0.崩壊
魔王城は炎に包まれていた。この城が陥落するのは時間の問題だ。
残った兵も残りわずか。玉座の間には純然たる魔王アグナリアン・フェルノが、傍らで大きく息を吐いた夫で勇者でもあるユスティヒト・ハートを見つめていた。
「ユース、お前はもう行け。これは魔界の問題だ。あたしのやり方に反感を覚えていた奴らがここまで多くいたとはな。全く……これだけの戦力をどこに隠していたのやら。あたしが子育てをしている間に……やってくれたものだ」
「君のせいじゃない。これはオレの責任でもある。オレが君と結ばれなければ……君がここまで圧されることがなかったはずだ。すまない、アグナ」
二人はしばし見つめ合い、言ってから笑いあう。二人の身体は傷だらけであり、武器もボロボロだ。
勇者の自慢の剣は今にも折れそうで、鎧は砕けている。
魔王の鎧にも何本もの槍が刺さり、倒れないことが不思議なくらいだ。
それでも、二人の表情には絶望という二文字が全く浮かんでいないのが分かる。
「……アグナリアン様、ここにもすぐ敵が来ます。お二人はお子を連れてお逃げください。ここは私が」
軍服を着た男が、魔王の前に跪いた。
魔王は豪快に笑い飛ばしてから、くしゃりと部下の頭を撫でる。
「アンタは一族を裏切ってまであたしの傍にいてくれた。感謝している。ついでにあたしの最後のワガママも聞いてくれないか? あたしの愛するあの子を、アンタに託したいんだ。頼めるな、エールネス・ヴァロックズ」
最初の明るい声色から一転、魔王は威厳を込めて部下に最後の命令を下す。
エールネスと呼ばれた男は、しばしの沈黙の後に御意と言い残し奥の部屋へと消えていった。
「……っし。これでいい。あたしたちの未来を託すことができた。本当はもっと一緒にいてやりたかったけど……魔界の連中は平和ってヤツが嫌いだからな」
「オレも元々人間界から魔族及び魔王の討伐をしに来ている訳だし。これだけオレが戻らないと分かれば人間界の人間たちもまた攻め入ってくるだろうな。オレは一人で来たから……今度は正規軍を連れて魔界へ来るかもしれない」
「はあ……全く、種族とかくだらないんだよ。要は気が合うか合わないか。価値観さえ一致すれば何も問題はないってのに。くだらないことに捕らわれるから争いはなくならない」
「そうだな。この後、あの子は苦労するだろう。だが、きっとあの子なら……」
勇者は最後の力を振り絞り、剣を構える。
魔王はゆらりと玉座から立ち上がり、通路の先に現れた反逆者たちに魔法の一撃をくらわせる。
「さあ、最後の大舞台。我が肉体が朽ちようとも、魂は決して滅びぬぞ!」
「我らの魂は永遠に共に。勇者ユスティヒト・ハート、参る!」
愛する子を託した魔王と勇者は、魔王城になだれ込んできた逆賊たちへ最後の抵抗を開始したのであった――




