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DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第三章 待ち続ける者
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犬吠いぬぼえトンネルにあるお札を一枚、取ってくる……?」


 ルーズリーフに書かれた罰ゲームを、私は声に出して読んだ。周りの四人は「やったやった」と騒いでいる。待て待て、ちょっとこれはまずい。


「ちょっ……、犬吠トンネルって、幽霊が出るので有名なところだよね!?」


 私が声を荒げると、残りの四人がお腹を抱えて笑いながら頷いた。


「そーそー。悪霊退散って書かれた札とかが、いっぱい貼りつけられてるって噂。落ち武者がいるらしいぜ」

「えー? 私は白いワンピースの女って聞いたけど」

「おかしいな。僕は四歳くらいの男の子って聞いたんだけど。血まみれの」

「違うって。水子の霊が大量にいるんだってば」


 いやいやどれも怖いって。私は首を振った。


「むり! こんなの絶対に行けない!」

「この高校の近くだし、今から行ってみろよ」

「こんな夕方に!? しかも一人で!? 絶対いや!」


 私は窓の外を見た。いくら七月初旬とはいえ、六時になると外も薄暗くなってきている。トンネルに着くころには間違いなく周囲は真っ暗だ。そんなの嫌だ。


「大体誰なの、この罰ゲーム考えたの!」

「全員で」

「はあ!?」


 ――ここで私はようやく気付いた。つまりはハメられたのだ。

 今から一時間前、友達四人が放課後の教室でトランプをしようと言いだした。ポーカーで、負けたやつは罰ゲームな。そんなことを付け加えて。

 言われてみればなぜか皆、ストレートだのフラッシュだのロイヤルストレートフラッシュだのと、強い……というか強すぎる手札ばかり持っていた。私はワンペアばっかりで、つまりは負けっぱなしだった。

 つまりそう、いかさまだったのだ。なんでもっと早くこれに気付かなかったのだろう。


「だって、さくら。幽霊見えるんでしょ?」


 意地の悪い顔をして、友達の一人がそんなことを言う。ちなみに私はいじめられている訳ではなく、この四人とは仲がいい。はずである。


「簡単だって。お札一枚取ってくるだけだよ? あ、もしもできたら、写メもお願い」

「写メ?」

「さくらが、『ここに幽霊がいる!』と思った場所で写メったらさ、写るかもしんないじゃん。落ち武者かワンピースか子供か水子かなんかが」


 女友達は半ば冗談でそんなことを言って、けらけらと笑った。腹が立つ。まったくもって腹が立つ。


 あんたの後ろに、血まみれの女が立ってることは教えてやんない。


 ――そう。私は残念ながら大真面目に、『視えてしまう』人間なのだ。ついでに言うと『聞こえる』。けれど大体の人にそれは信じてもらえず、不思議ちゃんとか天然ちゃんとか、酷ければ電波ちゃんと呼ばれている。こんなにはっきり視えてるのに、それを誰にも教えられないのだからもどかしい。

 血まみれの女が後ろに立っていることも知らない女友達は、相変わらず笑いながら言った。


「犬吠トンネルにあるお札か、写メね。今日は金曜だから、月曜の朝にそれを提出すること! もしもそれがなかったら、私たちに千円ずつ払ってもらうから! はい、罰ゲーム決定!」


 ――最悪。いじめられてないと思ってたけど、これもう半分いじめじゃない?



 翌日、土曜日。私は朝から、犬吠トンネルに向かってとぼとぼと歩いていた。そう、まるで失業したサラリーマンのように、がっくりと肩を落として。

 セミの鳴き声が聞こえ始めた今日この頃、十七歳といううら若き乙女が、どうしてこんな山奥を歩いているのだろう。ちなみに徒歩なのは、自転車だと坂道で苦労するからだ。

 私はバス停から二十分ほどの道のりを、一人虚しく歩き続けていた。スマホを確認してみる。案の定、電波状況はよくない。そりゃ、これだけ自然に囲まれた場所で、電波を求める方が間違えているだろう。

 しばらく歩くと、左に九十度は曲がっていそうな急カーブを見つけた。トンネルは、確かこの先だったはずだ。私は溜息をついた。本当に変なものが視えたらどうしよう。

 私はそっとカーブを曲がり、


 その先にある自販機の前に、男性が立っているのを見て悲鳴を上げた。


 なんでこんな利用客もいなさそうな場所に自販機が、という意味でも不気味だったけれど、そんな自販機の前に男が一人立っているのも相当不気味だった。道中、早くも幽霊に出くわしてしまったのだ。トンネルはまだこの先なのに。

 しかも、予想外の場所で幽霊を視たものだから叫んでしまった。「私はあなたが視えてます」アピールをしてしまったようなものだ。こういうことをすると、幽霊は執拗に私の後を追いかけまわしてきたりする。最悪。どうしよう。

 私が青ざめた顔でゆっくりと後退すると、


「……幽霊でも見たような反応だな。なんだこの失礼な女」


 自販機の前でカフェオレを飲んでいた男が、そう言った。

 え、幽霊がカフェオレ?

 私はまじまじと男を見る。二十歳くらいだろうか。赤茶色の髪の毛。黒の半袖Tシャツ。黒のジーンズ。黒のスニーカー。つまりは全体的に黒。しかし、幽霊ではなさそうだ。

 彼は「クリーム感たっぷり」と書かれたカフェオレを飲み干すと、自販機横のゴミ箱に缶を投げ入れ、更に自販機にお金を突っ込んだ。緑茶のペットボトルと、先ほどと同じカフェオレを買っている。私はそっと、男に近づいた。


「あのー……」

「おごらない主義だから」

「いやいや、違います」


 私は首を振りながら、男性に近づいた。


「あの、どこに行くんですか?」

「職場。仕事」


 男はものすんごく面倒くさそうにそう言って、ペットボトルはショルダーバッグの中にしまい、カフェオレを片手に歩きだした。向かう先はもちろんというか、トンネルの方向だ。

 つまりなに。この人の職場は、トンネルの向こうなの? このトンネルの先はしばらく山道が続いていて、つまりは徒歩で行けるような施設は立っていないはずなのに。


「……ついてくんなよ」


 男は『うんざり』『めんどい』『しんどい』『だるい』『うぜえ』『誰これ』といった単語を貼りつけた顔で、私にそう言ってきた。そう言われても、


「私もこの先に用があるんで」

「へえー」


 男は物凄く間の抜けた返事をした。それからやっぱりうんざりしたような声で、言う。


「幽霊でも見に行くつもり?」


 そうですけど、とも言えない。私は無言で、男の横を歩く。とりあえず、一緒に歩く人がいるだけでありがたい。どこの誰だか知らないけれど。ていうか襲われたらどうしよう。


「襲わない襲わない、あんたみたいな馬鹿女」

「はあ!?」


 見透かしたようなタイミングで失礼極まりない事を言われて、私は声をあげた。彼はまるではずれの宝くじでも見るような目で、私の方を見下ろす。


「大方、心霊スポット巡りかなんかしてんだろ。そういう奴、大っ嫌いなんだよね」

「ちがっ……。私はトンネルに、罰ゲームで行けって言われただけで」

「そういうのも嫌いだね。馬鹿じゃないの?」


 彼は私を突き放すように、歩幅を広げて歩くスピードを上げる。私は小走りになりながら、彼の後を追った。これではまるで、私の方が怨霊だ。

 彼は斜め後ろから聞こえてくる私の足音に、渋々といった様子で振り返った。


「ついてくんなっつってんだろーが。仕事の邪魔になる」

「仕事仕事って! あなたの仕事はなんなんですか!?」


 私がそう言うと、彼は「ああそうだった」と、ジーンズの中から名刺入れを取り出した。

 そうしてとても、とてつもなく胡散臭い笑顔で、こう言うのだった。


「わたくし、道を開く者です」


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