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DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第六章 道を開く者
31/35

1

 私は呆然と、その男の子の姿を見ていた。

 男の子はわんわん泣いていて、交番からやってきたらしい若手の警察官が「ぼくーどうしたのかなー、おうちに帰れないのかなー」と猫なで声を出している。それに触発されたのか何なのか、男の子の泣き声は一層ひどくなった。小学二年生くらいだろうか。悲鳴に近い声をあげて、大泣きしている。


「ひとりだと不安だよなー。でも大丈夫だぞー、お兄さんがいるからなー」


 そんな励ましをしている警察官に、私は内心で突っ込む。



 その子の周り、人がいっぱいいます。



 ――家族、だろうか。恐らく、お母さんとお父さんと、あとはきょうだいらしき子供が二人。その四人が、男の子を囲んでいる。しかし、警察官には視えていないらしい。先ほどから「ぼうや、ひとりでどうしたんだい」を繰り返している。

 すなわち、男の子の周りにいるのは幽霊。どう考えても幽霊。

 一方、男の子には幽霊が見えているらしい。お母さん(らしき人)を指さしながら「お母さんが」と言ってみたり、子供を指さして「あきひこが」と言ってみたり、かと思えば「どうすればいいのか分からない」と叫び、泣きじゃくる。


 ……これは、警察官がどうにかできる問題ではないだろう。


 見かねた私は、男の子に近づいた。男の子と警察官が、同時にこちらを向く。


「まさと君?」


 家族の幽霊が先ほどから「まさとまさと」と言っているので、まさと君だと見当をつけて話しかける。男の子は首を縦に振った。オッケー、幽霊はこの子のことをちゃんと知っている。最低でも、(幽霊に道を訊けば)家に帰すことはできそうだ。私は警察官の方を向いた。


「すみません、うちの近所の子なんです。私が責任もって連れて帰りますので」


 まったくのでまかせだった。実際、この子と会ったことはない。私はこの近所に住んですらいない。けれど警察官は納得したのか忙しいのか、それじゃあと私に男の子を任せてどこかへ行ってしまった。いいのか、こんないきなり現れた女に子供をほいほいと任せて。



「……まさと君だよね。幽霊が視えてるの?」


 公園のベンチに腰掛けて、まさと君に訊ねる。まさと君は私があげたジュースをちびちびと飲みながら、頷いた。


「みんな、ぼくのかぞくなの。おねえちゃんにも、みえる?」

「うん」


 私とまさと君。二人が腰掛けているベンチの周りを、まさと君一家が取り囲んでいるのが見えている。落ち着かない。非常に、落ち着かない。


「まさと君は、どうしてさっき泣いてたの?」


 私が訊くと、まさと君はまた泣き出してしまった。けれど、泣きながらも話を続ける。


「ゆうれい、おそらに行かなきゃいけないんだって。ぼくのかぞく、みんな『かじ』で死んじゃったの。だからおそらに行かなきゃいけない。でも、ぼくはそばにいてほしいの」

「……そうだったんだ」

「おねえちゃん、……なまえは?」

「さくら」

「さくらおねえちゃんも、ゆうれいはおそらに行ったほうがいいと思う?」


 ――残酷な話だとは思った。成仏したら、この子には二度と幽霊は、家族は、見えなくなる。けれど、


「……お空に行ったほうがいいと思う」


 成仏できなかった幽霊はやがて悪霊になる。それを知っているからこそ、そう言うしかなかった。

 まさと君は「やっぱり」と泣きながら、けれども私に訊いてきた。


「ぼくのかぞく、どうやったらお空に行ける?」

「えっ……」


 私は悩んだ。あの、超がめつく超いやしく超性格の悪い男を、紹介してもいいものか。けれど私はあの男以外、『本物の霊能力者』を知らなかった。


「そうだね。お姉さんのお友達に、…………」


 あいつと私は友達なのだろうか。いや、今そこはいい。


「お友達に、幽霊についてよく知ってる人がいるんだ。ちょっと待ってね」


 私は財布から一枚の名刺を取り出し、赤茶髪の男――道尾開人(仮名)に電話をした。

 十回はコールした気がする。そうしてようやく出た声は、明らかに寝起きだった。こいつ、今何時だと思ってるんだ。もう、昼の二時過ぎなのに。


「……だから、ちょっと困ってる子がいて。幽霊のことで。うん……、うわの駅の東口をおりて、まっすぐ進んだところにある公園にいるから。できれば今から来てくれない? 無理? そこをなんとか。だってあんた、これが仕事でしょ? ……うん、はい、はーい」


 私が電話を切ると、男の子は不安そうな顔でこちらを見た。


「さくらおねえちゃんのおともだち、なんて?」

「二十分くらいで来てくれるって。ちょっとここで待ってようか。……寒いね、たいやき食べない?」


 私は公園の隅に停まっていた移動販売車のところへ行き、たい焼きを買うことにした。あんこ、チョコ、カスタード、……ブルーハワイ。え、ブルーハワイ?


「ぼく、ぶるーはわい」


 まさと君がなんでもない口調でそう言って、私はぎょっとした。思わず店員のおじさんに確認する。


「あのー、これってかき氷ではなく?」

「あはは、こんな寒い季節に外でかき氷は販売しないよ。たい焼きだよ、たい焼き」


 え、なんだ、たい焼きのブルーハワイって。

 私も気になって、ブルーハワイをふたつ買うことにする。私たちが注文してから焼き始めたので、それなりに時間がかかった。その間にブルーハワイたい焼きについておじさんにあれこれ聞いてみたけれど、最近出した商品だから売れ筋とも言えないし、売れてないとも言えないなどと妙な反応をされてしまった。

 ベンチへ戻り、包み紙をそっと開く。


 なんだか妙な色の――青と茶色を混ぜたような、というか混ぜた色の何かがそこにはあった。何かがと言うか、たい焼きが。なんというかこう、スライムを商品にしてしまったような。何と言えばいいのだろうか。これは……。

 私は無言でまさと君に一尾渡して、自分もそれを頬張った。


 人工的な何かの味がした。何かの味だ。……なんの味だろう、これ。


「――……なんだその、変な色のたい焼き」


 呆れたような男の声に、私は顔をあげる。

 そこには、たい焼きの袋を抱えた道尾の姿があった。

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