∮-5:麗しの貴公子②
いよいよご対~面。
――彼は正にこの場の支配者だった。
ぼんやりと、どれだけそうしていただろうか。
あの鮮やかな紅い瞳の持ち主である男性は、既に多くの人に囲まれていた。
彼のすごい処は、性別を問わずに好かれている所。
彼が本気で今の王家に対し、挙兵を企めば、王家は呆気なく倒れる事だろう。
「キャシー、貴女どうしたの?そんな顔して。」
「ユリア姉様・・・。そんな顔ってどんな顔ですか・・・。」
「うーん、恋敵に逢った様な、好敵手に逢った様な、とにかく運命の人に巡り合ったような顔ね。」
運命・・・。
そう、その言葉が何故かしっくりとくる。
でも、これは多分悔しさが混じっているから、恋情ではないと思う。
恋に現をぬかしているほど、今の私は悠長ではいられない。
いくらユリア姉様が帰ってきたとはいえ、未だ姉様は公式愛妾の身分のまま。
ならば私の務めは、文句のつけようのない婿を探し出す事。
気を取り直して、羽根で出来た扇を広げ、口許をそっと覆い隠す。
出るのは、溜息ばかりだ。
脂粉の匂いと、葉巻、酒の匂いが混じった、何とも云い様のない胸が爛れる匂い。
ケホケホと、咳が出てしまうのは仕方がないので許して貰おう。
私がそうして咳き込んでいると、背中を誰かが擦ってくれていた。
きっと、ユリア姉様だろうと、私は仮面を外した。
「ありがとう、ユリア姉様・・・って、あの・・・?」
「大丈夫ですか?あぁ、貴女の姉上でしたら、ほら、あちらに。」
促され、そちらを見れば、姉様はご友人と楽しそうに談笑していた。
姉様ッ・・・。
なんてこと。
私は激しい羞恥心から、しどろもどろに、背中を擦ってくれた人にお礼を言った。
「ありがとうございました。てっきり姉だとばかり・・・。」
「いえ、当然の事をしたまでです。」
その優しげな声に惹かれ、顔をあげてみれば、あの印象的な紅い瞳と巡り合った。
でもその瞳は、嘲りと孤独の色に染まり、凍てついた凍土を思わせる色をしていた。
それを認識した途端、身体がぶるぶると恐怖で体が震えた。
彼は人を信用していない・・・。
「--初めまして、アレスシードと申します。キャロルライン嬢。」
アレスシード。
その名は、この社交界において、覇王とも字されている、エスティエ公爵家の二男・麗しの貴公子の名でもあった。
にっこりと微笑み掛けられた私は、何故か言いようのない恐怖と何かに飲み込まれないように、必死に耐えていた。
はい。無事にご対面。
続きはいつになる事やら・・・。