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DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第四章 夢を持つ者
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2

「へー。あんた、ボーカルやってたんだ」


 青年は感心したようにそう言った。僕は先ほどから青年青年と思っているけれど、もしかしたら同い年くらいかもしれない。少なくとも、レンタルショップでのれんをくぐれる年齢であることは確かだ。


「インディーズなんですけどね……」

「ふーん。ちなみにバンド名は?」

「ミディアムクラッカー」

「え、まじで!?」

「え、ご存知なんですか!?」

「いや、聞いたこともない」


 ――え、まじで!? の意味はなんだったのだろうか。

 青年が話の続きを促したので、僕はぽつりぽつりと話始めた。


「あの、最初は……笑わないでくださいね」

「なんだ?」

「最初は、武道館でワンマンライブをするのが夢だったんです」

「いい夢じゃん。それを笑う奴の方が恥ずかしいから、放っておけばいいんだよ」


 青年は僕の事を笑わず、馬鹿にせず、憐れむような目も見せず、真剣な顔でそう言った。僕はそれが何だかうれしくて、少しだけ弾んだ声を出した。


「でも大人になるにつれて、やっぱり武道館なんて夢のまた夢だなあと思ってたんです。だから、メジャーになって一枚でもCDを出すのが夢なんだって周りには話してたんですけど」

「ふむ」

「そしたらね。僕たち、本当にメジャーデビューが決まったんです!」

「すげーじゃん。おめでとう」

「でも……」


 あー、と青年が察したような声を出した。


「CD発売の前に、あんた死んじゃったんだ」


 アタリだ。僕は沈黙した。

 その日、レコーディングも無事に終わり、僕たちは浴びるように酒を飲んだ。いつか武道館に行こうな! なんてことを言いながら。そう、あの日の僕は、人生で一番幸せだった。

 そんな日に死ねたのだから、ある意味ラッキーかもしれない。けれど僕は気になったのだ。


 僕の歌が吹き込まれたCDは、発売されるのだろうか。

 そして、遺されたメンバーはどうなるのだろうかと。


 結局僕は、しばらくメンバーの後をついて回った。CDを出すか出さないかで揉め、新しいボーカルを加えるか加えないかで揉め、最終的にはバンドを解散するかどうかで揉めていた。そこら辺で耐えきれなくなって、僕は逃げ出してきた。そして行き着いたのが、かつて歌の練習をするために通い詰めていた、このカラオケ店だったのだ。


「……ミディアムクラッカーねえ」


 デンモクで検索をしながら、彼は言った。インディーズ時代に売れていた曲が、何曲か配信されているはずだ。彼はデンモクを見ながら、「やっぱり知らん」とはっきり言った。そうしてデンモクを机に放りだすと、再びカフェオレに口を付けた。


「それで? あんたはどうしたいんだ?」

「どうしたい、と言われても……」

「成仏したい?」


 正直、悩んだ。ミディアムクラッカーがどうなったのかも気になるし、やっぱり僕は歌うのが好きだ。死んでも好きだ。だからカラオケ店にいる。

 武道館に行きたかった。あのメンバーとなら、行けると思っていたのに。現に、メジャーデビューは決まっていた。実力ならあったはずなんだ。あのメンバーなら絶対、武道館にだって行けるはずだった。


「――先に言っておこうか。あんたの通行料は七千円だよ」


 青年の言葉に、僕は顔をあげた。


「七千円? 通行料?」

「そう。……俺は、あんたの道を開くことができる。成仏できるってこと。ただし、タダ働きは嫌いでね。道を開いてほしいなら、金を出せって話」

「でも僕、お金なんて持ってないですし……」


 僕が言いよどむと、彼は腕を組んで宙を見た。少しだけ何かを考えてから、言う。


「――あんた、自分のいなくなったバンドが、どうなっていてほしいんだ?」


 青年の質問に僕は首を傾げる。訳が分からなかった。

 どうなっていてほしい? 僕のいなくなったバンドが?


「……そりゃ、僕の音声入りのCDも発売されて、メジャーデビューして、売れっ子になっていたら嬉しいと思いますけど」

「あっそう。――じゃ、三分の二くらいは満足ってところか」


 青年の言葉に、僕は眉をひそめた。……どういうことだ?


「あんたさ。自分が死んでからどれくらいの年月が経ってるか、数えてるか?」

「え……」


 言われてみれば、最初の二年までは覚えている。けれど、今は西暦何年なんだ? 気づけばこのカラオケ店にずっといて、月日の確認もろくにしていない。五年くらいは経っている可能性もある。

 青年は僕の様子を見て、見えない紫煙を吐き出した。


「――レア・クラッキング」


 なんでもないような声で、青年は言う。

 懐かしいようで聞き覚えのない単語は、僕の脳内をぐるぐると回る。レア……クラッキング?


「正月明けに武道館ライブが決定してるバンドだ。メジャーデビューは今から三年前。このバンドなら、芸能に疎い俺ですら知ってる。ミディアムクラッカーは知らないけど、レア・クラッキングは知らない人間の方が少ないだろうね」

「それって……」


 絶句する僕に、青年は微笑みかけた。そこには憐れみも同情も、一切なくて。


「あんたのバンド。新しいボーカルをいれて、元気に活動してるってことだよ」


 ただ、面白いニュースを教えるようなノリで、そう言い切った。

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