タウロスのやる気、爆上げ大作戦。その7
物が散乱している自分の家を見て、キクジはため息まじりで言う。
「酷いの......」
盗賊団はムートンの憲兵NPCに引き渡した。
プレイヤーが懸賞首を倒した場合、近くの街に常駐している憲兵NPCが登場する。倒した暁に『討伐の証』という紙切れを入手できる。その後、ギルドに『討伐の証』を提出すれば、私には報酬でお金やアイテムが貰えるシステムとなっている。
提出期限はないので、先にキクジさんを家まで送り届けることにした。そして、今に至る。
「部屋の掃除は後回しだ」
そう言って、キクジさんは早歩きで工房へ。
「作業よりも休まれた方がよろしいのではないのでしょうか?」
「お嬢ちゃんたちには悪いが、国からの依頼でな。あと一時間後に花火玉を納品しないといけねんだ」
あと一時間!? 2万個を!?
「残り五個で完了するはずだったが......」
花火玉に使用されていた素材に眼をつけた盗賊団が襲来して、初めからやり直しってことか。
さらに問題が一つある。
「お前さんたちのおかげで『星鉱石』も取り戻ることができた。だが、数が足りん」
そう、キクジさんが意識を失っている間に盗賊団は実験と称して、星鉱石入り爆弾を開発。私たちとの戦闘で使ってきたので花火玉に埋め込むサイズの星鉱石は僅かしかない。
「良し。なら......タウロス」
「おう?」
「タウロスはキクジさんの手伝い。キャンサーは私と素材の採取」
「了解しました。ユミナ様」
「お嬢......アタイは」
下を向いているタウロスに私は歩き出す。
「痛って〜〜!!!」
私にデコピンがタウロスのおでこにクリーンヒット。
悶絶し始めるタウロス。
「信じてるから」
そう言い残し、私とキャンサーは部屋を出た。
◆
キクジさんからは素材の採取場所は聞いている。
結構入り組んだ場所にあるので地図も貰っている。レベルや装備品が充実している私たちには素材アイテムを集めるのは楽。懸念材料があるとすれば、納品時間とタウロス......。やめよう、タウロスもわかっているはず。自分ができる事がなんなのか。いつまでも枷に縛られるのはダメだってことも理解している。少し嫌なやり方をとってしまったのは反省。褒美として、後で甘やかそう!
「キャンサー。お願いがあるの」
「どのようなご依頼でも完璧にこなして見せます。ユミナ様。」
キャンサーに指示を出した後、私は星刻の錫杖を装備した。
「『宇宙最大の大いなる意志』」
私の四方に薄い画面が大量に出現。周辺の地図情報、出現モンスターの情報、星霊のデータが表示された。
【星霜の女王】の専用魔法、『宇宙最大の大いなる意志』。星霊との交信、大陸の如何なる情報も閲覧可能となっている。
モンスターの生態やドロップアイテムも攻略サイト要らずと初使用時思った。でも、そううまくいかない。
『宇宙最大の大いなる意志』を発動すると、検索欄が出現する。
検索には調べたいジャンルを選択、詳細な条件を入力すると目的の情報を見ることができる。曖昧なキーワードは完全無効になる。『赤い鉱物が欲しい』と入力しても『見つかりません』で終了。
なので、適切かつ具体的な言葉を入力しないといけないめんどくさい仕様となっている。
『宇宙最大の大いなる意志』で楽々ゲームライフをするのはやめている。従者やフレンドと楽しく世界を駆けるのがゲームの醍醐味。有事の際のみ、目的の情報を閲覧可と決めた。今回がまさに、それ。
『宇宙最大の大いなる意志』の効果の一つ。星霊との交信も使いたい欲はある。でも、なんでか知らないけど.........。みんな、私の居場所を感知する機能がデフォなのか常に先回りされる。
私にプライベートはないのか!?!?
そんな私情は一旦、脳内の端の端に追いやる。
星霊のリストをタッチする。選択された星霊とコンタクトできる仕様。
「みんなにも協力してもらうかな!」
◇◆
タウロスはキクジに花火玉の製作方法を教えてもらい、黙々と作業していた。
しかし、その手は遅かった。初めての製作アイテムのもあるが、気分がノっていない。
「なぁ、聞いてもいいか」
キクジはタウロスの顔を見ない。無視しているのではない。作業しながら耳だけ傾けていた。
「自分が傷だらけなのに、玉を作ってるんだ」
「フンッ。決まってる、ワシのプライドが許さないからだ」
「プライド......か。結局プライドで終わるのか」
「最後まで、聞かんか!!」
キクジのすごみに気圧されるタウロス。
「オ、オウ......」
「ワシも歳だ。なりふり構わず強力な花火を作るのも辞めてな」
キクジの花火の道は長い。年数で言えば、50年以上。花火を作ることに情熱を注ぎ、毎日毎日花火玉を作り続けた。同業者も大勢いて、日々しのぎを削っていた。時には火力を間違えた花火や一度に大量発射してしまい僅か数分で花火の出番が終了したこと。奇想天外な花火も製作したりした。より良く、強い花火を作るのに人生を費やしてきた。しかし徐々に職人仲間がいなくなっていく。そして、最後の花火職人がキクジだけ。
「後継者を取らなかったのか」
「ワシの教え方がダメだったんだ。入れてもすぐ辞めてしまう」
技術は一朝一夕では習得できない。長い年月を経て、昇華されるもの。初めは純粋な想いで皆、教わろうとする。でも、現実は非常だ。業界で一人だけ。師匠は選べない。相手との相性もある。技術を教え込もうと熱が入る。上手くいかないと断念してしまう。最終的には師匠の元を去る。それも、一つの答え。諦めも肝心だ。
「弟子がみんないなくなった時、ワシは自分が間違っていることに気づいたんだ」
憔悴しきったキクジはボタンと出会った。
「年甲斐もなく、惚れてな! アイツの笑顔を見るために花火を作り続けているんだ」
心を入れ替え、新しい弟子を取る計画も立てていた。だが、花火職人としては超一流でも厳しい教え方で弟子はすぐ辞めてしまうのが広まっていた。
「全部が上手くいかない。もう終わったことは終わりだ。なら先のことを考えようと思ってな。アイツや花火を見て感動する者たちの姿を見よう。それが今のワシが持つ、捨てれないプライドだ」
「ジイさん......」
「お前さんにもあるんだろう?」
「別にアタイは。」
「雰囲気で分かる。ワシなんかよりも凄腕の職人だってな」
タウロスは今まで多くの武器を作ってきた。完成した武具は皆、喜んでいた。今のタウロスの主も同じだ。笑顔が眩しくて、喜んでくれて嬉しかった。だから、よりいいモノを作ろうと時間を費やしてきた。
「徐々に納得のいくモノが出来なくなってな。今じゃあ、スランプだ」
ユミナたちは気にしていない。誰だって不調はある。皆優しい。それがタウロスには耐えれなかった。罪悪感が募る一方だった。
「今日だって、アンタと出会うきっかけがなかったら街を散策するだけだったしな〜」
「......すまないことをしたな」
「責めてない、責めてない。おかげで花火玉の製法が知れたしな! 言いたいことはそれじゃなくて......。アンタにお礼を言いたいんだ」
「ワシにお礼じゃと?」
「アンタは一人でずっと花火を作っていた。きっと気が遠くなる日々だったはずだ。それでも続けて来れたのは花火を待っている人々の笑顔のため。アタイは高性能な武具を作れば、お嬢............ユミナ様が喜んでくれると考えていた。でも、違った。アタイが武具を作っていたのは、ユミナ様の笑顔が見たかったからだ!」
タウロスは花火玉を一個完成させた。
「大事なことを思い出させてくれた。ありがとな、ジイさん」
「............そうかい」
キクジは花火玉を箱に入れていた。
「さてと、リハビリも兼ねて二万個の花火玉作りますか!! あれ?」
素材箱に手を突っ込むタウロス。だが星鉱石はもうない。他の素材も残り僅か。時間は刻一刻と迫っている。
「ヤベェーな」
対策を考えていた時、勢いよく扉が開く。