∮-7 叩きつけられた挑戦状
大観衆を前に、夢の様な愛の告白を受けたのなら、恐らく大概の淑女やご令嬢方なら、嬉しさのあまり失神してしまうか、歓喜の涙で頬を濡らす事だろう。
けれど。
しっかりするのよ。
騙されてはダメよ。
彼を信じてはダメ。
直前までの極度の緊張状態から、すぐにいつもの状態に立ち戻った私は、私の手の甲に口付けている男性の紅い瞳を見据え、意識的に口角を引きあげ、外見上は如何にも幸せそうに微笑んでいる様に見せた。
「私を本当に守って下さるのですか?この忌まわしい栗色の髪ごと、愛して下さるのですか?私と伯爵家を盛りたてて行って下さるのですか?」
私に求婚するという事は、ベルクート家を継ぐという事。
有事の際は、国をも裏切り、家を捨てるという事。
でも、彼にはそんなつもりは微塵もないだろう。現に、彼の眼差しには私への恋情は欠片もないし、宿ってもいない。あるのは憎しみと歪んだ想いだけ。
それを承知の上で、彼の求愛を受けるような言葉を口にしたのは、喧嘩を売られたからだけではない。
幸福そうに微笑む私を、今にも呪い殺しそうなほど睨んでいるご令嬢、ジニエス侯爵令嬢。
彼女は、今私の手の甲に口付けている彼が好きらしい。それならそれを利用してやるまで。
家族をバカにされたままでは、私の気が済まない。
仮面を外し、素顔を晒す。
それは相手の求愛を受け入れた事を示す。
「どうか私をお守りくださいな。アレスシード・アーレイ・フォルド・ザスク=エスティエ様」
私が彼に正式な礼をした瞬間、仮面舞踏会の会場は、大きなざわめきに包まれた。
恋なんてしない、恋になんか落ちない、彼に騙されたりなんかしない。
と、この時の私は、自分の心に誓っていた。なのに、私は後々彼に心を奪われてしまう事になる。でも、その時はそんな未来を予想だにしていなかった。