∮-6:あまい毒
浮気更新。
その恐怖の眼差しが、その怯えた瞳が、空気が心地よかった。
俺の周りに群がる女共は、常に俺の見た目と俺の背負っている家名にしか興味を抱いていなかった。
宝石が欲しければ、君の悪い媚びた声や脂肪だらけの魅力のない躯を使って強請り、当然のように願った。
中には、公爵夫人の地位が欲しい欲深い女もいて、異母兄を殺せと何食わぬ顔で言う奴らもいた。
当然、そいつらの事は秘密裏に処分した。
この朽ちかけ、腐りかけた国の公爵となって、何が良いのだろうか。
この国の国庫は空だと言うのに。
その事実を教えてくれたのは、存在感の薄い、一人の役人だった。
彼は何度も国王にその事実を訴えようとしたが、全て邪魔されたと嘆いていた。
そして、もう役人などやめてしまいたいと嘆いた。
家族さえいなければ、愛する妻や娘、孫さえいなければ、辞められるのにと、初対面であるにも拘らず、俺に心境を吐露した。
そんな彼と出会った場所は、誰も使っていない、忘れ去られた王宮内にある図書室。
気紛れを起こさなければ、俺でさえその部屋は入らず、そのまま通り過ぎた。
理由は単純だ。
そこは王宮内において、自らの命を絶つ名所だったのだ。
そんな部屋なら、誰も自分から近付かないだろう。
なのに、その日、俺がそこに足を踏み入れたのは、微かな人の気配を感じたからだ。
それもまだ、生きている人間のもので、悲しみに沈んでいるような。
それが、その事実を俺に教えてくれた彼だった。
彼は嘆くだけ嘆き、儚い笑みを湛えた。
手には破かれた書類と、悪意に満ち、破かれたベスト。
これは娘と妻からの贈り物だったんだがね、と、悲しげに、物憂げに囁く彼は、本当に寂しげで、悲しげだった。
彼と言葉を交わしたのは、それで最初で最後だったが、彼は父以上に尊敬でき、貴族の中では、唯一無二信頼できそうな大人だった。
そんな事を一瞬にして思い出したのは、この目の前にいる少女のせいだろう。
少女は歳に似合わず国政に興味を抱き、己を悔いている。
その姿は彼にそっくりだった。
だが、それが余計に俺の勘に障った。
矛盾しているとは自分でも解っている。
けれど、その姿が憎たらしく、疎ましい。
何故そんなにこんな腐りかかった国を憂う事が出来る。
何故、そんなにも真直ぐでいられる。
――堕としてやりたい・・・。
狂気にも似たその想いは、俺をその感情のままに突き動かしていた。
俺を目の前にして、ぶるぶると震えている彼女の手を恭しく手に取り、まっ黒なレースの手袋の上から口づけた。
途端、騒がしくなるこのくだらない集まりに参加している貴族共。
それに内心嘲りの笑みを浮かべ、俺は更にその騒ぎを大きくする為に、その場で跪いた。
「キャロルライン嬢、どうか貴女を、私に守らせて下さい。この命ある限り、私は貴女を愛し、守りたいのです。どうか、私のこの狂おしい願いを叶えて下さい。」
そう。
この時は本当に単なる悪戯に過ぎなかった。
少女が自分に堕ちれば、その瞬間に捨てる筈だった。
だから俺は後に後悔することになる。
彼女が自分の前から消えた時に・・・。
自分の気持ちを正しく理解していなかった事を・・・。
大切な事は、何もかも、全てが過ぎてから判明がするのだ。
すっごい、久々に検索除外を外し、更新公開します。
登録して下さり、待っていて下さっていた方々には、心から感謝致します。