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遅刻に愛をこめて

作者: 右下

俺。木谷義典きや よしのりは、妻である北小路峯子きたこうじ みねこと結婚して三カ月目に入ったばかりの新婚だった。



妻との出会いは思い返せば可笑しな出来事だった。


現在俺は、妻と食卓を囲み一晩御飯を食べている。今日の献立は豚カツだ。


妻は美味しそうに一切れの豚カツを頬張っている。



「なあ」


「ん? 何ですか先輩」


きょとんとした顔で妻は小首を傾げる。コイツはまだ俺に対して口調が敬語で、名前を先輩と呼んでいる。いつになったら俺の名前を言ってくれるのだろうか。


まあ、俺も北小路と名字呼びなのであまり偉い事は言えないが。



「何で急に遅刻癖が出たんだ? 理由を教えると言って、ずっと聞いてなかったんだが」


「あー、それですかあ。それはですね―」





       *





俺は昨日よりも数段大きなため息をついた。


俺の目の前で『にへら』と笑っているのは部下の北小路。今年入社したばかりの新人社員で、先月俺の部署に移ってきた。俺は北小路の三年先輩で、上司でもある。



北小路の容姿は日本人らしい黒髪に、白魚のような白い肌で、自然と日本人形を彷彿とさせる。髪の毛は後ろに一本に縛り、動くたびに犬の尻尾のようにゆらゆらと揺れているのが特徴的だ。


女性には珍しい事に北小路には特に化粧っ気が無く、大概は軽いファンデーションとチークを入れているだけで、男の目から見れば薄すぎて化粧をしていないように見える。


現代のほとんどの女性が失ってしまった、伝統ある美しい日本の女性。俺が抱いた北小路の第一印象はこんな感じだった。



しかし、今ではその印象もコイツの化粧と同じ位に薄くなってきていた。


俺は腕組みしながら北小路をじろりと睨む。それに応えて北小路は微妙な笑顔でかえす。



「で。今日は一体どんな理由だ?」


「いやあ。実はですね、いつも乗っている電車が事故で止まっちゃいまして。そのお、ホントに困りましたよ」



「はぁ・・・・」と、俺は更にため息をつく。頭痛は一層酷くなり、伏し目がちに俺は言った。


「お前は自転車で電車に乗るのか?」


「何言ってるんですか。そんなワケ―・・・・あ」


北小路は俺が見つめている目線の先に気づいたらしく、己の右手を見る。そこには軽く握られていた自転車の鍵が合った。鍵には、何故か携帯クリーナーのストラップがいくつか付いていた。



「これは、そのお。え、えへへ~」


もはや言い逃れが出来なくなったらしく、北小路特有の『にへら』顔になった。


俺の下で働くようになってまだ二週間も経っていないのに、北小路はもう数回は遅刻している。俺も最初は大目に見ていたが、幾らなんでも上司としてこの回数は見過ごせないと思った。


しかし、いくら理由をきいてみても毎回寝坊の一点張り。夜の十一時には就寝していると主張しているが、最近はそれすらも疑わしい。



しかもだ。北小路が俺の部下になってから遅刻癖が発症した、というのがまたキツい。まるで俺が悪影響を及ぼしたのではないのかと周りに思われないか、俺は内心冷や冷やしていた。



「北小路。お前入社して何月目だ?」


「えっと、三。ですかね」


「最短記録だな」


と、俺は手を首の前で横に引く「クビ」を意味するジェスチャーをしながら言ったが、北小路はこの動きの意味がよく分かっていないのか、目を丸くして言った。



「え? 何がです?」


もはや失意を通り越して笑えてきた。どこまで能天気なんだ、。俺は内心毒づいた。



「・・・・とにかく、明日は絶対に時間通り来い!じゃなきゃ二度と昼は奢らんぞ!」


「は、はいぃ!!」


突然俺が叫んだ事に驚き、肩を上げ悲鳴のように声を上げた北小路は、そそくさと自分のデスクに戻った。



北小路に一喝入れて少しスッキリしたが、早くも明日が心配で胃がまた痛くなり始めた。俺も自分のデスクに戻り、胃腸薬を机の引き出しから取り出しクッと飲む。



問題児に悩まされる教師は、きっとこんな心境なんだろうと思い、俺は祈った。


きっと明日こそは―




     * 




「・・・・理由は?」


「む、向かい風でして」



ゴンッ!


俺の左拳が、北小路の頭頂部に突き刺さった。




     *




俺は胸ポケットにしまっていた胃腸薬を手に取り、クッと飲み、今度は頭痛薬を己の体に投薬した。急性胃腸炎の疑いが友人から指摘され、最近では胃腸薬とすっかりお友達だ。


今日の北小路の良い分では「恵まれない子供が・・・・」と訳の分からない事を口走っていたので、途中でげんこつを入れた。



俺は現在、本社ビルからほど近い行きつけの定食屋にいた。俺は特に自炊をしないので、お昼の弁当も当然作らない。会社には食堂もあるが、高くてあまり旨くないと、他の社員からも常々言われている。



とりあえず、お昼休みはあまり時間がないので、せっせと豚の生姜焼定食を食べ始める。



「あれ、ご飯の前にそんなに薬飲むんですか。先輩、何か持病持ちだったり? うーん、だからって薬は食後じゃないと駄目ですよ?」


飄々と喋る北小路に、俺は不思議と怒りを感じていなかった。感じたのは嫌な倦怠感と敗北感。悩みの種の張本人に注意されるなんて、とんだお笑い草だ。



「おかげさまで、最近持病が増えてね」


「うわー大変ですねえ」


北小路は俺の皮肉にもまったく気付かず、豚カツ定食に箸を進める。


この店で二人で昼食を食べるのは最近日課のようなものになっており、北小路は随分と変わった食事の仕方をするという事に気が付いた。



コイツはまず、味噌汁、千切りキャベツ、漬物、ご飯、の順に完食し、豚カツを最後に食べる変則的な食べ方をしている。


子供の頃、三角食べとゆうのを習わなかったんだろうか。


そして何故かコイツは、俺と昼食を食べる時必ず豚カツ定食を頼む。



「お前、豚カツ好きなのか?」


「はい? いや、普通ですけど」


「嘘を付け。いつも豚カツ食べてるじゃないか」


「あー、それは先輩と食べる時だけです」


そう言うと北小路は一切れの豚カツをおいしそうに頬張った。


北小路はよく食べる割に線が細い。きっと、毎日豚カツを食べても太らないだろう、と俺は適当に考えた。



「そりゃまた何でだ?」


「んー・・・・強いていえばポリシーですかねえ。いや、ジンクスでしょうか」


「ジンクス? どんな内容だ?」


「それは秘密です。いくら先輩の頼みでも、教えるわけにはいきません。私には黙秘権があります」


「いや、別にどうでもいいけど・・・・こんな所で黙秘権なんて言葉使うのお前くらいだぞ」



だが、どうでもいいと言ったものの、俺は内心では気になっていた。一体どんなジンクスなんだろうか。若干のモヤモヤ感を味わっていると、北小路は最後の一切れを食べ終えた。


腕時計を見る。入社記念に親からもらった立派な腕時計だ。


どうやら少し長居し過ぎたようだ。時間も押しているのですぐに席を立つ。北小路も特に文句は言わず席を立ち、何かを俺に渡した。



無言のまま受け取ると、それは伝票だった。



「お願いしますね、先輩」


と言い残し、満面の笑みで北小路は店を出た。俺は勘定に対する抗議する間もなく、今日も俺の驕りが決まった。


別に払う事に対しては意義は無い。先輩が後輩の飯を奢る。それは先輩としての義務であり威厳の確保の手段でもある。だが、今日は違う。



俺はこの前、北小路に言ったはずだ。「今度遅刻したら、飯は奢らない」と。


だが凛然とした態度で今日も俺の昼食に勝手に付いてきて、結局また飯を奢る事になった。


ため息を一つつき、伝票をレジに出した。



「(はぁ・・・俺は拒否権を使いたいよ)」





       *




ハッと俺は我にかえる。


どうやら北小路が食べていた豚カツを見ている内に、一瞬のうちに三カ月前の出来事が勝手にフラッシュバックしてたようだ。



「―ですね」


「ん、あ。すまん、今何て言った?」


「えぇ!聞いてなかったんですか?」


「すまんすまん。さあ言ってみろ」


「ですから、一言で言うと愛ですよ」


ふっと思考が止まる。なんだって?



「愛。だと? 遅刻の理由がだぞ?」


「そうですよ」


北小路はフフンと口を引き上げ、自慢げに喋り出した。



「恋愛って、やっぱり最初の出会いが肝心なわけですよ。それで、その出会いが悪い方が後々上手くいくんです」


「つまりマイナス面から始まった方が、プラス面の時大きい。とでも言いたいのか?」


「そうです!流石先輩ですね、分かってます」


北小路はにへらと笑いながら最後の豚カツを頬張った。


俺はよろけながら席を立ち、台所へ向かう。戸棚から救急箱を取り出した。




「久しぶりだな―相棒」


俺は胃腸薬に向かってほほ笑んだ。


この小説を読んで下さって、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 発想が面白いです。 わざと遅刻する恋愛観というのは、独創性を感じました。初めて聞く恋愛観です。今まで読んできた中で、これがいちばんよいかな。 あなたは文章は下手だけど、努力しているのは感じま…
[良い点] 出会いの戦略としては、これもありなのかな、と思いました。こういう女性をなぜか、好きになってしまう男性はいるだろうなーと。 [気になる点] 「ゆう」は「いう」と書かれるべきだと思います。 「…
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