∮-2:聖女と祈り
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私の朝は、朝早くからある礼拝から始まる。
どんなに遅く寝たとしても、日の出前には起き出し、灰色の質素なドレスを身に纏い、分厚い聖書とパンを編んで作った籠に入れ、教会にまで歩いて向かう。
今日は特別にワインとリンゴジュース、そして少量のチーズと干し肉も籠に入っている。
これらの全ては、教会に併設されている孤児院の子供たちや、司祭様の食事になる。
教会はどんなに急いでも30分はかかる所にあり、教会に着くころには太陽が顔を出し、体は軽く汗ばんでいる。
古く重いだけの扉を、身体の全体を使って押し開き、教会の中へと入る。
「おや、今日は珍しく遅かったね。二番目だよ。キャサリン。」
「そうなの?でも今日はいっぱい持ってこれたの。子供たちにも分けてあげて?」
挨拶もしないうちに声をかけてくるのは、この教会の司祭様。
私を『小さな女王様』と、笑いながら揶揄する、楽しい人だ。
彼は、身分で人を差別したりしない人で、実は姉様の長年の想い人だったりする。
だから私も理由なしで、彼に好意を持っている。
姉様が好きになる人に、悪人はいないから。
だけど、これは姉様には言わない。
あれ以上熱烈に愛されても、私には愛情が返せない。
「いつも悪いね。おや、今日はご馳走だね。これは聖女様にもお裾分けしなきゃだめだね。」
「そう言うだろうと思ったわ。聖女様にはリンゴを持ってきたの。リンゴは実りの象徴だもの。」
「マニアックな所まで読み込んできたね。じゃあ今日のお祈りが終わったら、そこの話をしようか。きっと、キャサリンも気に入ると思うよ。」
籠の中身を確認した司祭様は、小さな男の子を呼んで、リンゴ以外を調理場に持って行くように指示し、リンゴは聖女様の像の前に備えた。
熱心な信徒は年々減り続けており、今では教会も聖堂も維持するのが大変らしく、ここも建物の老朽化が激しい。
厳かでいて清廉な空気の中、不思議なほど透き通った司祭様の声を聞きながら、私は祈っていた。
勿論、祈るだけで何かが好転する訳ではない。
それでも祈らずにはいられないのだ。
「司祭様・・・、私は無力です。父様が悩んでいるのを知っていながら、何もできない。せめて私が男であったなら、父様と一緒に苦労を分けあえたのに・・・。この国はもう長くはありません・・・っ」
「信じておあげなさい。お父上様を。きっとあなたの祈りは、聖女様にもお届きになりますよ。私達の小さな女王様。」
礼拝後のいつもの懺悔の時間。
真実を知りながらも、知らないふりをするのは難しく。
家では泣けない私は、いつもここだけで泣き、嘆く。
男であったならという言葉は、物心が着いた頃からの叶わぬ想い。
「貴女ほどの信徒はいません。出来る事からやれば、いつしか問題も解けましょう。さあ、笑って。嘆いてばかりでは何も始まりません。」
「はい。司祭様。」
笑顔にと、促され、私は零れそうになった涙を何とか止め、小さく微笑んだ。
それは名も無き花が、美しい花を咲かせる予兆の様な、可愛らしい笑顔だったという。
次くらいに青年と会うと思います。