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DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第一章 心配する者
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4

 ――閉ざされた、私の道を。成仏するための道を、


「ひ、開けるんですか!?」

「まあね」


 赤茶髪の青年はソファーにもたれかかり、腕を組んだ。


「霊能力者ってのは、確かにいるのさ。ただしその大半は、視る、あるいは聴くことしかできない。いわゆる霊感のある人間ってやつね。この『霊感野郎』は結構いるんだけどさ。……一度閉ざされた道を再度開き、成仏にいざなうことのできる霊能力者は、俺を含めてもほんの一握りしかいないよ。あんたは運がいい。いや、運が悪い」


 どっちなのかと訊く前に、彼が口を開いた。


「残念ながら俺は他の霊能力者とは違って、寛大な心を持ち合わせてないんでね。――タダ働きは嫌いなんだよ」

「それじゃ……」

「通行料が必要ってこと」


 親指と人差し指で円を作る、……つまりは『金』を表すジェスチャーをしながら、彼は笑った。それは明らかに、意地汚い(と言ったら彼に失礼だが)営業スマイルだった。


「……あの、その通行料ってどれくらい……」

「お。あんた、成仏する気あんの」

「…………」


 正直、心が揺らいでいた。息子のことは確かに心配だが、誰にも気づいてもらえない日々は孤独で、寂しかったから。

 頭を抱える私を見て、彼は鼻で笑った。


「いいこと教えてやる。あんた、このままだと悪霊になるよ」

「なっ……!」


 聞き捨てならない言葉に、私はむっとする。その途端、カフェオレの入っていたグラスがピシッと音を立てた。


「えっ……」

「――既に、チカラが付き始めてるみたいだね。自覚がないだけで」


 ひびの入ったグラスを見ながら、彼は面倒くさそうに頭を掻いた。私は戦慄する。この前まで、こんな力、なかったのに。

 グラスと私を交互に見比べていた彼が、不意に笑う。


「ほとんどの人間に視てもらえない、聴いてもらえない。――自分の存在を、認めてもらえない。そんな孤独の中で、人間の精神がいつまでも正常でいられると思うか?」

「…………」

「あんたの未来は単純明快。寂しさのあまり、息子に取り憑く悪霊になる。以上」


 同情もへったくれもない声でそう言うと、彼は顔を歪めて笑った。


「言っとくけど俺は、悪霊になったあんたの面倒を見る気はないよ。そんな義理もないし?」


 ひびの入ったグラスを手に取り、彼は立ち上がる。そして、私の方を振り向いた。


「忠告はした。……俺の話を信じるも信じないも、あんた次第だよ」




 ドリンクバーから帰ってきた彼の手には、やはりというか、カフェオレの入ったグラスが握られていた。私はそれを見ながら、決意を固めようとする。


「……成仏するためには、どうすればいいんですか」


 私の言葉を聞いた青年は、嬉しそうに笑った。


「俺に通行料を払う。再び開いた道に入る。あんたがやるべきことは、そんだけ」

「その通行料っていうのは……」


「二十万と、三百六十円」


 その三百六十円という端数は、どこから出てきたのだろうか。いや、その前に


「無理です私、お金持ってないし……」


 そう、幽霊になった私は、財布どころか一円たりとも持っていなかった。それは彼だって知っているはずなのに。と思ったら、


「息子に払わせれば?」


 これだ。闇金融並みの言葉に、私は愕然とした。悪質な詐欺師だとも思ったが、私の姿が見えている以上、彼は本物だ。――ちょっとがめついだけで。

 いや。もしもこれで、彼が道を開くこともできないようなただの『霊感野郎』だった場合、完全な詐欺だが。

 私は両手と首を、同時にぶんぶんと振った。


「だから、無理ですよ。息子は働いてないし……」

「働かせればいいだろ」


 あっさりと、彼。


「いやでもそんな、あの子はまだ子供だし……」

「お子さん、いくつ?」

「二十四ですけど、まだまだ子供っぽいですし……。無理やり働かせなくても、これからやる気を出して、いつかきっと――」

「あんた、生前もそうだったんだろ。馬鹿だね」


 うんざりしたような顔で、彼は呟く。


「まだ子供。これから。今はまだ。いつか。――んなこと言ってたら、そりゃー息子だって働きたくないでござる。親のすねかじって生き続ける方が、遥かに楽だからな」


 彼はテーブルの端に置かれていた、丸まった伝票用紙を手に取ると立ち上がった。座ったままの私を、見下ろす形で言い放つ。



「まずは、息子に会わせろ。話はそれからだ。働かせるかどうかも、――あんたを成仏させるかどうかも、な」




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