タウロスのやる気、爆上げ大作戦。その5
『オニキス・オンライン』には花火師NPCが存在する。名はキクジ。七十歳を超えても尚現役の漢。
イベント時に打ち上がる花火。その全て、キクジ一人で制作しているという。プレイヤーがキクジ専用クエストをクリアすると職業:花火師を獲得できる。
ただ、キクジが現れるのは完全にランダム仕様。制作した花火玉を届けるために『ムートン』に出現する。が、鍛治師としての熟練度が高くないと会話すらできない。クエストを受けれたとしても待っているのは作業ゲーまっしぐらのおつかいクエストツアー。
花火玉製作に必要な素材アイテムを採取。一見簡単そうに見えるクエスト内容。しかし、いまだにクリアできたプレイヤーは存在しない。なぜなら、花火玉製作に必要な素材アイテムは『スラカイト』大陸を端から端まで往復しないと集まらない。ファストトラベルを持っていないプレイヤーにとってはイヤイヤなクエストとなっている。
嫌な事ばかりではない。職業:花火師を持つプレイヤーはキクジだけが知り得る特殊な鉱物アイテムの採掘場所を教えて貰える。もちろん、無制限で採取が可能。
『星鉱石』は花火玉に使用する以外にも用途がある。例えば————爆弾の材料とか。
◇◆
巨大カニ型宇宙船艦『プレセペ』を降りたユミナ、タウロス、キャンサーの三人。
プレセペは自律稼働できる。自分で考え、行動する。キャンサーが持つ『L.E.O.N.A.R.D.O』からの信号を受信すると『L.E.O.N.A.R.D.O』所持者の命令に忠実になる。
「ほへぇ〜 消えた」
キャンサーの命令でプレセベは透明化した。プレセベには光学迷彩が搭載されている。キャンサーが擬態能力を持つモンスターを参考に考案したそうだ。
「一つ、問題があります」
透明化と言っても、煙のように消えるわけではない。実体はその場にある。カメレオンやタコならやり過ごせるだろう。しかし、プレセペは宇宙船艦。透明化の物体があるのを知らない人にとっては見えない壁に遭遇したと面を喰らってしまう。
キャンサーが求めるのは、人がプレセベに当たっても気づかないシステムを開発。
「実用できた時にはユミナ様のお役に立てるかと」
私に暗殺者か忍者になれ、と!?
「凄い夢だね......頑張って」
私が出せる精一杯の言葉。
「タウロス、どう?」
先に小屋へ歩いて行ったタウロスに声をかける。
窓から内部を覗き込む。不審者と言われても否定できない。
「気配がしない」
壁に耳を当てながら移動するタウロス。
ドアノブに手をかける。
「あッ!」
鍵がかかっていない。いくら森の奥で、人が立ち入らない場所であっても不用心だ。
私とのアイコンタクトで即座に準備をする二人。
タウロスが玄関扉を引き、キャンサーが先行する。この作戦で行くことにした。
キャンサーとタウロスが頷いたと同時に勢いよく扉を開く。
「ユミナ様。大丈夫です」
先に中に入ったキャンサーの合図。
私とタウロスも小屋の内部へ侵入した。
「な、なにこれ......」
おそらく二人も私と同じ感情だろう。
小屋は荒らされていた。地震ではない。明らかに人による荒らされ方。
家具は倒されている。調度品や食べ物などは床に散乱していた。
泥棒に入られた跡の光景が広がっている。それも複数人。サイズ違いの靴跡が無数にあった。
「おばあちゃんになんて言よう」
「お嬢、こっち来てくれ」
タウロスがいたのは工房部屋。
製作途中の花火玉が散乱していた。
「おかしくない?」
落ちている花火玉を拾う。花火には詳しくない。でも、中央が空洞なのは疑問しかない。
完成された花火玉を入れていた箱を見つめるタウロス。
「きっと、真ん中に大事なモノを入れるのがキクジの花火玉なんだろうぜ」
タウロスが言った言葉を裏付ける証拠が木箱にあった。
見事に真ん中だけくり抜かれた痕跡を発見した。
小屋の中を一通り探したが、誰一人いなかった。
「誘拐事件に発展しましたね」
喫茶店の店員でもあったおばあちゃんNPCからの依頼は、キクジの無事を確かめることだけ。
「強盗事件も追加です。ユミナ様」
「で、どうしようか。手掛かりになる物あった?」
首を横にふるキャンサー。
「いえ、見つかりませんでした」
「タウロスは......。あれ?」
いつの間にか姿を消したタウロス。
工房の方から音がしたので向かう私たち。
「なにやってるの?」
私とキャンサーは呆然としていた。
目線の先。耳を床に押し当て、石畳を叩いているタウロスがいた。
「......ここか」
無言で奇妙な行動をしていたタウロスがようやく、声を発した。
タウロスは拳を思いっきり振り下ろした。
石畳は粉々になり、埃が舞う。
「ちょっと!?」
壊すなら、せめて一言声をかけてほしかったよ。
埃を払い終える。
「ねぇ、タウロス。それ、何?」
小さな箱を抱き抱えていた。
タウロスの行動には理由があった。工房内を捜索していたタウロスは床に違和感を覚えたらしい。
石畳の下には僅かに空間があり、手掛かりがあると確信したタウロスは石畳を破壊した。
「おぉ!」
箱の中身は、赤い球体。いや、赤い粒だった。全部で三十個ほど入っていた。
そのうちの一つを掴み、確認した。
「『星鉱石』? これって、花火玉に必須のアイテムだよ!!」
テキストを読み終えた私は驚いた。キクジ印の花火玉には特殊な鉱物が使われている。前に生産職のフレンドから聞いたことがあった。キクジしか存在を知らない鉱物だから希少価値が高いとも言っていた。実物を見るのは、初めて。でも、間違えない。この『星鉱石』は花火玉の核だ。
「キクジさんが誘拐された理由も説明がつきますね」
花火玉の核とも言える『星鉱石』だけを盗むだけならキクジを誘拐する必要はない。
でも、犯人達は誘拐した。理由は一つ。
「場所を吐かせるためか。胸糞悪いぜ」
タウロスのお陰で、誘拐された訳は判明した。
でも、肝心の居場所を占める手掛かりがない。完全に手詰まり状態となっていた。
「ユミナ様。悲観することはありません」
キャンサーは上を見る。屋根から足音。
「どうやら、知ってそうな奴がいるみたいだな」
怒り面を出しつつ、小屋を後にするタウロス。
私たちが外に出たと同時に、屋根からジャンプし着地する何某さん。
茶色の髪の毛は手入れがされていないのかボサボサが目立つ。男は軽装鎧の上にローブを羽織っている。口元はスカーフで隠れていた。
プレイヤーではなかった。単なる盗賊NPCだった。
『スラカイト』大陸では一定数存在する盗賊NPC。略奪されたアイテムを回収するクエストで登場すのがこの盗賊NPC。完全に敵対コースなので、会話で解決はできない。あまり強くないと聞くので倒すのは容易だ。
ただ今回は話が違う。会話が成立しない相手。キクジの居場所を絶対に知っている。でも、倒したら手掛かりがなくなる。さて、どうするか......
「待機を命じられた時には最悪な気分だったが、どうやら天は俺様に向いているみたいだな!」
半笑いしながら私たちを凝視する男。
「オイ、そこの牛女。持ってる箱を渡せば命だけは助けてやるぜ!!」
うわぁ〜 完全に小者臭全開のセリフ。真面目なシーンなのに笑いそうになる。
「タウロス、どうする?」
鼻でわらうタウロス。
「うんなもん、決まってるだろ」
炎神の星槌を装備する。
「叩きのめす。お嬢、持っててくれ」
タウロスから『星鉱石』が入っている木箱を渡された。
「待ってください。タウロス」
後ろからタウロスの肩を掴んだのはキャンサーだった。
「相手を無力化するなら、私の方が確実です」
そう言って、キャンサーは『L.E.O.N.A.R.D.O』に向かって命令を出し始める。
何もない空間から出現した小型ドローン。
ドローンと戦闘機が融合した見た目。灰色のフォルムの戦闘機の両翼にはミサイルではなくガトリング砲に似た黒筒が搭載されていた。
「テメらぁ!!!!」
痺れが切れた盗賊がナイフを抜く。
お怒りのご様子。
「ナイフの先には神経毒を仕込んである。触れれば30分は動けなくなる」
切先からドロドロしたような液体がこぼれ落ちる。
あのまま、舌にナイフを置いて舐める仕草してくれたら良かったのに......
「ブツは奪う。そのあとは......」
私たちを舐め回すように見つめる盗賊。
肌が粟立ちそうだった。
「なぁ、殴りに変更しね」
タウロスは今にも爆発してしまいそうなほど、怒ってる。
「不快ですね。下衆な顔は遠慮したいです」
キャンサーさん、笑顔なのに笑っていないよ。
「三人もいるんだ。ゆっくり楽しませてもらうぜ」
あれ? もう勝ちを確信してるセリフが聞こえた気がする。でも、残念! 勝敗は戦う前に決まってるのよ!!
「あの〜 脳内がお楽しみ状態の所、申し訳ありません」
私が指差す方角へ視線を移す盗賊。
ドローンと眼が合う盗賊。即座に攻撃を仕掛けようとするが————————
「ああああぁあああああああっ!!!!!!!!!!」
ドローンのバトンが稼働し始めた。青い稲妻が迸る。
放たれた稲妻は標的となる盗賊を逃さなかった。
電気ショック攻撃により、盗賊は気絶し倒れ込んだ。
激痛と麻痺で暫く目を覚さないだろう。
「死んでいないよね」
「大丈夫です。ドローンに搭載した機能は全て非殺傷性。他にも彼の神経毒よりも即効性の毒や発煙弾、催涙弾も装備してあります」
スタングレネードや放水砲、麻酔針も完備しているらしい。
キャンサーがドローンの性能を力説している傍ら、私は心の中で頭を悩ませていた。
自分でも薄々気づいているけど。私だけ別ゲーしているよね!?!?
「ユミナ様。この者から情報を吸いあげてきます」
キャンサーは拘束済みの盗賊の足を掴み。プレセベの内部へ行ってしまった。
キャンサーに声をかける勇気がなかった。
「タウロス、あの盗賊さん......大丈夫だよね」
「......多分」