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 やがて、わたくしたちは王立学園に共に入学しました。

 王宮のすぐ隣に建つ、我が国で最も古く、由緒ある学園です。

 そうそう。

 そういえばわたくしは、結局ゼンセの記憶とやらは思い出さないままです。エミリアン殿下も「じゃあ、もう違うお話になったということですね!」とホッとしたようでした。

 書物の中では、わたくしはゼンセの知識を利用して商会を立ち上げたりもするそうですが……そんな知識はないので、ただひたすら王妃教育を頑張り、殿下と勉強したりお茶をしたりして仲を深める毎日です。

 ちなみに、入学後、最初の試験でわたくしが学年二位の座に着けたのは、間違いなく殿下のおかげでございましょう。もちろん、首位は殿下です。


 さて、学園入学後、最初の数年は平穏に過ぎてゆきましたが……十五歳になった辺りから、わたくしは多くの男子からやたらとモテるようになりました。

 何故でございましょう?

「君は、私の理想そのものだ。王太子殿下との婚約を解消し、私と婚約して欲しい」

「いいや、俺が君を幸せにする。どうか麗しの君よ、俺の手を取ってくれ」

 ……熱烈な愛の告白は嬉しいのですけれど。

 残念ながらやはり、どなたもエミリアン殿下の麗しさには及びませんわねぇ。

 そもそも、将来の王太子妃を誘うなんて無礼にも程があるというものでしょう。とはいえ、わたくしはそんな彼らでも、頬を引っ叩くのではなくて、「わたくしは、エミリアン殿下一筋ですの」と優しく微笑んで対応せねばなりません。

 微笑みのベルティーユ、厳しい道ですわ……!

 なお、最近の殿下はますます艶っぽく麗しくなられて、光り輝かんばかり。そっと微笑むだけで失神する女生徒が続出するほどです。

 そしてわたくしにだけ、あの照れたような、はにかんだ笑みを見せてくれます。

 あんな笑みを向けられたら……他の男子に目移りするはずがございませんわ!

 しかし、エミリアン殿下は心配そうにこんなことを仰います。

「だけど……ベルはこの頃、急にその……女性らしくなってきたから、男子に人気が出るのも当然だと思う。僕なんかより、もっと逞しい男の方がいいなんて……思ったりしない?」

「あら。わたくしはずっと、リアン一筋ですのに」

「でもさ……僕、ひょろひょろとしてて全然頼りないし」

 そんなことを言いながら、実はわたくしに内緒で身体を鍛え始めたことは知っております。

 ちょっと硬くなってきた二の腕の筋肉を押して、わたくしはにっこり微笑みました。

「そんなことございませんわ。殿下の方こそ、この頃、急に男らしくなられていますわ。もしかして、わたくしではなく、どなたか気になる女性が出来たのではなくて?」

「そ、そんなワケないよ!ベルに……ベルに、カッコよく見てもらいたいだけだよ!」

「まあ!今も、子供の頃も、リアンはずっとカッコ良くて素敵ですわ。わたくし、リアン一筋です!」

 そのうえ、とてもお優しいですしね!

 わたくしの少々力の入った答えに、殿下は頬を赤くして嬉しそうに目尻を下げました。

 本当に……こういう、おっとりと優しいところは出会ったときから変わりません。人前に出るときは、わたくしが励まさないといけない気弱なところも変わりませんし。

 わたくしの婚約者は、この国で一番……いいえ、世界で一番、可愛くて素敵なのですわ!


 ところが……十八歳となり、学園の最終学年になったときでした。

 ミラ・フレーズという一人の少女が編入してきてから、状況が一変しました。

 平民のその少女は、百年ぶりの聖女だとかで、特別な措置で学園に編入となったのですが……。

「あの子とは……顔を合わせたくない」

「まあ、リアン。どうしてですの?」

「昔、話した書物のこと、覚えている?あの子がその書物の中で、エミリアン―――僕が"恋に落ちる"平民の女の子なんだ。僕はベルのことが大好きだから、そんなことは絶対ないけど……でも、変な強制力が働いたら怖い。なるべく会わずにこのまま卒業したいんだ」

 まあ。

 ゼンセの記憶やマンガとやらのことは、てっきり殿下の妄想かと思っていましたのに……違いましたの?

 あの少女と恋……?

 妄想ではなく?

 ああ、でも……もし、もしも、そんな事態になったら……絶対に嫌でございます。

 殿下が会いたくないと仰るのはこちらとしても好都合、わたくしも全力で協力しますわよ!

 ―――幸いにも、向こうからこちらに話しかけてくることはなく。

 ミラ・フレーズ嬢とは同じ教室にいても適度な距離で過ごすことが出来ました。なお、ミラ嬢は、平民ではありますがそれなりに礼儀も正しく、控えめな性格のようです。

 ただ、編入してしばらくするうちに数人の男子生徒が彼女をよく取り巻くようになりました。それも高位貴族のご子息ばかりです。当然、もう婚約者の方がいます。

 明らかにミラ嬢は困惑しているし、周囲も冷ややかな視線を向けていますが、男性陣は気にする様子もありません。これはどういうこと?

 殿下も、眉をひそめていました。

「おかしいな。あれは架空の乙女ゲームを元にしたマンガだったから、ミラ嬢が逆ハーになる展開はなかったのに。設定上の攻略対象者が、みんな彼女に夢中になってる……?」

 あら、久々にわたくしには意味不明な言葉を聞きましたわ。

 おとめげーむに、ぎゃくはー?

 こうりゃくたいしょうしゃって?

「ベルは気にしなくていいよ。とにかく僕が彼女に近付かなければいいだけだから。でももし……そうだね、もし、僕がベルじゃなく彼女のことが好きだと言い出したら。それは、何かおかしな力が働いていると思って欲しい。念のため対策をするけれど……どうか、僕のことを嫌いにはならないでね。僕が好きなのは、ベルだけだから。ちゃんと、君のところへ戻るから」

「リアン……それは、どういう意味ですの?」

 突然、不穏なことを言い始めた殿下に、わたくしは不安になってその美しい夜明け色の瞳を見返しました。

 殿下はわたくしの手を取って、ぎゅっと握りました。

「僕が好きなのは、ベルなんだ。君が王妃として僕を支えてくれるなら、とても大任だけど王としても頑張っていけると思う。だからね。あの平民の子のことで、もし、何か起きたとしても……最後はちゃんと正しい形にするよ。僕のことを信じて待っていて欲しい」

「リアン。わたくしに分かるように説明をして。それだけでは、意味が分からないわ……!」

「ごめん。まだ、僕の憶測の段階なんだ。何も起きなければ、それが一番いいし」

「リアン……」

 わたくしの前で今までに見せたことのないような険しい顔で、殿下はどこか遠くを見つめました。


 結局、その後は何ごともなく、卒業式の日が近付いて来ました。

 わたくしは、ようやくホッとしました。何故なら卒業式が終われば、公的行事以外でミラ嬢と会うことはありません。それに、卒業式からさほど間を置かずにエミリアン殿下と結婚する予定なのです。

 もう、大丈夫。

 だけれど。

 卒業式まであと十日ほどとなったある日、殿下がミラ嬢と話しているのを見掛けてしまいました。それはもう、とても楽しそうに!

 嘘?!

 ミラ嬢とは会わないようにするって仰っていたのに。それに、あんな笑顔をわたくし以外の人に……向けるの?

 一瞬、目の前が真っ暗になった気がしました。

"僕のことを信じて"そう仰っていたけれど……それは、つまり、演技しているということなのかしら?

 だけど……わたくしのリアンは、そんなに器用ではないわ。

 信じなければ。

 そう思うものの、わたくしは絶望に打ちひしがれて、その場を後にしました。

 翌日。

 いつもなら殿下は寮まで迎えに来てくれるのに、どこにもおりませんでした。

 そもそも昨日も、お会いしないままです。裏庭で待ち合わせして、少し話をしてから寮まで送ってもらうのが日課でしたのに。

 ―――重い足を無理矢理動かして、暗い気分で教室へ入ると、数人の級友から気の毒そうな視線を向けられました。

 理由は……すぐに分かりました。

 だって殿下が、ミラ嬢と楽しそうに話をされているんですもの!

 殿下の他にも、いつもの男子生徒たちが彼女の周りを取り囲んでいます。

 わたくし、ミラ嬢とほとんど話をしたことはありませんが……今、改めてきちんと彼女を見てみると、彼女ってはにかみつつ浮かべる笑顔がとても可愛いのですね。わたくし、微笑みのベルティーユと呼ばれるようになるわ!と幼い頃に決意しましたが、結局、可愛い笑顔は出来ていない気がしますわ。

 ……わたくしは居ても立ってもいられなくなって、慌てて教室を飛び出しました。

 殿下がわたくしを好きだと仰ったことは信じております。でも、ミラ嬢と歓談する姿は、見ていられないのです。

 ああ、知らなかった……。わたくし、こんなにも殿下のことを……リアンのことを愛していましたのね。

 ずっとリアンがわたくし一筋だったから、気が付かなかったわ。わたくし以外の女性を見つめるだけで、今にも胸が張り裂けてしまいそうになるなんて。

 教室を飛び出し、どこをどう歩いたのか。

 気がつけば、わたくしは王宮の庭に迷い込んでいました。

 学園の生徒は勝手に入れないようになっているのですが、わたくしは王太子の婚約者。学園と王宮の間にある門は、血の登録によって自由に通り抜けられるのです。

 とはいえ、いくら茫然自失状態だったとしても、まだ婚約者の立場でしかないわたくしが一人で王宮の庭へ入り込むのは良くないでしょう。急いで学園へ戻らなければ。

 踵を返して、学園へ戻りかけたとき。

 庭のベンチで優雅に本を読んでいる男性に気付きました。

 王弟の……フィルマン殿下。

 わたくしより十歳年上で、ややエミリアン殿下と似た面差しをされている方です。ただ、少し軽薄な空気があって……わたくしは苦手です。

「おや。ベルティーユ、何故、こんなところに?今はまだ、学園にいる時間じゃないのか?」

「おはようございます、フィルマン殿下。その……今朝は考えごとをしていて、いつの間にかここまで来てしまいました。申し訳ありません。すぐに学園へ戻りますので」

 お辞儀をし、さっと身を翻しました。

 早くこの場から出て行かなければ。

 ところが、予想外に素早くフィルマン殿下は立ち上がり、わたくしを追いかけてきて腕を掴みました。

「離してください」

「ベルティーユ。君、泣いていたのか?何があった?」

「何も……何もありませんわ」

 嫌だ。

 今、リアンと似たその顔で、心配そうにわたくしを覗き込まないで。

 だけど、フィルマン殿下は手を離してくださいません。

「ベルティーユ。泣いている女性をそのまま帰す訳にはいかない。もう、学園の卒業は決まっているんだろう?最後に少しくらい、さぼっても問題はないじゃないか。さ、こちらへおいで」

「……」

 婚約者のいる身で、フィルマン殿下と二人になっては駄目。

 分かっているのに……わたくしは教室へ戻る勇気もなくて、フィルマン殿下に促されるまま、庭のガゼボの方へついていってしまったのでした。


 フィルマン殿下は、すぐに侍女や侍従を呼び、わたくしが悄然と庭を歩いていたので、気晴らしにお茶を一緒に飲むことにしたと説明してくださいました。

 顔見知りの侍女がその中におり、心配そうにわたくしを見ています。

 もしかして、目の周りが赤くなっているのかも知れません。だとしたら……嫌だわ。

 ガゼボにある椅子に座り、わたくしは俯きました。

 フィルマン殿下は何も言わず、手ずからお茶を淹れて、わたくしの前に置いてくださいます。

 しばらく、ゆっくりとお茶を味わいました。

 少し気持ちが落ち着いた気がします。

「飲んで、落ち着いたのなら、学園まで送っていこう。それとも、寮へ帰るかい?」

「いえ。……教室へ戻ります」

 しゃんと顔を上げるのよ、ベルティーユ。

 わたくしはエミリアン殿下の婚約者。未来の王妃。殿下が女性と楽しそうに話していただけで、元気をなくしてどうするの。

 たとえ空元気でも、胸を張らなければ。

 そんなわたくしを、フィルマン殿下は痛ましそうな目つきで見て……ふいにそっと耳元に口を寄せて囁きました。

「もしかして、エミリアンに何かあったかい?もしそうなら……思い当たることがある。今夜、月が昇る頃、誰にも知られないように、このガゼボまでおいで」

「え?」

 わたくしは驚いてフィルマン殿下の顔を見返しました。

 しかし、殿下はさっと立ち上がりました。

「では、学園の方まで送ろう。こんなところで、優等生の君が授業をさぼってお茶を楽しんでいると思われては困るだろうからね」

 そんな……。

 今、ここでは言えないことですの?

 やはりリアンは、何か、大変なことに巻き込まれて……いるの……?


 その後、わたくしは教室へ戻りましたが、エミリアン殿下とは視線を合わせないままでした。殿下の方も、わたくしのところへ来ることはありませんでした。

 だけど、わたくしは先ほどのフィルマン殿下の言葉が気になったせいで、あまり動揺することもなく、その日は授業を終えました。

 級友の数人から話し掛けられましたが、普通に対応出来たように思います。

 教室を出て寮へ帰るまでの道のりも、今日も一人ですが……妙に落ち着いておりました。

 だって、今夜―――フィルマン殿下にお会いすれば、エミリアン殿下に何が起きているのか、分かるのだから。

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