7
「最期に、息子に何か言うことはあるかい?」
白い道を呆然と見ていた私に、青年が語りかける。青年の横にいる息子には、私の姿も道も、視えていないらしい。青年の視線の先を、――つまりは私の方を、焦点の合っていない目でじっと見つめていた。
「――ごめ、……いえ」
私は苦笑し、俯いた。
「ありがとう、と」
私の言葉を聞いて、青年もまた苦笑した。
「あんたらしいね」
「――あなたにも」
「は?」
「……ありがとうございました」
首をかしげる彼に、私は頭を下げた。精一杯の感謝の気持ちを込めて。――声は、みっともないくらいに震えてしまったけれど。
「俺は、これが仕事ですから?」
青年は笑う。
「ボランティアでやってるわけじゃないし。あんたの通行料は、二十万と三百六十円だよ。ぜったいに回収するから覚悟しろよ、こーすけさん」
彼の言葉を聞いて、私も吹きだす。
「あなたも、素直じゃないのね」
「さあ? どうかな」
「――そうだ。あなたの名前は?」
私の質問に、彼は一瞬だけ顔を歪めた。そして、
「……さあね」
少しだけ悲しそうな顔で、呟いた。
「あんたの息子は、大丈夫だ。あとは、あんた次第だよ」
扉をあけるか、あけないか。
扉の前で、軽く深呼吸をする。
振り返ってみれば、そこはもう真っ白で、私が入ってきたはずの穴も塞がっていた。
「二十万と、三百六十円。……無駄にしないから」
私は誰もいない真っ白な空間で、同じ言葉をもう一度呟く。
私の姿も見えていないくせに、泣きだしそうだった康介に。
そして、赤茶髪の青年に。
「――ありがとう」
私は一人で微笑むと、くすんだ銀色のドアノブレバーに手を伸ばした。