と言ってもいい。

 金さえあれば、なんでもできるのだ。そう、なんでも。




「ふーん。あんた、そんなにカネモチだったんだ。まあ、死んじゃったら一緒だけど。幽霊は、お金なんて持てないからね」


 わしの話を、心底面白くなさそうな顔で聞いていた若者は、安物臭いカフェオレを飲み干した。わしは眉間にしわを寄せながら、あたりを見渡す。ファミレスなどという安っぽい場所にいること自体、不快で仕方がない。何か飲むかと若者に訊かれたが、ドリンクバーの粉っぽいコーヒーなど、まずくて飲めたものじゃない。――わしがそう言うと、


「いやいや、あんたはもう死んでるから。味とかあんまり関係ないよ。気持ちさえこもってりゃ、何でもおいしく感じるって」


 赤茶髪の青年は、茶化すようにそう言った。


 何杯目か分からないカフェオレを取りに行く若者を、遠目から眺める。不格好でぼさぼさの髪。安物の灰色のパーカー、黒のダウンジャケット、すすけたズボン。眠そうな、生気のない目。細い身体に、白い肌。動作は鈍く、目上の者に敬語を使おうともしない。

 ……『駄目な若者』の典型だ。こういうやる気のない若者が、日本を駄目にさせるのだ。まず、最近の若者には野心というか、ハングリー精神というものがない。どうせ、平凡に生きられたらそれでいいと、何もかも妥協しているのだろう。まったくもって、


「わかったわかった分かりました。あんたは、俺みたいな人間は嫌いなんだね? んじゃ、『道を開く』話もなかったってことで」

「待て! それとこれとは話が別だ!」


 いつの間にかカフェオレとともに戻ってきていた赤茶髪の若者が、にやりと笑う。……なんということだろうか。こんな若者に、わしが助けられることになろうとは。




 話は、三か月ほど前に遡る。脳梗塞で急死したわしは、いわゆる幽霊という状態になった。そして成仏のための準備を、――しなかった。

 死後一週間ほどで見え始めた白い道。その先に見える、簡素な木製の扉。そこに入れば成仏できるということは、本能的に分かっていた。しかし、だ。



「……株、ねえ」


 やはり興味のなさそうな声で、若者は言った。


「お前、株が分かるか?」

「でっかいカブを、じーさんたちが引っこ抜く話なら知ってる」

「話にならんな」

「これ、童話だけど? 立派な話として成立してるけど?」

「そういう意味じゃない。これだから若者は……」


 この馬鹿には、何を言っても無駄だな。――と思っていたら、若者は続けた。


「つまり、あんたは自分が買ってた株の動きをずーっとチェックしてたわけね。売るタイミングを見計らって。……が、その間に『道』が閉鎖されたってわけだ。なんともご立派なトレーダー精神だことで」


 この若者はどうしてこう、いちいち嫌な言い方をするのか。

 しかし今、こいつに言われた話は本当のことだ。

 わしは死んだ後もずっと、株の動きを追っていた。そうこうしている間に、視界の右半分に見えていた白い道が見えなくなったのだ。目の前にいる赤茶髪の若者いわく、『期限が切れた』らしい。

 その後、腹は減るし、成仏の仕方は分からないしで困っていたのは確かだが、


「幽霊のあんたが株を売買できるはずもないのに。馬っ鹿だねえ」


 こんな若造に頼らなければならないのが、なんとも腹立たしい。


「……お前、あの白い道をもう一度ひらけるという話は本当なんだろうな?」


 わしが問うと、若者は肩をすくめて笑った。


「俺の話を信じるも信じないも、あんた次第だよ。ただ、俺にはあんたの姿が視えてるし、声も聴こえてる。それだけは確かだね」


 確かにそうだ。幽霊になったわしの姿を視認できる人間なんぞ、そういない。そういう意味では、この若者は貴重だ。わしは若者を睨みつけながら、ソファにもたれかかった。


「とりあえず、話はあとだ。わしは腹が減っている。そうだな、……寿司が食いたい」

「一皿百円の、回ってるやつでいいなら」

「論外だな。わしが金を出してやるから、上等な寿司屋に――」

「あんた、金持ってんの?」


 ……そうだった。幽霊になった今は、持っていない。


「くそ、後で息子達に支払わせる。それなら文句ないだろう」

ファミレスここの飯代くらいなら、俺でも払えるのに」

「こんな安っぽい店の飯なんぞ食えるか!」

「――……須藤さんだっけか。あんた、死んでからずーっと、空腹の状態が続いてるんだろ? それ、なんでか分かる?」


 若者は頬杖をつきながら、ストローに口をつける。わしはその様子にイライラしながらも、答えた。


「何も食ってないからだろう」

「んー。半分正解だね。死後、空腹感に耐えきれなくて万引きしたことは?」

「……ある。万引きというか、わしの家にあった食べ物だが。だが、食べても腹は満たされなかった」

「――だろうね」


 ぼさぼさの髪を掻きながら、若者は笑った。……こいつは、何が言いたいのだろう。

 若者は残っていたカフェオレを飲み干すと、コースターの上にグラスを置いた。


「須藤大介さん。俺には、あんたの『道』を開く力がある。ただし俺は、タダ働きが嫌いでね」

「――つまり、金が必要だと?」

「そういうこと。さっすが、物分かりがいいね」

「いくらだ」


 わしが訊くと、若者は「そうだなあ」と言いながら人差し指を立て、笑った。



「あんた、金持ちみたいだし。――通行料は、一千万だね」




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