表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第一章 心配する者
3/35

2

「ドリンクバー二つ」


 青年の注文に、ウェイトレスは目を丸くした。――……当たり前だ。彼女からすれば、この席には彼一人しか座っていない。なのに注文は、


「ドリンクバー二つ」


 当たり前だと言わんばかりの顔で、彼は同じ注文をもう一度繰り返した。ウェイトレスは、引きつった笑みと困惑した表情を同時に浮かべる。


「あの、お客様。ドリンクバーお一つで、何杯でもお飲みいただけますが……」

「いいから、二つって言ってんだよ。二つ、注文できないの? できないのなら、他の店に行くけど」

「――……かしこまりました。ドリンクバーお二つですね」


 ウェイトレスは彼にドリンクバーの説明をすると、首を傾げたまま厨房の方へと向かった。


「――あの。注文しておいてもらってなんですけど、私は飲めませんよ……」


 私は、ウェイトレスの背中に向かって「愛想が悪い」と文句を言っている彼に、小声で話しかける。彼は(人のことを言えないような)愛想の悪い顔を、正面に座っている私に向けた。



 幽霊になってから、食べたり飲んだりすることができなくなった。何故かはわからない。けれどそう、例えばコンビニに行って、おにぎりを頂戴ちょうだいすることはできる。……私はお金を持ってないし、店員に私の姿は見えていないので、無銭飲食というか万引きみたいな形になるんだけど。


 だけどその(盗んだ)おにぎりを食べても、味はしないし、満腹感もない。食べても食べても、残るのは空腹感だけ。死んでから、その状態がずっと続いていた。そしてそれが、当たり前なんだと思い込んでいた。


「あんた、何飲みたい?」


 彼は無愛想な表情のまま、私に問いかけた。私は首を傾げる。その様子を見た彼は、わざとらしくため息をついた。


「だーかーらー。好きな飲み物は何かって、訊いてんだよ」

「あ……。えっと、レモンティー」

「ホット?」

「はあ……。あ、いや、はい」


 私の答えを聞いた彼は、何も言わずに立ち上がると、ドリンクバーへと向かった。持って帰ってきたのはレモンティーと、アイスカフェオレ。彼はレモンティーを私の前に置くと、自分の席にどかっと座りこんだ。湯気の立つレモンティーを見て、彼はうっすらと笑みを浮かべる。


「ま、それでも喰えよ」

「え?」

「好きだったんだろ? レモンティー」

「あの。だから私は……」


 飲めない。そう言おうとした直後、私の胃の中に、確かに『それ』が入ってきた。一瞬で私の中に入りこんできた『それ』によって、空腹感が一気に満たされる。


「え……?」


 呆然とする私を見ながら、彼はアイスカフェオレに口をつける。ストローをくわえたまま、彼はもごもごした口調で言った。


「ちゃんと喰ったね? んじゃ、実体のこりは俺が貰うから」


 彼はそう言うと、注いできた時と全く同じ状態で残っているレモンティーを、私から取り上げた。


「あの、これ、どういう……」

幽霊あんたは、『実体』ではなく『気持ち』を喰うんだよ」


 彼はカフェオレを飲みながら、にやりと笑った。


「幽霊ってのは、痛みもなければ疲労感もない。なのに、空腹感だけは残るんだ。――よくいう『供え物』は、その空腹感を取り除くためにある。ただし幽霊は、普通に食べたり飲んだりすることができない。……幽霊はね、供えてくれた人の『気持ち』を喰うのさ。今、あんたは俺の『気持ち』を喰らった。だから、満腹になった」


 私は、彼の前にあるレモンティーを見つめた。一口分も減っていないそれを彼もまた見下ろし、笑った。


「幽霊は『供えた者の気持ちしか』喰わない。だから、供え物そのものは残る。……それだけだよ」


 彼はそう言いながらレモンティーにスティックシュガーを一本入れると、口をつけた。そして、「うえっ」と言いながら舌を出した。……どうも、口に合わなかったらしい。

 彼はソーサーにカップを戻すと、スティックシュガーを更にもう一本追加して、頬杖をついた。


「よく、死んだ人間が好きだったものを供えたりするだろ。あれも、その実物を食ってるんじゃなくて、『この人は生前これが好きだったよなあ、だからこれを供えてあげよう』と想ってくれている人の『気持ち』を喰らってるんだ。だから、自分のことを考えて供えてくれたものほど美味く感じるし、空腹感も満たされる。逆に言うと、余りものを適当に供えられても、腹は満たされない。気持ちがこもってない供え物なんて、ゼロカロリーのゼリーと一緒だからね。――自分への供え物じゃない物も、一緒。『気持ち』がなけりゃ、意味がない」


 ――……そういえば。


 そういえばあの子は、私が死んでから、何か供えてくれたのだろうか。



「……さて」


 彼は頬杖をついたまま、アイスカフェオレを飲み干した。


「ここからが本題だね。さっきも言ったけど、あんたには白い道が見えてたはずだ。その道の先に、扉が見えただろ。――白い道は死後一週間ほどで見え始め、その先にある扉が見えるようになるまでは、約一か月ほどかかる。そこから約二十日間は、『悩みの時間』として設けられている最期の時だ。大体の幽霊がその間に踏ん切りをつけて、白い道に、……その先にある扉に飛び込み、成仏する」


 なのにあんたは、と言いながら、彼は私を指差した。


「その道に入らなかった。……その理由は、なに?」


 彼の指から目を逸らすように、私は俯く。やっとのことで口にした言葉それは、


「――息子が、心配で」


 自分の存在と同じくらいに、今にも消え入りそうな声だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ