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僕には夢があった。
最初は大きな夢だった。けれど、途中から小さな夢に変更した。大人になったのだ、大きな夢をかなえるのは不可能だと判断した。
なのに、その『大きな夢』を叶えられるチャンスが訪れた。
僕は素直に喜んで、喜んで、――喜んでいる間に死んでしまった。
……言ってしまうとこれだけなのだけれど、もう少し詳しく追加説明しておこうかと思う。
チャンスが訪れた僕は喜んで、仲間たちとお酒を飲んだ。浴びるように。そして、代行運転を頼んだ。そこで事故に巻き込まれたのだ。
代行運転をしていた相手は生きていた。けれど、後ろから玉突きされ、後部座席に座っていた僕の方は死んでしまった。そう、玉突き事故だったのだ。後ろの運転手の不注意。だから僕の車を代行運転していたあのおじさんは何も悪くない。
ということで、僕は特にその人を呪ったりしようとは思わなかった。けれど、どうしても気になることがあって、それがどうなるのか確かめたくて。そうこうしてる間に、
「――道が閉じちゃったってわけね」
僕の話を聞いていた赤茶髪の青年が、カフェオレを飲みながらそう言った。二十分前初めて出会った青年に、僕はうなずいた。
この人との出会いはまさに偶然で、そして彼からすれば最悪だったらしい。
彼は、僕が座り込んでいる場所に、鼻歌を歌いながらやってきた。ドリンクバーのカフェオレを右手に。そして左手には、マイクやエアコンのリモコンなんかが入ったかごを持って。
僕が聞いたこともないような鼻歌を歌いながら入室してきた彼は、
「うっわー……」
こちらを見るなり、すんごく面倒くさそうな顔と声を向けた。
僕は驚いた。自分の姿が視えているらしいことに、素直に驚いた。だって、他の人は誰も見えていなかったんだ。なのにこの人は、ナチュラルに僕の存在に気付いて、ナチュラルな反応をした。あまり好意的な反応ではなかったけれど。
カラオケルーム、21番。そこの右手ソファ……つまり僕の座ってるソファとは反対の席に座った彼は、大きな溜息を落とした。
「幽霊ってさ、なんでこう、カラオケ店が好きなのかねえ」
「あ、すみません……」
「あんたらが出没しやすい場所トップスリー。カラオケ店、レンタルショップ、ゲーセン……いや、ゲーセンよりも飲食店か」
「す、すみません……」
「レンタルショップが一番困るんだよ。DVD選ぶのに邪魔で。俺が商品手に取ったら、『あっ、あなた爆乳好きなんですか?』とかいちいち聞いてくるし。おすすめ商品教えてくれるのはありがたいけど。でも、自分の好みを他人にいちいち突っ込まれるのって面倒だろ。あと、俺は爆乳が好みなんじゃなくて、ある程度腰がくびてれてるのに、ある程度胸がある女がいいと思ってるわけ。痩せすぎなのは好みじゃないし、爆乳過ぎるのもかえって萎える。萎えるで思い出したんだけどさ、なんでこう、女が靴下だけ脱がないDVDって多いんだろうな。全部脱げよって俺なら思うし脱がせるんだけど、なんでか靴下だけ」
この話はいつまで続くんだろう。
「――っていうのもあって、アクセサリー類をわざとじゃらじゃらつけてる女の映像もすごく『わざとらしい』感じがして俺は好みじゃないんだけどね。……あれ、何の話してたんだっけ?」
忘れられている。
「ああそうそう、カラオケ店に幽霊が多いって話。これ本当に遭遇率高いんだけど、本当に気が散るんだよ。分かる? 歌ってる時に、部屋の隅とかに幽霊が立ってるのが視えちゃう人間の心理」
「す、すみません……」
「よく自虐ネタで、『女一人でカラオケ来てまーす!』とかツイートしてる奴見るけどさあ。『あんた、自分の部屋に他に人間がいるって気づいてないのか? 一人じゃないぞよかったね』って俺は思ってるわけ。ああそうそう、自虐ネタで思い出したけど、ご主人様ぁ……とか言わせるDVDって」
話が戻った。
「――というわけで、俺の好みはいたってノーマルな体型の、ノーマルプレイのやつであって、…………なんの話からこれに飛躍したんだ?」
「あのー……」
「ああそうだそうだ。あんた、なんで成仏してないの? その様子だと、視界の右半分に見えてた道ももう閉ざされてるんだろ」
「え?」
僕は驚いた。どうしてこの人は、あの道の話も知っているんだろう。
目の前に座っている赤茶髪の青年はうっすらと笑った。ドリンクバーで注いできたらしいカフェオレを飲み、ふうっと息を吐く。
「俺は、あんたみたいな人間の道を開くのがお仕事でね。――なんなら、あんたの話も聞いてやろうか? 話を聞くだけなら、タダでいいよ」




