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DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第三章 待ち続ける者
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 結局、お札を取ってくることも写メを撮ってくることもすっかり忘れていた私は、月曜日に全財産(四千円)を友達に献上する羽目になった。けれどそのお金は、皆でカラオケに行って盛り上がるために使われた。私も散々歌いまくって、日ごろのストレスやら、あのトンネルでの恐怖を発散した。まあ、それはそれでよかったと思うことにしよう。

 学校はそのうち夏休みに突入した。この季節になると、心霊番組が増える。昔は心霊番組なんてもっとあったのにねえ、CGが普及しすぎて心霊写真特集もなくなっちゃったわ、とお母さんがぼやいた。ちなみにお母さんは霊感がなく、けれどもホラーやオカルトが大好きな人間である。



 そして、それは八月も終わる頃だった。


『夜の七時からやる心霊番組で、超有名霊能力者がお祓いするんだって!』


 夕方に送られてきた友達からのラインはこの一行のみで、私は首を傾げた。どこの、なにをお祓いするのかさっぱり分からない。それを訊くと、すぐに返事が来た。


『犬吠トンネル!』

「……え?」


 思わず声を出した。だって、犬吠トンネルは私が七月初旬に行って、散々酷い目に遭った場所じゃないか。それをお祓い? 超有名霊能力者が? あの赤茶髪の男ってそんなに有名な男だったのか?

 私は念のために持っていた、彼の名刺を取り出した。道尾開人(仮名)。この人がテレビに出るのだろうか。そう考えていると、またもや友人からラインが来た。


『霊能力者の松野浦まつのうら響子きょうこがお祓いしたらしいよ? やばいよね。いつの間に犬吠トンネルに来たんだろ』

「え?」


 またもや声を出してしまった。松野浦響子は知っている。若い女性霊能力者で、芸能人に憑りついた悪霊をよくお祓いしている人だ。「この人を苦しめるなー出ていけー出ていけー天に昇れー」とか言いながら、アンバサダーみたいな呪文を繰り返す霊能力者。確かに彼女は、私でも知ってる程度に有名だ。しかし待て。


「松野浦響子が、犬吠トンネルに来て、お祓いしたの?」


 私が訊ねると、友達は『もうすぐ始まるから、実際にテレビ見てみたら?』とだけ言った。

 リビングへ行くと、お母さんが楽しそうな顔でテレビを見ていた。私の姿に気付くなり、手招きする。


「ほら、さくら! もうすぐ犬吠トンネル出るって! あんたの高校の近くでしょ!」


 ちなみにお母さんは、私が犬吠トンネルで散々な目に遭ったことは知らない。私はソファに座って、テレビを見た。だだーん、という不協和音と共に、テロップが表示される。


『心霊スポット特集 【恐怖! 人を死に追いやる幽霊トンネル】』 


 ――企画名はまあ、ありきたりかつ無難だろう。

 その次は、これまで事故に遭った人々の話やら、昔その土地であった呪いの話なんかが続いた。落ち武者がトンネルにいて、他人を呪い殺すのだとか。その落ち武者を呼ぶためには、車のクラクションを三回鳴らすのだとか。いや、クラクションなんてなくても向こうから勝手に来ましたけどね。甲冑で中身ドロドロなやつが。

 と思っていたら、わざと声を低くした女性ナレーターの声が続いた。


『投書が相次ぐこの心霊スポットに、我々取材班、そして霊能力者の松野浦響子が訪れたのは、七月下旬のことであった……』


「えっ」


 本日何回目か分からない「え」。しかし、言ってしまうのも無理ないだろう。だって、赤茶髪の男があそこで悪霊を成仏させたのは七月初旬だった。私は確かにそれを見たのだ。

 なのに今、テレビは何て言った? 七月下旬? その時にはもう、悪霊なんてそこにはいない。

 テレビは続ける。


『トンネルに近づくにつれ、険しくなる松野浦の表情……。それはまるで、この先にいる悪霊を感知しているようであった……』

「いやいやいやいや」


 思わずテレビに突っ込む。だっていない。七月下旬にはもう、悪霊なんてそこにいない。松野浦響子はなにやってんだ? ていうかこのテレビは何を言ってるんだ?

 しかし当然、企画はここで終わらない。私は音声とテロップを同時に追った。


『――夕方五時。我々取材スタッフは、犬吠トンネルに到着した。松野浦は、トンネルの先――暗闇を見つめている……』


 スタッフ:松野浦さん、何か感じますか?

 松野浦:ここの霊は……大変危険です……ちょっと……これは……


『松野浦の顔が曇る……。視線の先には、犬吠トンネル……』


 松野浦:少し……近づいてみましょう


『ゆっくりと、トンネルに近づく松野浦。その表情は、依然として険しいままである……。するとその時、スタッフの一人が頭痛を訴え始めた』

「いやそれ単に怖かっただけだよね?」


 私が思わずそう言うと、お母さんは面白くなさそうな顔をした。とりあえず黙って、話を聞くことにする。


 松野浦:(ピー)さん、大丈夫ですか?

 女性スタッフ:すみません、ちょっと吐き気も……

 松野浦:あなたは車に残っていてください。あと、少しお祓いをしておきます


 アンバサダーアンバサダーみたいなお祓いをする松野浦響子。私は白目をむきそうになった。松野浦響子は一人で勝手に、なんのお祓いをしてるの?

 しかし女性スタッフはそれで落ち着いたらしく(プラセボ効果じゃなかろうか)、車で待機することになった。


『トンネルに近づくと、松野浦は地面を見て、カメラを向けるよう促した……』


 スタッフ:これは……


『そこにあるのは、かつて霊能力者たちが貼っていった、札の数々であった……。それが見るも無残な形で、剥がされている……』


 アップになる、お札という名のゴミ。私はそこで、道尾の言葉を思い出した。


 ――それがあった方が、『いい演出』になるだろうからさ


 いい演出。そんな紙くずを見ながら、松野浦響子は深刻な顔を作る。


 松野浦:悪霊が暴れているようですね……

 スタッフ:このお札も、幽霊が?

 松野浦:ええ。この奥から、今にも飛び出してきそうな邪気を感じます



 ここでお母さんが、ぱっと顔をあげた。


「さくら! あんた見えるの!? トンネルの奥の幽霊!」

「いやなにも」


 思わず真顔で答えた。松野浦響子が真剣に睨んでいるのは、からっぽの暗闇だ。悪霊なんて一切存在しない。……確かに、三週間前はいたけれども。

 そこから、松野浦響子はアンバサダー攻撃を唱え始めた。


 霊よ、この地から去りたまえー、アンバサダーアンバサダー、これ以上人に危害を加えるのはやめなさい、あなたはもう死んでいるのです、アンバサダーアンバサダー、天に昇りたまえー魂を浄化せよー、アンバサダーアンバサダー。


 私は泡を吹いて倒れるかと思った。だって松野浦響子は、ただのトンネルに向かって一人でアンバサダーを言っているのだ。これでは馬鹿だ。私よりもアホだ。何やってんのこの人。

 そして、テレビの締めくくりはこうである。


『松野浦がお祓いをしてから、このトンネルでの幽霊目撃情報は、消えた……』


 そりゃそうだろう。松野浦響子がアンバサダーをやる三週間前に、悪霊はいなくなってるんだから。

 私は口をぽかんとあけたまま、絶句した。お母さんは興奮している。

 友達からはぽんぽんとラインが届いた。松野浦響子ほんとにすごい! といった内容である。


 ……みんな知らないのだ。

 松野浦響子はインチキ霊能力者だってこと。

『本物の霊能力者』に三百万円払って、先に悪霊を退散させていたこと。



 本物の霊能力者は、アンバサダーなんて言わない。

 ――道を開く。

 私だけが、その事実を知っていた。

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