5.なかなか終わらない一日
ゼルキオスはラベンダー色の髪を鬱陶しそうにかきあげ、エルフに鋭い視線を向けた。
「フン。とんだアサシンがいた者だな。お前はただのエルフだと言っていたが、これからどうするつもりだ?」
「偉大なる魔王、ゼルキオス様。僕をこの城においてくれませんか? 暗殺はしませんが、こう見えても相手の心をつかむのは得意だ。僕のこの見た目で落とせなかったものはいないのです」
「今日は妙な客ばかり来る日だな。しかし……エールネス、もういい。お前の言いたいことは察した。このようなエルフでも使い道がある。そう言いたいのだろう?」
ゼルキオスがうんざりした顔をエールネスへ向けると、エールネスは無表情のまま頷いて肯定する。
ゼルキオスは眉間を指先で押さえ、不機嫌そうな表情で玉座からエルフを見下ろす。
「お前、名は何という?」
「僕はシェイドロナ・リッタビスです。僕のことはお好きにお呼びください、魔王様」
「では、シェイド。お前は派手すぎて暗殺には向いていないようだ。お得意の話術とやらで戦場をかき乱す役でもするがいい。我が辺境の地であるアモルディアには、今のところ味方はほぼいない。お前の話術で、敵勢力の引き抜きと混乱でもしてもらおうか」
「シェイド、お前も魔王様に認められたいのならば心して働くように」
「ありがとうございます、魔王様。あぁ……美しい者を愛でられるのはいい……」
エルフのシェイドは幸せそうな表情で魔王を見上げ、忠誠を誓うように頭を下げた。
ゼルキオスは大きな欠伸をすると、エールネスにシェイドの案内を任せ自室へ戻ろうとゆっくりと廊下を歩く。
寂れた城には元々エールネスとゼルキオスしかいなかった。
それが、今日だけで何故か三人も増えてしまった。
「これが魔王の城だと言うのならば、魔王なんていないも同然。今までは結界が防ぐ役割を果たしていたが、こうもすり抜けられているのならば……」
ゼルキオスは様々な可能性を考える。このアモルディア城は、母である前魔王の最後の砦として建てられた城だ。
落とされてしまった魔王の本城と比べると、古びた結界があるだけであまり特筆すべき点もない。
つまり、結界がなければただの古ぼけた城でしかない。
「これからは、対魔王勢力と言うべき者たちが押し寄せてくるだろうな。俺が怠惰に過ごせる期間はもう、終わってしまったということか」
ゼルキオスは自嘲に満ちた笑みを浮かべてから、部屋に戻る前にワインでも取ってこようと思い直しキッチンへ向かう。
密やかな楽しみさえ奪われ、ゼルキオスとしても疲労感が出始めていた。
彼は生きる目的もなくただ静かに暮らせればいいのだと、心のどこかで願っていたのかもしれない。
「戦力増強は俺にとっても良いことなのかもしれないが……使いづらい者たちが吹き溜まりのように集まってくるな。この城には」
ぼやきながらキッチンの扉に手を触れてゆっくり押し開くと、ギィ……と扉の金具が軋む音がした。
ゼルキオスが薄暗くなってきたキッチンに一歩を踏み入れようとした瞬間――
きゃっという叫び声が聞こえてくる。
小さな影がテーブルの下へもぐりこんだことを、ゼルキオスは見逃さなかった。
「そこのお前、大人しく姿を現せ。言い訳する時間くらいは与えてやろう」
「も、申し訳ありません……っ! あたいは決して怪しい者じゃなくてですね!」
「今日に限って不審者が多すぎる。正直もう疲れた。で、お前も俺の命を狙う者か? だったらもっとうまくやれ。腹が減ったからといってキッチンに忍びこむのは得策ではない」
ゼルキオスが呆れた声を発した通り、震えている何者かは手にパンを持っていた。
テーブルの足から見える姿からも、小さな種族ということだけはゼルキオスにも理解できた。
「言い訳も大したことがない。あのボロ結界が役立たずになるとこんなにも敵の侵入を許すとはな。全く、魔界の奴らは暇なのだな」
「うう……あたいは人とお話がしたかっただけなんです。風の噂でこちらに魔王様がいるらしいと聞きました。だけど、あたいは諜報活動に失敗して軍を追放されたのです」
ゼルキオスが話している間に、仕事を終えたエールネスがゼルキオスの隣に立っていた。
いつまでも自室へ戻らないゼルキオスに気づき、様子を見にきたようだ。




