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DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第六章 道を開く者
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 まさと君と出会ってから三日後。私は再び、お婆さんの家を訪れていた。


 まさと君はあのあと、お婆さんの言うことを聞き入れ、その結果家族は成仏することを選んだ。私は泣きじゃくるまさと君を家に送り届けて、それから道尾の事を考えた。


『自分の昔話でも思い出したか』


 あれ以降、道尾の顔は見ていない。連絡も取っていない。



 お婆さんの家のインターホンを鳴らす。いや、鳴らそうとして、それが故障していることに気付いた。なるほど、道尾が使わなかったのは無礼なだけじゃなくてそういう理由もあったのか。仕方なく、玄関をそっと開けた。


「あのう。お婆さん、いますか?」


 奥からひょこりと顔を出したお婆さんは、私を見るなり破顔した。


「さくらちゃんやないか。どうかしたか?」

「……聞きたいことがあるんです。道尾について」


 それは単なる詮索でしかない事を、私は知っていた。けれど、聞かずにはいれなかった。

 お婆さんはふむ、と答え、割烹着を脱いだ。何か料理をしていたらしい。言われてみれば、味噌汁のようなにおいが家に充満している。


「まあ、あがりなさいな。こおひい牛乳もある。……いや、さくらちゃんは『みるくちー』の方が好きか」


 本当に、なんでも視えているらしい。私は苦笑して、それから靴を脱いだ。



 お婆さんに出してもらったミルクティーに口をつけながら、私はいつ、それを聞こうかと考えていた。けれどそんなのも、お婆さんからすればお見通しだ。


「ガキの、昔話か」


 私は頷いた。きっとお婆さんは何か知っているのだ。でなければ、あんな事言わない。

 お婆さんは梅昆布茶らしきものをすすり、溜息をついた。


「単なる興味本位でもあるし、そうでもないらしいな。さくらちゃんは、あのガキとはそれなりに何回かやりとりした仲か。珍しい」

「珍しい、ですか」

「珍しいよ。あのガキは、生者とはあまり関わらんようにしとるからね」


 お婆さんは湯呑を置いて、ふうっと息を吐いた。私もミルクティーの入ったカップを机に置く。


「道尾はどうして、生きてる人間と関わろうとしないんですか?」

「慣れようとしているからや」


 お婆さんは断言した。私は、訳が分からない。「ガキのことを教えるには、やっぱり昔話をする必要があるんやろうねえ」とお婆さんは言った。その目はどこか遠くを見ていた。


「もう十年以上前か。あのガキが、ここに来たのは。あのガキの用件も、昨日のまさと君とまったく同じやった。家族が成仏できなくてな。そんな家族の姿が、ガキには視えてしまっていた。……いや、ちゃうな。あのガキとまさと君には、決定的な違いがあった」

「それって?」

「ガキの家族は、既に道が閉ざされとった。更に、悪霊になりかけとったんや」


 私は絶句した。お婆さんは溜息をつく。


「なんでも、家族全員で交通事故に巻き込まれたらしくてな。あのガキだけが生き残った。ガキはガキの頃から霊感が強くて、家族の幽霊が視えとったんや。それで、家族の幽霊に言ってしもた」


 ――ぼくを置いていかないで。天国に行かないで。ずっとここにいて。


「家族の幽霊は、そんなガキを置いて成仏するわけにもいかんと思ったらしい。結果、道が閉じた。しかししばらくするとな、幽霊もだんだんとチカラがつき始めるんや。いつまでも無害な浮幽霊でいるやつの方が珍しい。案の定ガキの家族も、悪霊になり始めた。それで困り果てたガキが、わしのとこに来たんや」

「でも」


 私は少し考えて、言った。


「あいつには、道を開く力があるじゃないですか。それで自分の家族の幽霊も」

「当時はなかった」


 お婆さんは、私の発言をさえぎった。


「あのガキは、さくらちゃんとおんなじで、『強い霊感しか』なかったんや。道を開く力を持つ人間いうんは、ほんの一握りしかおらん。あのガキは、その一握りに入っとらんかった。……わしもな」

「え?」


 私がお婆さんを見ると、お婆さんもまた、私の方を見た。細い目で、けれど確実に、私を力強く見ていた。


「わしは万事屋やと言うたが、道を開く力だけは持っとらんかった。わしにあるのは、人間のオーラを視ることで名前やらなんやらを知る力と、幽霊と交渉する力、それから――『他人の霊能力を上げる力』や」

「霊能力を上げる……?」

「幽霊が視えない人間に、『視る』力を。声が聞こえん人間には、『聞こえる』力を。……そして、道を開く力がない人間には、『道を開く』力を与えることができる。わし自身は道を開く力を持ってないが、他人にその力を与えることはできるんや」


 子供の道尾はそれを聞いて、答えた。

 ――ぼくに、「みちをひらくちから」をください。


「……せやけどな。道を開く力を得るには、対価がいる」

「対価?」


 お婆さんはまた、遠くを見た。それはどこか、その日の事を後悔しているようにも見えた。


「――わしはガキを止めた。でもガキは聞き入れんかった。自分が「置いていかないで」とワガママを言ったばっかりに家族がこんなことになったから、ぼくが責任をもって成仏させるのだ、と言って譲らん。だからわしは、ガキに力を与えた。結果、ガキは――失った」

「何を、ですか」


 お婆さんは寂しく笑った。そして、口を開いた。




 久しぶりにかけた電話は、なかなか繋がらなかった。私は辛抱強く待った。二十回でも三十回でもコールしてやるつもりだったし、留守番電話サービスがパンクするくらいにメッセージを吹き込むつもりでもあった。

 三十回目か四十回目かのコールか分からないけれど、とにかく道尾は電話に出た。ものすごくしぶしぶ、みたいな声だった。


「……お前が関わってる幽霊って本当に変なのばっかりだから嫌なんだよ。今度は何だ? ちゃんと金持ってる奴じゃないと、お断りだからな」


 その声を聴きながら、私はお婆さんとの会話を思い出す。



『道を開く力を得た結果、ガキは失った』

『何を、ですか』

『……自分の道や。道を開く力を得るための代償は、自分自身の道。それも「閉ざされる」んやない、「消滅」してまうんや。そしてその道は、二度と手に入らへん』

『じゃあ……』

『――あのガキは、死んでも成仏できへん。死んだら、幽霊になって永遠にこの世をさまよい続けることになる。自分の道が、ないからな』



「――……おい、馬鹿女。なんで無言なんだよ。イタズラだったら切るぞ」


 鬱陶しそうな道尾の声がして、それでも私は声を出せない。



『それからというもの、あのガキは生者との関わりをなるべく断つようになった』

『何故ですか』

『慣れようとしてるんやろ。死後、誰にも認識されずにさまよい続けることに。誰とも繋がらない世界に。――会話もできない、遊ぶこともできない、他者との関わりを持てない。そういうのに慣れておいて、死後、自分が悪霊になるのを防ごうとしてる。幽霊が悪霊になる一番の原因は、【孤独感】やからな』



 そして、あいつは生きている間、道を開き続ける。それが自分にできる唯一のことだと思っているから。

 一人でさまよい続けることがどれだけ辛いか、既に知ってしまっているから。


「――……もしも」


 ようやく振り絞った声は、掠れてしまった。道尾に聞こえただろうか。構わず、私は続ける。いつか、私のことを庇ってくれた彼の右腕を思い出しながら。あの傷はきっと、永遠に消えないだろう。


「もしもあんたが、私よりも先に死んだら。そしたら」


 私もいつか死んでしまうけれど、それまでの間、ずっと。


「――……カフェオレくらい、供えてあげるから」


 道尾は無言だった。電話を切られてしまうかもしれない、と頭の隅で思う。けれど彼は、確かに返事をした。


「……そりゃどうも」


 その声もまた掠れていて、けれどきちんと私の耳に届いた。

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