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――閉ざされた、私の道を。成仏するための道を、
「ひ、開けるんですか!?」
「まあね」
赤茶髪の青年はソファーにもたれかかり、腕を組んだ。
「霊能力者ってのは、確かにいるのさ。ただしその大半は、視る、あるいは聴くことしかできない。いわゆる霊感のある人間ってやつね。この『霊感野郎』は結構いるんだけどさ。……一度閉ざされた道を再度開き、成仏に誘うことのできる霊能力者は、俺を含めてもほんの一握りしかいないよ。あんたは運がいい。いや、運が悪い」
どっちなのかと訊く前に、彼が口を開いた。
「残念ながら俺は他の霊能力者とは違って、寛大な心を持ち合わせてないんでね。――タダ働きは嫌いなんだよ」
「それじゃ……」
「通行料が必要ってこと」
親指と人差し指で円を作る、……つまりは『金』を表すジェスチャーをしながら、彼は笑った。それは明らかに、意地汚い(と言ったら彼に失礼だが)営業スマイルだった。
「……あの、その通行料ってどれくらい……」
「お。あんた、成仏する気あんの」
「…………」
正直、心が揺らいでいた。息子のことは確かに心配だが、誰にも気づいてもらえない日々は孤独で、寂しかったから。
頭を抱える私を見て、彼は鼻で笑った。
「いいこと教えてやる。あんた、このままだと悪霊になるよ」
「なっ……!」
聞き捨てならない言葉に、私はむっとする。その途端、カフェオレの入っていたグラスがピシッと音を立てた。
「えっ……」
「――既に、チカラが付き始めてるみたいだね。自覚がないだけで」
ひびの入ったグラスを見ながら、彼は面倒くさそうに頭を掻いた。私は戦慄する。この前まで、こんな力、なかったのに。
グラスと私を交互に見比べていた彼が、不意に笑う。
「ほとんどの人間に視てもらえない、聴いてもらえない。――自分の存在を、認めてもらえない。そんな孤独の中で、人間の精神がいつまでも正常でいられると思うか?」
「…………」
「あんたの未来は単純明快。寂しさのあまり、息子に取り憑く悪霊になる。以上」
同情もへったくれもない声でそう言うと、彼は顔を歪めて笑った。
「言っとくけど俺は、悪霊になったあんたの面倒を見る気はないよ。そんな義理もないし?」
ひびの入ったグラスを手に取り、彼は立ち上がる。そして、私の方を振り向いた。
「忠告はした。……俺の話を信じるも信じないも、あんた次第だよ」
ドリンクバーから帰ってきた彼の手には、やはりというか、カフェオレの入ったグラスが握られていた。私はそれを見ながら、決意を固めようとする。
「……成仏するためには、どうすればいいんですか」
私の言葉を聞いた青年は、嬉しそうに笑った。
「俺に通行料を払う。再び開いた道に入る。あんたがやるべきことは、そんだけ」
「その通行料っていうのは……」
「二十万と、三百六十円」
その三百六十円という端数は、どこから出てきたのだろうか。いや、その前に
「無理です私、お金持ってないし……」
そう、幽霊になった私は、財布どころか一円たりとも持っていなかった。それは彼だって知っているはずなのに。と思ったら、
「息子に払わせれば?」
これだ。闇金融並みの言葉に、私は愕然とした。悪質な詐欺師だとも思ったが、私の姿が見えている以上、彼は本物だ。――ちょっとがめついだけで。
いや。もしもこれで、彼が道を開くこともできないようなただの『霊感野郎』だった場合、完全な詐欺だが。
私は両手と首を、同時にぶんぶんと振った。
「だから、無理ですよ。息子は働いてないし……」
「働かせればいいだろ」
あっさりと、彼。
「いやでもそんな、あの子はまだ子供だし……」
「お子さん、いくつ?」
「二十四ですけど、まだまだ子供っぽいですし……。無理やり働かせなくても、これからやる気を出して、いつかきっと――」
「あんた、生前もそうだったんだろ。馬鹿だね」
うんざりしたような顔で、彼は呟く。
「まだ子供。これから。今はまだ。いつか。――んなこと言ってたら、そりゃー息子だって働きたくないでござる。親の脛かじって生き続ける方が、遥かに楽だからな」
彼はテーブルの端に置かれていた、丸まった伝票用紙を手に取ると立ち上がった。座ったままの私を、見下ろす形で言い放つ。
「まずは、息子に会わせろ。話はそれからだ。働かせるかどうかも、――あんたを成仏させるかどうかも、な」