01
書き直しちゅう
三大大陸がエレアーナ大陸は農業と産業の国・ダインセルン聖王国。
この国は国王が頂点に立ち、その下に貴族、商人、平民、農民、奴隷という厳しい身分制度からなる国である。
とは言っても、昨今、至る大陸に吹き荒れる革命の風と民の暴動により、王侯貴族より民が良い生活をしているという場合も、また、隠しようもない事実。
その皮肉さを嗤わずして、なにを嗤おう。
バルコニーから望む夜の王都の街の輝きは、年々寂しくなる一方で、それに比べ、王宮や各貴族達の屋敷で開かれているパーティーは、もはや豪華という言葉を通り過ぎ、目にも毒々しいと言った方が伝わるだろうか。
とにかく、国を動かす中枢貴族は、国の経済にとって毒にしかならない夜会を夜毎繰り広げている。
そんな腐り切った事実に内心悪態をつきながら、バルコニーの手摺を握り、ぐぐぐっと背を反るように背伸びをすれば、春の夜風の仕業か、鼻腔に独特の香りが届く。
香りの基はおそらく眼下に広がる王宮の中庭の薔薇であろう。
私が薔薇園を覗き込むように下を見下ろしていると。
「ねぇ、今日はいらっしゃるかしら?」
「きっといらっしゃるわ、あ、ほら」
後ろでヒソヒソと話していたご令嬢達が、一斉に「キャー」と、姦しいくらいの黄色い歓声を上げ始めた。
どうやら、察するにお目当ての御仁が来たらしく、背後の会場が俄かに騒がしくなる。
全く、お気楽な人達だ。
彼女達は知っているのだろうか。
知っていて騒げているのだろうか。
いや、多分知らないのだろう。
それに、たとえ彼女達が知っていたとしても、どういう事なのか意味が解る令嬢はきっと少ないだろう。
この国はきっと近いうち終わりを迎える。
戦争にでもなったら、半日も持たないどころか、火薬や武器も兵士と同数も揃えられない。
かつては聖女にも愛されたこの国の国庫は、贅沢に慣れ、貴族の役割や誇りを忘れた者達により空にされている。
飢饉や疫病の為に備えられていた、穀物などの備蓄も底が尽くのも時間の問題。
残っているものは、腹の足しにもならないクモの巣やら、木の葉や鼠の死骸だけ。
あぁ、なんてお笑いぐさ。
可笑しすぎて、声も出ない。
くつくつと昏い笑い声を抑えていると、私の名を呼ぶ声が聞こえた。
「こんなところにいたの?キャロルライン」
「お姉様・・・。お義兄様のお傍にいなくてもいいんですか?仮にも公式愛妾ですのに」
その呼び声に振り替えれば、私、――キャロルライン・ディル・フォーデン=ベルクート15歳――の実姉であり、この国の国王の愛妾で、(数多くいる妃達の中で唯一の子持ち)我がベルクート伯爵家の継子であるユリア・ディル・フォーデン=ベルクート、26歳、が背筋を伸ばして穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
私の言葉に、ユリア姉様はふふふと、妖しく笑い、さらりと、どうでもいい天気の話のように爆弾を落してくれた。
「喜んで、私の可愛い愛するキャロル。私、今日で愛妾を辞めてお家に帰ることにしたの。今日からまた一緒に過ごせるのよ」
「お姉様?本気で言ってるの・・・?」
「あら。私はいつでも本気よ?キャロル。もう陛下にはほとほと愛層が尽きたの。ベルクート家として、もはや陛下にこれ以上の忠誠は誓えないわ。娘のケリーも一緒よ」
・・・っ、瞳が笑ってない。
お姉様は表面上はいつもと変わりはない。
だから他人から見れば公式愛妾であるお姉様が、陛下に対して忠誠を取り下げたようには見えないだろう。
故に、気付いたときには遅い。
お姉様は生粋の貴族であり、政治家でもあるのだから。
そのことから踏まえるに、どうやら、本気で陛下はユリアお姉様に見放されたようだ。
両親譲りの、見事なまでのブロンドの艶やかで長い髪に、アメジストの瞳の持ち主のユリアお姉様は、有言実行の佳人としても有名で、お姉様が男性であれば、間違いなく国王として担ぎ出されただろうとも噂されている。
それに引き換え、妹である私は・・・。
「相変わらず綺麗で、見事な栗色の髪ね。年々おばあ様に似てきてるわ。お父様もお母様もさぞかし喜んでらっしゃるでしょう?瞳もおじい様譲りの緑色だなんて・・・。キャロル、貴女は我が家の誇りよ」
そう。
何故か家族の中で、私だけが先代の伯爵夫妻の色が鮮明に滲み出てしまったのだ。
最初、お父様は、お母様とおじい様の不義を疑ったらしいけれど、お父様はおじい様の性癖をすぐに思い出したのか、すぐに仲直りしたらしい。
それもそのはず。
なぜなら、成長する私を見ていれば、絵でしか分からないおばあ様の娘時代に私がそっくりだという事は、間違いなくベルクートの血筋であるという事。
おまけに、お母様譲りのそばかすもあるから、今では私は家族皆から過剰なまでに溺愛されている。
「キャロル、そんな腐った顔なんかしてないで、踊ってきなさい。ほら、丁度大公爵様のご次男様のアレス様がいらっしゃるわよ。彼、嫡出じゃないけど中々麗しい方じゃない。生憎と私の好みではないけれど」
「アレス様?あの放蕩息子のアレスシーラ様のこと?」
冗談ではない。
彼には、砂糖に群らがる蟻のような女性達がお似合いだというのに。
私みたいな捻くれた子供の手に負える相手じゃないし、第一、あの人の持つ独特な空気と瞳が、何となく怖い。
「遠慮するわ。私はユリアお姉様とケリーに会いに来ただけだもの」
「その割には眉間に皺が寄っていてよ?」
全てを見通したかのようなお姉様の言葉に、私はあやふやに笑って誤魔化し、この虚像の世界の終焉を憂い、しかし、嗤いながら、王宮の舞踏会を後にした。
この時、私にいくつもの視線が集まっていた事を、私は知らなかった、――否、知ろうとしなかった。