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DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第一章 心配する者
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3

 死因が過労死だということは、自分自身でも分かっていた。結婚して間もなく旦那に先立たれた私は、一人で息子を育てることに必死になっていた。――そう、一人で。

 頼れる親戚なんて、いなかったから。



「そーやって手塩にかけた一人息子が、働きたくないでござる君になるなんてねえ」


 目の前にいる赤茶髪の青年は、他人事のように笑うと、レモンティーに口をつけた。いや実際、彼にとっては他人事なのだけれど。


「あんたの息子が、ニートになった原因は?」

「……私のようにあくせく働くのは馬鹿らしい、と」

「あっははは!! こりゃ傑作だね。息子のために死ぬまで働いたってのに、そんな風になりたくないとまで言われちゃうなんてさ」


 彼は心底面白そうに、文字通り腹を抱えて笑った。私は笑えない。声をあげて笑う彼を、ウェイトレスや他の客が不気味そうな顔で見ていることに、彼は気付いていないのだろうか。


「んで? 死んで幽霊になったあんたは、ニートの息子が心配だったわけ?」

「だって、あの子には親戚も父親もいないんですよ……!」

「へえ。それで?」

「…………」


 私の沈黙の内容を察した彼は、頬杖とため息を同時につく。


「その息子のことを見守ってる間に、『道』が閉まっちゃったってわけだ」




 道の先に扉が見えるようになってから約二十日間。道に入るかどうか、私は散々迷った。入れば、死んだ旦那に会えるかもしれない。けれど、会える確証はない。一度でも一歩でも道に入ってしまうと、もう二度と現世ここには戻ってこれないかもしれない。――扉に入れば、地獄に落ちるかもしれない。あるいは、消滅するかも……。

 分からないのだ。行ってみないことには。

 けれど安易に道に入って、そのまま後戻りできなかったら?



 私は、こたつに潜り込んでうたた寝している息子の顔を覗き込んだ。

 この子は、どうやって生きていくつもりなんだろう。今はまだ、私のわずかな貯金があるからいいけれど、それがなくなったら? どうやって食べていくつもりなのだろうか。

 息子に向かって必死に話しかけてみるものの、返答はない。恐らく、私の声は聴こえていないのだろう。

 見守りたい、と思った。出来るなら、最期まで。――そう、この子が死ぬまで。


 そんなことを考えていたら、ある日突然、真っ白な道は見えなくなった。

 そして、成仏する方法が分からなくなってしまった。



「期限切れってやつだよ」


 私の話を無言で聞いていた青年は、肩をすくめた。


「さっきも言ったけど、死後五十日ほどで、その道は閉鎖されるんだ。そうなると、たちまち成仏できなる。なにせ、成仏するための道がふさがれちゃってるんだからね。そして永遠に、この世をさまよい続けることになるのさ」

「そんな、でも……!」

「あんたもしかして、息子が死んだら一緒に成仏しようだなんて馬鹿なこと考えてた?」


 私は目を見開く。彼はやれやれと言った様子で、首を振った。


「あのねえ。成仏するための道ってのは、『おひとりさま専用』なんだよ。あんたの息子が死んだら通る道と、あんたに見えてた道は、全くの別もん。先に死んだ人間があの世から迎えに来てくれるとか、そんなもんもない。成仏するための道は、一人で歩くしかないんだよ。……道が閉鎖されるまでに、ね」


 突き放すような彼の口調に、私は言い淀む。彼は何度目かは分からないため息をつくと、立ち上がった。


「なんか飲む?」

「いえ……」

「あっそ」


 それだけ言うと、彼はさっさとドリンクバーへと向かった。取り残された私は、窓の外を見る。花壇に植えられている色とりどりの花を見ながら、道の先、――扉の先のことを考えた。


「――花が好きなわけ?」


 先ほどと同じカフェオレを注いで帰ってきた彼は、私の視線の先を見ながら、言った。


「ええ、まあ……」


 私は苦笑し、彼へと視線を戻した。


「あなたは、色んなことをよくご存じですね」

「まあね」

「――あの扉の先がどうなっているのかも、ご存じなんですか?」


 途端に、彼の目が険しくなった。幽霊の私にも、場の空気が張り詰めたのが分かる。かと思えば、たちまち弛緩した。空気も、彼の目も。


「――……お花畑かもね」


 ストローでカフェオレをかき混ぜながら、彼は笑う。


「三途の川かもしれない。針の山かも。あるいは雲の上か」

「あの……?」

「教えられない」


 ぴたりと止まる、彼の手。


「扉の先を知る者は、ほとんどいない。教えちゃいけないことになってるからね。だから、の先を知らない奴らが、勝手に妄想しては吹聴する。その結果、お花畑だの三途の川だのまばゆい光に包まれるだの、定着しているようでしていない話が広まってんだよ」


 そこまで言うと、彼はストローに口をつけた。私はすがるような思いで、彼に尋ねる。


「……あなたは、扉の先を知ってるんですか」

「さあ?」


 彼はカフェオレを一気飲みすると、くつくつと笑った。


「扉の先に、いきたい?」

「え……」

「成仏したいのかって、訊いてんだよ」


 質問の意図を理解できない私に、彼は冷たく微笑む。


「――開いてやろうか」

「なに、を……」

「もちろん、その『白い道』だよ」


 彼は親指で自分の顔を指差し、はっきりと言った。



「閉ざされたあんたの『道』、俺が開いてやろうか」




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