02
書き直し中
それは例えるならば、収まりを知らない業火。
今まで見てみぬふりや、死んだほうがましだと思うような事柄を耐えてきたこと全てが、無駄だと嘲笑われたかのような屈辱と怒り。
そして何より、この世の穢れを全く知らなさそうな姿が、心底気に入らなかった。
きっとこの感情に名前を付けるのならばそれは、憎しみに近い執着。
それくらい彼の少女との一方的な邂逅は、生涯忘れ難いものとなった。
眩しいほどの朝日に照らされ、きらきらと輝くプラチナの長い髪に、血の様な不気味な紅い瞳。
そんな自分の隣で眠っているのは、宮廷の華と自他ともに認められている名前さえ定かではない、色狂いの愚かで汚らわしい女。
だが、このような女や男と言った輩がいなければ、家を維持するのも難しいのもどうしようもない事実であり、そして、この家の次男である己の務めであり、世間が求める姿。
これらが当然であると信じていた頃の自分の、なんと健気なことか。
世の中は大小あれ、色や痴情に塗れていると信じ、諦めた自分が憎くて仕方がない。
どうして、こんなにも世界は不条理なのだろうか。
どうして、何故。
自分は大公爵の唯一の汚点として、家名に泥を塗り、女にだらしのない放蕩息子を演じるように求められているのに。
好きでもなく、興味もない女相手に、笑顔と世辞を振り撒き、求められれば、性別や身分、年齢に関係なく躰を許すしかない自分が、あの日の夜会によって根底から覆され、否定された。
好きでやっているわけではない。
自分だってこの顔と体でさえなければ、普通に暮らせただろう。
だが、大貴族の子息として生きて行く為だったら、牡にも雌にもならなければならなかった。
この身体に、女として男を受け入れたのは、まだ貴族の闇も光さえ知らぬ8歳の頃のこと。
相手は国の重鎮だった。
嫌がり、抵抗する自分を床に押さえつけ、無理やり快感を飢え込まれ、刻まれた。
どんなに叫んでも、周りにいた人間は誰も助けてはくれなかった。それどころか、自分と男を見て、然も愉快なモノでも見ているかの様に笑っていた。
それから凡そ18年。
住む家と身分こそ手に入ったが、生活は以前となんら変わっていない。
これがあの女が望んだ世界なのかと、羨んだ世界なのかと死した、俺を産んだ女に問いかけたくなるが、答えは返らないと知っている。
なにしろ女は死ぬ前から夢の中で生きているような人間で、現実を全く見ていなかったのだから。
気怠い身体を推して寝台から降り、手早く身形を整え、一刻も早くここから立ち去るために動く。
もう、この女とはニ度と寝ないだろうと思いながらも、実際に感じていた感情は、紛れもなく名も知らない少女への憤りだった。
栗色と淡い緑色の瞳。
色彩的にはどこにでもいるような、周囲の景色に埋没してしまいそうな容姿なのに反し、何故か視線は引き寄せられ、感情が逆なでされた。
それを思い出している今も、神経が高ぶっている。
遣り切れない、昇華できない思いをそれでも何とか飲み込んだ俺は、一晩夜を共にした女の邸から退散した。
勿論、料金として幾らかくすねてから。