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「へー。あんた、ボーカルやってたんだ」
青年は感心したようにそう言った。僕は先ほどから青年青年と思っているけれど、もしかしたら同い年くらいかもしれない。少なくとも、レンタルショップでのれんをくぐれる年齢であることは確かだ。
「インディーズなんですけどね……」
「ふーん。ちなみにバンド名は?」
「ミディアムクラッカー」
「え、まじで!?」
「え、ご存知なんですか!?」
「いや、聞いたこともない」
――え、まじで!? の意味はなんだったのだろうか。
青年が話の続きを促したので、僕はぽつりぽつりと話始めた。
「あの、最初は……笑わないでくださいね」
「なんだ?」
「最初は、武道館でワンマンライブをするのが夢だったんです」
「いい夢じゃん。それを笑う奴の方が恥ずかしいから、放っておけばいいんだよ」
青年は僕の事を笑わず、馬鹿にせず、憐れむような目も見せず、真剣な顔でそう言った。僕はそれが何だかうれしくて、少しだけ弾んだ声を出した。
「でも大人になるにつれて、やっぱり武道館なんて夢のまた夢だなあと思ってたんです。だから、メジャーになって一枚でもCDを出すのが夢なんだって周りには話してたんですけど」
「ふむ」
「そしたらね。僕たち、本当にメジャーデビューが決まったんです!」
「すげーじゃん。おめでとう」
「でも……」
あー、と青年が察したような声を出した。
「CD発売の前に、あんた死んじゃったんだ」
アタリだ。僕は沈黙した。
その日、レコーディングも無事に終わり、僕たちは浴びるように酒を飲んだ。いつか武道館に行こうな! なんてことを言いながら。そう、あの日の僕は、人生で一番幸せだった。
そんな日に死ねたのだから、ある意味ラッキーかもしれない。けれど僕は気になったのだ。
僕の歌が吹き込まれたCDは、発売されるのだろうか。
そして、遺されたメンバーはどうなるのだろうかと。
結局僕は、しばらくメンバーの後をついて回った。CDを出すか出さないかで揉め、新しいボーカルを加えるか加えないかで揉め、最終的にはバンドを解散するかどうかで揉めていた。そこら辺で耐えきれなくなって、僕は逃げ出してきた。そして行き着いたのが、かつて歌の練習をするために通い詰めていた、このカラオケ店だったのだ。
「……ミディアムクラッカーねえ」
デンモクで検索をしながら、彼は言った。インディーズ時代に売れていた曲が、何曲か配信されているはずだ。彼はデンモクを見ながら、「やっぱり知らん」とはっきり言った。そうしてデンモクを机に放りだすと、再びカフェオレに口を付けた。
「それで? あんたはどうしたいんだ?」
「どうしたい、と言われても……」
「成仏したい?」
正直、悩んだ。ミディアムクラッカーがどうなったのかも気になるし、やっぱり僕は歌うのが好きだ。死んでも好きだ。だからカラオケ店にいる。
武道館に行きたかった。あのメンバーとなら、行けると思っていたのに。現に、メジャーデビューは決まっていた。実力ならあったはずなんだ。あのメンバーなら絶対、武道館にだって行けるはずだった。
「――先に言っておこうか。あんたの通行料は七千円だよ」
青年の言葉に、僕は顔をあげた。
「七千円? 通行料?」
「そう。……俺は、あんたの道を開くことができる。成仏できるってこと。ただし、タダ働きは嫌いでね。道を開いてほしいなら、金を出せって話」
「でも僕、お金なんて持ってないですし……」
僕が言いよどむと、彼は腕を組んで宙を見た。少しだけ何かを考えてから、言う。
「――あんた、自分のいなくなったバンドが、どうなっていてほしいんだ?」
青年の質問に僕は首を傾げる。訳が分からなかった。
どうなっていてほしい? 僕のいなくなったバンドが?
「……そりゃ、僕の音声入りのCDも発売されて、メジャーデビューして、売れっ子になっていたら嬉しいと思いますけど」
「あっそう。――じゃ、三分の二くらいは満足ってところか」
青年の言葉に、僕は眉をひそめた。……どういうことだ?
「あんたさ。自分が死んでからどれくらいの年月が経ってるか、数えてるか?」
「え……」
言われてみれば、最初の二年までは覚えている。けれど、今は西暦何年なんだ? 気づけばこのカラオケ店にずっといて、月日の確認もろくにしていない。五年くらいは経っている可能性もある。
青年は僕の様子を見て、見えない紫煙を吐き出した。
「――レア・クラッキング」
なんでもないような声で、青年は言う。
懐かしいようで聞き覚えのない単語は、僕の脳内をぐるぐると回る。レア……クラッキング?
「正月明けに武道館ライブが決定してるバンドだ。メジャーデビューは今から三年前。このバンドなら、芸能に疎い俺ですら知ってる。ミディアムクラッカーは知らないけど、レア・クラッキングは知らない人間の方が少ないだろうね」
「それって……」
絶句する僕に、青年は微笑みかけた。そこには憐れみも同情も、一切なくて。
「あんたのバンド。新しいボーカルをいれて、元気に活動してるってことだよ」
ただ、面白いニュースを教えるようなノリで、そう言い切った。




